大富豪の遺産で金に糸目を付けないで特撮ヒーロー番組を作って大成功を収めた俺と、俺の黒歴史を世界へ羽ばたかせる執事達。
これぞ、ご都合主義。
「シュブニグラス・エンターテインメント」が本腰を入れて製作した、特撮ヒーロードラマ「ブレイカータイガー」
監督、脚本家、スーツアクター、CG技術、特撮ギミックなど、何もかも全部、特撮好きなら知らない者はいない日本でも屈指(くっし=トップクラス)の製作陣を集めた。
製作発表では、「金に物を言わせた金持ちの道楽作品」と酷評された。
演技未経験の無名の新人が主役ということで、前評判(公開される前の評判)もイマイチだった。
しかし、フタを開けてみれば、演技未経験者とは思えない演技力で、誰もが舌を巻いた(あまりにも優れていて、とても驚く)。
ダークヒーロー役の「桜庭春樹」は、見るもの全てを圧倒する超絶美形で、世の女性(一部男性を含む)達は魅了された。
ヒロイン役には、飛ぶ鳥を落とす勢いの超人気アイドル「茨蒼衣」
もうひとりのヒロイン役には、演技派子役として名高いロリコンの星「宝龍鈴」
脇を固める俳優陣は、有名実力派俳優ばかり。
主題歌も、日本でも有数の(ゆうすうの=めちゃくちゃ有名な)作曲家と作詞家に制作を依頼。
歌手は、ヒロイン役の「茨蒼衣」が担当。
特撮界のベテラン勢が、金に糸目をつけずにガチで製作した結果、特撮マニア垂涎(すいぜん=よだれを垂らして大喜びするほど)の最高傑作が完成した。
二時間ドラマとして地上波放送されるやいなや、爆発的人気を博した。
「贅を尽くした神々の本気」「何故ベストを尽くしたのか」「誰がここまでやれと言った」などと、揶揄(やゆ=皮肉めいた言葉を使って、相手をからかう)された。
数多くのスポンサー達が、我も我もと名乗りを上げた。
あれよあれよという間に、連続ドラマ化が決定。
劇場版も製作され、興行収入ランキング第一位を獲得。
登場人物達が使っていた武器のおもちゃは、販売開始と同時に即完売。
フィギュアや主題歌CD、専門誌、関連グッズも飛ぶように売れ、常に品切れ状態。
男性ファンは二大ヒロインに萌え、コミケでも大量の同人誌が制作販売された。
五十嵐麗華の狙い通り、ヒーローとダークヒーローの熱い友情物語に腐女子達が萌えた。
キャラクターのコスチュームを着る、コスプレイヤーも大量発生。
「ブレイカータイガー」オンリー即売会も各地で催され、どこも大盛況。
特撮マニアも、聖地巡礼(せいちじゅんれい=ロケ地巡り)する有様。
インターネットでも、「ブレイカータイガー」の話題で持ちきりだ。
普段、特撮に全く興味がない人も、あまりの話題性から視聴し始め、底なしの特撮沼へズブズブとハマる者が続出。
さらに、日本のみならず、世界も食い付いた。
世界各国で吹き替え版が放送され、「ブレイカータイガー」は世界的ヒーローへ躍進(やくしん=勢いよく発展する)を遂げた。
円安ドル高から円高ドル安へ転じ、低迷していた輸出貿易も活発化。
これにより、産業が活性化し、雇用も倍増。
需要と供給の向上で経済が潤い、株価も景気も右肩上がり。
文字通り、「ブレイカータイガー」が世界の経済危機を救ったのである。
今や、俺の生活は多忙を極めていた。
ドラマ撮影、グラビア撮影、トークライブショーに、何故かキャラクターソングまで唄わされる始末。
分刻みのスケジュールが、毎日びっしり詰まっている。
俺は別に、有名人になりたかったワケじゃなかったのに。
世界の平和と発展を願っていただけなのに、どうしてこうなった。
多忙な俺のスケジュールは、執事兼秘書の桜庭が管理している。
始終ニコニコと、次の予定を読み上げる。
「次は、ダンスと歌のレッスンのお時間です」
「うぇ~……ダンスと歌ぁ~……?」
げんなりと顔をしかめると、桜庭が言い聞かせてくる。
「ご主人様、そんな顔しないで下さいよ。今が一番、売れに売れている時期なんですから、来る仕事はなんでもこなさないと。ちやほやされている内が、花ですよ」
「そんなこと言ったって、これ絶対、黒歴史確定だろぉ」
俺は「シュブニグラス・エンターテインメント」の廊下の壁に貼られた、ポスターを指差す。
キャラクターのコスチュームを着た俺と桜庭と蒼衣さんと鈴ちゃんの四人が、ポーズを決めて笑みを浮かべている。
それは、いいんだが。
「なんで、俺がセンター(真ん中)なんだよ?」
「主役だからそうなってるだけで、メインボーカルは茨蒼衣さんと宝龍鈴さんですよ。僕とご主人様は、コーラスしながら踊るだけです」
「あ、なんだ、良かった。俺らはあくまで、引き立て役なのか」
その話を聞いて、ちょっとホッとした。
しかし、前奏で「ブレイカータイガー」の決めゼリフを叫び、ソロパートまであることを、後から知らされた。
桜庭のウソツキ。
「ブレイカータイガー」の新曲初披露イベントライブは、想像以上の客入りだった。
屋内型の大型スタジアムは、超満席。
無料招待チケットだったはずが、高額転売されていたという話もあった。
「ご主人様、応援に来ましたよ」
舞台裏には、執事達も勢揃いときたもんだ。
わざわざ出向いてくれた手前悪いけど、俺は歌もダンスも自信がない。
何が悲しくて、黒歴史製造の瞬間を、大勢の前で晒さなきゃなんないんだ。
「お前ら、笑うなよ?」
「そんなっ! 笑うなんてとんでもございませんっ! この日を、どれだけ楽しみにしていたことか。指折り数えて、待っておりましたっ!」
力説する桔梗の手には、ハンディビデオカメラがあった。
俺はぽかんとして、その手に持ったものを指差す。
「なにそれ、カメラ?」
「高性能HDDカメラです。ご主人様のご勇姿を、このカメラとぼくの目にしかと焼き付けるつもりで購入しましたっ! もちろん撮影後は、編集して永久保存版にしますっ!」
「あら、桔梗ちゃんもなの?」
椿も、ハンディカメラを取り出して見せた。
執事達の手には、それぞれカメラが握られていることに気付いた。
橘は早くもカメラを回し始めて、超ご機嫌だ。
「もちろん、私も持っています! ご主人様のご活躍を、くっきりはっきりばっちり撮影させて頂きますっ!」
「私は、ビデオじゃなくって、ただのカメラですけど」
少し恥ずかしそうに、田中が年代物のカメラを見せてくれた。
一眼レフカメラってとこが、ガチだ。
「やめろ~っ! 俺の黒歴史を、永久保存するなっ! 今すぐ、そのカメラをしまえっ!」
「ご主人様、おたわむれは、その辺で。そろそろ出番ですから、ご準備下さい」
恥ずかしくていたたまれない俺を、桜庭が苦笑交じりでなだめた。
主人公の派手なステージ衣装を着せられ、舞台に立たされる。
もう、逃げられない。
無情にも開演時間を迎え、イベント開催とともに、眩しくて熱い照明が俺らを照らし出す。
コミカルな曲が流れ出すと、スタジアムが歓声に沸いた。
曲に合わせて、蒼衣さんと鈴ちゃんをセンターに、俺は右、桜庭は左で歌い踊る。
コスプレ姿でダンスと歌を披露しなきゃいけないとか、どんな公開処刑?
歌唱力の高い、蒼衣さんと鈴ちゃんは良いよな。
俺のヘタクソな歌とダンスなんて、誰が得をするんだよ。
新曲披露ライブ、トークショーに記念撮影。
これといったトラブルもなく、スケジュール通り滞りなく進んだ。
俺にとっては悪夢のような黒歴史ライブは、まもなく終了を迎えようとしていた。
のちに、このライブはBlu-ray化されるそうだ。
今すぐ、ディスク製造工場の生産ラインを止めてやりたい。
そうは言っても、無理な話で。
俺の黒歴史は、世界中で販売される予定らしい。
本人の意思は尊重されない、ひでぇ話だ。
畜生、もう泣きてぇ。
いっそのこと、殺してくれ。
こうして俺の黒歴史は無事、公の目に晒されたのであった。
世界へ羽ばたけ、俺の黒歴史。
最後の挨拶を終え、ステージから下がろうとした……その時。
スピーカーから、男の低い声が響く。
『スタジアムにお越しの皆様、そして関係者の皆様。このスタジアムは、我々【グレートオールドワン】が占拠しました。命が惜しければ、そのまま動かないで下さい』
「え?」
「何?」
「どういうこと?」
突然のアナウンスに、観客席に動揺と緊張が走る。
観客のひとりが、「これもイベントの一環なんじゃね?」と言い出し、場は一旦落ち着いた。
ヒーローショーなら、良くある演出だ。
しかし、スタッフ全員、こんな演出は聞いていない。
何より、そいつが名乗った組織名。
世界を暗躍する犯罪組織「グレートオールドワン(Great Old Ones=偉大なる古きもの)」
このスタジアムを占拠して、ヤツらは何を企んでいる?
スタッフ達が警戒する中、アナウンスは続く。
『これは、イベントの一環などではありません。スタジアム内に、爆発物を仕掛けました。妙な真似をしますと……』
そのアナウンスを合図に、ドーンッと爆音が上がった。
「どこだっ?」
音の元を辿ると、スタジアム内に設置されたゴミ箱のあった場所から黒い煙が上がっていて、爆発の影響で周囲が黒く煤けていた。
爆発の直後、観客達は騒然となった。
ステージ上の桜庭も、鬼神のように怒り狂っている。
「貴様らの狙いは、なんだっ?」
『ふふふ……我々の本気がお分かり頂けたようで、何よりです。我々の狙いはただひとつ、ブレイカータイガー! あなたに、ご同行願いたいのです。素直に従って頂ければ、観客に危害は一切加えません』
「俺っ?」
まさかのご指名に、声が裏返った。
「なん……だと……?」
桜庭は、憎々しげに顔をゆがめた。
俺の横に立っていた蒼衣さんと鈴ちゃんが、不安げに俺を見上げている。
「みんな、落ち着て、大丈夫だから」
なだめるようにふたりに言い聞かせると、どこにいるともしれない「グレートオールドワン」に向かって声を張る。
「分かった! 要求を呑もうっ! だから、観客には手出しすんなよっ!」
「そんなっ!」
桜庭は驚愕の表情を浮かべて、動揺した目で俺を見る。
俺は不安を隠して、不敵な笑みで頷く。
「心配すんなって、俺なら大丈夫だから。もちろん、みんなの命も危険に晒したりはしない」
「そうはおっしゃられましても! 先日、危うく殺され掛けたんですよっ? ひとりでなんて行かせられませんっ!」
「みんなの命を危険に晒すなんて、出来る訳ねぇだろ? それに、俺ひとりの命で多くの命を救えるなら、本望だ」
『ブレイカータイガー、やはりあなたは、我々が見込んだヒーローのようだ。物分かりの良いヒーローで、助かりましたよ。我々とて、手荒な真似はしたくないんでね。では、スタジアムの皆様は無事解放しましょう』
愉快そうに笑いを含んだ声が、スタジアム内に響き渡った。
観客達は怒り、嘆き、恐れ、それぞれ思いのこもったざわめきが広がった。
悔しそうに桜庭が、目をきつく閉じ、拳を握り締める。
分かってくれ、桜庭。
俺はみんなの命を守りたい、守らなくてはいけない。
それが、ヒーローだから。
俺は「ブレイカータイガー」のポーズを決めて、観客に向けてお馴染みの決めゼリフを言い放つ。
「スタジアムのみんな、今日は見に来てくれて、本当にありがとう! 次回もまた、見てくれよなっ!」
途端に、歓声と拍手が沸き起こる。
どうか、ファンの前だけは、俺をヒーローでいさせてくれ。
俺は舞台をカッコよく飛び降り、出来る限りの笑顔で観客に両手を振りながら、観客席中央通路を駆け抜けていく。
多くの観客達に見送られて、そのままスタジアムを飛び出した。
スタジアムを出るや、黒服に身を包んだ男達が六人現れて、俺を取り囲んだ。
そいつらに向かって、皮肉を込めて笑い掛ける。
「これはこれは、大勢でのお迎え、お疲れ様です」
「ご主人様っ!」
どうやら、桜庭も後を着けてきたらしい。
黒服の男達に囲まれた俺を見て、桜庭が悲痛な叫びを上げて駆け寄ろうとした。
男達が懐に手を入れ、黒光りする銃を一斉に取り出して、俺に銃口を向ける。
特撮用のおもちゃじゃない、本物の銃口を向けられて、俺はたじろいだ。
黒服のひとりが、桜庭に脅しを掛ける。
「おっと。妙な真似をすると、『ブレイカータイガー』の命はこの場で尽きることになりますよ。よろしいのですか?」
「人質を取るとは、卑怯な……っ!」
桜庭は足を止めて、悔しそうに呻いた。
動きを止めた桜庭を見て、黒スーツの男が愉快そうに口の端を吊り上げる。
「そうそう、大人しくしていた方が身の為ですよ。それに今もまだ、スタジアムの爆発物は仕掛けられたままですからね。こちらとしては、いつでも観客ごとドカーンッと、景気良く爆破出来るんですよ?」
そうはさせるかよ。
俺は桜庭に向かって、声を張る。
「桜庭、俺のことはいい。お前は観客の安全を優先しろ! 俺らはヒーローなんだぞっ!」
「ご主人様……あなたはヒーローである前に、僕にとってたったひとりの大事なご主人様なんですよ……」
今にも泣きそうな顔で、桜庭が呟いた。
超絶美形は、憂いに沈んだ顔も絵になるもんだな。
そうは言っても、観客の前では俺はヒーローなんだ。
ヒーローは、自分の身をかえりみず、みんなを守り戦う。
そうだよ、俺は見返りを求めない本物のヒーローになりたかったんだ。
「タイガーマッスル」みたいな、強くて優しいヒーローに。
俺ひとりの命で、みんなの命が救われるなら、安いもんだろ。
だったら、潔く華々しく、死に花を咲かせてやろうじゃないか。
スタジアムの外には、黒塗りの立派な車が停まっていた。
黒服によって、後部座席のドアが開けられ、乗るように指示される。
言われるまま、大人しく車に乗り込む。
後部座席には、恰幅の良い中年男が高そうなスーツを着て座っていた。
その横に座らせられると、中年男がニヤリと笑う。
「お初にお目に掛かります、ブレイカータイガー。あなたにはぜひ、お会いしたかったんですよ」
「そりゃ、どうも。熱烈に歓迎してくれて、嬉しい限りですよ」
俺は皮肉たっぷりに、笑い返した。
車が走り出すと、俺は真面目な口調で話を切り出す。
「それで、俺ひとりを呼び出して、一体なんの用?」
「こんな狭い車内ではなく、我々の屋敷へご案内してから、ゆっくりとお話ししませんか?」
中年男は、意味深長に薄笑いを浮かべた。
ここじゃ話せないってことかい。
ヤツらのアジトへ誘い込んで、逃げられなくしてから、俺を脅迫しようという腹だな。
どうせ要求は、「死にたくなければ、遺産を放棄しろ」だろ。
どいつもこいつも結局、金が欲しいだけ。
そんなに、金が欲しいのかよ。
でも、てめぇらなんかに一銭もやらねぇよ。
――と、まぁ、強がってみたものの、実は内心、恐怖で心臓がヤバい。
背中に、嫌な汗が伝った。
カッコ悪いなぁ。
やっぱり俺は、どれだけ頑張っても、ヒーローにはなり切れないんだ。
「さぁ、中へどうぞ」
俺の屋敷(ホワイトハウス並みの超豪邸)と比べたら、かなり見劣りするけど、それなりに立派な屋敷へ案内された。
男達に囲まれて、豪華な応接室へ通される。
男のひとりに、座るように指示されて、素直に革張りのソファに腰掛けた。
重厚なテーブルを挟んで、中年男が向かいに座った。
恐らくこの男が、この支部のボスだろう。
さっきの場内アナウンスも、コイツに違いない。
黒服のひとりが、ケーキと湯気が立ち上るカップを乗せた銀の盆を持って現れた。
カップには、香しい匂いを漂わせる紅茶が入っていた。
ケーキは、カットフルーツが綺麗に並べられた、目にも鮮やかなフルーツケーキ。
ティーセット一式を、俺とボスの前に置くと、黒服は一礼して去った。
ボスが愛想良く作り笑いをしながら、ケーキを勧めてくる。
「どうぞ、ご遠慮なさらずに、お召し上がり下さい。うちのパティシエが作った菓子ですから、美味しいですよ」
「確かに、美味そうですけど……まさか、毒なんて盛ってませんよね?」
疑いの眼差しを向けると、ボスは苦笑する。
「おやおや、そんな無粋(ぶすい=ダサい)なマネはしませんよ」
「以前、そちらの組織の誰かさんに毒を盛られて殺されかけましてね。慎重にもなろうってもんですよ」
俺がおどけて答えると、ボスは形だけの謝罪を口にする。
「それは、お恥ずかしい。それは、うちの組織でも、末端の輩ですな。どうにも、組織が大きくなると、躾のなってない者もいるもので。私が代わって謝罪します、どうかお許しを」
「うちの執事達がお礼参り(おれいまいり=復讐)したそうですから、おあいこですよ」
「ほぉ、お宅の番犬さんは、血気盛ん(けっきさかん=元気ハツラツで好戦的)なようですな」
お互い、腹の探り合いのような話が続いた。
緊張の糸がピンと張り詰めたような、雰囲気が漂っている。
ややあって、焦れた俺が話を切り出す。
「それで? 俺に何の用があって、呼び出したんです? 『タイガーと話がしたかった』って、だけじゃないでしょ?」
「ふふふ……さすがは『ブレイカータイガー』察しが良い」
悪い笑みを浮かべたまま、ボスは続ける。
「どうです? 我々の組織に、加入しませんか?」
思わぬ誘いに、自分の耳を疑った。
「ふざけんなっ! 誰が、てめぇらみたいな犯罪組織の仲間になるかっ!」
怒りに任せて、テーブルに握り締めた拳を叩き込んだ。
テーブルに置かれていたカップとソーサーが、耳障りな音を立てた。
カップから紅茶が零れて、下のソーサーとテーブルを濡らした。
しかし、ボスはさして驚く様子もなく、意味深長な薄笑いを浮かべる。
「まぁ、落ち着いてお聞き下さい。我々の組織に加入して頂いた後も、あなたは今まで通り、『ブレイカータイガー』として活躍して頂いて結構です。その代わり、スポンサーとして我々に出資して頂きたいのです。それなら、あなた自身は犯罪に手を汚さずに済むでしょう?」
「金を出した時点で、犯罪に加担しているのと同じじゃないかっ!」
吐き捨ててソファから立ち上がると、俺の後ろに立っていた黒服二名が、銃口を突き付けてきた。
俺はふたりの黒服を睨んで、挑発する。
「やるならやれよ! お前らの仲間になるくれぇなら、死んだ方がマシだっ!」
「いけませんねぇ、命を粗末にするような発言は。それに、我々『グレートオールドワン』は世界において、必要悪なのですよ」
いさめるように、ボスが穏やかな口調で言った。
聞きなれない言葉に、俺は首を傾げる。
「必要悪?」
「それ自体は悪と見なされるものでも、社会の存続の為には必要な手段として行われるものですよ」
「そんなもん、必要なもんかっ!」
怒声を張ると、ボスはくすくすと楽しげに笑う。
「タイガーはまだお若いから、ご存じありませんか? 例えば、警察による極悪犯の射殺、裁判の判決によって処される死刑、公営のギャンブルとかですかね」
思わず、俺は黙り込んだ。
確かに、殺人は悪だ。
どんな人間にだって、生きる権利がある。
本当は、殺されても良い人間なんて、いてはいけないはずなんだ。
でも、極悪な犯罪者における射殺や死刑は、公的に行われている。
死刑を廃止している国もあるけど、死刑が執行されている国は多い。
ギャンブルも、みんな平然とやってるけど、あれも一応悪なんだよな。
公営のギャンブルというと、パチンコ・競馬・競艇・競輪。
タバコだって、合法(法律が認めている)ドラッグ。
酒だって、悪と言われればそれまでだ。
言葉を詰まらせた俺を見て、ボスが口元を吊り上げる。
「ご理解頂けましたでしょうか? もちろん、出資して頂いたあなたに損はさせませんよ。あなたの身は我々が責任持ってお守りしますし、さまざまなサービスもさせて頂きますよ」
「サービス?」
聞き返すと、ボスは嬉しそうに頷く。
「例えば、あらゆる情報収集や手回し、あなたに害なす者は上手く消しますし、政界を裏から操ることも可能です」
「そんなこと、俺は望んじゃいねぇっ!」
「それに、組織に加入して頂ければ、今後一切、『グレートオールドワン』があなたの命を狙うこともないでしょう。命よりも高いものは、ありませんからね」
ボスは猫撫で声で、あの手この手で話術巧みに誘ってくる。
でも、俺がそれに心が動かされることはない。
必要悪が、なんだってんだ。
悪は悪だ。
こいつらのやっていることは、爆破テロや政界を裏から操るなんて卑怯極まりない。
許されない犯罪の数々。
法の網を巧みにすり抜けて、君臨し続ける犯罪組織。
そんなヤツらと手を組もうだなんて、絶対に思うもんかっ!
「断る! 俺はお前らの仲間になる気は、さらさらねぇっ!」
「やれやれ、交渉決裂ですか」
ボスは、苦笑しながら続ける。
「ミッチェル氏は、人選を誤りましたねぇ」
「ミッチェル……!」
そうだ、全てはミッチェルのせいだ。
莫大な遺産を押し付け、今まで平穏無事だった俺の人生を、まるっと変えやがった。
もし俺が遺産相続を拒否した場合、「グレートオールドワン」に全額受け渡すと相続書にあった。
つまり、ミッチェルも「グレートオールドワン」に加担していた……?
不動の地位を築いたのが、「グレートオールドワン」の手によるものだとしたら?
俺は血の気が引いていく音を、聞いた気がした。
「おや、お気付きではありませんでしたか? ミッチェル氏が、我々のメンバーであったことを」
ボスが楽しげに、含み笑いで言った。
俺は口の中が急激に渇いていくのを、感じていた。
震える声を、抑えることが出来ない。
「……まさか、そんな……」
知らなかった。
いや、どこかで関わりがあるかもしれないとは思っていた。
でなければ、全財産を譲り渡すだなんて、言うはずがない。
たぶん、最悪の結果を認めたくなかったんだ。
考えてみれば、おかしいもんな。
ビジネス界における世紀の大富豪にして、「シュブニグラス・エンターテインメント」のCEO(最高責任者)兼社長。
責任者としての胆力やリーダーシップが高く、メディアを介して市政(しせい=市の行政・政治)にも、影響を与える重要人物。
どんなやり手だとしても、なんの後ろ盾(うしろだて=影から支えてくれる何か)もなしに、一代であそこまでの権力、地位にのし上がるなんて無理だ。
つまり、ミッチェルの裏で糸を引いていたのは「グレートオールドワン」だった。
ミッチェルは、顔がデカイだけのお飾り人形。
世界の隅々まで、「グレートオールドワン」の手が及んでいて、使える手はどんな汚い手でも使ったに違いない。
それこそ、ミッチェルを引き摺り下ろそうとした人物も抹殺されただろう。
俺は何も知らなかった。
ミッチェルの表の顔しか、見ていなかった。
絶対的なカリスマを持つ、表の顔。
その裏に隠された、暗く淀んだ悪の顔。
ボスは、俺のことを「人選を誤った」と言った。
俺はミッチェルの後任として、選ばれたってことなのか?
弁護士先生の話では、全従業員の中から適当にクジで選んだ的な話だったけど。
いずれ、「グレートオールドワン」と手を組んで、社会を脅かす(おびやかす)存在になれると。
でも、俺はそんな人間じゃない。
みんなが笑顔で暮らせるような、幸せな世界を作りたい。
確かにミッチェルの財力や権力を使って、俺は今の地位を手に入れた。
俺が正義のヒーローを演じることによって、メディアは盛り上がった。
街は活性化し、犯罪も減少傾向が見られ始めた。
もしそれも、「グレートオールドワン」が暗躍(あんやく=裏でこそこそ活動する)して作られたものだとしたら?
何も知らずに踊らされていた俺は、なんて滑稽(こっけい=カッコ悪くて面白おかしい)だったのだろう。
そんな俺をあざ笑うかのように、ボスは喉の奥で笑う。
「非常に惜しい人材ですが、拒否されてしまったものは仕方がありません。あなたには、消えて頂きます。ああ、もちろん、死後は『悲劇のヒーロー』として華々しく祭り上げてあげますから、何の心配もいりませんよ」
「ふざけんなっ!」
俺は最悪、死んでも良い。
ただ、コイツらのいいようにされるのが、気に食わない。
俺が死んだら、ミッチェルの遺産は全てコイツらの手に渡る。
ありあまる金を手に入れたら、いったい何をしでかすつもりなのだろう。
ここはひとまず、戦術的撤退(せんじゅつてきてったい=戦いの状況に応じて、一時逃げる)を図ろう。
「てめぇらのいいようになんか、させるかよっ!」
精一杯怒声を張り、出口へ向かって全力で走り出す。
しかし、銃の前では人は無力だ。
耳をつんざく銃声と共に、左肩と右腹と左足に激痛を覚えた。
「ぐぁ……っいってぇ……っ!」
無様にその場に倒れ込むと、そのまま動けなくなった。
あまりに痛すぎて、痛い以外のことが考えられない。
銃で撃たれるって、むちゃくちゃ痛ぇのな。
鉛玉が高速回転しながら、秒速で発射されるんだ。
体を貫かれてんだし、痛くないはずがない。
撃ち抜かれた銃創(じゅうそう=銃で撃たれた傷)からは、生ぬるい血が溢れ出した。
傷口を押さえた手が、真っ赤に染まった。
俺を取り囲む黒服達と、勝ち誇った笑みを浮かべて俺を見下ろすボス。
ボスは、笑いを含んだ声で楽しげに言う。
「明日の朝刊の見出しは『ブレイカータイガー、巨悪の犯罪組織との死闘の末、儚く(はかなく)散る』なんて、どうです?」
「そりゃ、特番ドラマスペシャルのテレビ欄みてぇに、ムダに長ったらしいタイトルだな……」
痛みで引きつる顔に、無理矢理笑みを貼り付けて、鼻で笑った。
服がぐっしょりと濡れて、体が重くなっていく。
血が抜けてるんだから、体は軽くなるはずなのに、重く感じるなんておかしなもんだ。
頭がぐわんぐわん痛み出して、目の前もゆがんでグルグル回り出す。
ああ、チクショウ、俺は死ぬのか。
でも、良い。
俺がやれることは、きっと充分やれたと思うから。
重くなっていくまぶたに逆らうことなく、静かに死を受け入れた。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。