33 謎は深まり、私は胸がムカムカする
私はマティアスに自分が魔界からきたこと、魔族と魔物は関係がないこと等をところどころつっかえながらも説明した。時折横からルミエールが捕捉してくれたため、多分漏れはないはずだ。
最初は無表情にじっと聞いていたマティアスだったけれど、説明が進むにつれてその眉間に深いシワが刻まれ、話し終わったときには俯いていた。
「すると……なんだ。そもそも魔族と敵対する理由すらないということなのか」
絞り出すように言ったマティアスが顔を上げると、そこには困惑の表情が貼り付けられていた。
「はい。でも、魔界では魔物は増えたりしていません。人間界だけ、というのはおかしいのではないかと、調べるために私は人間界へきたのです」
私が言うと、マティアスはため息をついてから、眉間のシワを指で揉む。
「だとすると、なんだ。よりわけわからなくなったぞ。いやでも、魔族と魔物の関係についてはそれこそ何百年も前から語り継がれていることだ。殲滅派だってそんな事実は知らないだろう。しかし、じゃあやはり魔物が増えたことにはディエゴが関わっているのか。宰相はどこまで……ああくそっ。肝心のディエゴがいないんじゃどこまで明らかにできるか」
ぶつぶつと呟いていたと思ったら、ああ! と突然大きな声を出すマティアス。
「そもそもだ! なんだってわざわざ魔物を増やしてまで魔界に攻め入る必要がある。魔物が増えて困るのは人間全員だ。あとは……第五騎士団か」
そう言ってルミエールに視線を向ける。
「ディエゴは……第五騎士団へ強い敵意を持っていたよな。だとすると、第五騎士団の失態を狙ったのか?」
「そうだとすると、宰相は関係ないことになりますよ。かの方は別に俺たちになんの感情もないはずですし」
それもそうだな、とマティアスは再び俯く。
「……なるほどな。宰相はこれを狙ったのか」
マティアスは何かを閃いたような顔をしたあと、眉を顰める。
「あの……どういう?」
思わず尋ねると、私の方を向いたマティアスと目が合う。
「おそらく宰相とディエゴの関係がわかる証拠は出てこない。あの宰相がそんな証拠残しておくはずがない。だとしたら、宰相とディエゴを繋ぐ最大の証拠はディエゴ本人だ。……だから消したんだろう。仮にだ、私たちが疑っている、魔物の人為的な増殖をディエゴが行っていたとして、このままだと第五騎士団の失態を狙ったディエゴの単独犯として処理されるだろう」
「でも、あの……ディエゴも宰相も殲滅派なのですよね? なら、そこの繋がりが……」
「派閥が同じ、というだけで宰相を共犯だとはいえない」
思わず口を挟むも、私の考えはすぐに否定された。でもそれもそうよね。確かに魔物の増加で殲滅派の勢いは増したみたいだけれど、そもそも殲滅派は魔物による被害をなくすためにできた派閥なのだから、魔物を増やす、という主張とは逆の行為に結びつけるのは難しい。
「しかし結果として、魔物が増えたから魔界遠征がかなったわけですよね」
ルミエールの言葉にマティアスは頷く。
「ああ。間違いなく宰相は絡んでいるはずだ。しかし、相手は宰相だ。証拠もなく、紛糾できない。それに何より……」
マティアスは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「宰相にそうまでして魔族を殲滅する動機がない」
少し頭を整理する、と言ったマティアスと別れ、私とルミエールは手配された馬車に揺られていた。
それにしても。
「マティアスさんは、私の言うことを信じてくれたのですね。疑われると思っていました」
「ん? まあそれはですね。俺が関与している、というのが大きいでしょうねぇ。それに、兄は笑顔の裏で相手に舌を出しているような人間が跋扈する場所で鍛えられてますから、ライラさんが嘘をついているかどうかなど、すぐ見抜きますよ」
それはつまり、私が全く取り繕えていないということかしら。確かに、私は今まで嘘なんて……と思ったところで思い出す。
「でも、トカゲちゃんの件のとき、私何もわからないって嘘をついたけれど、レオナルドさんとルミエールさんは……」
私の嘘をそのまま信じたじゃないですかと続ける前に、ルミエールが吹き出す。
「すみません。あのですね、ライラさん。あの時点で既に俺も団長もあなたに違和感を持っていたのですよ。ですから、その嘘も信じたわけじゃなく、様子を見てたんですよ」
「え?」
「騎士が何人も目撃したトカゲが見間違い、なんてあるわけないでしょ。そういえば、結局あのトカゲってなんなんですか? 驚きの連続ですっかり忘れてましたよ」
言葉を失う私の前でルミエールはからからと笑う。つまり私は上手に嘘をつけていたわけではなかったということなのか。うまくいったと思っていたことが恥ずかしい。
「……トカゲちゃん」
私が呼ぶと、ひょこりと二匹のトカゲがフードの影から顔を出す。
「小さい、ですね?」
「戦うときは大きくなります。この子たちは、私の護衛なのです」
ごえい、とルミエールが呟く。
「私は……護身術を習ってはいますが、戦うことなどできません。最初はルドラ様が、今はご主人様が、私を心配してルドラ様の眷属のトカゲちゃんを護衛につけてくださったのです」
「なるほど、これが魔族の眷属。こんなに大人しいのですね。触っても?」
ちらりとトカゲ達に目を向けると、大丈夫! と言うように緑のトカゲがキキッと鳴く。黄色の子はそんな緑の子を見て頷いているように見える。
「多分大丈夫です」
ルミエールが手を伸ばすと、緑の子がその手にすりすりと顔を擦り寄せる。黄色の子はその様子を見て、おそるおそるといった様子で同じように擦り寄る。
「こんなに可愛い子達がディエゴ達を吹き飛ばしたとはねぇ。くくっ。あー、本当に、この数日でいろいろ起こりすぎですよねぇ」
ルミエールがトカゲから手を引き、背もたれに勢いよく身体を倒したところで馬車が止まる。
「大通りに戻ってきたようですね。さて、俺はこのまま騎士団の宿舎に戻ることになりますが、ライラさんは宿に泊まるのでしょう? アテがありますのでご案内します」
ルミエールにエスコートされて馬車から降り、宿屋まで案内を受ける。
「では俺は団長と合流してきます。ライラさんは念のためあまり部屋からは出ないようにしてください。護衛がいるようなので大丈夫とは思いますが」
「わかりました。明日はどうすればよいでしょうか?」
「今日の話を聞く限り、王宮は大混乱でしょう。なんせ政治の要である宰相が謹慎しているのですからねぇ。だからこそ俺たちにしばらく討伐任務は下されないでしょうし、明日は団長とここへ迎えにきますよ」
「ではお待ちしています」
ルミエールと別れ、宿屋の部屋へ入る。思っていたより広い部屋で、寛ぐためのソファまで設置されていた。
「ふぅ」
ソファに座り、息をつく。なんだかとても疲れた。ずっと緊張していたようで、やっと身体から力が抜けた気がする。
「でも、聞いた感じだと、人間と魔族が戦う必要はなさそうよね」
だって国王は関係してないって言っていた。むしろ、こちらと同じ疑問を持って調べようとしているようだった。
「ご主人様はレオナルドさん達と戦わなくていいのよね」
昨日の夜から胸の中にあった不安がなくなり、代わりに安堵が広がっていく。
「あ! ご主人様に報告しないと」
連絡魔道具を起動すると、すぐに反応があった。
「ライラか。どうだ、状況は」
「はい! ルミエールの兄のマティアスから色々とお話を聞くことができました」
私は聞いた話を伝える。ご主人様は時折相槌を打ちながら、静かに話を聞いていた。
「なるほど。人間の宰相がなんらかの目的で動いているようだな。ディエゴとやらは……もう消されているだろう」
「目的……」
「そこはサーシャが早速色々調べているようだ」
「……すみません。私はあまりお役に立てなくて」
私は今のところ何もできていない。ただ、レオナルド達の後についていっているだけなのだ。
「そんなことはないだろう。ライラのおかげで人間側の情報が得られた。人間の協力者も得られた。……それに、余はライラに余の役に立って欲しいわけではない。健やかに、そこにいてくれるだけでよいのだ」
そこにいるだけでいい。以前なら、きっと手放しで喜んだであろうご主人様の言葉に、今は複雑な気持ちになる。それは、ライラ様の代わりに同じ姿の私にそばにいて欲しいと、そういうことなのだろう。そういう役割しか、求められていないのだろう。
一度拒まれたことを思えば、ご主人様に望まれているというだけで幸せなはずなのに、それがライラ様の代わりなのだと思うと、なんだか胸がムカムカする。
「私は、お役にも立ちたいのです」
ライラ様の代わりというだけではない、私だけの役割が欲しい。そう思ってしまうのは、贅沢なのかしら。
「そう思ってくれるのは嬉しいのだがな。余は心配なのだ」
今度は胸がきゅうっと締め付けられるようだ。私のことを心配してくれることが、申し訳ないのに、嬉しい。でも……
「……私が、ライラ様の代わりだからですか?」
思わず考えていたことが口をついて出て、慌てて手で口を押さえる。そんなことをしても、溢れ出た言葉を戻すことはできないのに。
「すみませんご主人様! 今日は少し疲れているようますのでこれで失礼ます!」
「まっ……」
私は逃げるようにして話を終わらせた。何かを話そうとしていたご主人様を無視して。こんなこと、ダメだってわかっている。
けれど、私は自分の中に初めて感じるものが生まれて、混乱していた。




