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失くしたものなど

 肩に手を置かれて、振り向くと真っ青な顔をしたアニスが立っていた。

「大丈夫?」


「アニス……様! 貴女が、呼んできてくださったの?」

「広間で、ジェイク様に声を掛けられたの。さっきヴィッキーと話していたところを見られていたらしくって、どこに行ったのか知らないかって。だから、離宮に行ったと思うけど、ここの渡り廊下暗くて怖いのよねって話をしたら、様子を見に行くって。私も心配だったからついてきたのよ」

「そうでしたの。いつ頃からいらっしゃったの?」

「ついさっきよ。ぎりぎりだったわ」


「なっ……あっ、違うのです、あの女が私を誑かそうとして、私は誘い出されたのです」

 振り上げた拳を掴まれたまま嘘八百の言い訳をはじめる姿にさっきまでの威勢の良さはない。しかも、いきなり敬語。ジェイクに? と思ったけど、騎士団服と勲章で身分はわかるか。


 それにしても清々しいまでの態度の変え方だな。

「手を上げようとしていただろう、逃げられないように腕まで掴んで。どんな形であれ、この方に暴力を振るおうとした事は重大な罪だ」


 落ち着け。あんたが今守ってるのは伯爵令嬢じゃなくて下級(ご主人様すみません)貴族令嬢付きの付き添い人兼侍女だ。単なる平民だ。止めようか迷ったけど、ジェイクに恥をかかせる風になるのもなあ。

 案の定、その台詞を聞いた子爵令息は安心したように薄笑いを浮かべるし。多分、ジェイクが私のことを貴族令嬢と間違えて庇っているのだと思ったのだろう。


「違いますよ、その女は、そんな高貴な者ではありません。何せ没落した……」

 最後まで言わなかったのは、ジェイクがいきなり子爵令息の胸ぐらを掴み上げたからだ。


「わっ、わっ」

「没落した、何だって? 言ってみろよ。そんなことでこの人の価値が少しでも損なわれるとでも言いたいのか」

 地を這うような声。あれ、駄目だ、これジェイク切れてないか?


「ジェイク!」

 流石に止めないと。仮にも勲章持ちの騎士団員が貴族に手を出したら駄目だわ。庇った相手が貴族令嬢だったっていうんならともかく。

 仕方ない。


「やめなさい!」

 本当は命令なんてできる立場じゃないんだけど、なるべく威厳を込めた声で一喝した。

 長年かけて培われた反射というものは、なかなか抜けるものではないのだよ。

 狙い通り、ジェイクの手から少し力が抜けた。


(今だ!)

 おそらく初めて、私と子爵令息の意見が一致した瞬間だっただろう。


 子爵令息はジェイクの手をするっと外すと、捨て台詞も吐かずにもの凄い勢いで走っていった。

 子爵令息の危機回避すっごい。一瞬でいなくなったよ。

 悪い噂はたくさん聞くのに、なかなか捕まらないのは、あの逃げ足の速さによるものなんだろうか。ちょっと感心してしまう。


 子爵令息がいなくなって、ジェイクとアニスと私が残された。ようやく息を吐く。


「ジェイク」あ、間違えた。

「ジェイク様、助けて頂いてありがとうございます」

 とりあえず、お礼、お礼。

「ただ、ああいった場では、自重なさった方が。万が一、あの者が何か王宮に吹き込んだら、勲章だって剥奪されかねないですわよ」

 そんなことはさせないけどな。幸い、手は出さなかったから、証拠もないし。でも、思わず名前を呼んでしまったのは失敗だった。あの子爵令息、どうか変な動きをしませんように。


「貴女こそ、少しは用心なさってください! 昔と立場が違うのはわかっているでしょうに!」

 すごい勢いで怒られた。えー……。

「こんな暗い場所をひとりで歩くなんて、何を考えているんだ! たまたま俺が間に合ったから良いようなものの、あのまま誰も通らなかったら、何をされたかわからないんですよ、しかも被害に遭っても、泣き寝入りするしかない。貴族だった時以上に、慎重になってください、頼むから」


 ……なんか、こんな感情的なジェイクって初めて見たかも。


 割とね、伯爵令嬢じゃなくなってからというもの、周りの態度があからさまに変わったのはわかっていて。

 ちょっと街でぶつかった時に、前なら平謝りされたところを、今は舌打ちされたりとか。

 買い物をする時も、足元見られたりして、私自身は何も変わっていないはずなのに、急に自分という存在に価値がなくなったような気がしていた。

 父母も使用人も居なくなって、自分を守ってくれる身分も人ももう無いんだって。そういう事を、自分に刻みつけながら生きてきた二年間だったから。


——そんなことでこの人の価値が少しでも損なわれるとでも言いたいのか


 まるで、私から損なわれたものなどひとつもないように言ってくれたジェイクの言葉がどれだけ嬉しかったかなんて、きっと少しもわからないでしょう。


「……悪い、少し言い過ぎた」

 涙目になってしまった私の顔を見て、どういう風にとったものか、慌てた様にジェイクが謝罪してきたけど、怒鳴られたことは全然嫌ではないのよ。

「いえ……。嬉しかったの。どうもありがとう」


 しまった。ここで泣くと、今まで積み上げた物が崩れてしまう。落ち着いて。息を吐いて、吸って。よし、引っ込んだ。


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