唐突なお誘い
ムクリとベッドから起き上がった。
眠い。
目ボケて思わず、
「ならなりになりなるなれなれ」
と何となく古文の活用語を並べてみる。
「芝崎様ーーーーーーーーーー! おっはようございまーーーーーーーーす!」
しかし俺の寝ぼけなどお構いなしと台風みたいに唐突な来訪者が部屋に乱入した。
世界樹によって邪気を全て取り払われたセイカが、ノックもせずに俺の部屋に入ってきた。ここは異世界市によって譲渡された俺の屋敷、クエストか街にら帰還して昨日は一人飲んで潰れて、そのまま屋敷に帰ってからベッドに飛び込んだ記憶はある。
頭が痛い。
ズキンズキンと確かな痛みが頭に響く。
その痛みに記憶を吸い込まれている感覚がした。
しかしセイカは、その全てを無に返す様に俺の部屋に乱入して喋くりまくるのだ。一人でセイカの相手をするのは正直キツい。
窓から差し込む朝日が眩しくてセイカの声は余計に頭がキンキンする。
あまりの煩さに俺の思わず耳を塞いでしまう。俺の不快感をものともせずアラフォーは一枚ずつ衣服を脱いで突っ込んでくる勢いだった。
我慢の限界に達して一瞬で拳銃を抜いて暴れ回るセイカを押さえ込む。
「挨拶しながら服を脱ぐのやめてくれない? これ以上近付くと撃つよ?」
「もがもがもがもがもがもが(銃口を口に捩じ込んで来て、どうしたんですか)?」
「下半身の拳銃はセイカさんに使う気はないんですよねえ。クエスターになって身元の保証は完璧だから」
「そう思って私も考えたんですけど、芝崎様との結婚は一度諦めようと思いまして」
とセイカは慌てる素振りの一つも見せず冷静に突き付けられた拳銃を退かす。
それにしてもセイカがあまりにも物分かりが良すぎる気がする。
昨日までのセイカなら死に物狂いで俺にしがみ付いて来そうなもので、それがまさか諦めるとは予想外だ。
服を脱ぎ散らかしながらベッドに近づいて来るアラフォーの言葉とはとても思えない。
俺もアラフォーと結婚せずに済んで万々歳ではあるが、逆に怖くなって自然とジト目を向けてしまう。セイカは頭でも強打したのかな?
「その代わり芝崎様の養女になります」
「妖女? 妖怪ってこと?」
「もしくは妹でもオッケーです。とりあえず国家公務員の権限を職権濫用してチョチョイと戸籍をいじってきました」
セイカは堂々と不正を働いたと宣言してきた。
そもそも発言が支離滅裂で寝起きの俺は、
「セイカ・ノベナアーツさん、まだ邪気が残ってるならもう一回世界樹に行っとく?」
と問いかけるとセイカは親指を立てて笑顔で言葉を返してくる。
「セイカは良い子になりました! もう金の亡者だった過去の私ではありません!」
「その自覚はあるんだね。で、お金が目的じゃないとなると何が狙いなの?」
良識ある良い子は年下の男に養子入りなど決してしない。
例え養子縁組だとしたら服を脱ぎながら接近するなど間違いなくおかしい。
「勢いです!」
セイカは良い子になったらしいけど、変わらずバカだった様だ。
セイカは元気に挙手して養子縁組に意味がないと言い放った。あまりの無計画ぶりに俺は徐にベッドから降りてサイドテーブルに置いた花瓶の花に触れた。
移住初日に活けた花は元気に真っ直ぐ背を伸ばす。
「ふう……、人生は計画的に。そこにラブはあるんか?」
「そう言えば、そこのお花は随分と長持ちしてますよね?」
「花瓶の中に水と十円玉を入れてるからね」
「十円玉ですか!?」
「花瓶に活けた花を長持ちさせるコツは十円玉を入れることなんだよ」
「十円……十円……国家予算の十年分が……花瓶の中に……」
「まだ邪気が抜けきってないんじゃない?」
花瓶に中に十円玉が入ってると知るや否やセイカはブツブツと呟いて、その場で震えだす。まるで自分の心に芽生えた何かを押し殺すかの如く、自分に言い聞かせている様だ。
十円あれば街でどれほど豪遊できるか。
彼女の悶えはそう言うことなのだろう。
セイカは、
「うがーーーーーー! 良い子のセイカは我慢……でも花瓶の中に一生遊んでくらせる財宝がーーーーーーーーーー!」
と、悶えながらご近所迷惑レベルの雄叫びを叫んでいた。世界樹の聖なる力とやらは、眉唾ものか?
この屋敷の周囲に民家が無くて助かった。
「さてと、俺はそろそろ街に行くかな。色々と済ませておきたい用事もあるし」
「うがーーーーーーーー! 人生の安泰を取るべきか、その逆か!? 私の心の中で天使と悪魔が囁いてるのーーーーーーー!」
「一応防犯の意味で鍵は掛けておくから。この屋敷は何故か部屋の外から施錠できる造りなんだよね」
自ら体を抱きしめて芽生える善悪にクネクネと苦悩するセイカを見てしまったら当然だった。街に出かけるために戸締りは必要だと、俺は一人部屋を出て外側から鍵を閉めた。
ガチャッとテンプレの施錠音が俺の寝室の中に響くと、中でセイカは嵐の如く暴れ回る。その様子を直接確認できないけれど、その音と声から何となく察することができた。
「芝崎様ーーーーーーーーーーー! ここから出してください!」
「嫌だよ。金目の物は危ないし、セイカさんは人間性が危ないじゃないか」
「どうして部屋の外にまで鍵が付いてるのーーーーーーーー! 翔太お兄ちゃん助けてーーーーーーー!」
「喧しい。アラフォーにお兄ちゃんって呼ばれるとか新手のイジメだよ」
「花瓶から十円玉をくすねたって、このまま監禁されちゃったらじゃ使えないじゃないですかーーーーーーー! 新しい特殊プレーですかーーーーーー!?」
「全く改心してないじゃん。世界樹め、ニートしやがって」
そもそも部屋の内と外の両方に鍵がかかっているなど、これ以外に使い道がないだろう。屋敷を譲渡してくれた異世界市は、この状況を見越していたのではないだろうか?
いつかセイカ以外の異世界市関係者に、その辺りを聞いてみたいものだ。
セイカの叫び声をドア越しで一身に浴びながら俺は階段で屋敷の一階へと降りると、そのまま外へ出た。
屋敷の外までセイカの声は届く。
自分でもやりすぎとは思うけど、それでも彼女のやってることは確実に住居不法侵入なのだから自業自得とも言える訳で。俺は首都に到着するまでの二十分間で、今後のセイカの扱いに真剣に頭を悩ませてしまった。
「お兄ちゃーーーーーーーーーん! 妹を置いていかないでーーーーーーーーーー!」
「何か問題が起きたら、お留守番ってことにしとけばいいか。寝室の中には一週間分の食糧も備蓄されてるし大丈夫だろう」
「ヘルプミーーーーーーーーーーーー!」
チラッと振り返ると顔を部屋の窓に押し付けるセイカが目に入る。
不安しか覚えない絵面が俺の脳裏に焼き付いて離れ無くなってしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「よう翔太」
街に入って大通りでリーとバッタリ遭遇した。
声をかけられてホッとしてしまう自分が情けない、セイカと距離を置けることに安堵は感じるけど、その理由が男と言うのがやはり情けない。
リーの顔を見て早々にため息が漏れる。
「合コンしたいなあ。今度はアラフォー抜きで」
「年齢差とか気にするか?」
「アラフォーとかじゃなかったら良いよ。リーは前回以外のアテがあるの?」
「んにゃ俺はねえ。メボタが一人でクエストした時の依頼主に誘われたんだと」
「メボタか、……行こう」
と一瞬だけ考えたフリを見せてから答える。
元から断る気も理由も無かったけど、全くの考えなしと言う訳にも行くまいと流れで何処ぞの名探偵を気取った仕草から首を縦に振る。
メボタはいい奴だし、気が利く男だ。
流石に前回みたいな地獄にはなるまいと信じたい。セイカと言う唯一無二のアラフォーは、その場にいるだけで地獄は完成してしまう。
あれは二度と味わいたく無いと俺の遺伝子が心で呟くのだ。
「クエストの依頼主と繋がりができることもあるんだ」
「クエストは斡旋所が仲介してくれっかんな、普通はねえよ。メボタの場合は学校関係のクエストだったらしくてよ、達成のお礼に学校に招かれたんだと」
クエスターとは、あまり目立たない存在だと思っていた。
しかしなるほど、仕事がちゃんと評価されて感謝されることもあると知ると、この仕事を選んで良かったかもと内心でガッツポーズをしてしまう。
日本でブラック企業のSEだった時は、こんな想いとは無縁だったからな。
「クエスターになって良かったとか思ってんだろ?」
「まあね」
リーは俺の考えなんてバレバレだったらしい。
「じゃあ今回の合コン相手は学校の先生?」
「んにゃ。学生」
リーの返事が意外すぎて思わず、
「え!?」
と柄にも無く大声を張り上げてしまった。
周囲の視線が集まってしまったから、リーは目立つことを避けるためには歩き出すから俺も流れで隣を歩き出す。
今回の話題はあまり他人に聞かれたく無いから歩きながらの方が気持ちが楽なのだけど。
隣を歩くリーは笑いが止まらない、と言う感じでニヤニヤと笑って再び話し始めた。
「だから言ったじゃねえか、年齢差は気になるかって」
「まさか年下とは……俺の人生史上で初めての感覚だよ。と言うか法律とか、その辺りは大丈夫?」
「なんだ? おめえの国だと年の差が離れすぎてるとマズいことあんのか?」
「……今の言葉を聞いて何かに開眼した気分だよ」
「翔太おめえどうしたんだ? 急に魔力メーターのチャットスタンプみたいな顔付きになりやがって」
寝起きで最悪の気分に陥ってしまった訳だけど、合コンのネタに心が躍ってしまった。ウキウキしすぎて街一番の大通りで周囲の視線を集めてしまうにも関わらず、男二人と隣り合ってスキップを始めてしまった。
それにしても今回の合コン相手は学生か。
「そう言えば、この国って何歳から結婚できるの?」
「二十歳だな」
「うーん、直ぐには無理なんだ。できれば直ぐに結婚したいとこなんだけどねえ。ま、贅沢を言える立場じゃないか」
「例のアラフォー対策か?」
リーに図星を突かれてしまった。
今から合コンが楽しみすぎて、何と言えわれてもスキップのリズムは衰えることはなかった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
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