43 ライラ様の魂
「私は……」
お姉様に捲し立てられてしばらく呆然とした様子だった宰相が口を開く。
「無理矢理魔族の女性を従わせようと思ったわけではありません。二回目の襲撃の際連れ帰る魔族については、捕虜にするつもりで……。最初から魔族を殲滅できるなど考えていませんでした。魔物に困っていたのも事実です。捕虜の身柄を交渉材料にするつもりで、その中で機会を得られればと……」
それで叶わなければ、なんとか外交できないかと、とぶつぶつと呟く。
そういえば、宰相は魔物と魔族になんの関わりもないことは知らないのだった。そうであれば、私欲で動いた部分はあるにせよ、国のことを何も考えなかったわけではないのだろう。
「……国のことも考えていたと? だが、それならなぜ魔物を増やした」
フェデリックの指摘に宰相は沈黙する。
「ええ。完全に私の都合です。早急に魔界へ入る口実が欲しかった。ですから、それはこの身をもって償いましょう」
「……どういう沙汰になるかはわかっているな。これは国への反逆だ」
宰相はゆっくりと頷く。
きっと私たちがここへくる前に覚悟を決めていたのだろう。その目にはなんの迷いもなかった。
「……死んで、それで終わりなのか」
口を挟んだのはレオナルドだった。
「宰相様、あんたは二回目の遠征で、どれだけの人間が死んだかわかってるのか? 魔物の被害で親を亡くした子が、子を亡くした親がどれだけいるか。それを……!」
俯いたレオナルドは、絞り出すように言う。宰相の表情は変わらない。
「俺は、団長たちの墓標になんて言えばいいんだよ。あんたは死んで責任取ればいいとでも思ってんのかもしんねぇけど、違うだろ。そうじゃないだろ……」
やりきれない様子のレオナルドは、そのまま項垂れる。
「俺たちは、あんたの駒じゃねぇんだよ……」
横に座るルミエールが、何かを決意したような顔でフェデリックを見る。
「陛下、今回のこと、可能な範囲で国民に公表してくださいませんか。そして、魔族に対する認識も誤っていたと、訂正していただけませんか。二度と同じことが起こらないように。……秘密裏に終わらせないでいただきたいのです」
フェデリックは眉間にシワを寄せて考えるようなそぶりをしたあと、頷いた。
「もとより、この件を秘密裏に終わらせるつもりはなかったが……殲滅派の勢力を潰すためにも、また、今後のためにもできる限り公表することを約束しよう」
まだ事実を受け止めきれない様子のレオナルドの肩をルミエールが叩く。
「でしたら、今後の人間と魔族との関わりについても、お話したいと思うのですが」
そのまま第一騎士団長、宰相を伴って部屋を出ようとするフェデリックにルドラ様が声をかける。
「そうだな。こちらとしても、魔物の対処に是非魔族の方々の力を借りたい。とはいえ、私たちの中に根付いた魔族への忌避感は決して軽くない。正しい歴史を伝えても、どういう反応になるかはわからない」
「承知しています。時間はかかるでしょうけれど、将来的には双方行き来して商売ができる程度を目指して話を進めていきたいと考えています」
フェデリックと後日の約束を取り付けたルドラ様は嬉しそうだ。
部屋を出る彼らに続いて私も立ち上がったところで、ご主人様がソファに座ったまま動かないことに気づく。
「ご主人様?」
「ライラ」
私の声に顔を上げたご主人様は悲愴な顔をしている。
「余は……」
ご主人様が何かを話そうとしたとき、後ろから影が落ちる。
「少し、いいか」
振り向くと、神妙な面持ちのダンテがいた。
「……勇者」
「ひとつだけ、どうしても伝えたくて」
目を瞠ったご主人様は少しの間を置いて小さく頷く。
「俺は……あんたを刺したとき、胸がざわついて、やけに手に感触が残って。それで、それから剣が握れなくなった」
ダンテは自分の右手を見ながら、ぐっと歯を食いしばる。
「何かとんでもない間違いをしてしまったような、そんな気持ちに苛まれて、眠ることもできなくて」
視線を手からご主人様に移動させて、意を決したように言う。
「ライラさんから聞いて、やっとわかった。……俺の魂が、あんたを傷つけることを許さなかったんだ」
ご主人様の目が見開かれる。
「あんたが、無事でよかった。……すまなかった」
ダンテはそう言って踵を返し部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送ってから、ご主人様を見ると、目を見開いたまま固まっていた。
「ご主人様?」
「ああ、いや……」
ハッとしたように動き出したご主人様は、逡巡するように目を泳がせてから俯く。
「……く……っはは。そうか。そうか、ライラが……」
突然笑い出したご主人様に驚いていると、勢いよくご主人様が顔を上げる。その顔は、いつになく晴れやかな様子だった。
「ライラ。勇者といつ接触した」
「あの、黙っていてすみません。昨日、会いました」
ご主人様はそうか、と言って立ち上がった。
「戻るぞ、ライラ。……話したいことがある」
歩き出したご主人様に慌ててついていくと、部屋の外にルドラ様が待っていた。
「遅いですよ魔王様。これから忙しくなるのですから、早く戻らないと」
既にフードを深く被った姿で表情は見えないけれど、その声は弾んでいる。
きっと、今後の人間との商売について考えているのだろう。
「ああ。もうこのまま転移して問題ないだろう。ライラ、今度は忘れ物はないな?」
私が頷くと、次の瞬間には景色が変わっていた。ご主人様の屋敷の応接室に転移したようだ。
「まったく、帰ってくるのが遅いわよー。これから忙しくなるんでしょー?」
私たちを待っていたのか、ソファではお姉様が寛いでいる。
「そうですね。私はこれからダグラスと今後の対応について話をします。サーシャも同席してください」
「はいはい。あーめんどくさいわあ。魔王様も?」
「いや、余は少しライラと話すことがある。先にいけ」
目で頷いたお姉様は、ルドラ様と部屋を出ていく。部屋には私とご主人様だけが残され、パタンと扉が閉まる音だけが部屋に響く。
「ご主人様、お話とはなんですか?」
ご主人様が何も話さないため、おずおずと聞く。
そういえば、ダンテが話しかけてくる前、何か言いかけていた様子だった。その続きだろうか。
「ああ。座って話そう」
先ほどの晴れやかな表情はどこへやら、少し眉間にシワを刻んだご主人様に促されてソファに腰掛ける。
続いて目の前に座ったご主人様が、何かを探るような目で私を見てきて、私は少し首を傾げた。一体どうしたのだろうか。




