魔王の側近戦は舌戦と軽蔑から
パンドラの箱と言うべきか。
セイカの目は唐突に開く。意識を取り戻した彼女は、血走った目で恥ずかしげも無く、言葉の噴水みたいになって大声で叫び出した。
「誰か結婚してくれーーーーーーーーーー! 養ってくれーーーーーーーーー!」
「セイカさん声が渋くない?」
「あのアラフォーって、こんな声だったかよ? なんつうかよお、声だけはもっと若かったんじゃねえか?」
まあリーたちもセイカの声は聞き覚えはある訳で。
合コンで、あれだけ派手に暴れたら忘れるはずもないのだろう。
まるで森の一件の呪われたナイフを連想させる酷くドスのかかったセイカの声に彼らは違和感を覚えたらしい。
アラフォーは、まるで街のティッシュ配りの如く己の欲望を手当たり次第に配りだす。この光景は純粋な園児の影響に悪い、無論、その保護者からも評判は宜しくない。
魔王の側近と言うのだから、それは当然なのだけど。
セイカの出現と同時に保護者たちは席を立って、それぞれに自分の子供たちの目と耳を塞いでしまう。その様子に俺たちはホッとしてしまった。
行き遅れのアラフォーの結婚願望は園児の教育に悪い、純粋に俺の心が痛んでしまう。
「セイカ・ノベナアーツ、本日四十歳の誕生日!」
「えっと、年齢が三の倍数じゃなくなってアホ顔も声も変わったってこと?」
「みてえだな」
「もうアラフォーじゃなくて今はジャストフォーだべさ」
「ジャストフォーって何処かのアイドルグループか何かでゲスか?」
「ジャストフォーーーーーーーーーーーーー!! 扶養家族控除フォーーーーーーーーーー!!」
どうやらセイカも言葉の語呂が気に入ったらしい。
狂気の顔付きで叫ぶ、血の底にまで届きそうな声量で叫ぶから皆んな一斉に自分の耳を手で塞ぐ。親御さんたちに至っては園児たちの目と耳の両方を塞ぐことに苦労している様だ。
しかし、やはり問題はセイカをどうするか、な訳で。
「そもそもセイカさんは、どうやってここに来れたんだ? 間違いなく屋敷に閉じ込めてきたはず、部屋と屋敷のドアで二重に鍵をかけははずなのに、どうやって?」
「ぐははははははは! 私は遥か昔封印された時、二つに分離したのだ。ウザい性格の見た目も中身も若い体と結婚願望しかない見た目だけ若い体の二つにな!」
「それって、どっちも最悪な様な。じゃあセイカさんは元々二人いて、君は結婚願望しかない方?」
「そのとーーーーーーーーり! ぐはははははははは、もう誰でも良い、例え園児だろうと性別が女でも構わないから結婚したーーーーーーーーーい!!」
元々そうだったが、これは園児の目には触れさせる訳にはいかない。
セイカの欲望全開の雄叫びは社会勉強の一環では済ませることができない、完全に社会からドロップアウトした人間特有の僻みだ。
ガニ股で最悪の結婚観を語るジャストフォーから学ぶことなど一つも無いだろう。
PTA風の保護者なんて、
「あの子とは遊んじゃダメザーマスよ?」
と自分の子供に言い聞かす。子供の耳を足で塞ぐ姿勢は至極ごもっともな忠告を濁らせますよ?
一貫してセイカは頗る評判が悪い。
しかし保護者目線だとセイカは自分の子供と同学年に見えるくらい幼いのか?
「しっかりと見れば目尻に皺があるんだけどな」
「翔太どうすんだよ?」
リーがコッソリと回り込んで後ろから俺に問いかける。
彼がセイカと戦う腹づもりなのは、その目を見れば一目で分かった。要はどう戦うか、と言う相談な訳で。背後には一般人の園児たちと、その保護者たち。
「戦いは俺も素人同然なんだけど?」
「重課金で全身伝説の武器に身を包んだ奴を素人なんて言うわきゃねえだろうが」
「悪いけんど俺は後方支援に徹するっぺよ、合コンだと思ってたから戦う準備してかなったっぺから」
「お、俺も……」
「メボタは囮だからね、責任はシッカリと取る様に」
メボタが話の流れに乗っかって逃げようとしたから、俺たち三人はガッチリとそれを阻止。ズンダに至っては額に大きな血管を浮かべ、容赦無くメボタのケツを蹴る。
お前は前に出て戦えと、メボタは問答無用でジャストフォーの前に突き出された。
メボタは蹴られてバランスを崩してしまう。地面に倒れ込む彼を見てセイカはジュルリとヨダレを垂らして小太りの男をロックオンした。
その視線に気付いて悪寒を感じ取ったメボタはムクリと上半身を起こすと、二人は視線が重なって動きが止まる。
「顔、体型、将来性に人望。全て不合格、お見合いの価値もありませーーーーーーん!」
「ジャストフォーにフラれたでゲスーーーーーーーーーーーーー!」
「そこまで見境なしって訳じゃないんだ」
「みてえだな」
「でも囮としては完璧な仕事だべよ」
セイカが両腕でバッテンを作って見事にメボタを拒絶する。
フラれた側は、この世の終わりみたいな表情のまま泡を吹いて後ろに倒れ込む、メボタも結婚願望しかないジャストフォーにフラれるのはショックだった様で。
ズドーン! と音を立ててメボタはその場の倒れ込むと泡を吹いて気を失ってしまった。
「メボタって豆腐メンタルだよね」
「豆腐が何なのかは知んねえけど、メボタの精神力なんてこんなもんだな」
「俺は今のうちに園児と保護者たちを避難させとくっぺさ。戦いは二人に頼むべ」
ズンダはまともなセリフを残して、去っていく。
ヒラヒラと手を振って俺たちがセイカの対処に集中できる様にと、誘導を始めてくれた。確かに園児たちがいると動きづらいから助かる。
しかし、さっきも言ったけど俺もほぼ素人なのだ。
装備だって今日は盾しか持ち合わせていない。
この状況で俺に、どうセイカに立ち向かえと言うのか。
「結婚……結婚結婚」
「怖っ、結婚としか呟かないんだけど。ジャストフォーって皆んなこんな感じなの?」
セイカは俺たちの前で目から光を放って延々と一つの言葉を連呼する。
その様子が、あまりにも恐ろしくなって残った俺もリーも絶賛ドン引き中だ。
「あのさあ、シンプルに盾の力でまた封印とかしたらダメなのかな?」
「無理だな」
「何故?」
「封印の力を抑え込むお札が近くにあっからな。おめえも見ただろ? お札のせいで盾の魔封じが上手く作動しなかったじゃねえか」
「破いちゃえば良いじゃないか」
「さっきから試してんだけどよお無理なんだよ。力を加えても破けないし、剣でも切れねえ。むしろ剣の方が刃こぼれすんだよなあ」
既に色々と試したリーは辟易としながら俺に証拠とばかりに剣の刃こぼれを見せてくれる。普通の紙にしか見えないけど、流石は魔王のお手製と言う訳だ。
お札の硬さに負けた剣はノコギリみたいな形状となっていた。
「ぐははははははは! いい加減に大人しく私と結婚するがいい! お前たちは、さっきのメタボリック小僧よりも見込みがある、早く私の毒牙にかかってしまえ!」
セイカさんは自分の婚活を毒牙と表現した。
その有り余る結婚願望だけで異世界の魔王に君臨できそうな雰囲気と説得力がある、こっちのセイカさんはウザい方とは異なり不覚にもカリスマ性を感じてしまうのだ。
俺も勢いで彼女の求婚に首を縦に振ってしまいそうだ。
リーも同じ想いだった様で互いに気を付けようと改めて気を引き締め合う。
「二人ともまとめて面倒を見てやろう! 私と結婚してくれーーーーーーーーー!」
「「断る!」」
「私は今、四十歳。二十五年後には年金生活だよ? ……結婚して私のスネを齧らないかい?」
「……断る!」
「リー? 一瞬だけ間があったけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だ! いくらクエスターの収入が不安定だっつっても、その代わり自由があんだ! 俺は今の生活に満足してんぞ! 俺は今の生活に満足してんぞ!」
「なんで二回言ったの?」
「俺は二十五年後の安定なんかに屈しねえ!!」
「ぐはははははははは! ウザい方の私とは違って、こっちの私は魔王の高給のおかげで充分な貯蓄があるぞーーーーーーー! 結婚してくれーーーーーーーーーー!」
「くっ、流石は魔王の側近だっただけはあんじゃねえか……。心理戦もお得意ってかあ!?」
見るに耐えない舌戦だった。
異世界の、それも魔王の側近との戦いだ。
俺はてっきり、もっとバチバチと衝突を繰り返す超絶バトルが待ち受けていると思っていた。それが、いざ蓋を開けてみると目の前はタダのシニア合コンの様相となった。
次は何だ?
まさか同じお墓に入ってくれとか言わないよな?
「えい」
「ぎゃーーーーーーー! 盾の出っ張りで頭を引っ叩かれたーーーーーー!」
キリがないと感じてセイカの背後に回って目一杯盾を振り下ろすとゴン! と気持ちのいい音が鳴る。防具とは言え流石は伝説の盾だ、魔王の側近の隙を突けたことも相まって、それになりのダメージはあった様だ。
「会話が長いんだよ」
「おおおおおお……フェミニズムのカケラもない鬼畜っぷりが素敵い……」
セイカは奇妙な声を上げて殴られた箇所を押さえて蹲る。
しかし怒るわけでもなく、悶絶しながらも嬉しそうにデレデレと笑顔を覗かせていた。彼女は殴られて喜んでいるのだ。
不意打ちをした立場の俺が、その異様な反応に再びドン引きしてしまった。
それはリーも同様だったらしく、セイカの求婚にグラつきかけていた先ほどとは打って変わって顔面を痙攣させる。
その痙攣リズムはロックバンドのドラムの如し。
ピクピクと動くリーの顔右半分を見れば彼の心境が手に取るように分かる。
彼はセイカの特殊な趣向を目の当たりにして途端に及び腰になったらしく、
「やっぱ、どっからどう見てもやべえよなぁ」
と漏らす。
「最初からヤバいでしょう。そんでもって倒し方が思い付かないんだけど」
「武器持ちは俺しかいねえかんな。当然、俺がやってやんよ。とは言え相手は曲がりなりにも魔王の側近、半端な攻撃は当然聞かねえ、そこでコイツの出番だ。俺の自慢のリーゼントは実は伝説の武器なんよ」
そう言ってリーはポンポンと自分のリーゼントを自慢げに叩く。
またしても伝説が俺の前に姿を現した。
この世界は伝説がゴロゴロと転がっているのだ、ここまで頻繁に伝説の武器防具と遭遇してしまうと俺の中で伝説と言う言葉の価値は下落の一途を辿ってしまう。
伝説のリーマンショックと言っても言い過ぎではかなろう。
「リーゼントが伝説とか俺のことをバカにしてないよね? と言うより、さっき俺の攻撃が普通にダメージを与えてたじゃないか」
「んなわきゃねえだろ! こちとら蒸れんのを我慢してリーゼントを被ってんだよ!」
とリーは俺にキレながらスポッとリーゼントを頭から外す。
笑ったらダメだ。
まさかリーのリーゼントが被り物で、しかも、その下がリーゼントヘアーだとはフェイントが巧妙すぎる。普段真面目なリーが真顔で俺にギャグを全力投球で放り込んでくるのだ。
笑いを堪えるのが重労働だ。
外したリーゼントを脇に抱えて怒りを露わにするリーを前に俺は必死に堪えて腹を抱え込む。
「ちょっ……腹筋が捩じ切れちゃうからやめて……」
「おめえ、このリーゼントキャノンは魔王すら追い込んだっつう最強クラスの武器なんだっての! それを笑うとはいい度胸してんじゃねえか!」
「しかもキャノン、大砲なの?」
「おうおうおうおう! 翔太おめえ、そこを疑うんなら自分の体で威力を確かめてみっかあ!?」
「い、いや……それよりも目の前の敵を倒すことに集中しようよ」
魔王の側近と言う最大級の危機を前に俺は仲間の歪んだ趣味と敵の狂気の結婚願望に挟まれてしまった。俺の腹筋は、この状況で笑いと言う名の爆発を必死に堪える。
リーのリーゼントが脱皮したエビの如く外す前よりも大きくなっていたことは触れずにおこう。
俺が我慢の限界なのだ。
しかし現実は悲しきかな、武器を持たない俺はリーの切り札に全てを託すしか無い。痛みが引いて、ようやく起き上がったセイカは本気の目付きで俺たちを睨んでいた。
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