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常緑  作者: みけねこ
3/6

1.春の匂いを感じながら②

ハードディスクを嫁に壊されて、先週は一文字も書き込めませんでした。久しぶりに怒り狂ったので疲れました。今日からまた少しずつ文章が書けるので、またいつも通りの感覚に戻れそうです。

 暗澹たる思いの中で初日のガイダンスを行っていた講堂を出ると周りには、それぞれの友人たちが、その友人たちに声をかけて、これから食事にでも行く? だとか、今日はどこか遊びにでも行こうか? だとか浮かれた気分をそのままにして相談したりしている。あおはそのどれにも何にも耳を貸さずに、スタスタと歩みを進める。ふと、ここはどこだろうか? 不思議な感覚にもなる。風が暖かい空気をはこんで、サクラの景色が青空の中に溶け合っているのが分かる。地はあおあおとした陸を形成している。またそこはあおにとって、どこか自分がいる世界とは違う場所のようにも思えた。そう季節の空気を感じながら深呼吸をしていると、どこからともなくあおをお呼び止める声が聞こえるようだった。いや、むしろあおは確かに呼び止められていた。ほかの誰もが、あおの中で情景へと消し去られて行くのにもかかわらず、それは明らかに刈安の声であった。

 その声にあおは振り向き、またすぐに目をそむけた。

「おーい。煤竹!」

 しかし一度振り向てしまってからには、どうにも顔を合わせるほかになく、仕方なしにもう一度そちらの方へ顔を向けてみると刈安はすでにあおのすぐそばまで寄っているのが分かった。顔と顔がぶつかり合う寸前のところであおは刈安を認めたが、あまりにも顔が近すぎたので、第一声が嫌な気分になるのもまたそれは、仕方ないことだった。

「なんだよ」

 初めあおは気づいていなかったが、刈安は雌黄みかんとともに講堂の前で何かを話しているようだった。雌黄みかんは振り向いたあおと少し目が合い、目を厚ぼったくして笑って見せた。そして刈安はそんなあおの目線には気にも触れずに話だした。

「煤竹、去年の暮れに話した俺の企画の話なんだが、——」

刈安は何の気にも留めずあおに話すが、あおからしてみれば図々しく厄介なことに過ぎない。

「そもそもお前の企画だろう? どうして俺が必要なんだ?」

「そんなこと言うな。あれだけのものを作れるんだから、できない方がおかしい」

 刈安は去年の暮れにあった合同公表会の話を持ち掛けているに違いなかった。そもそも刈安と一番最初に話したのはその時で、それまであおも刈安も同じ学内にいて、一度も顔を合せなかったし、もちろん話題に出ることもなかった。ただ、刈安もあおもあの時学科別ではあるが、優秀賞をもらっただけのことである。

 雌黄みかんは目をぱちぱちさせ、二人の様子を見ているだけで、何をどう反応して見せればいいのかわかりかねているといった具合である。刈安はそんな彼女のことをも気にも留めずにあおに話し続ける。

「もう面子は決めているんだ、お前が抜けたら困る」

 あおはため息をついて、どうしたものだろうかと考えた。しばらく遠い森の景色を見ながら、黙っていると、雌黄みかんが話してきた。

「ねぇ、何の話をしているの?」

 雌黄みかんは刈安と同学科の学生である。飾り気もなければ、悪目立ちもしない普通の女学生だ。かといい刈安との接点がどこにあるのかは、あおにはわかりかねた。同じ学科だから一緒にいるといったところだろう。彼女自身は合同発表会で卒業論文のプレゼンをしたくらいで、製作品を作っているところを見たことはない。どちらかといえばプログラミングやソフト開発といった方面の学生である。

 刈安はその彼女を横目で見て、説明しだした。

「ああ、君には話していなかったかもしれないけど、人文科の企画についての話だよ」

 みかんはああと声に出してそのまま納得したようだった。それ以上何か話すこともなく、今度はあおの方を向いた。

「そもそも刈安、俺はその企画についてまだ何も聞かされていないぞ——」

 刈安はその一言で、少し考えるような恰好をとった。そして、そうかと言葉にしてまた何かを思いついて風になっていった。

「わかった今度しっかり話をしよう」

 雌黄みかんはこの話の収着を見届けた時点であおの顔を見、微笑んで刈安の後を追った。刈安は話も終わらないうちにあおのもとを離れていた。


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