さて、ドレスを買いに行きましょう
後日、男爵夫人とエリサお嬢様と一緒に私おすすめの店に行った。
エリサ様は、花も恥じらう16才。そばかすと赤みがかった金髪がチャーミングだ。6年前にこの国に来るまでは裕福な労働者のお嬢様という立場だったので、上流階級の教育はあまり受けていないらしい。
私は主に奥様とエリサ様の侍女だが、同時にエリサ様と弟で嫡男のスタンリー様の家庭教師も兼ねている。
目当ての店は、買い物客でごった返す街中ではなく、ひっそりと郊外にある、知る人ぞ知る、と言った佇まいの小さな建物だ。
一見シンプルな民家にも見えるが、古めかしい樫のドアを開けて中に入ると、がらっと雰囲気が変わる。
「すごーい、ドレスがたくさん! 色も形もこんなにあるなんて、とても選べないわ」
色とりどりのドレスが店内に並べられているのを見て、今まで仕立て屋を家に呼んで作ってもらったことしかなかったエリサ様は大興奮だ。
「こうして間近で見ても、オートクチュールのものと違いがわからないわ。見事なものねえ」
奥様もドレスを手に取ってみて感心している。
まあ、ハイクラスの方々なら見たらすぐにわかるだろうけど、わざわざ言う事でもない。実際、オーダーメイドよりも安価な既製服が上流階級の間にもじわじわと浸透しているのは事実なのだ。
「ヴィッキー、あたしどんなドレス選んだらいい!? 去年お母様が作ってくれたドレスは似合わないと評判だったのよ」
「ひどいわ、エリサ。濃紺なら長く着られると思って作ったのに」
「あっという間に大きくなって着られなくなっちゃったし」
微笑ましく母子で言い合うお二人。
「まあまあ。私はあのドレスも素敵だと思いますよ? 髪型と合わせると少しちぐはぐに見えたかもしれませんが、もう少し成長なさってたらお似合いだったと思います。良いものですし、仕立て直して着られないかしら」
「ヴィッキー! 私の味方は貴女だけよ!」
「もったいないお言葉ですわ、奥様! そして、今のエリサお嬢様には、これかこれがおすすめです! 白っぽい色が基本なんですけど、今年の流行はピンクやゴールドに緻密なレースを合わせたものです。花柄のものを選んでも素敵ですわね」
「花柄……子供っぽくないかしら?」
「何をおっしゃるんですか! 晴れのデビューの日に若々しく華やかなドレスを着なくていつ着るんです。きっとお似合いですよ、保証いたします」
女三人できゃあきゃあ盛り上がってしまった。自分のものでなくても買い物は楽しい。いや、私は自分を着飾ることがそれほど好きではなかったので、むしろ、エリサ様の服装を考える方が楽しいかもしれない。この愛らしいお嬢様を素敵なレディに仕上げることを考えたら、わくわくする。
エリサ様はお綺麗な金髪をしていらっしゃるので、完全に結い上げずに少しだけ残して巻こう。
ジュエリーは先代から伝わる真珠の三点揃いを。正直他の令嬢と被るかもしれないけれど、伝統なのでそれで構わない。靴は、慣れないダンスを何曲も踊るのだから、履きやすさを重視しよう。うん、靴だけは下手に倹約しないで、良いものを用意しなくては。もう暖かいから、外套は必要ないかしら。
にこにこして当日のコーディネートを考えていたら、奥から少し慌てた感じでドレスメーカーが出て来た。小柄な女性だ。
実は彼女は私が伯爵の娘だった時に贔屓にしていたオートクチュールの仕立て屋で、独立して店を出す時には、家族総出でお祝いしたという経緯がある。だから、腕の確かさも、よく知っているというわけ。
「ヴィッキーお嬢様、ご無沙汰しております!」
とは言え、没落して父が爵位を手放した今、私はもう貴族ではない。雇用主母娘の前だというのにお嬢様はないわね。あわてて止めた。
「お嬢様は止めてください、ロビンソンさん。今はただのヴィッキー・リードです。今日は、私の仕えている方を紹介がてら、お店に寄らせて頂きましたの。相変わらず、素敵なドレスばかりで、三人で夢中で眺めておりましたのよ」
仕事上、社交界の動きには詳しいはずなので、当然、私の家の没落のことは知っているはずだが、念のために平民になったこと、主人がいることを強調する。
ロビンソンさんはにこやかな表情を変えることなく、奥様とエリサ様の方に向き直った。
「まあ、私ったら、挨拶もせずに失礼いたしました。この店のドレスメーカーをやっております、ロビンソンと申します。リード様には、昔お世話になったんですのよ。素敵なお客様がいらっしゃって嬉しく思いますわ。どうか当店のドレスを気に入っていただけると良いのですが」
「そうだったのね。私はコールマン男爵夫人のカタリーナよ。こっちは娘のエリサ。舞踏会に着ていくドレスで悩んでいたら、ヴィッキーがここを紹介してくれたの。どれもこれも素敵でびっくりしたわ。相談に乗ってちょうだいね」
「光栄ですわ。では、まず、お嬢様の好みを知りたいので、少しお話をうかがわせてください……」
その道のプロからもアドバイスを貰って、結局エリサ様が選んだのは、最初に私が勧めたドレスだった。
細かい直しもサービスでやってくれるという。これでオーダー感がぐっと増すというので、奥様もお嬢様も満面の笑みだ。
他にも服飾品をたくさん買って、ついでに奥様のドレスも新調して…とかやっていたら、あっという間に抱えきれないほどの荷物になってしまった。
三人で手分けして抱えて帰ることにする。こういうのってなんだか新鮮だなあ。
「本当にヴィッキーがいてくれて良かったわ、こんなに素敵なお店があるなんて知らなかった。宣伝を大々的にしているわけじゃないし、私だけだったらきっと探せないままだったでしょう」
奥様に褒められた。やったー。たまたまなんだけどね。この分だと上客になってくれるだろう。こちらこそ紹介して良かった。
社交界シーズンの幕開けとなる、宮廷舞踏会まであと少しだ。それまでに、覚えてもらうことがたくさんある。
エリサ様を立派なデビュタントにしてみせる、とこっそり決意するのだった。
この世界は爵位号が名字と同じ、という設定です。