41 気味の悪い人間
翌日、宣言通りご主人様は朝早くに私の部屋へルドラ様、お姉様と一緒に転移してきた。
朝は苦手なご主人様が、今日は早く起きられたのだと、少し驚く。
「ライラ、おはよう。変わりなかったか?」
「はい。このように広いお部屋を手配していただいたので、快適に過ごすことができました」
「そうか。昨日は何かあったのか?」
探るような目にダンテのことを思い出す。
「いえ、特には何も」
でも、そのことは伝えない。
いたずら心もあるけれど、伝えたことでご主人様がダンテを避けて魔界へ帰ってしまっても困る。
ご主人様は腑に落ちないような顔をしながらも、それ以上は追求しなかった。
ちょうどその時、部屋の扉が鳴る。
「おっ、もう魔王様方はきていたのか」
迎えにきたレオナルドとルミエールの案内で、私たちは宰相の屋敷へ向かうことになった。
「きたな」
宰相の屋敷の門の前へ着くと、そこにはすでにフェデリックが来ていた。今日は第一騎士団長だけを伴ってきたようだった。
私はきょろりと周りを見回す。ダンテの姿はまだ、ない。
そんな私の様子がおかしかったのか、フェデリックがくすりと笑う。
「あいつもすぐに来る」
その言葉に私以外の人たちが首を傾げた時、ばさりと何もない空間に人間が現れた。
「っ! 勇者……」
驚きと戸惑いが入り混じったような声でご主人様が呟いた。
「なぜ勇者が……」
「私が声をかけた。勇者も、無関係ではないのでな」
ご主人様はそう言ったフェデリックを一瞥してから眉間にシワを寄せる。それは苦しそうにも、悲しそうにも見えた。
そしてダンテは、そんなご主人様に目を向け、微かに目を瞠る。
「……魔王」
ぽつりと呟いたその声がご主人様に聞こえたのかはわからないけれど、悲哀を閉じ込めたような声になんだか胸がきゅうっとなる。
「これで揃ったな」
フェデリックが言うと、第一騎士団長が屋敷の呼び鈴を鳴らす。
さほど間をおかずして現れた執事と思しき人間は、私たちがくることを予想していたかのように、私たちを先導していく。
「旦那様は、こちらにいらっしゃいます」
周囲にピリリと緊張が走る。私はごくりと息を飲んだ。
執事が扉を開ける動作がやけに緩慢に見える。音も、動きも、全てが鈍い。
そして開ききった扉。最初に足を踏み出したのはフェデリックだった。
第一騎士団長、ダンテ、レオナルドとルミエールと続き、私とご主人様たちも靴音を鳴らす。
「やけに久しく感じるな。我が従兄弟殿」
「……思っていたより遅いお着きでしたね。陛下」
応えた人物は、何か書き物をしていたようで、手にしていた書類を執務机に置いた。銀色の髪をさらりと揺らしてあげた顔には、フェデリックと同じ色の目がついている。おそらくフェデリックよりそれなりに年上であろうその人物は線が細く、気難しそうな雰囲気を纏っていた。
この人が、宰相……。
なんとなく想像していた人物像とおおよそ一致していた。まじまじと観察しそうになって、さすがに失礼だわと目を逸らす。そこで初めて部屋の様相が目に映った。
部屋は書斎のようだった。壁一面が本棚になっており、部屋の奥に宰相が今現在座っている椅子と執務机が置かれている。手前には部屋に不似合いな、色とりどりの大柄の花が刺繍された華々しいソファ。私たちがくることを想定して急ごしらえで準備したのかもしれない。
私たちが全員部屋に入ったのを確認して立ち上がった宰相は、ぐるりと私たちを見回して、固まる。
その視線の先には、ご主人様がいた。
目を丸くした様子から、何かに驚いているようだった。しばらく固まった宰相は、はっとしたように硬直を解き、再び視線を走らせる。
「貴女は……」
今度はお姉様で視線が止まる。そういえば、お姉様は宰相と顔見知りだったはず。
「先日ぶりですね。ジュドー様。……私は」
そこまで言って止まったお姉様の隣で、ルドラ様が顔を隠していたフードを取り去る。
瞬間宰相は目を瞠り、次に頬を紅潮させた。
「ああ……! 貴女は魔族でしたか。ああ……なんということでしょう。そうですか。どうりで……」
ひどく興奮した様子の宰相は、何かに納得したように頷いている。
「ということは……貴方も?」
その目は再びご主人様を捉える。一つ息をついたご主人様は、面倒臭そうに眉間にシワを寄せてから口を開いた。
「ああ。余は、お前が殺そうとした、魔族の王だ」
その言葉を聞いた宰相はふらふらとした足取りで机の前まで出てきたと思ったら、突然膝から崩れ落ちた。その顔に浮かんでいたのは絶望ではなく、歓喜だった。
恍惚とした表情の宰相は、フェデリックに目を向け、嬉しそうに微笑む。
「私は誰よりも陛下の有能さを評価していると思っていましたが、その評価すら不足していたようです。もう、私の望みは何もかも叶わぬまま朽ちていくだけと覚悟を決めていましたのに……」
その異常な様子に、フェデリックは動揺しているようで頬が引きつっている。
「一体……望みとはなんなのだ、宰相。ディエゴと共謀し、魔物を意図的に増やし、魔界は強引に攻め入った。そして、多くの命を失った! そのことの意味を……わからぬわけではあるまい」
混乱した様子ながらも言葉を紡いだフェデリックの声は震えている。
フェデリックの言葉に、宰相はすっと表情を無くして立ち上がった。
「ディエゴがまさかあそこまで愚かとは思わなかったのですがね。あれがなければ、ほとぼりが冷めた頃にと思っていましたが、もう今後魔界へ侵攻することはできないのでしょう。……そうであれば、もう私は何もかもがどうでも良いのです。けれど、そうですね。せっかくこのような素晴らしい計らいをしてくださった陛下のために、最後に全てをお話しましょうか」
フェデリックは懐から隷属の首輪を取り出し、これについての説明もな、と加える。
「ああ、そこまでたどり着きましたか。こんなにも私の予想を超えてくる。貴方が王であれば、この国は安泰でしょう」
そう語る表情は本当に嬉しそうで、フェデリックを間違いなく称えていた。自分を追い詰める相手に対する態度には見えず、私はこのよくわからない人間に得体の知れない気持ち悪さを感じた。
「それでは、何から話しましょうか」
促されて私たちはそれぞれソファに座り、それを確認した宰相は自身の執務机の椅子を引いてきてそれに座った。




