40 勇者がやってきた
宿屋へ行くと、一番大きな部屋が既に手配されていた。
「さすが陛下は抜かりないですねぇ」
ルミエールは広々とした部屋を見ながら感心している。
部屋は二つに分かれていて、奥が寝室で手前の部屋は応接間になっていた。
「こんなに広くなくてもよいのですが……」
ご主人様の部屋ほどではないけれど、私の部屋よりは広い。あまり広いところに一人だと寂しくなってしまう。
「まあ、陛下ですから。陛下からしたらこれくらいの部屋は当然なのでしょう」
「俺だったら落ち着かねぇけどな。部屋変えてもらうか?」
レオナルドの申し出に首を振る。せっかく用意してもらったものを拒否するのは失礼だと思う。
「いえ、ご厚意を無駄にはできませんから」
私の返答を聞いて二人はそれでは、と部屋から出て行った。窓の外を見ると、空がうっすらと茜色に染まり始めていた。
それにしても、フェデリックはなぜ宿に泊まるように言ったのかしら。
特に何もないまま、夜が訪れた。夕食は部屋まで運ばれてきて、見たことのない綺麗な食べ物に驚きながらも食事を済ませた。しかし、それ以外は何もない。
いよいよ私はなぜここにいるのだろうと疑問を覚え始めたとき、部屋の扉がノックされた。
「はい?」
まだそこまで遅い時間ではないにしても、夜に誰かがここへ来る予定などなかったはずなのだけれど。そう思いながらも返事をすると、しばらく間があってから扉の向こうから低い声がした。
「……王に、ここへくれば詳しい話が聞けると聞いてきたのだが」
その声は知らない声だった。
しかし、王というのはフェデリックのことだろう。このために私を人間界へ留まらせたのかもしれない。
私は念のためと再びつけられたトカゲに目配せをしてから扉を開いた。
「あなたは……」
扉の前には、以前姿絵で見た人間がいた。
少しやつれた様子のその人は、目を丸くする私を見て名乗った。
「俺はダンテという。……勇者と、呼ばれている」
私の部屋を訪ねてきたのは、勇者だった。
ダンテを応接間に通し、お茶を出す。少し緊張した様子でお茶を飲んだダンテは、申し訳なさそうに私に謝罪した。
「夜分に女性の部屋を訪ねるなど、非常識なことをしてすまない。だが今日しか時間がないだろうと言われて……急いで来たのだが」
しかし話が読めない。私は率直に聞くことにした。
「あの、先ほど王にここを聞いたと言いましたよね。どういったことで?」
「……魔物と魔族のことを聞いたんだ。俺が正しいと思ってやったことは、ただの殺生だった。勇者だなんて担がれて、俺はちゃんと自分の目で確認することを怠ったんだ」
自嘲するように言うダンテに、私はどう声をかけていいか分からない。
「ただ、それ以上に、よくわからないことを言われた。俺が、魔王の恋人の生まれ変わりだとか……。詳しくは、ここにいる人に聞けばわかると言われたんだが」
私はごくりと息を飲む。本来、その話は私が勇者にするつもりだったのだ。つい先日のことなのに、もう遠い過去のように思える。
「そうです。あなたは、ご主人様のかつての恋人である、ライラ様の生まれ変わりです。そして、私はそのライラ様と同じ姿形で作られた……ライラです」
私はルドラ様に聞いたご主人様とライラ様の話をした。そして、私が作られた理由も。
話を聞き終えた勇者は、そうなのか、と何かストンと納得したように呟いた。
「俺は、この前の遠征のとき、ここで死ぬんだと思った。だが、死ななかった。……俺が生まれ変わりだから、生かされたんだな」
ふっと力なく笑った後、自分の右手を見ながらダンテは続ける。
「この前の遠征の後から、剣が握れなくなったんだ。剣を握ると、手が震えてしまって」
医者には精神的なものだと言われ、療養していたのだと言う。
「……明日、決着をつけるのだと陛下は言っていた。魔王もくるのだろうか」
「はい。ご主人様も来ます」
ダンテは少し考えるように眉間にシワを寄せたあと、意を決したような顔をした。
「俺も行く。そこで、魔王と話がしたい。可能だろうか」
私は心臓がどくりと跳ねるのを感じた。
ご主人様は、やはりダンテと、ライラ様の生まれ変わりと会いたいのだろうか。
わからないけれど、会った方がいいような気がした。
「可能だと思います。多分、ご主人様も会いたいと思うので」
多分、数日前の私なら、ご主人様とダンテが会うことにもっと動揺していたと思う。ご主人様にやはりライラ様はダンテなのだと、私のことは要らないのだと、そう言われてしまうのではないかという不安を感じただろう。
けれど、今の私は一瞬心臓が大きく鼓動しただけで落ち着いている。ご主人様がちゃんと「私」を見てくれていると、それがわかったから。
「私も、ぜひ会ってほしいと思います」
ダンテの目を見て言うと、彼は少し目を見開いてから目を柔らかく細めた。
「ありがとう。……初対面なのに何だか懐かしい感じがするのは、君が俺の前世と同じ姿だからだろうか」
「それは私にはよくわかりません……すみません」
私が謝ると、ダンテは慌てて首を振って、変なことを言ってすまない、と謝られた。
「少し心が軽くなって、つい軽口を叩いてしまった。今日ここへきてよかった。話してくれてありがとう」
そう言って私に深く礼をしたあと、ダンテは帰っていった。部屋を訪ねてきたときのやつれたような雰囲気はなくなっていた。
再び一人になった部屋で、ふう、と息を吐く。
こんな形で勇者に会うとは思わなかったな。
ダンテは、ご主人様から聞いたライラ様とは全く似ていなかった。いくら魂が同じであっても、別人なのだ。勇者は、ダンテはライラ様ではない。私がライラ様とは違うように。
それなのに、私はダンテを説得してご主人様の元へ連れて行こうとしていた。いつだったか、レオナルドに無謀だと言われたことを思い出す。確かに、無謀でしかなかった。
私は思っていた以上に何も見えていなかったのだろう。ご主人様のことしか、考えていなかったから。
今は違う……と思う。だって、そのことがわかったのだから。
ふと、ダンテのことをご主人様に伝えた方が良いのではないか、という考えが頭を過ぎる。
でも、少し考えてご主人様には伝えないことにした。
ご主人様も、少しは私に振り回されてしまえばいいのだわ。
今までそんなこと思ったことなかったけれど、むくむくとそんな気持ちが芽生えたのだ。
そう考えるとなんだか少しおかしくて、明日は重大な日だというのに、楽しい気持ちになってしまった。
ああ、なんだか、生まれ変わったみたいだわ。
私は久しぶりにるるると口ずさみながら寝支度をして、早めに一日を終えた。




