31 王都に着きました
翌日は朝から王都に向けて出発することになった。昼前に王都手前の街を後にし、ひたすらに王都を目指した。
レオナルドたちの、早く真相を知りたいという気持ちが先を急がせたのだろう。
私も、昨晩から心に住み着いた不安が消えず、景色や街並みを楽しむ余裕などなかった。
「馬乗りっぱなしで疲れたろ。ごめんな、ライラちゃん」
王都に到着し、馬から降ろされ息をついていると、へにゃりと眉を下げたレオナルドが謝ってきた。
「いえ、私も早く王都にきたかったので」
そう、最初から私は王都を目指していたのだ。やっとたどり着いた目的地。そう思うと、なんだか胸の内にじわじわと達成感が湧いてくる。まだ何もできていないことはわかっているけれど。
「ルミエール!」
馬から降りたルミエールと合流していると、誰かがルミエールを呼ぶ声が聞こえた。
声がする方を向くと、ルミエールと同じ髪色の男がこちらへ向かってきていた。
「兄さん」
呟いたルミエールの言葉から、彼が話に出ていた次男なのだと理解する。
「お前がわざわざ伝令を出すなど驚いたぞ。いや、何を聞きたいかはわかっている。このまま私の屋敷へ行くぞ」
私たちの前まできたルミエールの兄は、そう言って踵を返して歩き出そうとする。ルミエールの兄と聞いて、ルミエールのような中性的な容姿を想像していたのだけれど、ルミエールの兄は騎士の彼よりもがっちりとした肩幅で、髪と瞳の色以外何も似ているところがなかった。レオナルドの兄弟と言われた方がしっくりくる。
「いや待ってください兄さん。仕事はどうされたのですか」
慌てたようにルミエールが言うと、振り向いたルミエールの兄が口角を片側だけ上げ、目を細める。
「我が家の珠玉であるお前が、副団長に就任して初の討伐遠征から帰ってきたのだ。しかも予定より遅く。そんなお前を心配した兄である私が、お前を労うために有給を使って迎えにくることを誰が止めようか」
わがやのしゅぎょく、と思わず呟く。見ると、ルミエールはうんざりしたような顔をしている。
「その、恥ずかしい表現はやめてもらえませんかねぇ」
「お前の帰還が予定より遅れ、母上や父上、兄上がどれだけ気を揉んだか。やはり騎士などやめさせるべきだと父上が喚くのを宥めたのは私だぞ。唯一母上に似たお前が可愛くて仕方ないのはお前もわかっているだろう」
俺も含めてな、と言ってルミエールの兄が再び笑う。
「……まあいいです。この通り俺はぴんぴんしてますので、ご安心を。それではライラさん、俺と一緒に行きましょう。ってなんで団長も着いてこようとしているんですか?」
私は当然レオナルド含めた三人で行くのだと思っていたのに、ルミエールはレオナルドを止めた。
「あ? なんで俺が行っちゃいけねぇんだよ」
「団長は帰還報告と溜まった書類仕事をしに王宮へ戻ってください」
「あ!? そんなん別に明日でもいいだろ!」
帰還したことなら他の騎士が戻ったらわかるだろうし、と不満そうに言うレオナルドに対し、ルミエールは呆れたようにため息をつく。
「いいですか? この度のディエゴの件について、俺たちが何か思うことがあることくらい敵はわかっているんです。帰還して早々、俺と団長と関係者のライラさんが中立派の貴族の家に向かえば、何かあると言ってるようなもんです。敵が誰かわからない以上、怪しまれるような行動は慎むべきです。向こうだって、こっちがどこまで感づいているか、きっと探ってくるはずです。団長はうまくそれをかわしてきてください」
「うまくかわすって、んなのどうすりゃいいんだよ。つーか、ライラちゃんが一緒ならどっちにしろ怪しいじゃねえか!」
「ですから、そこをうまく報告してこいと言ってるんです。そうですね、ライラさんは盗賊被害に遭っただけでなく、ディエゴの凶行によって心に深い傷を負っている。目的地が王都だったため、同じ騎士として、せめてもの償いとして王都まで安全に送り届けることにした。そこへちょうど俺の兄が俺を案じて迎えにきたので、家でもてなすことにした。とでもしておきましょう」
レオナルドは、うへぇ、と嫌そうに顔を歪める。
「そういう腹芸はお前の役割じゃねぇのかよ」
「俺が王宮へ向かいます? 俺を迎えにきた兄を無視して? 俺を迎えにきた兄と団長が俺の家に向かうんです?」
ルミエールに畳み掛けられ、うっ、と言葉に詰まったレオナルドは、大きくため息をついてから、わかったわかったと言って両手をあげる。
「なんとかするよ。勇者の様子も見られるようなら見てくるさ」
レオナルドはそう言ってから後ろを振り向く。ルミエールの兄が来てから少し遠巻きにこちらをうかがっていた第五騎士団の騎士たちが、おずおずと近づいてくる。
「あの、団長。この後は?」
「俺はこのまま王宮へ報告に向かう。各自急ぎの仕事がなければこのまま解散。今日はこの後ゆっくり休め」
さっきまで駄々をこねていた人間と同一人物とは思えないほど覇気のある声で指示をしたレオナルドは、少し名残惜しそうにこちらに視線を投げてから、馬に跨る。
「明日、ちゃんと話聞かせろよ」
去っていくレオナルドを見送ったところで、ぱん、とルミエールが手を鳴らす。
「さて、ではライラさん、おもてなししますので、共に参りましょう」
私はルミエールとルミエールの兄の顔を交互に見比べてから、はい、と応えて二人に続いて歩き出した。
待たせていたらしい馬車に乗り込むと、ルミエールの兄が私に視線を向けてきた。
「それでそのお嬢さんは何だ? 被害者の女性、ってだけではないのか? まさかルミエールの恋人か?」
私を値踏みするような目に、びくりと肩を揺らす。全く好意的ではない様子に怯みそうになり、はたと気づく。
そういえば、まだ自己紹介をしていないわ。
「あの、私はライラと申します。ルミエールさんの恋人ではありません。あの、それで私は」
「ライラさん。細かい話は屋敷に着いてからにしましょう。兄さんも、そんな不躾な目を向けないでください。彼女が被害者であるのは事実なのですよ」
ルミエールがたしなめるように言うと、ルミエールの兄は視線をルミエールに移し、そうか、と応える。
「これは失礼した。私はマティアスだ。……この後話す内容は一市民に聞かせられるような話ではないのだが、彼女も同席させるのか?」
マティアスは一旦私に視線を戻して私に名乗った後、眉を顰めてルミエールに問う。
「ええ。同席させるべき人物ですので」
ルミエールに挑むような目を向けられたマティアスは、片眉だけ器用に上げて、ふっ、と笑う。
「そうか。なにやら、面白い話が聞けそうだな」
マティアスがそう言ったとき、馬車が止まった。到着しましたとの声にマティアスが立ち上がる。
このあと聞かされる話によっては、魔族と人間の戦いは避けられないものになるかもしれない。私はいつもより少し早く打つ鼓動を感じながら、馬車を降りた。




