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最悪の再会

 アニスと別れた私は、休憩できる場所を探していた。

急に疲労感に襲われてきた。少し、仮眠を取りたい。実は、今日の準備のためにもう三日ほど満足に眠っていないのだ。


 この城の事は大体頭に入っている。確か離宮に控え室という名の、来客の使用人が使える部屋があったはず。カウチソファがあるので、私の予想では、そこで準備に疲れ果てた人達がぐったりしているとみた。

 宮廷舞踏会の準備が、こんなにハードなものだなんてね。貴族の子女として参加した時には気づかなかった。アルベルトさん、メアリー、ありがとう。今更ながら心の中で昔執事と侍女だった人達にお礼を言う。お母様は人酔いするタイプだったから、付き添いで来たことはなかったけれど。みんな元気かしら。


 そろそろ舞踏会も佳境に入ってくると、酔いが回るのか、お行儀があまり良くない人が目立つ。

 貴族の娘だった頃とは比べものにならないほど、下卑た誘いが引きも切らない。

 私は内心舌打ちをしながら、それらの誘いを微笑んでかわしてゆく。参ったなあ、ひとりになるのじゃなかったかも。なるべく人気のある場所を選んで歩くものの、全体的にみんな緩んでいる感じだ。


 なるべく隙を見せないように速足で歩いているつもりだったのに、渡り廊下で後ろから腕を掴まれた。さすがに失礼すぎるのでぎろっと睨んで振り返る。立っていたのはフィオニール子爵令息だった。うっわ、最悪。

「これはこれは、誰かと思えば、ハミルトン伯爵家のヴィッキー嬢ではないですか」


 女癖と浪費癖で有名な、子爵家の放蕩息子だ。確か四男。修道院にも入らず、騎士団にも入らず、事業をするわけでもなく、後を継げそうな貴族の婿養子の座を狙って、手当たり次第嫡男のいない家の令嬢に声をかけまくっているという。


 かくいう私も、二年前に声を掛けられたことがある。

 一瞬だけ私の夫候補として検討してみたのだが、やっぱりないわーとあの時秒で蹴っておいて正解だったと思う。


「ああ……いや、失礼。家督は他の家系に譲られたんでしたな。ということは、貴女はもう貴族ではないと。お可哀想に。ふふ。いえすみません。そうならないように、私がせっかく同情の手を差し伸べてあげたというのに、手を取らなかった代償は随分と高くついたものだなあと思ってしまいましてね」


 なにやら嬉しそうに喋っているけれど、この人が喋れば喋るほど、あの時平民になる道を選択した自分によくやったと言ってやりたくなるなあ。


「私のような者のことを心配して頂けるなんて、恐縮ですわ。はばかりながら、御子爵様の家の財産事情も随分と厳しいと聞いておりますのに。何でも、財産を湯水のように使ってしまう困った御子息のおかげで財政も火の車だとか。フィオニール子爵御夫妻には、心から同情申し上げますわ」


 あからさまに自分の浪費癖を揶揄されて、子爵令息の顔色が変わった。

 品のない反撃なのは自覚しているけれど、疲労と眠気で私もやたらと攻撃的になっている。いけないな、自重しないと。


「平民の侍女風情が……」

 ほら、さっそく本音が出てる。

「ええ、この生活、予想外に快適ですの! 爵位を守るためとはいえ、弱みに付け込んでひどい条件で申し込んでくる輩などと意に沿わぬ結婚などしていたら、今頃は地獄の生活だったことを思うと、本当に、神に感謝しない日はありませんわ!」

 満面の笑みで伝える、これは私の本音。

「何かありましたら、執事の働き口をお世話できますから、お父様にそうお伝えになって。あ、でも、放蕩の御子息の方を紹介されても困りますわよ、私が信用を失くしてしまうわ」


 では失礼、とお辞儀をして踵を返したところで、ちょっと待て、とまた腕を掴まれた。

 この人、気軽に人の身体を触りすぎでは?

「まだ何かおありですか。王宮であまりにも品性に欠けた振る舞いなどしても、家の評判を落とすだけですわよ」

 低い声で諌めて腕を振り払おうとするが、力は強くなるばかりで離してくれない。流石にしつこい。ここまで言ったら、怒ってさっさと行ってしまいそうなものなのに。

「なに、侍女ごときに何をしても、気にとめる者などいないさ。貴女には、まず、使用人としての我々上流階級への口のきき方から教えてやる必要がありそうだ」


 すっかりうわべを取り繕うことをやめている。そもそもこの渡り廊下、建物の中に比べると薄暗いので、人も少ない。わざとここを通るのを狙ったんだろう。


 侍女に何をしても誰も気にしないというのも、まあ、それはそう。一介の侍女と、仮にも貴族階級の端くれである目の前の男。どちらを敵に回したくないかと言われれば明らかだ。大声を出して助けを求めても、皆見て見ぬ振りをするか、気にも止めずに通り過ぎるだろう。

 実際に、そうやって貴族に酷いことをされ、泣き寝入りするしかなかった使用人たちの話も、聞いた事がある。目の前の、この、子爵令息も随分と悪い噂がある。


 手を出される前に、大人しく謝って引き下がった方が良いのかもしれない。

 でも、腹が立って仕方がない。この男が特権に守られているのは、本来、それに見合った責任を負わせられているからだ。それらを全て踏みつけて、のうのうと権利だけを享受する姿勢は、私にとっては看過できるものではなかった。


「私が良い寄生先にならなかったからと言って、八つ当たりはおやめ下さいな。貴方の品性下劣な言葉の数々、聞くに堪えないわ。敬意を持って話してほしいなら、まず、ご自分の中身を何とかなさってくださいませんこと」


「いい加減に、その減らず口を閉じろ……っ!」

 目の前の子爵令息がついに拳を振り上げたので、衝撃に備えて目をつぶったが、頭の中は結構冷静だった。


 一発殴られたら悲鳴を上げよう。

 仮にもここは王宮で、今は権威ある宮廷舞踏会の真っ只中。流石に、暴力沙汰は、良識ある方々なら眉をひそめるだろう。

 この場では私はどうなるかわからないけれど、この男の悪評は広がり、上手くいけば城への出入り禁止ぐらいにはなるはず。

 そうなったら、少しでも被害者は減るはずだ。手をつけられては捨てられたという、この男の被害にあった使用人達の無念も、少しは晴れるだろうか。……無理か、こんなことじゃ。


「弁えろ。誰に向かってそんな口をきいていると思っている」


 凄味のきいた声と一緒に割って入る影があって、ずっと腕を掴まれていた感触が消えた。

 目を開けると飛び込んできたのはあの男の顔ではなくて、大きな背中だった。


「ジェイク!」

 ジェイクじゃん。

 


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