パラレル世界5
この物語はフィクションであり。実在の人物、団体、事件とは、一切、関係ありません。
田中と山田元帥を乗せて、高橋の運転する自動車は、ネオヤマト神道本部があるビルへ向かった。
「田中。これを持っていくが良い。」
「これは、我が家の家宝ではないか?」
山田元帥が出したのは、いつの日か、田中の左掌に傷を付けた短刀だった。
「お前は知らなかったようだが、お前の両親と、わしとは面識があった。成り行きで、これは、わしのところに及んで来たが、本来は、お前が持つ物だ。」
「そうか。」
「田中。その短刀。噂では、異界からこの世に遣わされた妖刀だと言う。」
「そうなのか?」
「ああ。その名は、村正。将軍殺しの刀だと言われる。」
「将軍殺し村正。か。俺に、相応しいものだ。」
「早乙女の一件は、鈴木にとっても、不測の事態だ。うまく行けば、やつらの裏を掛けるかもしれない。しかし、当の早乙女の動向が分からない。」
「ああ。十分気を付ける。」
「それと、あくまで噂だがな。鈴木自身も、お前と同じように、改造実験を受けた人間だという話もある。」
「将軍が改造人間なのか?」
「事実は、分からない。しかし、注意しろ。」
ネオヤマト神道本部ビルの周りは、関東総連合会の組員たちが、固めていた。
「百合子。」
「はい。監視カメラの映像では、1時間前に、鈴木が中へ入ってます。」
「おそらく、やつは、最上階の帝王の間にいるはずだ。」
高橋が、リモコンのスイッチを押すと、ビルの裏側で、爆発が起こった。
「来たぞ!!」
「裏だ!!」
表口を守っていた組員たちは、少数だけを残して、裏へ行った。
「頼むぞ。田中。」
「ああ。」
山田元帥と高橋を乗せた車は、走って行った。
「はあ!!」
田中は、力を漲らせ、ビルの表口に向かって走った。
「出入りだ!…うっ…。」
田中の一撃で、組員二人は、気絶した。田中は、その勢いのまま、ビルに突っ込んだ。
「来やがったな!!」
1階のロビーにも、組員がいた。彼らは拳銃を構えていたが、田中は、彼らには構わず、ロビーの階段を上ると、その途中で、宙に飛び、頭上のシャンデリアの支えを斬った。
「ぎゃあ!」
「うわあ!」
支えを失ったシャンデリアが落下し、階下は、混乱に陥った。その隙に、田中は、非常階段を駆け上がった。最上階の帝王の座に、田中は向かった。
「ここか。」
最上階に部屋はひとつしかない。それが、帝王の間である。そこへの通りの両脇には、かつて、日本の武士たちが身に付けていた甲冑が、並べられていた。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ。」
帝王の間の中央にある椅子に鈴木将軍は座っていた。
「田中。だったか。改造人間崩れらしいが、一人だけか?」
「貴様など、俺一人で十分だ。」
「ふははは。我輩も、甘く見られたものだ。」
「貴様こそ。一人で大丈夫なのか?」
「他の者がいても、邪魔になるだけだからな。そういえば、ほれ。」
鈴木将軍が投げたのは、早乙女少将の首だった。
「愚かにも、信義にもとる行いで、我等を欺こうとした上に、のこのこと、我輩の面前にやって来たのでな。ほんの余興に、ひねり殺してやったわ。」
「すぐに、貴様も同じようにしてやる。とおっ!!」
風のような早さで、田中は、鈴木将軍の前に向かい、電光石火の如き速度で、刃を振り下ろした。それは、今までの、田中の斬撃の中で、最も速かったかもしれない。しかし、鈴木将軍は、その刃を、たった右手の親指と人差し指だけでつまみ、止めた。
「この程度なのか?」
「ぐはっ…!?」
鈴木将軍が、その二本の指を振ると、刃とともに、田中は、側面の壁に激突した。
「く…。」
「お前に教えてやろう。人間改造の効果は、それを受けた者の本来持つ遺伝子情報で決まる。」
「貴様らの化け物作りなど、興味ない。」
田中は、壁を蹴って、鈴木将軍に向かって飛んだ。しかし、その刃は、右手の人差し指一本で止められた。左手の拳が田中を襲い、再び、壁に激突した。
「まだ終わるなよ。人間改造計画は、浦部とかいうやつのやっていたこととは異なる。あれは、お前の言うとおり、人間を化け物にするものだ。あれでは、被験者は、可哀想であろう。」
「貴様が、人を哀れむのか!!はあ!!」
田中は、鈴木将軍に接近し、数十発にも、及ぶ斬撃を繰り広げた。が、その目にも止まらぬ斬撃を、鈴木将軍は、全て、右手の人差し指一本で止めていた。
「人間改造計画は、超人を生み出す技術だ。」
「はああ!!」
田中は、力を漲らせて、更に速度を上げた。しかし、結果は、変わらない。
「計画によって、生み出された超人は、兵士となり、我輩に仕える。遺伝子情報により、ばらつきが出た超人の強さは、それぞれにデータを収集されて、その身体能力の強弱によって、新たな階級別に組織される。」
鈴木将軍は、再び田中の刃をつまみ、後ろへ投げた。大きな音とともに、埃が舞った。
「お前は、常人の4~5倍。今の階級で言えば、下士官程度と言ったところか。それが、全力ならばな。もし、お前が建物の破壊のことを気遣ってくれているならば、その心配はない。この帝王の間は、その名にふさわしく特注でな。ちょっとやそっと喧嘩したくらいでは壊れることはない。」
「どこを見ている!!」
田中は、シャンデリアに掴まり、天井にいた。そして、シャンデリアの支えを斬ると、自らも一緒に落下した。
「はあ!!」
シャンデリアの残骸から姿を現した田中は、鈴木将軍の心臓目掛けて刃を突いた。鈴木将軍は、右手の掌で田中の切っ先を受け止めていた。
「やれやれ。シャンデリアのことを、忘れていたな。まあ良い。次に注文するときは、より、丈夫にしておこう。」
「うぬ…!!」
田中は、切っ先に全身の力を込めるが、鈴木将軍は、微動だにしなかった。
「そもそも、何故、我輩が、人間改造計画などを思い付いたと思う。」
「うぬ…!!」
「ややもすれば、我輩自体が、超人に殺されるかもしれない。普通に考えれば、そんな者たちを傍らには、備えないだろう。」
鈴木将軍が、回し蹴りを見舞うと、田中はふっ飛んで、壁に激突した。
「普通ならばな。しかし、そのような心配は、毛頭なかった。だからこそ。我輩は、人間改造計画を推し進めた。それは、何故か。」
鈴木将軍は、一歩床を蹴った。そして、瞬時に、田中のもとへ、移動した。そして、その場に倒れている田中の頭を片手で掴んで、持ち上げた。
「それは、我輩が、この国で最も高い身体能力を持つ、改造人間だからだよ。」
「黙れ…。」
田中が吐いた血が、鈴木将軍の顔にかかった。
「ふっ…。」
鈴木将軍は、田中を壁に投げたあと、ポケットからハンカチを出して、顔に付いた血を拭った。
「もう一つ教えてやろう。我輩の身体能力は、常人の約百倍だ。」
鈴木将軍はゆっくりと田中のもとへ歩いて行った。
「その適合確率は、2億分の1。この国の人口は、ざっと見積もって1億数千万程度。これが、どういう意味か分かるだろう。」
「貴様が、クズ野郎だと言うことだ!!」
田中は、斬撃を放った。しかし、そのスピードは、既に、落ち始めていた。鈴木将軍は、その斬撃を受け止めることなく、その体で受けた。田中の刃は、鈴木将軍の上着の布を切った。が、その下の、生身の体には、何一つ傷を付けることはなかった。
「どう足掻いても、お前は、我輩には、敵わないということだよ。」
鈴木将軍は、左手で、田中の頭を掴むと、右手の拳を、田中の腹目掛けて、振るった。
「ぐっ…。」
声にならない叫びと、ともに、田中は意識を失った。
「たわいない。」
「くはっ…。」
一度は、意識を失った田中であったが、一時的に、息を吹き返した。
「ほう。まだ、死んでは、いなかったか。」
そのとき、田中の懐から、何かが落ちた。それは、家宝の短刀。村正だった。
「なるほど。これが衝撃を和らげたか。どれ…。」
自らの拳を受けても、なお破壊されなかった短刀に興味を持った鈴木将軍は、片手を離し、田中を床に落とした。そして、落ちていた短刀を拾おうとした。だが、虫の息のはずの田中の手が、短刀を掴んだ。
「これは、俺の物だ…。」
「ふ…。」
鈴木将軍は、右足を上げた。そして、田中の頭蓋を踏み潰そうとしたとき、田中の手の下にある短刀から、光が放たれた。
「何だ!?」
光は、田中を包み込んだ。
「起きろ。」
田中が、目覚めると、目の前には、映画で見たような姿の侍が立っていた。
「やっと目覚めたか。」
「お前は誰だ?」
「わしは、異界から遣わされたこの刀に住む魂であり、この刀の元の持ち主だ。」
「この刀の持ち主?」
「ああ。わしは、異界で、天下一の剣士を目指していた。そして、数多くの相手を斬った。」
「どのくらい斬ったのか?」
「その数、百人。」
「百人…。」
「しかし、わしは、余りにも、多くの人を殺し過ぎた。それ故に、わしは、死した後も、魂は成仏せず、この刀に封じられた。」
「そうか…。」
「そして、この刀とともに、異界を巡り、わしが殺した人数と同じ数だけの人間を救わねば、わしは天に召すことは叶わなくなった。」
「それで、お前は、その数だけ、人間を救うことはできたのか?」
「まだだ。わしが、これまで、異界を巡り、救った人間の数は、九十九人。そして、おぬしに出会った。田中よ。おぬしに、わしの力を貸してやろう。そして、おぬしの願いを叶えよ。さすれば、わしの魂は、成仏して、天に行く。さあ、剣を抜け…。」
田中は夢から覚めた。
「何だ、この光は!?」
光の中から現れた田中の傷は、癒えていた。
「何が起こった!?」
「俺は一人ではない。異界の侍よ。俺に力を貸してくれ。」
田中は刀を抜いた。右手に刀、左手に短刀を。
「二刀だと?ふ…。そのような子ども騙し。我輩に通用するか…!!」
目に見えない鈴木将軍の右手拳が田中を襲った。が、田中は、左手の短刀で、拳を捌くと、そのまま、体を回転させて、右手の刀で、鈴木将軍の脇腹に触れた。刀が触れたところから、血が滲んだ。
「おのれ、何だ今の動きは!?それに…。」
今まで、かすり傷ひとつ付けられなかった田中の刃が、今度は、絹が触れた程度だけなのに、鈴木将軍の体を、確かに斬った。
「無駄だ。貴様の動きは、既に見切った。」
「小賢しい!!」
鈴木将軍は、連打を放った。それは、ひとつひとつの拳が消えていた。が、その一撃の破壊力は、拳から発せられる風圧からも分かる。しかし、そのどれもが、田中には、当たらなかった。彼は、二刀を手にして、風のように舞っていた。鈴木将軍の打拳は、すべてが空を切っていた。
「っ…!!」
頸筋に一瞬の殺気を感じ、鈴木将軍は、咄嗟に、何mも、後ろに飛んだ。
「小癪な。ならば、我輩も、剣で相手をしてやろう。」
鈴木将軍は、傍らに掛かっていた刀を手にして、抜いた。
「天下一品正宗。この国で、いや、この世界で、最も優れた名刀だ。」
瞬足の移動とともに、鈴木将軍は、斬り掛かった。しかし、それは、田中の傍らの床に、大きな斬り跡を付けただけであった。
「つあっ!!」
構わず鈴木将軍は、千度の斬撃を繰り広げた。
「無駄だと言ったはずだ。」
一撃一撃が、岩石をも両断する斬撃が、疾風疾手の如く、何度となく、田中を襲うが、そのどれも、田中に当たることは、ない。
「っ…!?」
再び、鈴木将軍は、後ろへ飛んで、間合いを取った。
「なぜだ。なぜ、たかだか、4~5倍程度の身体能力のやつに、我輩の攻撃が当たらぬのだ。」
鈴木将軍は息が上がっていた。一方の、田中は、全く、息に乱れがない。
「剣は、力だけではない。心と技。それらが、研ぎ澄まされていれば、大砲の弾といえど、当たることはない。そして、そのどちらもが、この田中という男は、おぬしを凌駕している。」
「何をおかしなことを言っている。」
「さて、そろそろおしまいにしよう。」
そう言うと、田中は二刀の切っ先を合わせて、円を描くようにして、己の頭上にかざした。
「それは、我輩の台詞よ。死ねい…!!」
鈴木将軍は今までで、最も速く移動し、正宗の刀の切っ先を田中の心臓目掛けて突進した。
「さらば。」
と同時に、鈴木将軍の首が床に落ちた。正宗の切っ先は、田中の降ろした二刀に、その流れを変えられて、床に突き刺さり、それとほとんど同時に、刃を返した田中の二刀が、鈴木将軍の頸筋を撫でたのだった。そして、鈴木将軍の首を斬った田中の二刀は、その時間を終えたように、刃が折れて、その生涯を終えた。
「…。」
田中は、無言で手を合わせて祈った。
「次のニュースです。先日、行われた両院の解散総選挙で、民主日本党が、議席過半数を大幅に割り込み、代わりに、与党第一党となった自由共和党を始めとする連立政権が発足しました。この連立政権の中に、民主日本党は入っておらず、これにより、今まで、約半世紀に渡って、続いて来た民主日本党を中心とする与党単独政権の歴史に終止符が打たれることになりました。なお、先日、謎の死を遂げました鈴木尚三郎元国軍省大臣の後任には、同じく元帥である山田重治氏が、入閣し、担当するとのことです。次のニュースです。今までの様々な隠蔽行為が明るみにされたネオヤマト神道本部に、本日昼、警察庁と検察庁の捜査員が捜索を行いました。それと、同時に、関連会社であるネオヤマトホールディングス。更には、民主日本党本部にも、捜査が入りました。…。」
「よかったな。工場爆発を疑いも晴れて。」
浅野医院では、浅野、理子、田中、まり子の四人が、お昼ご飯を食べながら、テレビのニュースを見ていた。
「まり子さんも、段々と昔のことを、思い出して来たみたいだね。」
「先生の治療のおかげです。」
「理子も、まり子姉さんが早く良くなりますようにって、お父さんとお母さんにお願いしてたよ。」
「そうね。理子ちゃんは、偉いのね。ありがとう。」
まり子は、理子の頭を撫でた。
「えへへ。あとね、田中のおじさんと、玲子おばさんが早く結婚しますようにって、お願いしたのよ。」
「ぶふっ…。」
「大丈夫。兄さん。」
「すまない。」
「理子。おばさん。そのお願いは、どうかと思うけどな。」
「うん。理子、叶うまでお願いするね。」
「う、うぉっほん…。」
「兄さん…。頑張って。」
これは、こことは、異なる世界。そんな世界のお話である。