そして舞踏会へ
慌ただしく準備をしていると、あっという間に宮廷舞踏会の日が来た。
私はエリサ様の付き添い人になってしまった。……うーん、舞踏会はかつて私が伯爵令嬢だった時の知り合いがいそうなので、出来れば引き受けたくなかったのだけどな。旦那様と奥様とエリサ様に土下座されんばかりの勢いで頼まれてしまったら、仕方がない。
私が持っている中でも上等で、それでいて地味なドレスを選んで身につける。
華やかなドレスは、とうに手放してしまった。
髪とかも全部自分でやらなくてはいけないので、自分の分は正直適当だったけれど、エリサ様には、何時ものひっつめ髪と黒っぽいドレス以外の衣装が新鮮だったようだ。
「ヴィッキー、綺麗! 貴婦人みたいだわ!」
「ありがとうございます。でも、今日の主役はお嬢様なのですから、もっと頑張らなくてはいけませんわね」
そう、私のことよりもエリサ様だ。
先日購入したドレスは、店で試着はしていたものの、きちんとお化粧をして髪を結い、ジュエリーを身につけると、健康的なエリサ様に一層よく映えた。
「どうですか?」
鏡の前に立たせて見せると、ぽかんとした顔をしている。
「なんだか、私ではないみたい」
「何を言っておられるのか。ここに立ってらっしゃるのは、立派なレディにおなりになったエリサお嬢様です。そのための準備は充分にしてきたでしょう。背筋もきちんと伸びてますよ。王宮だろうがどこへ出しても恥ずかしくないですわ」
そう言いながら、最後の仕上げに真珠の首飾りをそっと着けた。後ろで感極まったように涙を流すご主人様と奥様が鏡に映っている。
嫁に行く訳でもないのにまだ早いのでは……と思いつつも微笑ましい光景だ。
王城へは、エリサ様と奥様と私の三人で馬車で乗り付けた。ここへ来るのも久しぶりだ。
四年前に社交デビューしてからは、舞踏会に晩餐会にお茶会にとまあまあ来ることがあったけれど、お父様の借金が発覚してからは、それどころじゃなかったからな。
まあ、それでもなんとなく身体が覚えているもので、招待状を見せて広間に案内されて名前を読み上げられるまでの一連の流れはスムーズだった。
「エリサ・コールマン男爵令嬢、カタリーナ・コールマン男爵夫人!」
付き添い人の名前は呼ばれないらしい、セーフ! こんなに多くの貴族階級の人達が集まる場所では、名前だけで私の前歴に気づく人もいるだろうから。
別に気づかれても問題はないけれど、エリサ様のデビューの場で変なふうに人の目を集めてしまうことは本意ではない。
飲み物や食事の説明、ダンスに誘われた場合のマナーのおさらいなどしていると、どよめきが起こった。
目をやると主賓の国王夫妻が入ってくるところだった。後ろに騎士団の精鋭たちを従えている。我が幼馴染、ジェイク・ケリーの姿もあった。他の団員と同じく、紺の大綬に騎士勲章を付けている。ああ、本当に受勲したんだな。
先頭に団長、最後尾に副団長が付いている。副団長が広間に入った瞬間、女性の黄色い悲鳴がいくつも上がった。良いのだろうか、国王陛下もいる場なのに。
我が国の王立騎士団の副団長はエミール・ストーンという人なのだけど、まあこの人がとんでもない。人呼んで『ハート泥棒』。そして盗まれるハートは若い女性だけとは限らないっていう。
誰もが振り返る美貌、均整のとれた身体つき。それに加えて剣技もぴか一で、王家主催の剣術大会では5年連続優勝している。あまりに美しい太刀筋に、妙齢の女性の悲鳴と野太い男性の声援とため息で会場が満たされるとか。副団長の対戦時はギャラリーが膨れ上がるので昨年競技場が改築されたほどだ。
さらに、一旦戦場に出ると、誰よりも勇敢さを見せ、その武名は三つ隔てた国まで轟いてるという。
それなのに、凱旋パレードでは謙虚にはにかんだ笑みを見せるものだから、その笑顔に厳つい男性を含めたギャラリーが何人か気を失って、ちょっとした騒ぎになったらしい。
まあ、とにかく全人類の理想の男性像を体現したような人なのである。
この人に比べたら、無骨な他の団員なんて、正直野性の猿の群れみたいなものだ。
とは言え。
式典用の団服に身を包んだ騎士団の方々は、やっぱりとても見栄えがする。
今宵デビューの花も恥じらう乙女たちが一様に頬を染めている。
かわいいなあ。私も四年前はこんなんだったっけ。親心というやつなのか、にこにこして見てしまうわ。
ひいき目だろうけど、うちのエリサ様も並み居るお嬢様方の中で引けを取っていない。
階級としては格下の方なので、上流の方々にジュエリーやドレスの豪華さは及ばないが、センスは悪くないんじゃないかと思う。スタイリスト私。
地位の高い家の方は伝統にこだわるので、意外と服装もクラシカルだったりするのだ。それはそれで素敵なのだけど、若い子にはいまいち受けが悪い。エリサ様のドレスは既製品だけど、その分流行の最先端のデザインってわけ。
ほら、家柄で言えば数段格上のレザモンド伯爵家のお嬢様が、エリサ様を羨ましそうにこっそりと見ている。貴女も素敵だってば。
きっと、この分なら、今宵のダンスのお相手が途切れることはないだろうな。変な男が近づかないよう、付き添い人として気を引き締めないと。
――と、国王夫妻の後ろに控えている騎士団の方々を見ていたら、ジェイクと目が合った気がした。
団服、似合ってる。今日はさぞかしダンスの申し込みがひきも切らないだろう。そういうのあまり得意じゃないでしょう、ご愁傷様。昔私がダンスの練習の相手をしてほしくてお願いした時は素気無く断られたけれど、今になって後悔しているんじゃない?
少しだけそんな意地悪さも込めて笑いかけると、片眉をあげられた。なめんな、って顔かな。あれは。
国王陛下が社交シーズンの開幕を告げ、音楽隊が楽器を奏で出して、ダンスが始まる。