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大富豪の俺と、全裸の執事達。

全裸こそが、純然たる真理である。

 目を覚ますと、一番最初に知らない天井が目に入った。

 俺は仰向け(あおむけ)で、キングサイズのベッドに寝ているようだ。

 飾り気のない白い天井に、天井に埋め込み式のエアコンとダウンライト(天井に埋め込み式の丸い照明器具)。

 俺から見て左側に、点滴が垂れ下がっている。

 窓の外は明るく、窓にはシンプルな白いカーテンが掛かっていた。

 壁には、巨大な壁掛け式薄型テレビが設置されていた。

 さらに視線を巡らせると、木製のテーブルセットやクローゼットが見えた。

 見覚えのない部屋だ。

 ここは、どこだ?

 俺が寝ているベッドを執事達が取り囲み、心配そうな顔で俺を見下ろしていた。

「あれ……俺? って、痛ぇ……っ!」

 身じろぎすると、左肩と右脇腹と左太ももに、引きつるような激痛が走った。

 小さく呻き声を上げると、そばにいた桜庭さくらばが気遣う。

「ご主人様、お気付きになられましたか。ですが、まだ動いてはいけませんよ。銃で撃たれた傷が、癒えておりませんから」

「あ、俺、撃たれたんだっけか」

 そうだ、思い出した。

 逃げようと走り出したところを、後ろから撃たれたんだ。

 丸腰の一般人を、後ろから撃つなよ、卑怯者。

 撃たれた箇所から、大量の血が流れ出した。

 あんだけ出血して、よく助かったもんだ。

 完全に死んだと、思っていた。

 どうやら、俺はまたしても死に損なったらしい。

 視線だけで桔梗を探し、笑い掛けて助けてくれた礼を伝える。

「また、桔梗が助けてくれたんだろ? ありがとな」

「いえ、今回はぼくではありません。ぼくは内科医ですから、外科手術は出来ません。力及ばず、誠に申し訳ございません」

「あれ? 違うの?」

 桔梗は残念そうに、首を横に振った。

 桔梗は、内科医だったのか。

 内科医も応急処置ぐらいは出来るだろうけど、手術は無理だもんな。

「桔梗は、何も謝ることはないよ。じゃあ、誰が助けてくれたんだ?」

「救急車で有数の(ゆうすうの=数ある中でも有名な)病院へ搬送し、外科手術の権威である外科医師様に執刀して頂きました」

「じゃあ、あとで、その外科医さんにお礼言わないとな」

 執事達の話によると、ここは病院の個室らしい。

 それも、金持ちだけが入院出来る、一泊何万円もする「特別個室」

 病室とは思えないくらい広くて、高級ホテル並みに贅沢な部屋。

 うちの豪奢(ごうしゃ=ムダぜいたく)な寝室と比べると、質素に感じた。

 最近、豪邸生活に慣れすぎて、感覚がおかしくなってきたような気がする。


 そういえば、俺が拉致られた後、観客達はどうなったんだろう?

 まさか、怪我したり、死んだりしてないよな?

 相手は、爆破テロなんかを平気でやらかす、犯罪組織だ。

 俺は執事達の顔を見回して、誰ともなく問う

「あのさ……スタジアムにいた、観客達は? みんな、無事なのか?」

「もちろん、ご主人様が無抵抗で条件を飲んだので、観客は全員無事です。死傷者は、ひとりもいません」

 桜庭がなだめるような口調で答えると、俺は安堵してふにゃりと力なく笑った。

「そっか……良かった、死傷者は出なかったんだ……」

「何をおっしゃっているんですか! ご主人様は、危うく死ぬところでしたのにっ!」

 ボロボロと男泣きする田中が、必死に訴えてきた。

 うぉう、ビックリしたぁっ!

 毎回、ビビらせんなよ。

 毎回、ビビっちまう俺も俺だけどさ。

 でもさ、考えてもみてくれよ。

 自分より十㎝以上デカいガチムチのオッサンが、男泣きしながら迫ってくるんだぞ。

 普通に、ビビるだろ。

「え? 俺、そんなにヤバかったの?」

「ヤバかったも何も! 失血死寸前で、意識不明の重体でしたよっ!」

 やっぱ、あの出血量はヤバかったのか。

 意識がある時点で、すでに相当血ぃ吹いてたもんな。

 失血死寸前ってことは、死に掛けたってことか。

 止血が間に合わなかったら、死んでたのか。

 危うく、マジで『ブレイカータイガー、巨悪の犯罪組織との死闘の末、儚く(はかなく)散る』になるところだった。

 正義のヒーローが、悪に負けて死ぬバッドエンドなんて、子供達には見せたくない。

 正義は、必ず勝たないと。

「うわぁ、マジかぁ……心配掛けちまって、ごめんな、みんな」

「いえ。ご主人様が生きてさえいれば、僕達はそれで良いのです」

 桜庭が、安堵した表情でそう言った。

 そうだよな、俺が生きてさえいれば、遺産がヤツらの手に行くことはない。

 生きていなければならないんだ。

 桔梗が優しい笑みで、恐ろしいことを口走る。

「どうか、ご安心下さい。ご主人様に仇成す(あだなす=危害を加える)『グレートオールドワン』には、正義の鉄槌てっついくだしておきましたから」

「『正義の鉄槌』って、アジトに乗り込んでって、フルボッコ(フルでボッコボコ)にしただけだろ?」

「ええ、もちろん、ご主人様のお命を狙う愚かなやからに容赦など一切致しません。二度とご主人様に手出し出来ないように、全員病院送りにやりましたよ」

 桔梗よ、お前、可愛い顔して、やること結構エグいよな。

 病院送りって、何やったんだ。

 聞くのが怖い。

 桔梗の横にいた椿が、悔しそうにハンカチを噛む。

「本当は、本拠地を見つけ出して、壊滅させてやりたいところですわ! けど、なかなか尻尾を出さないんですっ。ホンット、憎たらしいったらっ!」

「いつか、組織ごと壊滅させてやりたいですっ!」

 無駄に正義感の強い橘が、真面目な口調で言うと、桔梗もそれに釣られて大興奮だ。

「ヤツらは、ご主人様がいかに素晴らしい人物か、知らないんです。ちゃんと、分からせてあげなくてはっ!」

「俺、そんな立派な人物じゃねぇんだけど?」

 る気満々の執事達に、俺はただ笑うしかなかった。

 笑うと腹筋が振動して、その振動が傷に響いて痛い。

 コイツらは、俺を買い被り(かいかぶり=必要以上に評価する)すぎだ。

 もしくは、大きな勘違いをしている。

 俺はそんな、出来た人間じゃねぇ。

 基本おおざっぱで適当だし、ガキ臭ぇし、ドン臭ぇし、頭も悪い。

 いったい、どこに褒める要素があるってんだ。

 桔梗達は、金で雇われている執事なんだから、ご主人様俺のことを立てなきゃいけない。

 そうだよな、主人の命を守り、主人を褒め称えることも仕事のうちなんだ。


 凶弾に倒れてから、しばらくは入院生活を、余儀よぎなくされた。

 五人の執事達が、ボディーガードとして病室内で見張りに付いている。

 病室の外にも、要人警護の警察官が警備に当たっているそうだ。

 二度も命を狙われて死に掛けているから、慎重にもなろうというもの。

 医療関係者以外は、面会謝絶(めんかいしゃぜつ=お見舞いお断り)という徹底ぶり。

 それにより、仕事は全てキャンセル。

 多忙な撮影スケジュールから解放されて、久し振りにのんびり出来ている。

 傷が塞がるまでは寝たきりで、ベッドから降りられなくて退屈だけど。

 次々運び込まれる見舞いの品も、危険物がないか、警察が徹底的にひとつずつあらためている。

 警察の報告によると、今のところ、危険物は届いていないらしい。

 ほとんどが、ファンレターやファンからのプレゼントだそうだ。

 ファンや関係者から、花屋が出来そうなくらい大量の花束が届く。

 気持ちは嬉しいけど、物が増えすぎて、病室が手狭(てぜま=場所が狭い)になってきた。

 ヒマつぶしにテレビを付けると、報道番組がやっていた。

「ブレイカータイガーがその身を犠牲にして、スタジアムにいた観客全員の命を救った」と、報じられている。

 俺が拉致られた後、通報を受けた爆発物処理班がスタジアムへ突入し、爆発物は無事に回収されたらしい。

「もし、設置されていた爆発物が全て爆破していたら、死傷者は恐ろしい数に上っただろう」と、爆発物に詳しい専門家は語った。

 インターネットの掲示板でも、その話題で持ちきりだ。

 多くの人間が「ブレイカータイガー」を英雄視し、その勇姿を称えた。

「ブレイカータイガー」はフィクションのヒーローではなく、名実(めいじつ=名声と功績)ともに、本物のヒーローとなった。

「ブレイカータイガー」の活動を見習って社会貢献する者や、恵まれない貧困層への募金活動、ボランティア活動も増え続けている。

 街の至るところに防犯カメラが設置され、検挙率も格段に向上し、犯罪件数は減少傾向にある。

「ブレイカータイガー」が撒いた正義の種は、着実に世界中で芽吹き始めた。

 俺が望んだ優しい世界は、着実に現実のものとなってきている。

 このニュースを見て、桜庭が嬉しそうに綺麗に微笑む。

「誰も疑う余地のない、本物のヒーローになりましたね」

「あんま持ち上げられると、照れちまうけどな」

「何をおっしゃっているんですか。それだけ多大なご貢献をされたから、誇るべきことですよ」

「貢献ねぇ」

 俺自身は、貢献したという実感はない。

 今思うと、俺がミッチェルの遺産を継いだことから全てが始まっている。

 本音を言うと、八十兆円の価値が良く分かっていなかったんだ。

 相続した金額があまりにも大きすぎて、最初はどうしたらいいのか分からなかった。

 バカな俺は、バラ撒きしか考えつかなかった。

 でも、施しは正義ではないと、加藤先生に教えられた。

 もちろん、金は必要だ。

「金がなければ、生きられない」とまでは、言えないけれど。

 金がなければ、出来ることは限られている。

 金があれば、金で解決出来ることがたくさんある。

 金がなかったら、俺はいつまで経っても、ただの川崎虎河だった。

 金がなかったら「ブレイカータイガー」をヒーローにすることは出来なかった。

 金がなかったら、誰も協力してくれなかった。

「正義の力」じゃなく、「金の力」で世界を救ったと思うと、なんだかなぁ。

 どう考えても、巡り巡って、金に行き着いてしまう。

 愛じゃ、地球は救えない。

 地球を救うのは、結局、金なんだよね。


「川崎さん、こんにちは」

「加藤先生じゃないっすか、お久し振りです」

 ある日、花束を抱えた加藤先生が見舞いに来てくれた。

 加藤先生が来てくれたのは嬉しいんだけど、警備上、医療関係者以外の立ち入りは禁止だったはず。

 不思議に思って、桜庭に問い掛ける。

「あれ? 面会謝絶じゃなかったの?」

「弁護士先生は、ご主人様の恩人と呼べる大事なお人ですので、特別にお通し致しました」

「そうだな」

 桜庭が言う通り、加藤先生は俺の恩人と言えるくらい、めちゃくちゃお世話になった。

 この人に出会ってから、俺の人生は大きく変わり始めた。

 加藤先生の助言があったからこそ、あやまちを犯さずに済んだ。

「ブレイカータイガー」が有名になったのも、加藤先生の発案によるものだ。

 本当に、加藤先生には感謝してもしきれない。

 加藤先生は薄く微笑んで、気遣いの言葉を掛けてくる。

「川崎さん、ご無沙汰していましたが、お体の具合はいかがですか?」

「いやぁ、二度ほど死に掛けましたが、今はこうしてピンピンしてますよ。ご心配をお掛けして、すみません」

「いえいえ。川崎さんがお元気で、何より。しばらくお会いしないうちに、ずいぶん有名になられましたね」

「加藤先生のアドバイスのお陰で、引っ張りだこの大人気で。本当に、色々ありがとうございました」

 俺が満面の笑みで感謝すると、加藤先生ははにかむ(照れ臭そうに笑う)。

「私はほんの少しばかり、お力添え(ちからぞえ=助ける)をしたまで。人気を確立したのは、全て川崎さんの実力によるものですよ。お恥ずかしながら、実は私も『ブレイカータイガー』の大ファンでしてね」

 加藤先生はカバンから一枚のカードを取り出して、俺の前に差し出した。

 それは「ブレイカータイガー」の特製キラカード(超低確率で出現するレアカード)だった。

「なかなか手に入らない」と噂の、レアカードじゃん。

 俺ですら、サンプル品しか持ってないのに。

 キラカードを持ってるって、よっぽど好きなんだな。

 見せられたカードを見て、俺は思わず吹き出してしまう。

「ファンにまでなって頂けて、ありがとうございます。もし良かったら、サインしましょうか?」

「ぜひ、お願いします」

 用意がいいことに、加藤先生は胸ポケットからサインペンを差し出した。

 もしかしたら、見舞いはこれが目的だったのかもしれない。

 今や、俺の直筆サイン入りグッズは、お宝扱いらしい。

 俺のサインなんかで良かったら、いくらでも書くけどね。

「はい、どうぞっ」

「ありがとうございます」

 俺のサイン入りカードを受け取ると、加藤先生は大事そうに、カード専用ファイルにカードを仕舞しまった。

 チラッと見えただけでも、かなりの枚数が入っていた。

 欲しかったおもちゃを買ってもらった、子供みたいな顔をしている。

 青白かった血色(けっしょく=顔色)も、ずいぶんと良くなった。

 こんなに楽しそうな加藤先生は、初めて見るかも。

「好き」の力って、スゲェ。

「ああ、そうそう、これお見舞いのお花です」

「そんな、手ぶらで良かったのに。気を遣ってもらって、すみません」

 加藤先生は花束を差し出したが、俺は手を出さず、代わりに桜庭が受け取った。

 花は、超絶美形が持つに限る。

「誠に申し訳ございませんが、検めさせて頂きます」と、ひとこと断って、病室を出て行った。

 俺は命を狙われている身なので、相手が誰であろうとも、全部検品することになっている。

 加藤先生は嫌な顔ひとつせずに、「どうぞ」と頷いた。

「あまり長居すると、川崎さんのお体に触りますから、そろそろ、おいとまさせて頂きます。どうか、お大事になさって下さい」

「あ、はい。お見舞い、ありがとうございました」

「ファン一号として川崎さんの、いえ、『ブレイカータイガー』の活躍を楽しみにしていますよ。これからも、頑張って下さいね」

「応援して下さって、ありがとうございます。期待に応えられるように、頑張ります」 

 加藤先生が右手を差し伸べて来たので、俺も右手を差し出して、握手に応じた。

 加藤先生は感激しためっちゃ良い笑顔で、俺の手に左手も重ねて、上下にブンブン振った。

 もう完全に、ファンの顔じゃん。

 そういえば、さっきの花束も「ブレイカータイガー」のイメージカラーで作られていた。

 見舞いの花束じゃなくて、ファンからの花束ってこと?

 俺のこと、大好きすぎか。

 握手の後、加藤先生はめちゃくちゃご機嫌で、スキップでもしそうな軽い足取りで帰って行った。

 あんな立派な弁護士先生でも、「ウェーイ☆」って、ハイテンションではっちゃけることがあるのか。

 退院したら、「ブレイカータイガー」主要キャラクター全員のサイン色紙をプレゼントしよう。


 世界が「ブレイカータイガー」ブームに沸く中、それを面白く思わないやからもいた。

 犯罪秘密組織「グレートオールドワン」である。

 二度に渡って、「ブレイカータイガー」こと川崎虎河を、誘拐および脅迫するも返り討ちに遭い、ふたつの支部は壊滅。 

 しかし、このままやれっぱなしでいる「グレートオールドワン」ではない。

 調子こいてる川崎虎河の鼻っ柱をへし折ってやりたいと、作戦を練り始めた。

 ところが、「グレートオールドワン」の中にも「ブレイカータイガー」ファンも少なくない。

 作戦会議のはずが「ブレイカータイガーを語る会」になることも、しばしば。

 川崎虎河が人気になればなるほど、警備はより厳重かつ強固なものになっていった。

 ますます川崎虎河の命を狙いにくくなり、もはやお手上げ状態だという。

 そんな「グレートオールドワン」の現状を、俺は知るよしもなかった。


 退院して屋敷に戻ったら、執事達は全裸に戻った。

 入院中はずっと服を着ている姿を見ていたから、全裸の執事達を見るのは久し振りかも。

 いや、別に見たくないし、全裸の男達。

 かといって、全裸の女でも、目のやり場に困るんだけど。

 そういえば、この屋敷でメイド(掃除や洗濯など、家事全般をやってくれる女の召し使い)って、見たことないな。

 この屋敷では、メイドさんも全裸なのかな。

 ミッチェルルールだったら、全裸だよな。

 全裸だから、俺の前に出て来られないのかな?

 堂々と、出て来られても困るけど、全裸メイド。

 普通にメイド服を着たメイドさんなら、見たい。

 メイドさんは、男のロマンだよな。

 でもなぁ、ミッチェルの趣味がアレだから、メイドさんは雇っていない気がする。

 ボーイ(男の召し使い)なら、いるかもしれないけど。

 この豪邸を、執事五人で管理しきれるとは、到底思えない。

 執事達は、俺が入院中、ずっと病室で俺の警備をしていた。

 だから、豪邸の管理をしている複数名の使用人が、必ずいるはずなんだ。

 きっとボーイは、俺とは出会わない場所で、掃除や洗濯などの業務をこなしているのだろう。

 以前の俺と同じ、裏方として仕事をしているんだ。

 やっぱり、ボーイも全裸なのかな?


「なぁ、お願いだから、屋敷の中でも服着てくんない?」

 俺がいくら頼み込んでも、全裸の執事達は理解を示してくれない。

「何故でしょう? これが、我々の正装でございますが?」

「いやいや、おかしいだろ、全裸が正装って! 裸族じゃねぇんだぞっ?」

 俺が指摘すると、椿が困ったように体をクネらせる。

「あらぁん、そんなことおっしゃられましてもねぇ。先代のミッチェル様のお決めになられたことを、アタシ達は忠実にお守りしているだけですわ」

「いやまぁ、先代の言い付けを守り続ける君らは、偉いとは思うけどね。今の主人は俺だよ? 俺の言うことを聞いてくんない?」

 苦笑しつつ訴えると、桜庭が熱弁する。

「何をおっしゃいますか。執事として、全てをさらけ出すことにより、主人の前では何も隠し立てしないという証明なのです! それすなわち、全裸っ!」

 さらに桔梗が、言葉を重ねていく。

「確かに、今のご主人様は虎河様です。ですが、ミッチェル様はこうもおっしゃったのです。『全裸こそ、生まれたままの真実!』『全裸こそが純然(じゅんぜん=純度百%)たる美であり、真の芸術であるっ!』と」

うん……まぁ、そうだね。

 誰しも、生まれた時は全裸だよね。

「主人に何も隠し立てしない」っていう、心意気(こころいき=物事に積極的に向かってゆく、きっぱりとした態度)は買うよ。

 でも、全裸での証明はいらなかった。

 名高い芸術品は、全裸率高いよね。

「ミケランジェロのダビデ像」とか「ミロのビーナス」とかは、全部全裸。

 古代彫刻や絵画は、全裸が多い。

 鍛え上げられた肉体美は、俺もカッコイイと思うよ。

 でもさ、それは芸術の話じゃん。

 常識的に考えて、全裸はマズいよね?

 だって、執事がちんちんブラブラしてるって、おかしいよね?

 一般的な執事は、ちんちんブラブラしないよね?

 その格好で、表出てみ?

 警察が、すっ飛んでくるぜ?

「外へ出る時は、ちゃんと服着てるよね?」

 俺が指差しながら言うと、執事達は一斉に頷く。

 さもおかしげに、桜庭が笑い出す。

「もちろん、着るに決まっています。着なかったら、警察に捕まってしまうではありませんか」

「当たり前だよ! 全裸、真っまっぱ、穿いてないんじゃ、猥褻(わいせつ=けしからん)罪だっ! 分かってんじゃねぇかっ! だったら、屋敷ん中でも服着とけよっ!」

「……そうは、おっしゃられましても……」

 執事達は動揺した様子で、顔を見合わせる。

 何故だ、何故分かり合えない?

「服着ろ」って、ただそれだけのことなのに。

 言葉は通じているのに、意思の疎通が取れない。

 それとも何? お前らは「全裸」って言葉が理解出来ないの?

 お前らにとって、全裸って何なの?

 全裸は、どうしても譲れないの?

 マジなんなの? その飽くなき(あくなき=どこまでもやむことがない)全裸へのこだわり。

 ひょっとして、ミッチェルに「全裸は正義」と、洗脳教育された?

 その洗脳の呪縛からは、一生逃れられないの?

 俺らは、永遠に分かり会えないの?

 もう究極、パンツだけ穿いてくれたら許す。


「幸運の神様には、前髪はあっても後ろ髪はない」と、言ったのは誰だったのだろうか。

「幸運の神様は足が速く、通り過ぎたら二度と捕まえられない」と、言われている。

 それって、前から走ってきた神様の残りわずかな前髪を、鷲づかみするってことじゃないの?

 幸運の神様、可哀想じゃない?

 そもそも、前髪以外ハゲって、スゲェ斬新な髪型だな。

 もしかしたら幸運の神様は、ハゲカウントダウンを、モノスゴく気にしているかもしれない。

 神様の世界では「いよっ、今日も後光が眩しいねっ!」なんて、からかわれているかもしれない。

 前髪を強く掴みすぎて、全部ブチ抜いてしまったら、心身ともに大ダメージを受けること間違いなし。

 後頭部がすでに輝かしいことになっているのに、ずいぶんと可哀想なことをするもんだ。

 幸運の神様も、ガッカリだよ。

 いや、神様の世界では髪型は、それほど重要じゃないのかもしれない。

 逆に、前髪オンリーヘアが、神様の世界では今流行りのモテる髪型だったりして。

 閑話休題(かんわきゅうだい=それはさておき)。

 このことわざ(?)の意味するところは「何事も過ぎ去ってからでは遅い」ということだ。

 だったら、幸運の神様の前髪を全部ブチ抜いてでも、チャンスを掴み取ってやろうじゃないか。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

 豪華なお屋敷の玄関を開けると、それぞれ個性的なイケメンが五人並んで、うやうやしく出迎えてくれた。

 全裸で。

 最初こそ、唖然(あぜん=呆れて言葉が出ない様子)としたけど。

 今となっては、見慣れた光景。

「ただいま、みんな」

 慣れって、怖いよね。

最初から最後までお読み下さった人へ、長々とした駄文にお付き合い頂きまして、心より厚く御礼申し上げます。

並びに、お疲れ様でございました。

少しでもお楽しみ頂けましたら、幸いに存じます。

何かお気付きの点がございましたら、ご遠慮なくお申し付け下さいませ。

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