それぞれのファーストダンス、旧友との再会
エリサ様のファーストダンスのお相手は、私のはとこにあたる、メイウェザー子爵の御令息のアンドレ様にお願いすることができた。エリサ様のご両親であるコールマン夫妻にはこの国の貴族階級に知り合いがいないので、身元のしっかりした方といったら、私の親戚を頼るほかなかったのだ。
もしかして、もう貴族ではなくなってしまった私とは縁を持ちたくなどないのではないかと、恐る恐るお願いしてみたのだが、思いのほか快諾して頂けた。ありがたいことである。
アンドレ様なら経験豊富な上に紳士でいらっしゃるから、もの慣れないうちのお嬢様をお願いするのにぴったりだ。
フロアで一番注目を集めているのは、ヒューバート王太子殿下と、その婚約者のウィズベリー侯爵令嬢だ。
侯爵令嬢の方は今年社交界デビューのはず。王太子殿下は、私よりひとつ年下だったかな。この仲睦まじく踊っている美男美女が、おそらく次期の国王夫妻になると思うと、国民としては嬉しい限り。
騎士団のハート泥棒ことストーン副団長は、既婚者だから踊らないのよね。国王夫妻と歓談などしている。ダンスの参加者は独身者だけなのだ。
独身だろうに、あえてダンスに参加せず、遠くから副団長を眺めているだけのお嬢様達の団体とかいて不思議な空間ができていた。
副団長、独身の頃は、さぞかしレディ達がダンス待ちの長い列を作ったんだろうな。私がデビューした頃には、もう結婚していたから、ダンスの腕前は知らない。
騎士団員でも妻帯していない若い方々はフロアに降りてダンスに興じている。ジェイクのお相手は……。え、何と、ルイーズ第三王女……だと。初めての(だよね多分)ダンスのお相手がこの国のお姫様とか、いきなりハードル高すぎるだろ。
あ、でも、よく見ると、今年叙任されて騎士団入りした方々は、みんな王族と踊ってる。そういう決まりなのかな。
とは言え、騎士団は半分以上が貴族出身だ。ダンスもそれなりの素養があるはず。
ジェイクみたいにまったくの初心者って珍しいんじゃない?
エリサ様のファーストダンスを見届けながら、横目でジェイクのファーストダンスをはらはらしながら見る。忙しいな、私。
エリサ様はやや固さはあったものの、教えたことをきちんとこなしている。よし、良いぞ。ステップ、ターン、笑顔笑顔。
アンドレ様のリードも余裕がある。やっぱり頼んで良かった。
隣の奥様は拳をふるわせて娘の晴れ舞台を眼に焼き付けていた。
一方のジェイクはいたって涼しい顔で、パートナーの靴を踏むこともなく、ステップを間違えることもなく、一曲を完璧に踊って見せたのだった。見てるこっちの方が、どっと疲れたわ。
最初のダンスをこなすと、エリサ様も少し自信がついたようで、好きなマズルカは何曲目だったかしら、などと曲順を思い出す余裕ができたようだ。先ほどの初々しいダンスが好印象だったようで、何人かの殿方がこちらを見ている。それを捌いてゆくのが私の役目だ。
「エリサ様。こちらを見ている赤い髪の方、わかりますか? リーゼ子爵御令息様です。次男なので青年騎士団に入っていらっしゃいます。あちらで女性に声をかけている蜂蜜色の髪の派手な服装の方は、ダンスを申し込まれてもお断りすること。放蕩で有名なトリスティ男爵家の三男坊です。こちらに今向かって来ている黒髪の男性は、ウィズリー男爵家の御嫡男のカイル様。声をかけられたら、次はあの方と踊れば良いと思いますわ」
「ヴィッキー、貴女、この場にいる方全員頭に入ってるの!?」
奥様が驚いたように声をあげたが、そこまでではない。エリサ様と釣り合いが取れる家柄と年頃の殿方を重点的に覚えているだけだ。あと、要注意人物は頭に叩き込んでいる。
その後何曲か続いて、激しめなカドリールをみんなで踊って小休止となった。第一部終了というところだろうか。
ジェイクは最初の一曲を踊っただけで、あとは基本的に騎士団仲間と一緒に料理を食べたりしていた。やっぱりそんなに得意じゃなかったんだろう。この舞踏会というイベントでは、若き騎士の役目は華やかな添え物といったところだろうか。いわば国の顔だもんな。剣ばかり振るっていれば良いってものじゃないのね。
そしてエリサ様たちはそろそろ帰る時刻だ。不満顔の子もいるけど、あまり夜遅くなると、酔いの回った大人達が、悪ふざけとかしかねないからね。まだ若いデビューしたてのお嬢さんたちは、さっさと家に帰りましょう。
私も一緒に帰ろうとした時、後ろから私を呼ぶ声がした。
「ヴィッキー、やだヴィッキーじゃない?」
「アニス……さま?」
何と、貴族時代の友人のアニスが立っていた。
身分も近く、デビュー年も一緒だったので、2年前まで、親しくさせてもらっていたっけ。相変わらずゴージャスな美人だ。うちが没落してからは音信不通になっていた。
懐かしいより気まずいが勝ってしまう。
というか、どちらかというとアニスの方も気まずそうな顔をしていた。
そう言えば、ここにくる前は、知り合いに会うんだろうなって冷や冷やしていたっけ。そこまで親しくない人なら遠目で何人か見かけたけど、意外と当時の社交界仲間で今日会ったのはアニスが初めてだ。みんな結婚したんだろう。
「ヴィッキー、痩せたわね」
「アニス様は、お変わりなく」
「悪かったわね! 未だに独身で!」
しまった、嫌味っぽかったかな。
「だって、お相手がいないわけではないでしょうに」
そう、アニスには、良い感じの殿方がいたのだ。てっきり、さっさと結婚して子供のひとりやふたりいるかと思っていた。
あ、わかった。
「婚約破棄」
「してないわ! っていうか、婚約すらしてないわ!」