歩きスマホでトラックに轢かれた俺は異世界どころか地獄行きになりそうでヤバイ
俺は歩きスマホをしていた。
「まーたこのゲームの広告かよ。これ広告とゲームの内容全然違うらしいな」
ぼやいていると、ゴオオオッという音が聞こえてきた。
トラックだ。
「あ」
思いっきり車道を歩いてた。
気づいた時には遅かった。ブレーキ音、誰かの悲鳴、轟音。一瞬にして意識は消えた。
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「う……ここは……?」
「目ェ覚めたか」
低くごつい声。そこには――
「うわっ!?」
鬼がいた。角が生え、全身の皮膚が赤く染まっており、虎柄のパンツを履いている。俺の、というか日本人の想像通りのテンプレ赤鬼だった。
「な、なんで鬼がこんなところに……」
「あなたは死んだんですよ」
静かな声。声がした方向には全身青の鬼が立っていた。クールな佇まいで、赤鬼よりやや細めの体格をしている。ソフトマッチョとでもいうべきか。
しかし、今は鬼に驚いてる場合じゃない。
「死んだ!? 俺が!?」
「そうさ。でけえトラックに轢かれてなぁ」
「打ち所も悪く、即死でしたね」
「そんなぁ……」
乱暴な口調の赤鬼と丁寧語で話す青鬼。実に分かりやすいコンビだ。
「異世界に転生できたってわけじゃないのか」
「異世界? 確かにここはお前のいた世界とは違う場所だけどよ」
「あなたは死んでますねえ。ま、いずれ輪廻転生できるかもしれませんが」
嚙み合わない会話を挟みつつ、俺は尋ねた。
「俺はどうなったんだ? 鬼がいるってことは俺は地獄に落ちちまったのか?」
「いや、地獄でもねえな」
「天国に行けるか地獄に行けるか、決める場所……といったところですかね」
これからどちらに行くか審判を受けるという感じか。青鬼が「何か質問はありますか?」と言ってきたので、
「そういえば、俺を轢いた人ってどうなったの?」
「ああ、彼ですか。ドライブレコーダーもついてましたし、たまたま動画を撮ってた人もいました。どう見てもあなたに非があるので、社会的に死ぬようなことはないでしょう。苦労はするでしょうが」
それを聞いて俺はなぜかよかった……と思ってしまった。
「それでは私について来て下さい。閻魔大王様の審判まで待機して頂く部屋までご案内します」
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用意された部屋は髑髏の飾られた不気味な部屋……などではなく飾り気のない殺風景な部屋だった。まるでどこかのオフィスの会議室だ。
しかも椅子は――
「パイプ椅子かよ」
部屋には俺の他にも20名近い人間がいた。ほとんどが中高年、中には俺ぐらいの若者の姿も。全員俺と同じ境遇だと思って間違いないだろう。子供がいないことに、俺は少し安堵していた。
「……」
なにしろ全員死人である。しかも死にたてほやほや。沈黙が続く。まさか「あなたも死んだんですか?」「ええ、トラックに轢かれて」なんて会話をするわけにもいくまいし。とはいえ挨拶ぐらいは交わしてる人もいたが。
やがて、青鬼がやってくる。
「○田△造さん」
「は、はい」
「お待たせいたしました。ご案内します」
年配の男が連れていかれる。閻魔大王の裁きが下されるのだろう。
こんな感じで、他のメンバーも一人また一人と呼び出されていった。
そして――
「お待たせいたしました」
ついに俺の番。俺は席を立った。
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案内された部屋には閻魔大王がいた。
恐ろしい顔と巨大な体、手には“しゃく”を持っている。これまた想像通りの姿だった。
「これよりおぬしに裁きを下す」
「は……はい」
「おぬしの生前の行いは、と……」
いわゆる閻魔帳と思われる帳面を眺め始める。
俺は緊張していたが、心のどこかで楽観してもいた。
天国行きか地獄行きかを決めるのは当然生前の行いだろう。善い奴は天国へ、悪い奴は地獄に行くはず。
さて、俺は悪人か? 自信を持ってノーといえる。
誰かを殴ったり何かを盗んだことはないし、悪口もあまり言わないタイプだ。まあ人生最後の最後でトラックの運ちゃんに迷惑をかけちまったが、それだって事故だし。相手の人生終わらせたわけじゃないし。
地獄行きになるなんてありえない、とタカをくくっていた。
「おぬしは地獄行きとする」
――この言葉を聞くまでは。
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一瞬耳を疑った。意味が分からなかった。
「……え?」
「聞いてなかったのか。おぬしは地獄行きとする」
「あ、あのもう一回……」
「三度も言わせる気か!」
「す、すみませんっ!」
いやいやいや待て待て待て。なんで俺が地獄行き? ホワイ? 俺、地獄行きになるようなことしてないよ?
「ちょっと待って下さいっ!」
「なんだ」
「なんで地獄なんですか!? 俺、悪い事してませんよ!」
「……」
「そ、それともあれですか? やっぱり最後の死に方が悪かったから……」
「別にそこは関係ない」
え、違うの? 心当たりがあるとしたらそこしかないんだが。閻魔大王は続ける。
「おぬしは確かに悪い事はしていない……が、取り立てて善行もしていない。おぬしの人生を一言で言うと“ただ悪い事をしてこなかっただけの人生”だ」
「あ……」
ぶっとい槍が胸に突き刺さったような気分だった。
「天国には別に悪い事をしてなければ行けるというものではない。悪人とは言えない人物が、何らかの功績や善行を積み重ねて、その“見返り”として行くことができる場所なのだ。今、閻魔帳を見たところ、残念ながらおぬしにはそういうものはなかった」
ぐうの音も出ない。俺が世のため人のために何か積極的に取り組んだことなど……ない。そんなんだから歩きスマホで事故死するはめになったんじゃないか。
だけど、地獄行きは御免だった。なんとか足掻きたかった。
「お、お願いしますっ! チャンスを! チャンスをォ!」
「よかろう、チャンスをやろう」
え、くれるの? あっさり言われたので逆に驚いた。
「今からワシが“やめ”というまで、自分をPRしてみせろ」
「PR……?」
「閻魔帳にもおぬしの人生の全てが記載されてるわけではない。おぬしだって“こういう事をした”と言いたいことぐらいあるだろう。それを聞かせてみろ。ワシを納得させることができれば、天国行きにしてもよい。ただし嘘はバレるからそのつもりでな」
なんだか面接みたいなことになってきたが、これが正真正銘ラストチャンスだろう。どんな小さなことでもアピールしてやる。
始め、の合図がかかる。
「ええとですね。私はよく……よく募金箱にお金を入れます! お釣りを入れてます! 少しは貧しい人の足しになったのではないかと……」
言いながらこんなのが天国行きの足しになるわけないと思った。だが続ける。
「あと……あの、小学校の時、飼育委員を代わってあげたことがあります! その子、動物が苦手だったので……!」
必死だった。記憶をたどり、どんな小さな善行でも拾い上げる。
「数学の教科書を忘れた子に貸してあげましたぁっ!」
「ATMで手こずってるおばあさんを手伝って……」
「あ、あと! 駐輪場で倒れてる自転車を起こして……」
ついには――
「俺を轢いた人がそんな悪い事にならないって聞いた時や、死者の待機部屋に子供がいないと知った時はホッとしましたぁっ!」
死んだ後のこんなことまでアピールした。
さあ、どうだ!?
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「やめ」
アピールタイム終了。全く自信はなかったが、やり切った達成感はあった。
「ふーむ……」
思案する閻魔大王。俺はじっと待つ。
「よかろう。おぬしは天国行きとする」
判決が翻った。
「あ……ありがとうございます!」
審査基準がどんなものか知らないが、とにかく俺のPRで、俺の“徳ポイント”みたいなものが天国行きのラインまで達したのだろう。
バンザーイ! バンザーイ!
ギィィ……と扉が開く。その先は光り輝いている。
「あの向こうが天国だ。安らかに暮らすがよい。望むならいずれ転生もできよう」
「はいっ!」
ここでふと俺は立ち止まる。
「閻魔様、質問してもいいですか?」
「なんだ」
「どうして俺はアピールタイムをもらえたんですか? みんなもらえるんですか?」
「先ほど言ったろう? 天国とは見返りで行けるものであると。おぬしの生前の“ある行為”の時間を割り出し、その行為をしていた時間分だけアピールタイムを与えたのだ」
何が何やらという感じだが、俺の生前の行いが我が身を助けたということだけは分かった。
「……で、その“ある行為”ってのはなんなんです?」
「おぬしが死の直前までやってたことだ」
「え、歩きスマホ?」
「そうではない。PR活動を見ること……つまり宣伝や広告の類を見ることだ」
「あ……」
そういえば、ゲームの広告を見ながら死んだことを思い出した。
「おぬしがそういった類のものを見た時間だけ、アピールタイムを与えたのだ」
合点がいった。
たとえば俺が生涯で広告を10分間見ていたとしたら、アピールタイムは10分だったという具合だ。
「では天国に旅立つがよい」
「は、はい」
歩きながら俺は思った。
俺のアピールタイムは相当長かった。それこそどうでもいいような善行すら思い出せる余裕があるほどに。
ってことは俺は生前、一体どれだけの時間、広告を見ていたんだ? いや、俺以外の現代人もきっと――
せっかく天国に行けるのに、幸せなはずなのに、俺はどこかうすら寒いものを覚えた。
完
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