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35 今私がここにいても迷惑になるから

「……ごめんな、ライラちゃん。守れなくて」


 放心していると、レオナルドが突然謝ってきた。私は首を傾げる。


「レオナルドさんは悪くないです。ルドラ様はむしろ嬉しそうでしたし」


 そう、戻る前のルドラ様は深い緑の瞳をキラキラと輝かせていた。誤解さえ解ければ、大々的に人間と魔族の交流だって認められるかもしれない。それは、商人をやっているルドラ様にとっては喜ばしいことのはずだ。人間の通貨を持っていたのはきっとこっそりと人間界で商売でもしていたからなのだろうし。

 人間の国王と交渉する機会などこれまでなかったのだから、今回のことは本当にチャンスなのだろう。


「腹芸のできない団長では昨日の段階で全部言わされることもあり得たんですから、むしろよく頑張ったと思いますよ」


「褒められてる気がしねぇ」


 レオナルドはげんなりとした顔をしてから項垂れる。


「国王は、私の言うことを信じてくれるでしょうか」


 おそらく私には協力する以外の選択肢はないのだろう。魔界へ戻ることはできるけれど、それでは何も解決しない。

 とはいえ、不安がないわけではない。

 魔族側だとわかった途端に私を断ずるのではないかと、そうなったらどうすればいいかと考えてしまう。マティアスが魔族と魔物の関係は何百年も前から言われていたことだと言っていたし、私がいくら魔物と魔族は関係ないと言っても、それを証明する術などないのだ。レオナルドたちが私を信じてくれたのは奇跡みたいなもので、マティアスはルミエールを信じていたから信じてくれたのだ。国王は、どうなのだろう。


「魑魅魍魎の巣窟である王宮の長ですよ? 陛下は愚王ではありませんしね。若いために舐められたり、優秀な宰相と比べられたりもしていますが、陛下は聡い方です。真実を見極めてくださることでしょう」


「まあ、つい先日まで疑っていた俺たちが言っても説得力ねぇだろうけど」


「状況が全くわからなかったから全てを疑っていただけじゃないですかー」


 二人の目を見ると、そこには国王への信頼が浮かんでいた。私を信じてくれた二人が信じている相手なら、私も信じられる気がした。


「そうですね。私も信じます」


 そう言うと、二人とも嬉しそうに微笑んだ。


 話しているうちに完全に日が昇り、二人は一度戻ると言って帰って行った。夕方にまたくるとのことだった。

 部屋へ残された私は、とりあえずもう一度寝ることにした。




 ピピピピピッ。


「ん? わっ! 鳴ってる!」


 連絡魔道具が鳴る音で目が覚め、慌ててベッドから降りる。

 窓から差し込んでくる光はだいぶ上から差し込んでおり、もう昼近い時間のようだ。


「はい、ライラです」


「ライラちゃん! トカゲ野郎から話は聞いたわよ!」


 手で髪を整えながらソファに座る。連絡はお姉様からだった。


「私もね、多分国王なら大丈夫だと思うのよ。でも嫌なら魔界へ戻ってもいいのよ? 魔石の使い道だってわかっていないのでしょう? 無属性の魔石はね、精神作用のある魔法を込めることができるのよ」


 どうやらお姉様は私を心配して連絡をくれたようだ。


「いえ、私は最後までやり遂げたいと思っています。このまま魔界へ戻っても、以前のような気持ちでご主人様のそばにはいられないと思うのです」


 私は多くのことを知ってしまった。ご主人様とご主人様の眷属と、たまに会うレイ様、ルドラ様、お姉様だけで作られていた私の世界はもう崩れてしまった。

 ご主人様のそばにいるにしても、何か私としてやり遂げたい。ただライラ様の代わりであるだけでは嫌なのだ。それがなぜなのかわからないけれど。ああ、また胸がムカムカする。


「あれから魔王様とはまだ連絡を取ってないのでしょう?」


「はい。夕方には連絡することになりますが」


 昨日のことを思い出し、ムカムカが強くなる。


「私の口から言うべきことじゃないから何も言えないけど、魔王様とはムカムカについてちゃんと話し合った方がいいわよ? 人間界と魔界のことなんて、私やトカゲ野郎、レイでも対応できるけど、そのムカムカはライラちゃんにしか解決できないことなのだから」


「いえ、そういうわけにはいきません。それに、これをやり遂げたらムカムカは消えると思うんです」


 私が言うと、魔道具からはうーん、と唸るお姉様の声が聞こえる。


「それはどうかしらねぇ。まあいいわ、私は夕方の話し合いにはちょーっと参加できそうにないから、また明日連絡頂戴ね」


 どうやらお姉様はこのあと予定があるようで、連絡が切れる。

 それから夕方まで、私は何ともスッキリしない気持ちで過ごすことになった。




 夕方になって約束通りレオナルドたちが再び部屋を訪ねてきた。今朝ルドラ様がかけていった防音結界はそのまま残されているので、私たちは早速連絡魔道具を起動することにした。


「ライラ!」


 起動してすぐ、切羽詰まったようなご主人様の声が聞こえ、私は驚きながら返事をした。


「昨日のことを話そう。何か誤解がある」


 ご主人様はここにレオナルドたちもいることを忘れてしまっているのだろうか。今話すべきは、そのことではないはずなのに。私のムカムカのことなど、後回しでいい。


「あの、昨日は申し訳ありませんでした。私のことはいいのです。それより、今後のことを相談しましょう」


 ご主人様の様子に首を傾げる二人を見て、私は何でもないです、と言う。


「ライラ……」


 縋るようなご主人様の声にまた胸がきゅうっとする。ムカムカしたりきゅうっとしたり、人間界に来てから私の胸は大忙しだわ。


「魔王様。とにかく今は話を進めましょう」


 ルドラ様が未だ納得していない様子のご主人様を宥め、指揮をとって話を進めていく。

 どうやら私のことを国王に報告することになったようだ。けれど、それらはレオナルドたちが話すらしく、そこに私は同席しないとのこと。

 薄々感じてはいたけれど、私は本当に何もできないのね。お姉様みたいに潜入することも、ルドラ様みたいに策略を巡らせることも、レオナルドたちみたいに表で動くことも、私にはできない。


 私は、何でここにいるんだろう。


 役に立ちたくて人間界へきて、でもすぐに正体を見破られて。身勝手な理由で人間界へ残ったけれど、どこかで私だって何か役に立てると思っていた。けれど、レオナルドたちは私が間に入らなくてもご主人様たちとやりとりできているし、何も役に立たないどころか、今も私が一人の間どこで待機させるかなんて、そんな余計な話をさせてしまっている。

 私の我儘は、みんなのお荷物になってまで叶えるべきものだったのだろうか。


「ライラちゃん?」


 レオナルドの声でハッとする。ダメだわ、話をちゃんと聞いていなかった。


「あ、すみません。ちょっと考え事をしていて……」


 レオナルドたちは心配そうに私を見ている。

 私は、どうしたらいいのだろう。


「ライラ様、国王の反応を待つ間、一度魔界へ戻ってきませんか? ライラ様が目をつけられてしまった以上、国王との話が済むまでこちらにいたほうが安全でしょう。魔王様とも、話すべきことがあると思いますし」


「魔界へ、戻る……」


 お姉様には戻らないと言った。

 けれど、今の私に、ルドラ様の提案に否を唱えることはできなかった。実際、人間界にいても、私にはみんなの迷惑にならないよう部屋に篭っていることしかできないだろうから。


 私は一旦、魔界へ戻ることになった。

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