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39 宰相の目的とは

「だが……なぜその隷属の首輪が……」


 困惑を深めた様子のフェデリックをご主人様は鼻で笑う。


「魔族を捕らえてまた研究しようとしたのではないか?」


「なっ……先ほども言ったが、宰相は研究者の道を選ばなかった! 高い魔力や長命を欲しがる者は多くいるだろうが、宰相はそのようなものを欲してはいない」


「わからないだろう? 欲は目に見えないからな」


 ご主人様の言葉にフェデリックはぐっと口を噤む。おそらくフェデリックは、従兄弟である宰相を慕っているのだろう。疑ってはいるけれど、どこか宰相の崇高な心を信じている。


「まったく、さっきからごちゃごちゃと、そんな小難しく考えなくってもわかるでしょ」


 ぴりりと張り詰めた空気の中、お姉様が呆れたように口を開く。

 第一騎士団長はそんなお姉様を睨む。


「不敬だぞっ!」


「やだやだ。うるさいわあ。なんで私が人間の王に敬意を払わないといけないの?」


 お姉様は手で耳を塞ぐ動作をしながらうんざりしたように言う。フェデリックが第一騎士団長を制止すると、お姉様はにこりと笑って立ち上がる。


「金でも権力でもないんでしょ。じゃあ、あとは一つしかないじゃない」


 カツカツと靴のかかとを鳴らしながら、ゆっくりとフェデリックに近づいていくお姉様。

 フェデリックの隣まで歩いてから向きを変えて私たちを振り返ると、その顔には怪しげな笑みが張り付いていた。


「女よ」


「ばかな!」


 フェデリックがすぐに噛みつく。


「宰相は独身だ。だがそれは! 宰相があまりそういうことに興味がないからで」


「興味がない? そんな個人的なことまで、宰相は王様に全部言っているのかしら?」


 ふふふ、とお姉様は声に出して笑う。


「私が何してたと思う?」


 お姉様は、独自に潜入して調査をしていたはずだ。でも、それは一体何を調べていたのだろうか。


「私はただ踊り子をしていたわけじゃないのよ。ハティリー伯爵はね、殲滅派の貴族なの。私の容姿を大層気に入ってくれてね、たくさん我儘を聞いてもらったわあ」


 ころころと笑うお姉様。


「だからね、宰相に会いたいって言ったら、会わせてくれたわ」


「サーシャ、その報告は聞いていないが?」


 お姉様の言葉にご主人様が反応する。


「だってやっと会えたのが昨日なんだもの。ほら、我儘を聞いてくれた伯爵にはご褒美が必要でしょう? 報告する時間がなかったのよ」


 ご褒美とはなんなのだろうか。お姉さまの隣でフェデリックが頬を赤く染め、第一騎士団長は「破廉恥な!」とまた怒っている。


「……その話はいい。それで? 会ってどうだった」


 ご主人様が聞くと、お姉様は唇を綺麗な弧の形にした。


「私を見て、なんて言ったと思う?」


 指に髪を絡ませながら、勿体ぶるように言う。



「人間にも、こんなに美しい者がいるのだな」



 しん、と場が静まり返る。息の音すらも聞こえない。私も知らず息を止めていて、それに気付いてこくりと喉を鳴らす。


「一体、何と人間を比べたのかしらね?」


 そう言って笑うお姉様は美しかった。




 その後動揺から立ち直ったフェデリックとの話し合いで、翌日に宰相の元へ直接話を聞きにいくことに決まった。

 隷属の首輪は今なお作られているため、いずれにせよディエゴの指示ではない。また、フェデリックによると、そのような物の存在を知るのは、代々研究者の家系である宰相くらいであるから、宰相の関わりは間違いないといえるだろう、とのことだった。


 というのも、魔物が発現した際、人間は壊滅しかけた。唯一、アルグレティア王国だけは、神の力に守られていたため救われたらしい。その力、すなわち結界が、誰のものかと考えると皮肉なものだ、とご主人様は複雑な様子だった。

 ただ、それでも無傷とはいかず、各国から逃げてきた人間の受け入れ、食糧難等で内乱も起き、その後勇者が現れるまで国は大いに荒れ、多くの書物や資料は失われたという。だからこそ、王すら知らない隷属の首輪を、かつての物と同じ形で作り上げるなど宰相にしかできない、ということらしい。


「宰相が、何を思ってこのような物を作り、何を考えて魔族の殲滅を謳ったのか。私にはそれを知る義務がある。こんなことは、許されないことだ」


 そう言ったフェデリックの瞳には強い決意が見てとれた。

 そして、四人の騎士と共に、凛と背筋を伸ばして王宮へ戻っていった。




「ライラ、なぜ人間界に残るのだ」


 ご主人様たちは、今日は一旦魔界へ帰るとのことだったけれど、私はこのまま人間界に残ると伝えた。


「ちゃんとレオナルドたちに挨拶できてないですし、その……」


 実は、フェデリックが帰る間際、宿屋に泊まるよう耳打ちしてきたのだ。なぜかは分からないけれど、私を陥れる意味はないし、何か事情があるのだろう。

 しかし、それをご主人様に伝えたら、反対されるような気がした。


「とりあえず、魔族と人間の全面的な戦いは避けられたのです。ただ、隷属の首輪のことは魔界で周知する必要があるでしょう。魔王様も、城ですべきことが山積みです。魔界へ戻ってもライラ様は一人ぼっちになりますから、今日は人間の友人たちとゆっくりさせてあげてはいかがですか」


 言いあぐねていると、ルドラ様が後押ししてくれた。

 ご主人様はそれでも難しい顔をしていたけれど、明日の朝迎えにいく、と了承してくれた。


「んじゃ、宿までは俺たちが責任をもって送り届けます」


 少し離れて待機していたレオナルドとルミエールが寄ってきて、私に笑いかけてくれる。


「……ライラを頼んだ」


 そう言ってご主人様は魔界へ転移していった。


「魔族との力の差は段違いだな。勇者はあれと対等に戦えるっていうんだから、やっぱ俺らとは全然違うんだな」


「とはいえ、こちらは勇者一人だけですからねぇ。話し合いが決裂しなくてよかったですよ。まあ、あれだけ力があれば、人間でも倒せる魔物を増やすだなんて、そんな非効率的なことをする必要性がないことなんて明らかですけどね」


 二人の額に浮いた汗を見ると、もしかしたら今日の話し合いは思っていた以上に危ういものだったのかもしれないと感じた。


「なんだ。もう帰るのか。……魔王様方は魔界か」


 フェデリックの見送りに行っていたマティアスが戻ってきて、部屋に私たち三人しか残っていないことを確認するように視線を動かす。


「兄さん、今日はありがとうございました。巻き込んでしまい、申し訳ありません」


「気にするな。宰相がずっと謹慎しているせいでとっくに巻き込まれている。こちらもそろそろ限界だった。明日決着がつけば、今後の見通しもつく」


 そう言って遠い目をするマティアス。


「あの、宰相はどうなるのですか?」


 私が聞くと、レオナルドとルミエールはマティアスに目を向ける。


「まあ、魔物を増やした、という事実だけで国家反逆と捉えられるだろうから、よくて生涯幽閉、普通に考えれば極刑だろうな」


 きょっけい、と口の中で呟く。


「でも、宰相は王の従兄弟なのでしょう?」


「関係ない。むしろ、身内だからこそ厳しい判断を下されるだろう。……惜しい人を無くすことになるがな」


 フェデリックの言動やこれまでのマティアスの話を考えると、宰相は本当に有能で、誇り高い人物だったのだろうと思う。そんな人物が、多くの人間を犠牲にして何を得ようとしたのか。お姉様は女と言うけれど、詳しいことは本人に聞かないとわからない。


「ライラさんは、あまり人間に興味がないと思っていましたが、宰相のことは気になるんですか?」


「気になるというか……」


 ご主人様はライラ様を失って狂いかけたと聞いた。ご主人様は誰よりも高い魔力を持ち、魔族の頂点にいた。そんなご主人様も、一人の女性を想って全てを無くしかけたのだ。

 だから宰相の行動に女性が関わっていると考えたら、ご主人様と少し似ているなと思ってしまった。きっと、ご主人様もライラ様のためなら魔界すら破壊しただろうから。


「一体誰のために、宰相は狂ってしまったのかと」


「狂う……そうだな。サーシャという魔族の言う通り、女を得るためにこんなことをしたのだとしたら、それは狂っているといえるだろうな。あの宰相に限って、と思ってしまうが、宰相も人間。恋に狂うことがないとはいえない」


「しかし先ほどの話だとその女性は魔族、ということになりますよね? 魔族と知り合う機会なんてないはずじゃないですか。それに、特定の女性を求めているのであれば、あの首輪をいくつも作る必要がありますか?」 


「ああ。研究目的だと言われた方が納得できる。だが、そうならばなぜその目的を隠す必要がある? 長寿の研究のためといえば、食いつく貴族は山ほどいるぞ。殲滅などという回りくどいことは必要ない」


 マティアスとルミエールの話が難しくなってきたところでレオナルドが唸る。


「あー、もう考えてもわかんねえよ。女だろうが研究だろうが俺はどうでもいい。ただ、私欲のために団長たちが散っていったって考えたら、俺はたまんねえよ」


 レオナルドの悲愴な顔を見て、ルミエールとマティアスは黙る。

 そこから宿屋まで、重苦しい空気のままだった。

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