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34 私、疑われているそうです

 あの後落ち着いてからお姉さまに連絡をして、胸のムカムカのことを相談したら「あらあらまあまあ」と楽しそうな反応が返ってきた。ムカムカが何かを知りたかったのだけれど、教えてはくれなかった。

 釈然としない気持ちを抱えながら、宿屋の食堂で食事をしてそのまま休んだ。


「おはようございます」


 確かに今日迎えにくると聞いていたけれど、ちょっと早くないかしら。


 ノックの音で目が覚めてのろのろと扉を開けると、そこにはまだ日が昇るか昇らないかという時間だというのに爽やかな笑顔を湛えたルミエールがいた。横には目を見開いたレオナルド。


 というか、私まだ寝間着だわ。恥ずかしい。


「おはようございます。あの……すぐ着替えますのでちょっと待っててください!」


 私は扉を閉じてバタバタと準備をする。ご主人様のように指を鳴らすだけで着替えられたらいいのに。


「お待たせしました」


 それでも急いで着替え、最低限の身嗜みを整えてから再び扉を開ける。


「いえ、非常識な時間に訪ねたのはこちらですからねぇ。気が急いてしまって。女性に対して失礼でした」


 まさか寝間着の状態で扉を開けられるとは思わなかったので、と言われ顔が熱くなる。

 ルミエールの横に座ったレオナルドはなぜか少し頬を赤くしながらルミエールを肘で突いた。


「こらルミエール。悪かったなライラちゃん。ちょっと急展開があったもんで。魔王とは繋げられるか?」


「は……いや、ご主人様は朝が弱くていらっしゃるので、この時間はまだ眠っているかと」


 はいと返事をしかけて慌てて否定する。それに、昨日あんな形で連絡を切ってしまったので、少し気まずい。


「そうか。いや、内密な話だからこの時間にしたんだが……」


 どうやら、二人は人目を忍んできたようだ。防音結界がかけられればいいのだけれど、私にはできない。


「ルドラ様なら朝も早いと思うのですけれど」


 しかし魔道具に登録された連絡先はご主人様とお姉様だけだった。そこではたと気付く。


「トカゲちゃん!」


 思わず大きい声が出てしまい、驚いた二人がびくりと揺れる。

 私の声に反応したトカゲは何か用? と言うような顔でベッドからこちらを見る。


「トカゲちゃんとルドラ様は繋がっているのでしょう? ここに転移してきてもらえないかしら」


 緑のトカゲがわかったと言わんばかりにキキッと鳴く。

 

「え? ライラさん、もしかして魔族が」


 慌てたようにルミエールが何かを言おうとするのを遮るように、バサリと音を立てて黒い布が現れる。

 

「私が一人ライラ様に会ったと知ったら、魔王様は怒るでしょうが……呼ばれたのですから仕方ないですよね」


 そこには、おなじみの黒いローブに包まれたルドラ様がいた。




 二人が内密な話があるそうで、それでこの時間になってしまったと言うと、ふむ、と頷いたルドラ様は念のためと言って部屋に防音結界を張った。


「これが……魔族」


 レオナルドが震えた声で呟く。二人とも目を見開いていた。そういえば、二人は魔族を見るのは初めてなのだった。ルドラ様は顔が鱗に覆われているので、驚いているのだろう。


「ああ。顔を合わせるのは初めてですね。改めまして、ルドラと申します」


 二人もルドラ様に続いて名乗ったけれど、強張った表情のままだった。


「ふむ。やはり私の鱗は人間には刺激的なようですね。しかし申し訳ないのですが、私は人に扮する魔法とは相性が悪いものですから、このまま失礼します」


「いや、そういうことじゃないんだ。すまない。俺たち人間は……魔族とは野蛮で残酷、人間を甚振って遊ぶ奴らだと、そう教え込まれてきたもんで」


 急に認識を変えられないのだと、レオナルドは申し訳なさそうに言う。


「なるほど。まあそんなことはどうでもいいです。あまり長居すると気付いた魔王様が乗り込んでくるかもしれませんから本題に入りましょう」


 ルドラ様は気にした風もなく、レオナルドたちを促す。


「ああ、実はな」


 レオナルドが昨日王宮であったことを話し出す。


 軍部総帥に帰還報告をしそのまま下がろうとしたのに、呼び止められて話があると別室へ連れて行かれたそうだ。


「連れて行かれた先の部屋に陛下がいるなんて、誰が思うかよ……」


 部屋で待っていたのは陛下と第一騎士団の団長だったとのこと。

 そこで、ディエゴの屋敷の件を聞かれたけれど、陛下がどう関わっているかわからなかったため、曖昧に答えたそうだ。そもそも調査はすぐ中止させられたためあまり調べられなかったのは事実で、知らぬ存ぜぬでやり過ごそうとした。


「だが、ライラちゃんのことも言われてな」


 既に国王はルミエールと私がマティアスと共に屋敷に向かった情報を得ていたそうだ。事前にルミエールに言われた通りの話をしてはみたけれど、誤魔化されてはくれなかったらしい。


「けどさすがにライラちゃんのことは話せねぇだろ。だから、ディエゴの屋敷の件で、人為的な魔物の増加を疑ってるったことだけ言ったんだ。何のためかわからないが、魔界へ攻め入る理由を作るためじゃないかってな」


 そうしたら、国王も同じ疑いを持っていると、だとすればこれ以上魔族と敵対してむざむざと犠牲を出すようなことはしたくないと言ったそうだ。第一騎士団の団長は穏健派、軍部総帥は中立派だとのことで、そう考えるとそれは嘘ではないだろうと考えたとのこと。


「そんでディエゴが消えて、宰相が自主謹慎してるって聞いて俺も混乱してな……で、どうやらディエゴの件は第一騎士団が調査を続けてるらしくて、どうやらディエゴがたっかい魔石を買い寄せて、何かを作らせていたことが分かったらしいんだ」


「高い魔石とは?」


「透明な魔石だ。属性のない魔石で、それが採掘できる鉱山はそれなりに強い魔物が跋扈している地帯だから希少価値があるんだ。ただ、かなり危ない奴らに依頼してたらしく、何を作ってたかはわからねぇみたいだ」


 新しい情報ではあるけれど、それが何の糸口になるのかわからない。


「そんでな、ディエゴの件について協力要請をされたんだよ。何か知ってるのだろう、と」


「陛下は勘の鋭い方なんですよね。団長は何とかその場を切り抜けたようですが、おそらくライラさんのことを調べ始めています。そうすれば、ライラさんの出自が不明であることや身分証を持っていなかったことに始まり、ある日突然現れたことも発覚するでしょう」


 そして、怪しいとなれば連行されるかもしれない、とルミエールは言う。


「そんな……私はどうすれば」


 捕まったところで私は無力な人間だから、どうってことはないのかもしれない。けれど、そのまま囚われてしまえばきっとレオナルドたちにだってどうすることもできない。


「ですので、慌てて来たのですよ。……陛下に事情を話してこちら側に引き込む、ということを相談したくて」


「なるほど。だからこんな早朝に魔王様に連絡を取ろうとしたのですね。確かにライラ様に何かがあってからでは遅い。連行されたところでこちらはどんな手段を持ってしてもライラ様を助け出しに来ますが、穏便に、というのは難しいでしょうし」


 私はルミエールの提案がどういうことかを考える。国王を引き込む、ということは、つまり。


「私のことを伝える、ということですか?」


「はい。ここまではっきりと疑いの目を向けられ、近衛が団長自ら動いているのであれば、ライラさんをただの被害者としておくことは不可能です。ならばいっそ明らかにしてしまったらいいのではないかと」


 というより、陛下もそのつもりで団長にディエゴの件の調査状況を明らかにしたのだと思います、とルミエールは続ける。

 

「つまり貴方たちは、国王に選択を迫られている状態、ということですか」


 二人はルドラ様の問いにゆっくりと頷く。

 私のことを話し協力するか、あくまでシラを切るなら場合によっては私を連行することも考えている、と。そういうことなのだろう。私はまた足を引っ張ってしまっているのだろうか。

 不安に思っていると、ルドラ様が私の頭を優しく撫でる。


「ライラ様のせいではないですよ。むしろこれはチャンスです。うまく交渉できれば、人間の魔族に対する誤解も解けますし、私たちの魔物不足事情も解決するかもしれません」


 ルドラ様は、早速魔王様を叩き起こして相談して来ますと言ってそのまま転移して行ってしまった。

 残された私はまだよく状況を飲み込めなかったけれど、昨日の胸のムカムカのことなんて気にしていられない状況になったことだけはわかった。

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