ふるさと納税をポチって異世界移住
初日はブーストをかけて数話投稿します。
久しぶりに連載をするもので気負いつつも楽しみながら執筆を進めようと思っています。読まれる方もお楽しみ頂けると嬉しいです。
ふるさと納税。
人口が流出する地方と、その逆の大都市との格差是正・人口減少における税収減少対策・地方創生を主目的とした寄附金税制の一つ。
法律の範囲内で地方自治体への寄附金額が所得税、住民税から控除される。
ふるさと納税とは年間所得額によって控除額が変動する。元々の納税額が高いほど控除可能な税額が上がる税制なのだ。
そして納税者には法律に定められた範囲内で自治体から返礼品が送られる。
俺、芝崎翔太はふるさと納税だけが趣味の低所得で残念な二十三歳。外見も至って普通で、何処にでもいそうな巷では量産型モブと恐れられている平凡なサラリーマンだ。
「ま、俺みたいな低所得者には返礼品もモブだよね」
残念すぎて愚痴までもが平凡だ。
残念な俺は愚痴の速度だけは加速気味だ。
低所得者は控除額が少ない、つまり安月給のブラック企業勤めの俺は返礼品の恩恵は薄い。
「ロクな返礼品が無いな……」
零した愚痴は宙に浮かんで消えていく。
それでも、やらないよりはマシ。そんな中途半端にネガティブな考えでログインしたネットの専用サイトから納税先を検索する。
タッタッ。
操作するタブレットをスクロールする際に右手の人差し指が当たる。
一人暮らしのワンルームマンションの一室。コタツに足を伸ばし、ボケーッと何も考えず無防備な状態でジャージ姿のままタブレットと睨めっこ。
そんな時、ふと目に留まった自治体があった。
「……異世界? 返礼品が貰える納税額は……百円、安っ」
日本の自治体に異世界市なんて有ったかな?
「返礼品は庭付き一戸建ての譲渡とセットで自治体への永住権。へー、住居は自治体が準備してくれるんだ。随分と太っ腹だな」
その上、引越し費用も自治体持ちで準備金もある。
思い返してみれば社会人になってから五年間、旅行らしい旅行どころか有給を消化した記憶はない。有給の単語を口にするだけで上司は嫌な顔を向けてくるから休みたいとは口が裂けても言えなかった。
休みたいだけなら働けと言わんばかりに上司は俺を睨んでくる表情が容易に想像が付く。
「……引越しなら有給取得の理由にはなるかな?」
休みたい。
早く寝たい。
頭に本音がソッとを顔を覗かせたと同時に俺は納税手続きを完了させていた。そして明日も出勤かと、小さく溜息を吐いて俺は立地のせいで湿気だらけの狭いワンルームの一室でコタツに潜り込んだ。
このコタツが俺の寝床。
「どうやって有給の話を切り出そうかな……」
消灯した暗い部屋で最大の懸念を口にして意識は遠のいていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
体が揺れる。
久しぶりの感覚だ。
一人暮らしが長いと誰かに起こして貰う感覚を忘れてしまう。ユサユサと誰かが俺の体を揺する、その振動が部屋に差し込む朝日と一緒になって疲弊した俺に起きろと促す。
昨日も残業で終電帰りだった。
だから純粋に眠い。
他人から無理やり起こされると抵抗してしまう。逆に起こそうとする力を振り解こうとベッドの上で全身を揺らしてしまう。
「……ん? ベッドの上?」
ふと違和感が芽生えて眠気は最も簡単に吹き飛ばされてしまった。俺はコタツで寝ていたはず、その俺がどうしてベッドで寝ているのか、と言うのが違和感の正体だ。
パチリと瞼を開けると朝日が眩しさを覚える。その眩しさに自然とウッと声が漏れる。
それと同時に一人の美しい少女の姿が視界に入ってきた。
知らない少女だ、初対面の彼女は茶色の瞳と髪をしており、腰のあたりまで伸びた髪を無造作に括る身なりだった。
外見からからり小柄だけど十代後半だと思う。
そして瞳から怒りを滲ませて俺を睨んでくる。睨まれた俺はと言うと、
「どちら様で?」
と声をかけるのがやっとの有り様。
「……ちっ、これだから高額納税者は」
初対面の美少女に露骨な悪態を吐かれてしまった。
彼女の舌打ちは寝起きの俺を恐怖させる迫力があった。俺は恐怖でベッドの上でピクリとも身動きを取れなくなってしまった。全身からは汗が噴き出して、ベッドに湿気として移っていくのを感じる。
「高額納税者って俺のこと?」
「ウチの街にふるさと納税したでしょ?」
「もしかして君は異世界市の職員さん? 手配もしてないのにもう引っ越し作業が済んだの? 随分と仕事が早いね。え、高額納税ってあの百円ぽっちのこと?」
「……ぽっち? アンタは……百年分の国家予算をサクッと納税しておいて『ぽっち』なんて言葉で終わらせちゃうの!?」
少女の怒りの爆発は前触れなど微塵も無く、火山が噴火すると言う表現が一番しっくりくる。
彼女は俺の体に触れていた手を離してスッと立ち上がった。白いシャツの上から女性用のリクルートスーツを着込んだ少女は全身を小刻みに震わせていた。
オデコに漫画みたいな血管を浮かばせた彼女。
名前すら知らない美少女は今度は鬼の形相となって俺から布団を剥ぎ取ろうと襲い掛かってきた。
「……もしかして襲われる?」
「襲わないわよ! アンタ、自分がしでかしたことの自覚あんの!? 私は返礼品のために準備されたアンタの嫁なのよ!!」
「嫁? 俺の? 君が?」
「返礼品の永住権はこの世界の人間と結婚しないと手に入んないのよお!!」
胸ぐらを掴まれて頭をグルグルと回される。
少女は見た目にそぐわない腕力の持ち主で、泣きじゃくりながら暴走する。寝起きで低血圧の俺を更に追い込んで来るのだ。
しかも微妙に会話が成立しない。
周囲の状況はそれ以上に整合が取れない。
質素なワンルーム賃貸でコタツに潜り込んだはずが、目を覚ませば木製ながら広々とした部屋の中で、フカフカのヘッドにいたのだから。視界に入る家具も明らかにグレードが上がっている。
更に言えば美少女付き物件なんて俺の人生では有り得ない事態。
「永住権ってふるさと納税の返礼品のこと? ……え? あの百円ぽっちがそんな大ごとになっちゃうわけ? 百円が百年分の国家予算? 子供のお小遣いとかじゃなくて?」
「ここはアンタが住んでた世界とは別の世界なの! 今は極度の円高で一円がウチの国の国家予算と同じ価値なんじゃい!!」
「え? ここって日本国異世界『市』じゃなくて異世界なの?」
「そうだって言ってるでしょ!!」
「マジで? この世界って国家予算の十年分でやっと日本の駄菓子が一個買えるレベルなの?」
「うきいいいいいいいいい! 腹立つ言い方すんじゃないわよ!!」
そう言われて、ふと思い出す。
昨日は残業疲れでポケットに財布を突っ込んだままだった。昨日はちょうど給料日で何も考えず銀行から百万円を下ろしたばかり。
低血圧の頭で、ふと視線を泳がすと俺の通勤カバンが目に入る。
近くのコンビニで買い込んだ駄菓子とカップ麺が入ったままだ。怒りに震える少女を忘れてウンウンと頷いたまま考え込んでみる。
少女は俺の態度が気に入れなかったのか、
「シカトすんな!」
と鼻息を荒げて今にも俺を噛み付かんとばかりに荒れ狂う。
「もしかして俺って勝ち組ですか?」
「うっさい! 納税者になって街の広場に名前が掲示されたからって調子に乗んな!」
「異世界……魔王が存在したら金で解決すればいいのか?」
「いるけど!? 魔王はいますけどお金で解決なんてできるかい!! くっそお、こんな嫌な奴と結婚して私の大切な貯蓄が共同財産扱いされるとか死んでも嫌なんですけど!」
「有能な冒険者のほっぺを札束で叩けばいいじゃん。お金の匂いで英雄を狂わせればいいんだよ、こんな感じにペチペチって」
「あん! ああん、あっ……あ〜〜〜ん♡」
少女は分かりやすい性格なのだろう。
試しにと札束で少女を往復ビンタしてみると、彼女の茶色の瞳が『$マーク』に変貌を遂げた。大して力を入れていないにも関わらず少女は恍惚とした表情で床に倒れ込んでいた。
その姿勢のまま心臓はハート型になって心拍数を上げる。鼻からは出血多量を心配してしまうほどの鼻血が変わり果てた美少女から勢い良く溢れ出る。
百万円札はこの世界では『夜の聖剣』になり得るらしい。
ふるさと納税で移住して早々の爽やかな朝に鼻血まみれの美少女が床で気絶する、
「ハアハア」
と興奮気味のその様子は彼女がいない歴二十三年の童貞には刺激が強かった。
少しだけ心の整理をしようとカーテンから外を覗いて、これまたふと思い付く。
「……あ、俺の貯金。社会人になって残業ばかりで、割と貯まってたんだよなあ」
「はあはあ、はあ〜〜〜ん! この世界にもメインバンクならATMはあり……ます♡」
少女は床で悶える。
ゴロゴロクネクネ、時には体をピーンと伸ばして札束の呪縛から逃れようとしているのか、奇行を繰り返す。奇行の合間を縫ってションベン小僧みたいに鼻血を噴水するのだ。
これまでの人生でお金がここまで恐ろしいと感じたことはない。
俺の社会人五年間の貯蓄が無事だったことは素晴らしい。
それでも永住権のために準備された嫁が『コレ』ですよ?
さっきからずっと叫いたり奇声を上げたりと、見た目を全て台無しにするこの子が俺の嫁だよ?
札束でノックアウトされた少女は俺の目の前で、ずっと痙攣しっぱなしなのだ。不安になるな、と言う方がおかしい。俺の感情とは真逆に燦々(さんさん)と輝く朝日が不安を煽ってくる。
ピクピクと全身を痙攣させる少女に歩み寄ってしゃがみ込んだ俺が、
「納税者に嫁の選択権は無いの?」
と呟くと彼女は、まるでホラー漫画みたいな表情を浮かばせながら
「……キャンセル料が発生しますが?」
と返す。
初めて彼女に敬語を使われてしまった。
「税制なのにキャバクラと同じシステムなの?」
「お願いします! 私と結婚して下さい!」
と少女はジャパニーズ土下座の姿勢で地面にオデコを擦り付ける。引くほどの掌返しと、あまりの必死さに流石の俺も顔が引き攣ってしまう。
「さっきは嫌がって無かった?」
「ドン引きするレベルの資産家だったもので!」
君の返しに俺がドン引きだよ。
資産家なんて初めて言われてしまった。
「そもそも、この国はどうして異世界でふるさと納税なんてやってるの? この世界から見たら日本は異世界だよね?」
「実は長年に渡る魔王との闘いと素人同然の外交で経済がボロボロになりまして。為替レートで、この国の通貨・ペレスは一円二十億ペレスにまで暴落したんです。因みに私はこの税制の責任者兼景品です」
要約すると彼女は為替暴落の責任を負わされて景品にされた、と言うことだろうか。
「お願いだから土下座はやめない? こうしてベッドに座ったまま君を見下ろしてるとさ、客観的にヤバいんだよね。それから、そろそろ君の名前を教えて欲しいんだけど?」
「セイカ! セイカ・ノベナアーツでっす、数年前から国家公務員をやらせて頂いてます!! 身命を賭して、夜のお相手を勤めさせて頂きやす!!」
「……周囲は民家なし、と」
さっきからセイカが危険な発言ばかり繰り返す。
誰かに聞かれたら間違いなく誤解を受けるだろう言葉の数々に俺はビビって窓から周囲を確認してしまった。今いる建物の外観は分からないが、周囲は大きな街の郊外らしい。
辺りに民家は無く、目を凝らすと遠くに街と思しき城壁が目に入った。
まずは、この会話が誰かに聞かれる心配はないとホッと胸を撫で下ろすことができる。どうして刑事ドラマの取り調べの一コマみたいなことをしないといけないんだろう?
若しくはアニメや映画に出てくる悪役貴族にでもなった気分だ。
「あのさセイカさん、お願いだから土下座の姿勢のまま少しずつ服を脱ぐのやめない?」
俺が彼女にそう声をかけると
「ウチには食べ盛りの妹たちが四人もいるんです!」
と返して脱衣を止める様子は無かった。そのあまりの器用っぷりに俺は更に不安が蓄積してしまう。
異世界に移住したことは、百歩譲って良しとしよう。
元々、俺は日本での社畜生活に限外を感じていたから目も瞑ろう。
それでも変態を嫁に欲しいとは思いません。
いくら一度も女の子と付き合った経験が無くとも、相手が美少女だとしても変態はゴメンだ。そう言う感情が顔に出ていた様で。
朝の爽やかさをぶち壊さんと、俺の不満を敏感に察知したセイカの変態はさらに加速していった。
「あのさ、お願いだから土下座のまま脱いだ衣服にアイロンをかけて綺麗に畳むのやめてくれない?」
「莫大な資産をしゃぶり尽くすためには時間がかかります。長期戦になります……どうか私に契約のお情けを」
「パラサイトかよ。接待とは名ばかりの、ただの精神的な拷問じゃないか」
自然と目線は窓の外に向いた。
俺の本能が、この少女は本当に危険だと感じ取った。背中から死神の形状をした凶々しい彼女のオーラがそれを物語る。そのオーラが俺にしか聞こえない不気味な笑い声を上げる。
ワンルームでコタツに潜り込んだはずが、一晩経って異世界で目を覚ました。
この地獄とも思えるセイカとの問答は終わりの目処が立たない。セイカが俺に異世界のことや、今後の生活について説明してくれるまで丸一日かかるのだった。
それまで徹夜で俺は彼女に説得を試みるしかなかった。
「せめて……せめて私に景品としての矜持を全うさせて下さい!」
「だから、そう言って自分の体にリボンを巻き付けるのやめてくれない?」
セイカのあまりの必死さに顔面の痙攣が止まらない。
その異変が伝わったのか否か。
目の前の少女はゴリラみたいな彫りの深い表情で俺を見つめるのだ。逆に感情が全く伝わって来ない、最早初対面で抱いた美少女と言う印象は皆無である。
すると今度はセイカは絵文字みたいな顔つきに変わる、おそらく彼女なりに悩んでいるのだとは思うけど、
「お前のせいだ」
とは口が裂けても言え……なくも無いのか?
ついにはセイカの口から、
「私の全財産を差し上げても構いませんので、どうか結婚を!」
と本末転倒真っしぐらな言葉まで飛び出してくる始末だ。
俺が、
「俺の財産狙いで結婚するのに自分の財産を差し出しちゃうのはヤバくない?」
と返すと、
「中学を卒業と同時に就職して二十三年間必死こいて貯金してきた苦労は、きっとこの時のためだったんです!」
と自分の人生を棒に振った様な発言を自信満々の顔で投げ返されてしまった。
……ん?
中学を卒業してから二十三年間?
「あのさセイカさんって何歳なの?」
「三十九歳!!」
「三の倍数だから? 年齢を叫んで顔がアホになってるんだけど」
「誠意だけは誰にも負けません!」
最早、その残念なアホ顔のせいで誠意のカケラも感じることはできない。美少女どころか美魔女だと判明したセイカ、その事実は俺の顔に襲いかかる痙攣をさらに悪化させてくるのだ。
移住前のワンルームとは比較にならない広々とした屋敷の一室で男女が二人、その年齢差は十六。
これが俺、芝崎翔太の異世界生活の全ての始まりである。鼻血を噴射させて悶えるセイカから銀行通帳を差し出されて、ポリポリと頭を掻いては人知れずため息を吐くのだった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
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