パラレル世界3
この物語はフィクションであり。実在の人物、団体、事件とは、一切、関係ありません。
「今回の事件は、大河内大将の後任として、着任した早乙女少将という人物が絡んでいるのかもしれない。」
「早乙女少将…。」
田中は、浅野医院にいた。
「浦部教授が亡くなったことで、彼らの研究拠点も移ったんじゃないかな。」
「いや。もとより、浦部教授は、臨時に雇われたに過ぎない。」
「そうなのか?」
「俺が、改造実験をされた研究所は、山奥にあった。そこが、本来のやつらの研究拠点だろう。」
「確かに、私の学生時代も、浦部教授が、ネオヤマト神道と関わりがあるなんて、噂はなかったな。」
「おそらく、本来の研究とは別に、俺を確保した後、容易に始末できる人物を選んだのだろう。」
「教授は、使い捨ての駒って、訳か…。ひどい話だな。」
「だが、教授は、やつらの計画に賛同して、犠牲者を生んでいたのも、真実だ。」
「因果応報か…。」
医院の扉が開いた。
「理子。帰るときは、裏口からって…。あれ、理子じゃない。」
入って来たのは、小学生の男の子だった。
「僕、患者さんかな?」
「ううん。これ。」
「手紙?」
「知らないおじさんに、届けろって。じゃあね。」
男の子は帰って行った。
「差し出し人の名前は、ない…。」
浅野は手紙を開けた。すぐに、浅野の表情が変わった。
「どうした?」
「理子が…。」
田中は手紙を読んだ。
「親愛なる。田中一君へ。君の可愛いお友達の、浅野理子は、預かった。彼女の身柄が大切ならば、今日の未明に、日比谷公園へ来ることだ。」
「卑怯な真似を!」
田中は、手紙を握り潰した。
「博士。理子は、俺が必ず救い出す。それまで、気を確かに持て。」
夜の日比谷公園には、誰もいなかった。田中は、しばらく、闇夜の中で待っていた。その隣には、浅野がいた。
「来た。」
暗闇の中、向こうから人影が現れた。
「理子はどこだ?」
「ここだ。」
闇夜の中、微かに、理子の姿が見えた。
「狙いは俺だろう。彼女は関係ない。」
「甘いな。君は。それを敵が保障してくれるという根拠はどこにもない。」
「何が目的だ。」
「上の命令でな。まあ、良い。少女は、離してやろう。おい。」
「おばさん。おじさん。」
「理子。」
向こうから走って来た理子を、浅野が抱きしめた。
「博士たちは、戻るんだ。」
「でも…。」
「俺なら大丈夫だ。さあ。おい、俺は、そちらに行けば良いのか?」
「その通りだ。」
「分かった。手出しはしないから、安心しろ。ほら。」
田中は、刀の入った袋を投げた。
「物わかりが良いな。」
「博士。今まで、すまなかった。初めから、こうすれば、よかったんだ。俺は、理子を、まり子と同じ目に合わせるところだった。」
「やめろ。田中。そんなことを言うのは。」
「ありがとう。さあ。早く。」
田中は、歩いて行った。まもなく、その姿は、闇夜に消えた。
「どこへ連れて行く気だ。」
「研究所だよ。」
田中は、車の後部座席に乗せられていた。助手席には、早乙女少将が座り、将校が運転している。後部座席には、田中の他は、誰もおらず、拘束も受けていない。
「君の身体能力ならば、容易に逃げられるが、逃げないのか?」
「俺が逃げたら、博士と理子は、殺されるだろう。」
「御名答。それも、面白そうだったのだがな。」
「クズ野郎が。」
「ふ。何とでも言え。着いたぞ。」
車は、山奥の施設の地下へ入って行った。
「降りろ。」
田中たちが、降りたのは、地下倉庫の一室であった。そこには、目隠しで、椅子に拘束された女性の姿があった。
「紹介しよう。彼女は、私の秘書。上山女史だ。」
「…。」
「秘書と言っても、ネオヤマト神道のスパイだがな。」
「スパイ…?」
「上が、私を監視する目的で付けた者だよ。前任の大河内大将の時にも彼女はいたが、彼は彼女がスパイだということに気付いていなかったようだ。」
「待て!?お前たち、陸軍、いや、国軍省の連中は、やつらの仲間のはずだ。」
「我々も一枚岩ではないのだ。まあ、そんなことはどうでも良い。さて、ここで、ゲームをしよう。君も知っての通り、今、浅野玲子と理子は、我々の監視下にある。私かそこにいる部下が、連絡を入れれば、配置しているスナイパーが二人の眉間に弾丸を発射する。」
「…。」
「しかし、ここで、君に選択肢を与えよう。おい。」
将校が、田中に拳銃を渡した。
「何の真似だ。」
「選択肢だよ。君がそこにいる上山女史の眉間に弾丸を撃ち込めば、二人は解放してやろう。断れば、二人は死ぬ。制限時間は、そうだな。15分にしてやろうか。」
「ふざけた真似を…。」
「おっと、もちろん、もう、始まっているぞ。ゆっくり考えるが良い。」
早乙女少将は、置いてあった資材の上に腰掛けた。
「ちなみに、弾丸は一発しか入っていない。大切にしろ。」
早乙女少将と将校とは、お互いに真反対にいる。
「女は、ネオヤマト神道の者なんだろう…。」
「ああ。」
「ならば…。」
田中は、上山女史に銃口を向けた。
「言い忘れた。彼女の素性を教えてやろう。彼女の名前は、まり子。幼いとき、ネオヤマト神道に捕まり、今は記憶喪失で、過去の記憶は忘れている。本当の名字は、君と同じ、田中だったな。ほら、これが、彼女のファイルだ。」
早乙女少将が投げたファイルを田中は見た。そこにある上山女史の写真は、紛れもなく、成長したまり子の面影であった。
「まり子!」
田中は、拳銃を捨てて、走った。
「あなたは誰ですか?」
目隠しの下から、現れたのは、まり子だった。
「俺だ。お前の兄だ。」
「兄…。」
兄という言葉を聞き、まり子は、苦しそうな表情を浮かべた。
「無理に思い出さなくて良い。今、俺が助けてやる。」
田中は、まり子を抱きしめたあと、拘束を外した。
「君の答えはそれか。」
「そうだ。」
「分かった。おい。」
早乙女少将は、将校に合図をした。
「通じません…!?」
「何?」
「とおっ!」
素早く移動した田中の蹴りが、将校を気絶させた。田中は、再び、落ちていた拳銃を拾った。早乙女少将は、変わらず、資材に腰掛けている。
「盗聴器か…。」
「よく分かったな。」
「調べたはずだがな。」
「俺の体は、少々、傷付けたくらいでは、何ともないのだ。そっちは大丈夫か?」
田中は、自らの左掌に向かって言った。
「O.Kよ。」
どこからか微かな声が聞こえた。
「早く撃てよ。」
「嫌だな。」
田中は、早乙女少将のもとに駆けて、素早く、拳銃の銃座で、気絶させた。
「まり子。行くぞ。」
「これは、一体何事なのですか?」
「東京へ戻るんだ。」
田中とまり子は、車に乗って、研究所を後にした。
「…。行ったか。」
田中は、まり子を連れて、浅野医院へ戻った。
「おかえりなさい。おじさん。」
「ただいま。」
理子が駆けて来た。
「無事でよかったよ。」
浅野もいた。
「それにしても…。」
浅野の目線の先には、まり子がいた。
「博士。これを。」
田中は左掌を向けた。
「ああ。分かった。」
浅野が、持って来たメスで、田中の左掌の古い傷口を開いて、中から通信機を取り出した。そのあと、手早く傷口を縫合した。
「ありがとう。博士。傷は明日には治るだろう。」
「そう。それで、どうするつもりなの妹さん?」
「記憶喪失だというから、しばらく、ここに置いてはくれないか?」
「でも、ネオヤマト神道の諜報員なんだろう?」
「私は、ネオヤマト神道の諜報員ではありません。」
先ほどまで、理子と遊んでいたまり子が立っていた。向こうを見ると、理子は、疲れて眠っていた。
「まり子。」
「どうやら、あなたは、私の兄のようですね。」
まり子は、田中の左掌を指差した。
「幼い頃、兄と手を繋いでいたとき、その傷のことを覚えています。」
田中の左掌の傷は、まり子が幼稚園だったとき、家宝の短刀で、怪我をしそうになったのを、小学生だった田中が、まり子を守って代わりに、負ったものだった。
「もう10年以上前のことだ。」
「それでも、包帯をした兄の掌を、小さい私は、ぎゅっと包んで、離さなかったはずです。」
「そんなことも、あったかもしれない。」
「しかし、その他のことは、思い出せません。」
まり子は悲しそうな顔をした。
「ところで、まり子さん。さっきの、ネオヤマト神道の関係者ではないっていうのは?」
「すみません。関係はしています。しかし、諜報員では、ありません。それに…。」
「それに…。」
「すみません。詳しいことは、お話できません。」
「こちらこそ、ごめん。まり子さん。無理に話す必要はないよ。それで、まり子さんは、これから、どうしたいのかな?」
「それは…。」
「臨時速報です。群馬県山中で、大規模な工場爆発がありました。付近は、未だ火災が収まらず。山中であるため、消火活動も難航しております。爆発が起きた工場は、ネオヤマト神道関連の工場のようで…。」
「あれ、あんたたちがいたところじゃないか?」
「そうかもしれないな?」
「そうだよ。通信機に内蔵されたGPSの場所と同じだもの。」
「しかし、俺たちは、関係ないはずだ。」
「速報です。只今、入った情報によると、工場爆発は、テロ行為らしく、犯人は、10年前に、将軍暗殺未遂で逮捕され、処刑されたはずの田中一だと言うことです。これが、防犯カメラに記録された映像です。この映像は、爆発直前に、撮影された物を、工場関係者が、持ち出したものだと言います。」
テレビに映し出された映像には、車を運転して、地下倉庫から脱出する田中とまり子の顔が映っていた。
「警視庁と群馬県警は、この映像に映る田中一と、共犯と思われる女を全国に指名手配しました。」
「そんな、まさか…。」
一番驚いたのは、まり子だった。
「この映像、うまく撮られ過ぎてる。あんたたちは、どうやら、はめられたようだな。」
「しかし、何故、やつらは、自分たちの研究所を爆破した?」
「用済みになったか、それとも、やつらとは別の組織によるものか…。」
「別の組織だと?」
「すみません。お電話をお借りします。」
まり子は、受付のところに走って行った。
「そんな繋がらない…。」
まり子の後ろには、田中の姿があった。
「まり子…。お前は、一人ではない。俺たちに、事情を話してはくれないか?」
「兄さん…。」