婚約破棄を告げられましたけど、現実的に反論して勝利しました
どこかの国の、貴族が存在する世界の、お話です。
「ブリランテ侯爵令嬢! あなたの悪行の数々、俺はこれ以上許すことは出来ない! 今を以てあなたとの婚約は破棄する!」
王城主催の舞踏会、出席者全員が集まり、挨拶も終わり、さてそろそろダンスが始まるという直前。
出席者のカップルどうしが舞踏場の真ん中に集まってきたタイミングで、その一番中央で、いきなり大きな声が上がった。
背景で演奏していた弦楽隊も思わず演奏を止めたため、辺りを静けさが襲う。
大声で宣言したのは、この国の王子、ペルデンドシだ。豪華な金髪に、紺を基調とした衣装に身を固めている。
そしてその手には小柄な令嬢がしがみついている。ピンクゴールドの髪をふわふわにおろしたまま、花やリボンで飾り、可愛らしいピンク色でレースをふんだんに使い、胸元露出の多いドレスを着用した、ジェメンボンド男爵家のラメンタビレ令嬢だ。
婚約破棄を言い渡されたジュスタメンテ公爵家のブリランテ令嬢は、彼らに相対する場所で一人で立っている。
ラメンタビレ嬢とは正反対に、シルバーゴールドのストレートな髪を品よく結い上げて、落ち着いた藍色のドレス姿。ぺルデンドシよりは低いが、ラメンタビレよりは背が高く、大人びた顔をしている。その彼女は表情一つ変えずに言った。
「ペルデンドシ様、いきなり、なに事ですの?」
「とぼけるな! あなたがこのラメンタビレ嬢にしてきた数々の嫌がらせ、いや、犯罪行為を、この俺が知らないとでも思っていたのか!」
「その数々の嫌がらせとは、いったい何のことでしょうか?」
「この期に及んでも認めないのか!」
ペルデンドシは口から泡を飛ばす勢いで、ブリランテを怒鳴りつけた。だがブリランテは顔色一つ変えない。それがペルデンドシの気に障る。
「いいだろう、証拠を提示してやる!」
そう言うと、側に控えていた、アヴァンドーネ公爵令息が一歩前に出た。
「一つ! 過日に行われました茶会会場にて、ラメンタビレ令嬢を、ブリランテ嬢が平手打ちしているのを目撃しました」
次にブッフォ公爵令息が一歩前に出る。
「私も、過日行われた茶会会場にて、ブリランテ嬢がラメンタビレ男爵令嬢に足を掛けて転ばせている所を目撃しました!」
さらにチヴェッタンド伯爵令息も進み出る。
「私はブリランテ嬢が、ラメンタビレ嬢を池に突き落とすところを見ました!」
デテルミンナート伯爵令息が続く。
「ラメンタビレ嬢のドレスを破いたところを見ました!」
ドッリオーソ子爵令息は、痛ましそうにラメンタビレ嬢を見ながら言った。
「私はブリランテ嬢が植え込みの中にラメンタビレ嬢の荷物を捨てている所を!」
エスティングエンド子爵令息は、オドオドしながら
「お茶会の席で、ラメンタビレ嬢にお茶をかけたところを見ました」
フィーノ男爵令息は、決然と
「ラメンタビレ嬢がお茶会に来た時に、ブリランテ嬢が命令して追い返している所を見ました!」
そして再びペルデンドシが進み出た。
「ブリランテ、あなたは先日とうとうラメンタビレを階段から突き落としたな! 殺人未遂だ! 長年、婚約者として共にいたが、そのような犯罪者を許すわけにはいかない。本来ならば数々の証言から、あなたを犯罪者として裁きに掛ける事も出来る。だが私にも婚約者だった情けがある。あなたがラメンタビレに謝罪するのなら、婚約破棄だけで許してやる!」
会場は静まり返っていた。皇太子側には、先の令息たちが集結しており、ブリランテ側には招待客たちがその後ろでハラハラと見守っていた。
ブリランテは無表情のままで聞いていたが、1つため息をついた。
「わたくしの罪状とやらは拝聴いたしましたが、わたくしからもお聞きしたいことがございます」
「なんだ!? 申し開きなら聞かんぞ!」
「まずお聞きしたいのは、ペルデンドシ様にしがみついているその令嬢は、どなたですか?」
「は?」
ペルデンドシはぽかんと口を開けた。何を言っているのだこのひとは。どこまでとぼけるのか。猛烈な怒りがわいた。
「とぼけるのもいい加減にしろ! 私のラメンタビレを侮辱する気か!」
「ああ、そのお方がラメンタビレ嬢なのですね。侮辱も何も、直接お目にかかるのが初めてなので」
「先ほどの告発を聞いて、それでも会ったことがないと誤魔化せるとでも思うのか!」
「それともう一つお聞きしとうございます。なぜそのラメンタビレ嬢はペルデンドシ様にしがみつき、ペルデンドシ様はそれを許容されているのです?」
「あなたからラメンタビレを守るためだ! それに、俺はこのラメンタビレと結婚するのだ!」
「なるほど……」
すっとブリランテの手が動き、開いた扇子で口元を隠し、目を細める。
「異議は認めないぞ! 犯罪者と婚姻を結ぶほど俺は愚かではないからな!」
「わたくしも、犯罪者と婚姻を結ぶほど愚かではございません。婚約破棄を受け入れますが、その前に」
ブリランテはスイ、と1歩前に出た。
「濡れ衣を着せられたままではいられません」
「濡れ衣だと!? どの口でそんなことを!」
激昂するペルデンドシを無視して、ブリランテは体の向きをアヴァンドーネ公爵令息に向けた。アヴァンドーネは、ラメンタビレを庇うように一歩前に出る。
「先ほどアヴァンドーネ様は、わたくしがお茶会でその令嬢を叩いたとおっしゃいましたね。どのお茶会ですの?」
「私の家の茶会です。私は確かに見たんです。誤魔化そうとしても無駄ですよ」
「アヴァンドーネ宰相閣下のお宅でのお茶会でしたか。ではそれは事実ではありませんね」
「はあ!? 私が見たと言っているだろう! 私が嘘をついているとでも言うのか!」
「きっとアヴァンドーネ様は本当に見たのでしょう。でもそれは少なくともわたくしではありません」
「何を愚かなことを!」
ブリランテはパシリと音を立てて扇子を閉じた。その音でアヴァンドーネが一瞬怯んだすきに、ブリランテは隣のブッフォ伯爵令息と目を合わせた。
「ブッフォ様、わたくしが令嬢を転ばせたというお茶会は、どちらのお屋敷でしょうか?」
「う、うちで主催した茶会です」
「そうですか。もしかして、ほかの皆様のお宅や、招待されたお宅で開かれたお茶会で、わたくしが狼藉を働いていた、と言う事でようございますか?」
「そうだ! だから誤魔化せない事をようやく悟ったか!」
ペルデンドシが鼻息も荒く吠える。ブリランテは礼儀正しくそれを無視して続けた。
「場所に関しては承知いたしました。次に皆様にお聞きしたいことがございます。アヴァンドーネ様、まず、あなたは何故その場面に居合わせたのですか?」
「うちの庭を私が歩いていて何が悪い!」
「なるほど、偶然ご覧になった、ということですわね?」
ブリランテが再び扇子で口元を隠す。
「では次に、チヴェッタンド様。あなた様はわたくしがラメンタビレ嬢を池に突き落とすところをご覧になって、どうなさったのですか?」
「どう、とは?」
質問の意味が分からずに、チヴェッタンド伯爵令息は聞き返した。
「その場面をご覧になって、そのままその場を去られたのですか?」
「違う! 突き飛ばされたのを見て、急いで池に行ったが、池から這い上がっていたラメンタビレ嬢の傷などの状態を確かめて、私の部屋で治療と着替えを」
ブリランテの目がツイと細められる。
「わたくしが去るのをただ見送っていただけで、何も言わなかったのですね」
「もうあなたは去った後だったんだ! それにあなたは公爵令嬢だし、皇太子の婚約者だし……」
「ではデテルミンナートさまはいかがでしょうか? ドレスを破いたというわたくしを、そのまま見送ったのでしょうか? そしてお部屋でラメンタビレ嬢のお着替えを?」
「あなたの逃げ足が速いのと、やはり私の身分ではあなたに文句は言えませんからね」
デテルミンナート伯爵令息は忌々しそうに吐き捨てた。
ドッリオーソ子爵令息とエスティングエンド子爵令息はブリランテから声を掛けられる前に言った。
「私もそうです。あなたに文句など言えない。だから、捨てられていた荷物を回収してラメンタビレ嬢にお渡ししたのです!」
「私もです。あなたや取り巻きが去ってから、ラメンタビレ嬢を部屋で着替えさせました」
「どなたさまも、わたくしには一言もかけなかったのですね」
「私は、フェリチータ子爵家に招かれて、到着した際に見たのです!」
フィーノ男爵令息も追随する。彼らの立場では、侯爵令嬢に声を掛ける事すら許されない。
ブリランテは一度目を伏せた。
それを見て、ペルデンドシ王子は腕を組んで言った。
「俺は、王城の階段でラメンタビレ嬢を見かけて、声を掛けようとしたんだ。その時にあなたが階段上から降りてきて、すれ違いざまにラメンタビレを突き飛ばした。間違いない。この目で見たのだからな!」
「そうですか」
「とうとう観念したか! この極悪人が!」
「勘違いなさっているようですが、わたくしはそのラメンタビレ嬢にお会いするのは今日が初めてだと申し上げたはずです」
「ま、まだそんな事を言うのか!」
「皆様にお聞きしたいのですが」
ペルデンドシを無視して、ブリランテは言った。
「結局のところ、どなたも遠目でその場面を見ていただけで、皆様の目の前でわたくしが狼藉を働いたわけではないのですね」
「そ、そうかもしれないが、あなたが狼藉を働いたのは確かだ!」
「それの証拠が皆様の証言ですの?」
「それだけあれば十分だろう!」
激昂するペルデンドシに、ブリランテはゆるく首を振った。
「それならわたくしも、わたくしがやっていないという証拠を提示してみせましょう」
「そんなものがあるはずがない!」
「いいえ。ございますわ。……警備局長、いらっしゃいますよね?」
ブリランテが会場をちらりと見て言うと、ペルデンドシの後ろの方から、壮年の男性が青い顔をして近づいてきた。
「お呼びでしょうか」
「チヴェッタンド伯爵、警備局長としてお聞きいたします。そのようなわたくしの報告は、あがっていますか?」
「……いいえ、一切、そのような報告はございません」
「と言う事ですよ、殿下」
「いちいちあなたの行動報告など、警備局に上がるわけがないだろう!」
「何をおっしゃっているのですか、殿下」
ブリランテがペルデンドシを見る。その視線には、なんの感情も無かった。怒りも、呆れも。それにペルデンドシは少し動揺した。
「わたくしは殿下の婚約者。将来の皇太子妃です。それにここにいる令息令嬢には、全員必ず護衛が付いております。もちろん殿下にも」
「確かに護衛はいる。だがあなたはその護衛がいない時に嫌がらせをしかけていたであろうが!」
「殿下、そのようなことは不可能です。わたくしと殿下には、暗殺や誘拐防止のために、王城からの手練れの護衛が必ず付いておりますわ。わたくしの自宅の自室ならともかく、外出先で、しかも陰で護衛しているものを振り切って行動するなど、不可能ですわ。殿下もそうでしょう?」
二人の側には、近くに二人、少し離れて二~三人、顔も知らない護衛が更に三~四人は必ずいる。しかもお茶会に出かけた先となれば、出かけた家でも万が一があってはならないから、互いの家の護衛がブリランテから目を離すようなことはない。
「わたくしの行動は、その護衛の者たちが逐一報告をしております。わたくしが皇太子妃にふさわしくない行動をしたら、すぐさま報告され、わたくしは注意を受けます。ですが、その報告があがっていないのですよね、チヴェッタンド伯爵警備局長」
「はい」
「う、嘘だ! 護衛を買収して嘘の報告をさせているんだ! 城の階段で突き落とした件は報告されているだろう!?」
「階段で落下事故があった報告は確かに受けております」
チヴェッタンド警備局の答えに、ペルデンドシはほらな、と頷いた。
「やはり、あなたがしたことだと証明できたじゃないか!」
「恐れながら殿下、事故があった報告はございましたが、それにブリランテ様が関わっているという報告はございません」
「なんだと!? ならばやっぱりブリランテが護衛を買収して、嘘の報告をさせているんだ!」
「誰とも知らない護衛を買収ですか?」
「あなたなら調べられる! 毎日王城に来て、書類をチェックしているんだからな!」
「確かに毎日登城しておりますし、書類仕事もさせていただいておりますが、護衛の名簿は見せていただけません。わたくしの仕事中ももちろん護衛が居りますし、何よりも同室内にはブッフォ公爵事務局長もいらっしゃるのですよ、そのような書類をわたくしに触らせるわけが、ございません」
「み、見ていないときに……」
「ですから、ブッフォ公爵の護衛も控えている所ですし、他の事務員もいます。そこで誰にも見られないように、与えられた書類以外を触ることは不可能です」
淡々と言うブリランテに、ペルデンドシは圧倒され、一歩下がってしまった。
「それともう一つ。どのような身分の者であれ、わたくしの不正を見て見ぬふりをする者など、国をつかさどるものとしていかがなものでしょうか」
「ど、どういうことだ!」
「先ほど皆さん、私よりも身分が低いからとおっしゃっていましたが、それではわたくしだけでなく、他の者が犯罪を犯しても、身分が高ければ見逃されてしまう。そんな脆弱な者たちが、この国を守って行けるのでしょうか」
「だから、俺が断罪を!」
「殿下も、わたくしが逃げる? のを見逃したのですわよね? 殿下がその女性を介抱するのに忙しかったとしても、護衛の方にわたくしを追うように命じれば、わたくしなどすぐに捕まったはずですよ? そうすればわたくしとて反論も出来なかったはず。なのに何故、完全に逃げるまで放置したのですか?」
「そ、それは、ラメンタビレが心配で、そこまで気が回らなかったんだ!」
「そのように状況把握が遅いのは、皇太子としていかがなものでしょうか」
「貴様! 俺を侮辱する気か!」
「あら怖い」
ブリランテは全く動じずに言う。それにペルデンドシは怒り、同時に恐れを感じた。この女はなぜここまで動じないのかと。
「もう一つ、皆様に重要なことをおたずねしましょう。わたくしが狼藉を働いたその場に、わたくしとラメンタビレ嬢の他には、どなたもいらっしゃらなかったのですか?」
「必ず取り巻きの令嬢たちが、2人いました!」
元気な可愛らしい声が、ペルデンドシの脇から上がった。ラメンタビレその人だ。
「ラメンタビレ、取り巻き、とは言い方が悪いぞ」
ペルデンドシが優しく諫めるが、ラメンタビレは気にせずに続けた。
「だって、いつでも一緒にいるじゃないですか。取り巻きとしか思えませんよ」
「ラメンタビレ」
「取り巻きではございませんが、必ず2人、居ましたわね?」
「ええ。ブリランテ様の後ろで、いつも笑って見ていらっしゃったわ!」
ラメンタビレが声高に訴える。それにペルデンドシがそうかそうか、と頭を撫でてたのを、ブリランテは平然と見ていた。
「次に、いまご指摘のあったお茶会ですが、そこにラメンタビレ嬢が参加することが、まず不可能です」
「は?」
「な、何を言っているんだ!」
「ペルデンドシ様、またブリランテ様が私をいじめる!」
ブリランテの発言に、断罪してきた令息たちが激昂し、ラメンタビレはペルデンドシに強くしがみついた。
「お静かになさってください。まず、男爵令嬢が伯爵以上の家に招かれることは、まずありませんわ」
「な、何だと!!」
「いやあぁぁ! ブリランテ様が、私を差別するのぉぉお!」
ペルデンドシの怒声、次いでラメンタビレの泣き声が上がり、周りの令息たちがラメンタビレをなだめようと近寄る。ペルデンドシは怒りを込めてブリランテを睨んだ。
「あなたの今の発言は、身分差別に他ならない!」
「上級貴族と、下級貴族が同じ立場にいないことは、殿下もご存じのはずですわよ」
「ああ、俺もそんなくだらない立場にこだわっていたけれど、ラメンタビレが身分の違いなど、くだらない事だと教えてくれたんだ!」
「確かに庶民でも、下級貴族でも優秀な者はいますわね。でもそれでは貴族制度が成立いたしません」
「それならば、そんな制度は撤廃してしまえばいい!」
「それは素敵な考え方ですわ。わたくしも賛同いたします。でも今はまだ、貴族制度の上に成り立っております。ですから現在、男爵が伯爵以上のお茶会に呼ばれることは、ありませんの」
そこで一度言葉を切ったブリランテは、周りを見回す。彼女の後ろに控えている貴族たちが全員、頷いている。
「今日は国中の貴族を招いた舞踏会ですから、デビュタント前の適齢期にある令息令嬢、全員に招待状を送っております。でも昼間のお茶会は、同じ階級の貴族同士の場です。とても仲が良ければ招待することもあるでしょうけれど、申し訳ないけれど、ラメンタビレ嬢と親しくしている上級貴族を聞いたことがございませんの」
「それは、うちが招いているんだから、関係ないだろう!」
「そうだ、うちもだ!」
そう抗議の声を上げたのは、伯爵以上の4人の令息だった。それにブリランテはゆっくりと首を振る。
「殿方はご存知ないかもしれませんわね。お茶会は女性の社交の場です。そこにそれぞれの家と全くつながりのないラメンタビレ嬢が招かれることは、ございません」
「招いてもらったもの! アドヴァンさまと、ブッフォさま、チヴェさまに、テデルさまに!」
「そ、そうだ、我らが招待したのだ!」
「何のつながりでラメンタビレ嬢を招待したのです?」
「そ、それは、友人として!」
「そうよ、私たち、お友達だもの!」
「それがあり得ないのですよ。先ほども申し上げた通り、お茶会は女性のもの。そこに男性が入り込む隙間はありません。あるとしたら、とても近しい人として紹介したいときだけです」
「だから、招待してもらったのよ、ペルデンドシ様の婚約者になるんだもの、皆様に挨拶してあたりまえでしょう?」
ラメンタビレはペルデンドシと腕を組んだまま、4人の令息ににっこりと笑いかけた。4人も嬉しそうに笑い返す。しかしブリランテの声が、4人の笑顔を凍り付かせた。
「でもその時はまだ、殿下の婚約者はわたくしでしたわ。でしたらやはり、男爵のあなたが伯爵以上のお家に招かれることはありませんし、そのような理由で招いて良いはずがありませんのよ」
「屁理屈はどうでもいい! そんな事で自分を正当化しようとしても無駄だ! それにこの国は一夫多妻制だ! 婚約者が2人いても問題はない」
「あらあらまあまあ」
初めてブリランテはため息をついた。
「殿下はこの国の皇太子なのに、そんな基本的な法律もご存知ありませんの?」
「な! 侮辱するな!」
「侮辱ではございません。良いですか? 確かに我が国は、貴族とそれに準ずる、家柄を存続させる必要のある家に対してのみ、一夫多妻制を布いています。しかしそれは、結婚後3年間、世継ぎが出来ない場合のみです」
「それがどうした!」
「その前に、婚約者や伴侶以外の異性と親しくすることは、浮気とみなされ、処罰の対象となります」
「え……?」
ブリランテはファサッと扇を動かした。
「今、私に相対していらっしゃる7人のご令息も、彼女を親しい存在として、ご自身のお部屋にまで迎え入れている。皆様婚約者がいらっしゃるというのに、ずいぶんと親しいこと」
「そ、それは……!」
ブリランテは扇を閉じて、その先をチヴェッタンド伯爵令息に向けた。
「池に落ちたラメンタビレ嬢を、お部屋に連れ込んで、着替えさせたのですよね?」
「いや、それは、その!」
次いで、扇の先をデテルミンナート伯爵令息に向ける。
「ドレスが破けた彼女を、お部屋で着替えさせたのですよね?」
「……」
エスティングエンド子爵令息に向けて。
「お茶を被った彼女を、お部屋で?」
「……」
ブリランテはそのままくるりと後ろを振り向き、つづけた。
「女中にまかせるのならばまだしも、男性の部屋に女性を連れ込んだ上に、お着替えをさせた。……貴族としていかがな物かしら。ねえ」
ざわざわとその場にいた招待客がするのを見て、8人は焦り始めた。
自分たちは悪くない。悪いのはブリランテなのに、何故自分たちが咎められているのだろうか。
ブリランテが再び振り向いた。
「何よりも、今皆様がおっしゃったお茶会に、わたくし、参加しておりませんの」
「そんなわけがあるか! お前は確かにあの場にいた!」
「とうとうお前呼ばわりですの? 殿下。それは置いておくといたしまして、殿下。お忘れですの?」
「何をだ!」
「わたくし、お妃教育で、昼間は毎日登城しているんですのよ? お茶会も王城で主催されるもの以外は、出席しておりませんの」
「……は?」
ブリランテはふう、とため息をついた。
「朝は9時から夕方5時まで。お妃教育と、書類仕事でお城に詰めっぱなしです。王妃様主催のお茶会には参加いたしますが、それもお妃教育の一環で、遊びではございません。それに先ほど殿下もおっしゃったじゃないですか、『毎日王城に来て、書類をチェックしている』と」
「あ……」
「で、ですが、私は確実に見ました!」
「それがおかしいのです。わたくしはお城にいました。万一抜け出したら、大騒ぎになります。わたくしがいるはずのない所で、なぜか皆様が偶然、居ないはずのわたくしに、ラメンタビレ嬢が被害にあっている場面をご覧になっている。ラメンタビレ嬢は本物でしょう。皆様が招待していらっしゃるのであれば、敷地内にははいれますから。でもお茶会に参加することはできません。ですから一人離れたところで、わたくしに似た人に、乱暴されていたのかもしれませんね」
「お茶会に参加したし、あたしをいじめたのは、ブリランテさまよ!」
「ですから、わたくしは参加しておりませんのよ。その証拠は王城にたっぷりとありますわ。皆様のように、証言だけではなくて、わたくしがサインをした書類や、わたくしが参加していた公開講座、わたくしが演奏していた演奏会。わたくしが参加していた、王妃様主催のお茶会」
「そ、そんな……」
子爵令息二人が崩れ落ちた。何か思うところがあったのだろう。他の令息とペルデンドシもさすがに反論が出来ないでいる。
「それともうひとつ。お二人、出てきてくださいな」
「はい」
ブリランテが後ろの観衆に声をかけると、返事と共に、着飾った女性とそのパートナーの男性が一歩前に出てきた。周りに溶け込んでいたが、すぐ後ろにいたのだ。
「ラメンタビレ様、貴女のおっしゃる、わたくしと一緒にいる2人とは、この2人で間違いございませんか?」
ラメンタビレはいぶかしげに眉をひそめた。
「女性は確かにそうですけれど、私は令嬢と言ったでしょう?」
「貴女には認識出来ないかもしれませんけど、この二人がいつも一緒にいる二人ですのよ。今日は舞踏会ですから、女性二人では不自然ですから、一人が男性の装いをしているだけです。そしてこの二人が、王家から派遣されている、私の護衛であり、監視役ですの」
「監視役!?」
「わたくしの一挙手一投足は、彼らによって王城近衛と警備局に報告されています。もちろん他家に出掛けるとなれば、必ず連絡が行きます。その報告は書類として警備局に保管されますわ。それを調べればわたくしの潔白はすぐにわかります」
そんなことになっているとは知らなかった七人の令息は真っ青になった。
「第一、わたくしが本当に嫌がらせをするのであれば、そのように見られる可能性のある場所でなどいたしませんし、直接手を出さなくても男爵家を没落させればいいのです」
「没落だと!? やはり悪女だな、貴様! 何の冤罪で没落させると言うのだ!」
「少なくとも、侯爵令嬢の婚約者を誘惑して奪うだけでも、立派な罪ですわよ」
「そんなもの! 貴様が悪女だからだ! ラメンタビレに罪はない!」
「でしたら、浮気をしたペルデンドシ様が悪いという事になりますね?」
「はあ?」
ブリランテは、はじめて嫌悪感を顔に出して二人を見た。
「わたくしは殿下と手をつないだこともありませんのに、先ほどからコアラのようにしがみついて。それをお許しになる殿下も、不義密通ですわよ」
結婚前の男女が人前でこのように密着することは、マナー違反である。唯一それが許されるのはダンスの時のみ。だから貴族はこぞってダンスに参加するのだ。
「なによ! 自分が相手にされないからって、嫉妬しないでくださいな!」
「しておりませんが、何か?」
「え、してないの?」
「10歳の時から7年間、婚約者でしたから、それなりに愛情はあったのですが、婚約破棄された瞬間にすべて消え失せました。正直なところ、殿下とあなた様がどうなろうとわたくしには関係ありませんし、興味もありません」
「え、ないの? 私に殿下とられちゃったのに?」
「誘惑に簡単に負けるような、下半身でしかものを考えられない人間には、興味がありませんから」
「なにそれ、酷い!」
ブリランテはペルデンドシに言った。
「以上、わたくしの潔白を証明いたしましたが、反論はございますか? ああもし信用できないとおっしゃるのなら、王城の警備局と近衛隊、それに事務局に王妃様、それらをも信用できないという事になりますので、発言には十分注意なさった方がよろしいかと?」
「……」
「でもわたし、ブリランテ様にいじめられたもの! みんな、見たでしょう?」
それに8人が何度も頷く。確かに見たのだ、自分たちは。
「もしや、ラメンタビレ嬢のお芝居だったのではございませんか?」
「は?」
「わたくしに似た格好をさせた女性に、ラメンタビレ嬢をいじめる役をさせたのでは? それを皆様が目撃するタイミングで」
「あ……」
「もしかしたら、皆様がその場にいたというわたくしを追おうとしたとき、どなたかが引き留めたのではございませんか?」
「あっ!」
8人が、唖然とした表情でラメンタビレを見る。
「その場にわたくしはいなかった。そのくらい、わたくしのスケジュールを調べればすぐに分かったのに。特に殿下、あなたはわたくしが王城にいることを知りながら、そのような甘言に騙されるなんて」
「嘘……?ラメンタビレが……?」
「う、嘘なんて言っていないわ! 本当よ! だって、みんな見たでしょう!? ブリランテ様が私を突き落としたり、ドレスを破いたのを!」
「ラメンタビレ嬢、ということは、貴女は王城と王妃様を信用しないということですわね」
「あんたの味方の言う事なんて、嘘に決まっているわ!」
ブリランテは扇をバサリと開けて口元を隠した。さすがに笑いが押し殺せなかったのだ。
「良いですわ。それは今後の調査に任せましょう。わたくしは殿下の告発を否定しますとともに、婚約破棄を受け入れます」
「ふ、ふん! 調査をすればお前の嘘などすぐにわかる! これだけ俺たちにたてついたのだ、婚約破棄だけで済むと思うな! この国から追放と、家も取り潰してやるからな!」
「正当な調査の結果がそうなるのであれば、それも受け入れます」
ブリランテは綺麗にカーテシーを披露した。その場の誰もが思わずため息をつくくらいに見事なカーテシーを。
「それではわたくしは失礼いたしますわね。皆様に末永いしあわせが訪れますように」
後半の言葉は、招待客に向けてのものだった。そうしてブリランテは裾を翻して、護衛と共に退出していった。
ブリランテが指摘された場にいなかったことは、簡単に証明された。そして招待されたとされる茶会にも、参加していなかったことがそれぞれの家の聞き取り調査で判明した。
ラメンタビレは直接、令息たちの手引きで家に行っていたのは確かで、令息たちは茶会の開かれている庭などに連れていきはしたものの、近くでラメンタビレがここまででいいと同行を断っていたために、茶会に参加したかどうか、そこにブリランテがいたかどうかは直接見ていなかった。
さらにラメンタビレの従者が令息を呼びに行き、そこで現場を目撃していた。現場に乗り込もうとした令息は、従者によって引き留められ、ドレスが破かれ終わるまで、突き落とされるまで、その場にとどめられ、振り切ってその場に出て行くと、ラメンタビレがしがみついてきたために、ブリランテとおぼしき女性を追う事は出来なかったと証言した。
ラメンタビレの従者は行方が分からなくなっており、詳細は分からないままとなる。
さらに8人全員が、婚約者がいるのにラメンタビレと不義密通していたと判明し、女性側から婚約破棄を言い渡され、多額の慰謝料を請求されることとなる。
とくにペルデンドシは、調べればすぐにわかるブリランテのスケジュールも調べずに、一方的に虚偽の情報で責めたて、侮辱、脅迫したという事で、ブリランテに多額の慰謝料を支払い、王位継承権を剥奪され、公爵に身分を落とされた上で領地の端に追いやられた。
ラメンタビレはそんなペルデンドシに付いて行った。
本来は処刑か追放ものなのだが、ラメンタビレの誘惑に負けた皇太子という響きを避けるための手段として、ラメンタビレには修道院に入るか、ペルデンドシと結婚するかの二択が与えられ、当然のように結婚を選んだ。
そこで対外的には、皇太子と男爵令嬢が身分違いの恋に殉じたとしたが、その皇太子には長年、優秀な婚約者がいたことは周知の事実だったため、自国内では、全く誤魔化せなかった。
ラメンタビレは、男爵から公爵になれたのだ。しかも王家とつながりがあるから、金の心配をすることはないので、文句はなかった。むしろ喜んだ。
その男爵家は、ブリランテやその他の婚約者への慰謝料で破産し、離散となったが、処刑は免れた。これも上記の理由と同じだ。
ラメンタビレはこれで贅沢し放題だと思っていたが、そのような状況では茶会や舞踏会に招待してくれる家も場所もなく、贅沢なドレスを作っても、見てくれる人も着ていく場所もない。
それなら美味しいものを食べてやると食費に金を掛けたが、それであまりに太ってしまった彼女に、ペルデンドシが減量を命じたため、結局、浪費が過ぎることもなかった。
ペルデンドシは、今さら自分の浅はかさを嘆いた。周りからも敬遠され、ラメンタビレとの身分の違いからくるすれ違いに悩みながらも、毎日、領地経営にいそしんでいる。
他の7人も全員、女性側から婚約破棄された。
家を追われることはなかったが、やはり後継者にはなれず、婚約前の不義密通が知れ渡っているために縁談もなく、家で肩身の狭い思いをしながら毎日仕事に励んでいる。
ブリランテ嬢は、あの場を冷静に、理論的に論破したことで株が上がり、王妃の側近としての職を手に入れた。7年間、王妃教育を受けてきた彼女を第2皇子の婚約者にという声もあったが、彼にはすでに婚約者が居り、婚約破棄という言葉を聞きたくないというブリランテ嬢の望みを聞き届けて、王家の婚約者にはならないことが決まった。
後日、その仕事振りと人柄に惚れ込んだ宰相の次男から結婚を申し込まれ、次期宰相候補の次男を支えながら、女性事務次官候補としてこちらも毎日忙しくも充実した毎日を暮らしている。
たいした罪にならなくて良かった、と喜んだペルデンドシとラメンタビレだが、ひっそりと仕掛けられていた爆弾は、十数年後に爆発する。
名ばかりとはいえ公爵の地位があると高を括っていたが、どこからも茶会も舞踏会にも呼ばれず、こちらから呼んでも誰も来ない。
子供─息子と娘─が生まれて社交界に出る年齢になってもそれは同じで、二人は完全に孤立していた。
年に1度の国中の貴族子息令嬢が招待される舞踏会には流石に招待されたが、行った先でも誰も子供らに近寄らず、近寄ろうとして、親二人が過去に仕出かした事を聞かされた。
子供に罪はないが、犯罪者に近寄るわけにはいかない。なにせラメンタビレは王妃と現宰相の妻に喧嘩を売ったのだ、生きているだけ幸運だろうと言われたら、真っ青になって立ち尽くすしかない。
帰宅後に、子供が泣きながらこんなことになっているのはお母様のせいだと訴えて、ラメンタビレは初めて自分のしたことの結果に気が付き、ペルデンドシはこれこそが本当の罰なのかと頭を抱えた。
親を見限った二人の子供は家を出たが、あの二人の子供というだけで、庶民からすら仕事も貰えず、仕方がなく国を出て、名前を変えて、庶民として暮らしているらしい。
ペルデンドシもラメンタビレも、お金には困らなかったが、死ぬまで誰にも相手もして貰えずに、喧嘩の絶えない寂しい人生を送ったのだった。
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