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大富豪の遺産相続を強要される俺と、全裸の執事達。

執事が全裸で、ちんちんブラブラしている変態コメディ。

男主人公が大富豪の遺産を相続させられて、巨額の富とアホな全裸の執事達に振り回される、バカバカしいドタバタコメディ。

たまに、シリアスがインサートしてきますが、コメディが全力シャトルランします。

ホモホモしいですが、主人公はノンケでホモ回避。

全裸にも関わらず、R-18要素は皆無。

※問題がありましたら、迷わずご指摘下さい。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 豪華なお屋敷の玄関を開けると、それぞれ個性的なイケメンが五人並んで、うやうやしく出迎えてくれた。

 全裸で。


 話は、数十分前まで遡る(さかのぼる)。

 俺は、川崎虎河かわさき たいが、二十歳。

 俺が幼い頃に両親は事故で鬼籍に入り、児童養護施設で育った。

 高校卒業すぐに施設を出て、「シュブニグラス・エンターテインメント」でアルバイトしている、それが俺。

「シュブニグラス・エンターテインメント」は、総合メディア企業。

 バラエティー、ドラマ、ニュースなどを放送している、大手放送局。

 テレビ専門誌、番組の関連グッズなど、メディアミックスにも力を入れている。

 俺は華やかな表舞台とは無縁の、いわゆる裏方(うらかた=舞台裏で働く人)。

 撮影機材を運んだり、セットを組み立てるのを手伝ったり、ほとんど雑用係。

 今日も今日とて、下っ端として雑務に追われている。

 そんな俺の元へ、スーツ姿の中年男が訪ねてきた。

 長身痩躯(ちょうしんそうく=背が高くて痩せている)で、不健康そうな顔をしている。

 女を口説けばコロリと落ちそうな、静かなイケメンボイスで問う。

「川崎虎河さんですか?」

「ええ、そうですけど。どちらさまですか?」

「申し遅れました、私は加藤有利かとう ゆうり。弁護士をしております」

 薄い唇にわずかに笑みを浮かべて、加藤先生は名刺を差し出した。

 名刺を受け取り、俺はさっと顔色を蒼褪あおざめさせる。

「べ、弁護士……? 俺、何かやっちゃいました?」

「ここでは、少々話しにくい大事な話ですので、場所を移しましょう」

「は、はい……分かりました」

 弁護士なんて職業の人には、初めて出会った。

 偏見(へんけん=個人的な悪いイメージ)なんだけど、弁護士って怖いんだよね。

 だって、弁護士って、事件が起こった時に出てくる人じゃん。

 そもそも、世間一般的に「先生」と呼ばれる偉い人が苦手。

 別に悪いことしてないのに、妙に緊張する。

「急な用事で、一時外出する」と、上司に申し出て、加藤先生と共に会社を後にした。


 加藤先生の法律相談事務所へ連れて来られると、俺は奥の応接室へと通された。

 綺麗な秘書さんがお茶を置いて立ち去ると、加藤先生は口を開く。

「この度、川崎さんは、故ピート・ミッチェル氏の遺産を相続されることになりました」

「は?」

 突然のことに、思考回路が停止した。

 ピート・ミッチェル。

「ビジネス界における世紀の大富豪」「経済王」などと呼ばれた「シュブニグラス・エンターテインメント」のCEO(Chief Executive Offcer=最高経営責任者)。

 胆力やリーダーシップ能力を高く評価され、メディアを介して市政にも関わっていた権力者。

 そんなもんのすげぇ人の遺産を、なんで俺が受け継ぐことになったんだ?

「『ワケが分からない』という顔をされていますね。では、簡単にお話ししましょう」

 加藤先生はメモ帳を手に取り、図解しながら説明を始める。

「あなたもご存知でしょうが、ミッチェル氏は誰もが知る大資産家です。しかし彼は生涯独身で子がおらず、遺産を引き継ぐ者がいなかった。そこで、あなたに相続されることになったんです」

「いやいや、おかしいでしょ、それ。なんで、見ず知らずの俺……いや、僕に相続されることになったんすか?」

 話が端折られ(はしょる=大事なとこ以外は、ざっくり略す)過ぎて、さっぱり話が見えてこねぇ。

 俺が混乱しながら聞き返すと、加藤先生は小さく頷く。

「そうですね。もう少し詳しく、お話ししなければなりませんね」

 加藤先生は、メモ用紙に分かりやすく図解を描いて、トントンと指し示す。

「先ほど説明した通り、ミッチェル氏には相続者がいませんでした。病気により死期を悟った彼は、危機感を覚えました」

「病気?」

「ええ」

 加藤先生は小さく頷いて、重苦しい口調で語る。

「ある朝、ヒゲを整えていた時、手が滑ってそれはそれは大事なイボを切り落としてしまったのです。それから彼は人が変わったように内気になり、ヒドく衰弱したそうです。彼にとって、イボは彼の分身であり、彼自身でもありました」

「え? 何それ、イボにそんな重要な意味があるんすか?」

 俺がきょとんとして聞き返すと、加藤先生は真剣な面持ちで俺に告げる。

「そう、イボは彼にとって、全てだったのです」

「なんで、イボが全てなんですか?」

 俺のツッコミを華麗に無視して、加藤先生は淡々と続ける。

「イボを失った彼は塞ぎ込み、『ヤベェ、このままじゃ死ぬ、私ピンチ』と思ったそうです。その時ふと思い浮かんだのは、莫大な遺産でした。妻子がいない彼は、誰かに相続しなければと焦りました」

「まぁ、相続者がいなければ、国に持っていかれますからね」

 法律に詳しくない俺でも、そのくらいは分かる。

 加藤先生はメモ用紙に棒人間を描き足し、矢印で示し、その横に俺の名を書く。

「そこで、あなたに相続しようということになりました」

「だから、そこが変だっつってるんですよ。なんでそこに、話が飛躍(ひやく=むっちゃ飛ぶ)するんですか? そこを詳しく、説明して下さいよ」

 加藤先生に詰め寄ると、加藤先生は深々と重いため息を吐き出す。

「これだけは、言いたくありませんでしたが。どうやら、言わなければならないようですね」

「え? 何? 僕の知らないところで、何か深い因縁があったんすか?」

 加藤先生のただならぬ表情に、俺は固唾を呑んで(かたずをのむ=どうなるのかと、緊張して成り行きを見守る)、加藤先生の次の言葉を待った。

 加藤先生は、俺に顔を近付けると、小さな声で打ち明ける。

「クジで」

「は?」

 くじ? くじって、何だっけ?

 混乱する俺に、加藤先生はさらっと答える。

「全従業員リストから、適当にクジで決めたそうです」

「えぇえぇええっ? 遺産だよっ? 相続した人の人生が、まるっと変わっちゃうくらいの莫大な遺産だぞっ? それを、クジで決めちゃったのかよっ? マジありえねぇ……」

 信じられない……そんな世界一アホな一番くじ、アリかよ……。

 俺の頭がおかしくなりそうになって、思わず頭を抱えた。

「全く考えられないことですが、その通りなんです」

 加藤先生はため息を吐き出すと、メモをクシャクシャポイして、ゴミ箱へ投げ捨てた。

 棚からファイルを取り出し、テーブルの上に重要書類を並べていく。

「それから相続書と遺言書を作成し、ミッチェル氏は満足そうな顔で息を引き取りました。こちらが、その書類です」

「うわぁ、マジだぁ……」

 まごうことなき、正真正銘、正式な相続書と遺言書だ。

 きっちり、俺の名前が書き込まれてるよ。

 どうしてこうなった。

 大資産家の遺産って、一体どれだけのものなんだろう。

 きっと、一生遊び暮らしても余るくらいの財産が、手に入るに違いない。

 俺はだんだん怖くなってきて、全身にイヤな汗を大量に掻き始めた。

 恐る恐る、加藤先生に訊ねる。

「あの……これって、辞退は出来ないんですかね?」

「辞退されるんですか? この莫大な遺産を?」

 それこそ「信じられない」という顔で、加藤先生は俺を睨んだ。

 加藤先生の目が怖くて、俺はおずおずと上目遣いで、加藤先生を伺う。

「いや、その……。これ、辞退した場合、どうなるの、かなぁ……って、ちょっと思ったりなんかして……」

「辞退された場合は、『グレートオールドワン(Great Old Ones=偉大なる古きもの)』に寄贈されることになっています」

「は?」

 ますます混乱した。

『グレートオールドワン』って、あれだろ?

 暗躍(あんやく=「暗中飛躍」の略。裏でこそこそ悪い活動すること)してるという、謎の組織犯罪組織とかなんとかかんとか。

 それに寄贈するって、どういうことですか、社長ーっ!

 イボがあるなしで、そんなに変わっちゃうもんなのっ?

 そういう意味では、イボが彼自身であったというのも、分からなくは……って、やっぱ分からん!

 加藤先生は、後ろに青い炎が見えそうなくらい恐ろしい迫力で、俺を説得してくる。

「もし、あなたが相続しなかった場合、そんな怪しげな組織にエサを与えることになるのです。何としても、あなたに相続してもらわなくてはなりません」

「うわぁ……マジかぁ」

「この国を……いえ、世界を守る意味でも、なんとしてもあなたに相続して頂かないと。さもなくば、キノトグリス(Cynothoglys=死を司る神)に導いて頂くことになりますよ?」

「きのと、ぐり……?」

 って、何?

 言葉の意味は良く分からんが、とにかくスゴイ気迫だ。

 この人は普段冷静でも、怒らせたら超怖いタイプと見た。

「相続、して頂けますよね?」

 加藤先生に、気圧されて(けおされる=相手の勢いに対抗出来ず、ジリジリと押される)、俺は恐怖で何も言えなくなる。

 すると加藤先生は、ニヤリと薄笑いを浮かべて声のトーンを上げる。

「なお、ミッチェル氏が生前住んでいた豪邸も、もれなく付いてきます」

「そんな、オマケみたいに……」

 俺が力なく言うと、加藤先生が微笑み提案する。

「どうです? これから、その豪邸をご覧になっては? 少しは、その気になるかもしれませんよ?」

「そ、そうですね。見るだけなら……」

 渋々と俺が頷くと、加藤先生はテーブルに広げていた書類をまとめ始める。

「では、すぐ見に行きましょう。今も住み込みの執事達が手入れをして、すぐにでも住める状態になっているそうです」

「へ、へぇ……そうなんすか。さすが、大資産家ですね……」

 俺は引き気味で、感心した。

 社長が亡くなってから、約二ヶ月が経過している。

 その間もずっと、住み込みの執事さんやらメイドさん達が、豪邸を管理していたのか。

 なんつーか、スゴイな。

 きっと、お給金が相当良いに違いない。

 社長が亡くなった後も、引き落としで払い込まれているのか、それとも前払いだったのか。

 施設育ちの俺には、どんな世界なのか、全く見当もつかない。

 加藤先生に促されて、俺は社長が生前住んでいたという豪邸を見にいくことになった。


「ここです」

「ほ、ホワイトハウス?」

「いえ、ミッチェル氏が、生前住んでいた屋敷です」

「う、ウッソだろぉおおおおぉぉぉ~っ?」

 目の前にあるのは、ホワイトハウス(アメリカの首都ワシントン市にある、アメリカ大統領の官邸。白くてデカイ)並の豪邸だった。

 ちなみに、ホワイトハウスの床面積は、約五千百 m2。

 階数は地上三階、地下三階で、部屋数は驚きの一三四室。

 エレベーターは、三基備えているという。

 こ、この豪邸はそこまででは……ないよね?

 個人の所有物で、あそこまでデカくはないはずだ。

 厳重な柵に囲まれた門の外には、屈強(くっきょう=肉体的に強い)な門番まで立っているし。

 ここは、いったいどこだ?

 もう、ここにいるだけで、別世界だ。

 加藤先生が門番に話し掛けると、門が開かれた。

 門番がにこりと、俺に微笑み掛ける。

「どうぞ、お入り下さいませ、ご主人様」

「あ、ども。まだ、ご主人じゃないんですけど……」

 ぎこちなく微笑み返して、屋敷へと向かう。

 ってか、門から玄関までが超遠いんだけどっ!

 何mあんの? これ。

 と、思ってたら、目の前に長くて四角い超高級車が停車する。

 大統領とかVIP(ビップ=Very Important Personの略。最重要人物)しか乗れないような、ロールスロイスとかいうヤツ。

 こんな超高級車、テレビでしか見たことないぞ。

 運転席から紳士服に身を包んだ運転手が降りて来て、後部座席のドアを開けてくれる。

「お待たせ致しました。玄関まで、お送りさせて頂きます」

「え? 玄関まで、車が必要な距離なの?」

「ええ。さ、乗って下さい」

 運転手と加藤先生に促されて、恐ろしく広い高級車に乗せられた。

 滑るようになめらかに走り出す車に、俺はもうガッチガチに緊張してどうして良いか分からなくなる。

 それから五分ほどして、車は止まった。

 自分でドアを開けようとしたところ、運転手が回り込んで開けてくれる。

「ドアを開けるのも、私の仕事ですから」

「そ、そっすか……」

「ご乗車、ありがとうございました。どうぞ、お気を付けてお降り下さいませ」

 にっこりと運転手に笑い掛けられて、俺は何だか申し訳ない気持ちになった。

 玄関に立つと、重厚な木製の両開きの扉が立ちはだかっていた。

 手を掛けるまでもなく、扉がゆっくりと開かれる。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「……は?」

 俺は、目の前の光景に唖然(あぜん=呆れて言葉が出ない様子)とした。

 豪華なお屋敷の玄関を開けると、それぞれ個性的なイケメンが五人並んで、うやうやしく出迎えてくれた。

 全裸で。

 何故、全裸?

 ミッチェル氏は、そういう趣味の人だったのか?

 だから、生涯独身だったんだろ? そうに違いない! そうに決めたっ!

 きっと、クジで決めたってのもウソだ。

 俺が、ミッチェルの好みのタイプだったんだ。

 そんな理由で、選ばれたんだ。

 ありえない、なんで俺なんだ……。

 急に全身から力が抜けた俺は、がっくりと床に膝を着き、途方に暮れた。

 全裸の男達が俺を取り囲んで、心配そうに声を掛けてくる。

 全裸の男達に「かごめかごめ」されるという、悪夢のような光景。

 床に膝を着いた俺の目の前には、男のシンボルがぷらんぷらんしている。

 何が悲しくて、イチモツを眺めなくちゃならないのか。

 とりあえず、見ないように、顔を上げる。

 すると、目が覚めるような超絶美形の顔が、どアップになった。

「うわぁっ!」

「いかがなさいました? ご主人様。どこか具合でも……?」

 心配そうな顔も絵になる、メガネを掛けた二十代前半の知的なイケメンが見つめてくる。

 近い近い!

 やけに長いまつ毛が、数えられそうなほど顔が近い!

 キス出来そうな距離だぞ、これっ!

 やめろー! 俺にその気はねぇっ!

 俺は慌てて超絶美形の肩を掴んで、距離を広げる。

「い、いや……ちょっと、眩暈めまいがしただけで、大したこと……」

「眩暈! それは大変だっ! すぐにも、ベッドルームへお運び致しますっ!」

「えぇっ?」

 いきなり、超絶美形にお姫様抱っこされた。

 なんで、お姫様抱っこっ?

「待て待て! 大丈夫っ! マジで、大したことないからっ! 降ろして下さいっ!」

「ミッチェル様も、そうおっしゃって間もなく、お亡くなりになられました」

「……え?」

 驚いて顔を見上げると、整った顔立ちに翳り(かげり=暗い印象)が見えた。

 そうか、コイツはミッチェルの最期を看取ったのか。

 俺も十年前に、施設で一番仲が良かった幼馴染を亡くしている。

 いつでも一緒だった、大事な親友だった。

 でも、病気になって、どんどん弱っていって死んだ。

 病名は、知らない。

 いや、聞いたんだけど、覚えてない。

 今でも、俺の心に影を落とし続ける悲しい記憶だ。

 幼馴染を亡くしてしばらくは、誰かが軽く咳をしたくらいでも、過敏反応を示したくらいだ。

 ましてや、コイツの場合、前の主人を失って二ヶ月ほどしか経っていない。

 過剰に心配性になるのも、分からなくはない。

 俺が黙り込むと、超絶美形が振動を与えない足取りで俺を運んで行く。

 後の四人と加藤先生も、ゾロゾロ後ろに続いた。

 しばらくすると、豪奢(ごうしゃ=ムダにぜいたく)なベッドルームへ辿り着く。

 映画でしか見たことないような、天蓋(てんがい=ベッドの上に付ける専用の屋根と、薄い絹のヒラヒラカーテン)付きのキングサイズベッドが、広い部屋の真ん中に置いてあった。

 うぉう、金持ちの金銭感覚とセンスが分かんねぇ。

 全裸の小柄な少年が布団をめくると、シルクのような綺麗なシーツの上に、そっと降ろされる。

「くれぐれも、無理はなさいませぬように」

「お、あ、ありがとう……ございます」

「いえ、これくらい、礼を言われるほどのことではありません」

 優しい微笑みを浮かべると、まるで芸術品のような美しさだ。

 思わず見とれていると、不思議そうに聞いてくる。

「私の顔が何か?」

「い、いやその……スゲェ綺麗な顔してんなぁと、思って……」

 何故か急に恥ずかしくなって、慌てて目を逸らした。

 超絶美形はおかしそうに、クスリと小さく笑う。

「ありがとうございます。あなた様も凛々しくて、お素敵ですよ」

「な、何言ってんだっ! お、お前みたいな超絶美形にお世辞言われたって、ううう、嬉しくなんかねぇんだからな……」

 最初は声を張っていたが、徐々に声が小さくなってしまった。

 金で雇われてんだから、お世辞のひとつやふたつ平気で言うに決まっている。

 そんな、白々しいお世辞を言われたところで……。

 うん、まぁ、褒められたら嬉しい。

 何となく照れ臭くなって、指でカリカリと頬を掻いた。

 そのまま黙っているのも気まずいので、何か喋ろうと口を開く。

「あ、あのさ。お兄さん達は、何者なんですか……?」

「ああ、申し遅れまして、申し訳ございません」

 うやうやしくお辞儀をすると、全裸の男達は横一列に整列する。

「私どもは、ご主人様付きの執事でございます」

「し、執事なの……?」

 全裸なのに?

 俺が半信半疑で聞き返すと、さっきの超絶美形が綺麗に微笑む。

「はい。私は、秘書の桜庭春樹さくらば はるきと申します」

「続きまして、私は執事長の橘夏彦たちばな なつひこでございます! 今後とも、どうぞお見知り置きをっ!」

 桜庭の横に立っていた、二十代後半くらいのハツラツ野郎が、やたら元気に挨拶した。

 運動部の部長とかやってそうな、好青年といった感じ。

 さっき布団をめくってくれた、小柄な色白の美少年がおずおずと名乗る。

「は、初めまして。ぼ……私は、ご主人様の身のお世話と雑務をさせて頂きます、桔梗秋桜ききょう あきおでございます」

 通った鼻立ちとパッチリとした大きな目が、美少女と見紛うほど可愛らしい。

 でも、せっかくの可愛い顔が、長い前髪に隠れて、もったいない。

 恐らく、秋桜がこの中で最年少だろう。

「アタシは、スタイリスト兼客室係の椿冬月つばき ふゆつきよ。椿って、呼んで下さいな♪」

 三十代くらいの大男が、しなを作ってバチンとウィンクした。

 綺麗に化粧をしていて、髪は赤く染められていた。

 良く見たら、長い爪にはピンクのマニキュアまで塗っている。

 執事が、そんなんでいいの?

 やたらデカくて体格が良いから、見下ろされるとちょっと怖いんですけど。

 それにしても「春夏秋冬」で、名前が覚えやすくてありがたい。

 椿の横には、胸毛が生えたガチムチマッチョが並んでいる。

 三十代後半くらいで、いかつい顔をしていて、椿よりも迫力があってスゲェ怖い。

「管理業務と給仕担当の、田中一郎です」

 そんで、お前は季節とは関係ないんかい。

 急に、普通の名前が来たな。

 田中が笑うと、ちょっと怖さが和らいだ。

 でも執事というより用心棒みたいで、怖くて目を合わせられない。

 田中とは、仲良くなるのに、少し時間が掛かるかもしれない。

 超絶美形。

 好青年。

 美少年。

 綺麗なオカマ。

 ガチムチな男前。

 それぞれタイプの違う、イケメンばっかり揃っている。

 鍛えているのか、全員良い体付きをしている。

 全裸だから、肉体美がとても良く分かる。

 いや、おかしいだろ、全裸。

 なんで、執事が全裸なんだよ?

 普通執事は、ジェントルメ~ンなスーツを着てるよな?

 これも、ミッチェルの趣味なのか?

 ……趣味かな、やっぱり。

 だって、これだけの美形を揃えてて、しかも全裸。

 聞いちゃマズいかな? 全裸。

 でも、すんげぇ気になって仕方がないぞ、全裸。

 俺は顔を引きつらせながら、恐る恐る手を上げる。

「ちょっと、質問良いですか?」

「どうぞ、いくらでもお答えしますよ」

 桜庭がにっこりと微笑んだので、ちょっと気後れしながら質問する。

「『なんで、全裸なのかなぁ』って、思っちゃったりなんかして……」

「それは、先代のご主人様が、お決めになられたことです。執事たるもの、主人に隠し事があってはならない。Foot man(フットマン=男の召使い。執事より格下)とは違うことを、見せ付けろ! 全てをさらけだせっ! と、いうことで、何も身に着けておりません」

「あー……そうなんだ……うん」

 それ以上、何も言えなかった。

 全裸の理由は、分かった。

 頭で理解はしたけど、納得は出来ん。

 だって、おかしいじゃん、全裸。

 全裸執事達の後ろから、一歩引いたとこに立っている加藤先生が、静かに口を開く。

「どうです? 遺産を相続されるお気持ちは、固まりましたか?」

「なんで?」

 間髪入れずに(かんぱついれず=クイズ王のように、めちゃくちゃ早く)、ベッドから起き上がって聞き返した。

 口元を吊り上げて、加藤先生は口だけ薄く笑いの形を作る。

「今、遺産を相続されれば、もれなく一生涯の安心が保障されます」

「そんな、保険の宣伝文句みたいな……」

 俺が気のない声で返すと、加藤先生は少しテンションを上げる。

「さらに、これだけの豪邸と使用人付きです」

「まぁ、めったにありませんよね、ホワイトハウス並の豪邸なんて。しかも、全裸執事付き」

 弁護士先生も、おかしいと思わないの?

 執事が、全裸なんだよ?

 なんで、誰も指摘しないの、全裸。

 ここだけ、時空歪んでんの?

 何? 俺、いつの間に異世界転生した?

 この世界線では、全裸は常識なの?

 もう、意味分からん。

 顔を引きつらせて、ははは……と、俺が乾いた声で笑うと、加藤先生は畳み掛けるように続ける。

「これだけの好条件が揃っていて、何が不服なんですか? こんなシンデレラストーリー、そうそうありませんよ?」

 口元からスッと笑みが消えて、名状しがたい負のオーラのようなものが、加藤先生から漂う。

 不健康な青白い顔をした加藤先生が、負のオーラをまとうと、ハンパなく怖い。

「ましてや(だから、言うまでもなく)、相続しないなんてあり得ませんよね?」

「いやいや、不服とかそういう問題じゃなくてですね。何だか急な話で、現実味リアリティがなくて信じられないんすよ……」

 加藤先生の恐ろしい雰囲気に、俺はたじたじ(圧倒されて、尻込みする)として答えた。

 小さく「ふむ」言うと、加藤先生は胸元から手帳を取り出す。

「『現実味がない』と。では、現実味のある話をしましょう」

 手帳を開くと、加藤先生が淡々と読み上げる。

「このたび、川崎さんが相続される遺産は、ざっと見積もって八十兆円」

「兆……っ?」

 桁外れの額に、俺はふっと気が遠くなりかけた。

 それだけあったら、何が買えるの?

 うまい棒、何本買える計算?

 銀行に預けておけば、利息だけで一生食っていける。

 いや、一生かかっても使い切れない額だ。

 むしろ、何を買ったら使い切れるんだ?

 混乱する俺を置き去りにして、加藤先生は話を続ける。

「さらに、この豪邸と敷地、美術品、車、かつてミッチェル氏が運用していた株、その他もろもろ、全て相続されることになっています」

「ま、マジかよ……」

 聞けば聞くほど、現実味がなくなっていく気がする。

 なんて大変なものを、俺に相続してくれてんだ。

 そんなデッカいもん背負わせられたら、俺の人生がまるっと変わっちまう。

 貧困層だった俺が、急に大資産家に成り上がる。

 そりゃ、金があるに越したことはねぇけどさ。

 だからって、ありすぎるのも問題だ。

 自分の器に入りきらない資産なんて、持て余すに決まっている。

 今までのちょっと足りないくらいの生活で、それなりに幸せだったのに。

 なんてことしてくれるんだ、ミッチェルめっ!

 かといって、辞退は許されない。

「辞退したい」などと言おうもんなら、加藤先生がなんて言うか。

 あの人、一生付きまとってでも、俺に相続させようと迫るに違いない。

 あんな死神みたいな色白魔人に、一生付きまとわれるなんて絶対にごめんだ。

 毎日毎日「相続相続」と、呪文のように唱えられたら、精神が病むわ。

 今夜にでも、夢に見そうだ。

 それでも頑なに断った場合、謎の犯罪組織「グレートオールドワン」に寄贈をすることになる。

「グレートオールドワン」が何を企んでいるかは、分からない。

 だが、それだけの活動資金を得たら、何をしでかすか。

 もはや、この国の命運は、俺に掛かっていると言っても過言ではない。

 もしかすると、相続することによって、「グレートオールドワン」に命を狙われるかもしれない。

「お前が辞退さえすれば、全て我らのものだったのにっ!」とか何とか、逆恨みされるかもしれない。

 相続しても地獄。

 しなくても地獄。

 どうあがいても、絶望。

 なんだかだんだん、頭が痛くなってきた。

「大丈夫ですか? お顔の色が優れませんが……」

 心配そうな顔の桜庭に顔を覗き込まれて、俺は考えを中断させられた。

 だから、顔が近いって。

 なんで、そんなに顔を近付ける必要があんの?

 ミッチェルに、そうするように言われてたの?

 全裸だし。

 もう疲れた。

 ぐったり仰向けに横たわり、目を閉じる。

「……急に色々ありすぎて、ちょっと頭痛が……」

「頭痛っ? すぐにも医者を――」

 慌てふためく桜庭の腕を、俺はすかさず掴んで止める。

「医者呼ぶほど、大げさなもんじゃないですからっ!」

「ですが……っ!」

「大丈夫だって! 寝てりゃ治るから、そっとしといて下さいっ」

 俺が必死に訴えると、桜庭は渋々と答える。

「分かりました。少しでも何かありましたら、すぐおっしゃって下さい」

「分かった分かった」

 そう答えると、桜庭は安心したようににっこりと綺麗に笑った。

 ややあって、加藤先生が事務的に話し掛けてくる。

「川崎さんの体調がよろしくないようですので、今日のところはこれで失礼致します。それでは」

 一礼すると、加藤先生は扉へ向かう。

 橘が流れる風のように優雅に移動して、ベッドルームの扉を開ける。

「では、私と桔梗君とで、加藤氏をお見送り致しましょう。桔梗君」

「はい、橘さん」

 声を掛けられた桔梗が、そそくさと橘の後に続いた。

「桜庭君達は、ご主人様のお側に。なるべく、すぐ戻る」

「はい、かしこまりました」

 ベッドルームに残った三人の執事達に、橘は簡単に告げて部屋を出て行った。

 加藤先生が立ち去ると、張り詰めていた空気が緩んだ気がした。

 その後すぐ、安堵したのと柔らかなベッドの誘惑に負けて、眠ってしまった。

 

 その日の夜、ムキムキマッチョな全裸の男達に「おしくらまんじゅう」される悪夢を見た。

 しかも、四方八方から複数の狙撃手に命を狙われている。

 あまりにヒドイ悪夢に、もがいて悲鳴を上げる。

「ぎゃぁあああっ! 熱いっ! キモいっ! むさ苦しいっ! ってか、何この状況っ? 色んな意味で怖いっ!」

 それは、遺産を相続した俺の未来を予知したものだったのかもしれない。

【主要キャラクター一覧】

主人公 川崎かわさき 虎河たいが

執事① 桜庭さくらば 春樹はるき

執事② たちばな 夏彦なつひこ

執事③ 桔梗ききょう 秋桜あきお

執事④ 椿つばき 冬月ふゆつき

執事⑤ 田中たなか 一郎いちろう

弁護士 加藤かとう 有利ゆうり

基本的に、苗字だけ覚えておけば大丈夫。


少しでもお楽しみ頂けたなら、幸いでございます。

※問題がありましたら、迷わずご指摘下さい。

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