37 集合しました
ご主人様との話の後、しばらく人間界へ行く前のような穏やかな日が続いた。
そんな中、ついにレオナルド達から連絡がきた。
「連絡遅くなってごめんな。陛下にも予想外の話の連続だったみたいですぐには答えが出なくてな」
少し疲れたような声で話すレオナルドによると、最初は話を聞いて訝しんでいた国王も、その話の具体性からか、理解を示してくれたとのことだった。
「で、だ。とはいえ、実際目にしていないものを容易には信じられないとおっしゃってな。直接魔族と会って話したいと、そういうことなんだ」
「それは、人間の国の王が魔王様と会う、ということですか」
驚いたような声でルドラ様が確認すると、レオナルドはそれにそうだ、と返事をする。
「そんで場所なんだが、マティアス様が屋敷を提供してくれるとのことだ。」
ルドラ様はそれを聞いて考えこむようにして黙り込んだ。
「余は構わぬ。まさかここまできて余の不在の間に魔界へ攻め入るなどということはすまい」
「しかし……」
「レイとダグラスは魔界へ残す。ルドラは余とともに人間界だ。ライラも、共に行こう」
私は大きく頷いた。
何も役に立たないことはわかっているけれど、先日までのような焦りは無くなっていた。
「悪いな。こっちが警戒するようにそっちが警戒するのはわかってる。だが、なんの気休めにもならないかもしれないが、そちらを陥れるようなことはしないと、俺は神に誓う」
レオナルドの決意の乗った声に、ルドラ様も折れた。
「俺も誓いますよ。それこそ、もし陛下達が貴方たちに害を為そうとしたならば、俺が盾になりましょう」
これまで黙っていたルミエールも、レオナルドに倣って誓う。
「よい。自分の身くらい自分で守れる。だが、その覚悟は受け入れよう」
そして、五日後に人間界で会談が開かれることになった。
私とご主人様、ルドラ様はマティアスの屋敷の部屋にルドラ様の転移で移動した。その部屋は以前ルミエールと共にマティアスと話をした場所だった。
「……これが」
部屋で私たちを迎えたマティアスは、ご主人様とルドラ様を見て、しばらく放心した様子だった。ルドラ様と違ってご主人様は角も尻尾も隠しているから、人間とそう変わらないはずなのだけれど。
「失礼しました。想像していたお姿と違ったもので、動揺してしまいました。私はマティアスと申します。既に陛下たちは到着しております。案内しますのでこちらへ」
「ああ。余が魔族の王だ。そしてそちらの鱗塗れの男がルドラだ」
ルドラ様は目で会釈をする。それに頷いたマティアスは、私たちに背を向けて扉を開く。
「……ずいぶん信用してくれるようだな」
「信用されるには、まずは己が信用することだ、というのが私の信条なものですから。これで討たれたとしたら、私に見る目がなかったのです」
ご主人様の言葉に振り向いたマティアスは、口の端を少しだけ上げる。
「よい心がけだな」
そう言ってご主人様は、マティアスに続いて歩き出す。私とルドラ様もそれに続いた。
マティアスに案内された先の部屋に入ると、そこには思っていたより多くの人間がいた。長机の席に着いたレオナルドとルミエールの他に、白い鎧を纏った人間が四人いる。彼らは誰かを囲うようにして立っている。中心にいる人間は席についているようだけれど、隠されていて顔がわからない。
「魔王様方が到着されました。……第一騎士団長殿、お気持ちはわかりますが、それではあまりに魔王様方に失礼ではありませんか」
「っしかし……」
囲われた人間の左前に立っていた騎士が、マティアスの言葉に反応する。
「よい。下がれ」
すると、おそらく席についている人間が言葉を発し、第一騎士団長と呼ばれた人間はご主人様とルドラ様を見た後、私を見て、少し迷うようにしてから他の騎士に目配せをして下がった。
そして、白い騎士たちが下がると同時に、隠されていた人間が立ち上がる。
「無礼を働きすまなかった。私がこの国、アルグレティアの王であるフェデリック=アルグレティアだ」
きらきらと輝く白金の髪に透き通るような空色の瞳の人間はそう言った。
この人間が国王なのか、と思わずまじまじと見てしまう。
「よい。この程度で癇癪を起こすほど余は愚かではない。余が魔族の王ノアルークである」
私はご主人様が名乗るのを初めて聞いたので目を見開く。ご主人様は誰にも名前を呼ばせなかったし、そもそも私は名前を聞いたこともなかった。
それなのに、なぜ人間の王に呼ぶことを許すのだろうと、ちくりと胸が痛む。
「ノアルーク殿、寛大な心に感謝する」
そんなことは知らないフェデリックは、私たちに座るよう促す。釈然としない気持ちのまま席に着いたとき、部屋の扉がノックされた。
「ルドラ、フードをかぶれ」
ご主人様が言うのとほぼ同時にルドラ様がフードをかぶる。それを確認したマティアスが扉に近づき、「なんだ」と扉越しに尋ねると、扉の向こう側から「あの、待ち合わせだという方が……」と困惑したような声が聞こえてきた。
首を傾げたマティアスは、私たちに確認してくる旨を告げて、部屋を出て行った。
「その、この者が魔王様方の関係者とのことなのですが…….」
困惑の色を目に載せたマティアスの後ろからひょこりと顔を出したのは、お姉様だった。
「お姉様!」
思わず声を出してしまい、ハッと口を覆う。お姉様はそんな私を見て、嬉しそうに笑う。
「あら、ライラちゃん直接会うのは久しぶりねー! トカゲ野郎が私は自力で来いとか言うから一人で来たのに、なかなか入れてくれなくて困ったわあ」
言いながら部屋に入ってきたお姉様を見て目を丸くする。なんというか、著しく布面積の少ない服の上に、なんの意味があるのかわからない透けている布を纏っている。なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして目を逸らしてしまう。
「そなた……ハティリー伯爵のところの踊り子ではないか」
呆然としたような声でフェデリックが呟く。一体どういうことだろうか。
「あら国王様。私のことを覚えてくれていたなんて嬉しいわあ」
「……サーシャ、せめてちゃんとした格好をしてきてください。なんですかそれは」
ルドラ様が眉間にシワを寄せて呆れたように言う。
「まさか、そなたは魔族なのか」
お姉様はちらりとご主人様に目を向ける。ふう、とため息をついたご主人様は、嫌そうな顔で口を開く。
「ああ。この者も魔族だ。まさかこんな破廉恥極まりない格好でくるとは思わず、失礼した」
「私にとってこれは正装なのよ? なんたって人間界では魔性の踊り子サティールなのよ?」
お姉様は頬を膨らませて抗議する。
「そ……そこな娼婦も同席するというのか!」
ここまでお姉様を見て放心していた第一騎士団長が声を荒げる。その声に目を向けたお姉様がにやりと微笑う。
と、次の瞬間にはお姉様は第一騎士団長の目の前にいた。
「ふふふ。可愛らしい坊やね。私が娼婦? 一体何を想像したのかしら?」
お姉様はそう言いながら人差し指でゆっくりと第一騎士団長の唇をなぞる。
目の前に急にお姉様が現れたことに驚いて固まっていた様子の第一騎士団長は、最後につん、と頬を突かれた後、顔を真っ赤にしてパクパクと口を開閉させている。
「その、サーシャ殿? 私の騎士が無礼なことを言ってすまない。あの、しかしその格好はいささか扇情的過ぎてだな」
フェデリックも頬をほんのり赤く染めて、目を泳がせている。
その様子を見たご主人様は、大きくため息をつく。
「サーシャ。遊ぶな。そしてその格好はライラの教育に悪い。なんとかしろ」
お姉様は、はいはいと言いながら何もない空間に手を伸ばす。するとそこからするりと布が現れ、それを羽織った。
その様子を目を丸くして眺めていたフェデリックをはじめとした人間達は、ぴりりと緊張したような空気を纏う。警戒されているのだろうか。
何も気にした様子のないお姉様は、私の隣の席に座った。




