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29 協力することが決まりました

 私は二人に見守られながら、連絡魔道具を取り出してテーブルに置き、レオナルドに譲られた椅子に座って姿勢を正す。

 ちらりと私の後ろに立つ二人をうかがうと、二人ともゆっくり頷いた。


 レオナルドの一声で、この場でご主人様に連絡することになったのだ。

 もともと報告のためにご主人様に連絡する予定だったけれど、二人が一緒、というのはご主人様が想定していないことだ。ご主人様がどんな反応をするかわからないため、緊張する。


 一つ深呼吸してから魔道具に魔力を込める。


「……ライラか。今日はやけに早いな」


 そして当然、ご主人様に繋がる。と同時に、背後の二人のピリリとした緊張が伝わってくる。


「はい。あの……ご主人様」


「ん? どうしたライラ。何かあったのか?」


 私の強張った声にすぐさま気づいたご主人様が、私わ案じるような声で言う。


「いえあの……申し訳ありませんご主人様。私の正体が見抜かれてしまいました」


「なんだと……? ライラ、今はどういう状況なのだ! よもや、囚われてはいるのでは!」


「大丈夫です。……それであの、今ここにその、人間が……」


「……なに?」


 瞬間、ご主人様の声が刺すような冷たさを持つ。それはこれまで聞いたことがない低い声で、魔道具越しだというのに圧をかけられているような感覚に陥る。


「ライラを人質にしたのか? 愚かな人間どもよ……」


 何か誤解しているご主人様の声は、鋭さを増していく。ああ、これでは話ができない。


「あの! 違いますご主人様! あの、二人は、こちらに協力したいと……」


「協力……?」


 少しだけ険のとれた、呆気に取られたような声が聞こえてくる。


「……私のことを説明しました。私が……作られた人間であることも、魔物が増えたことに魔族が関係ないことも……。二人はそれを信じてくれたのです」


 魔道具から返答が返ってこない。

 勝手なことをして、怒っているのだろうか。私はごくりと唾を飲み込む。

 すると、魔道具越しにご主人様のため息が聞こえてきた。


「……ライラ。なぜ、そんな危険なことをしたのだ。怪しまれたらすぐに戻ってこいと、言ったではないか」


 噛み締めるように話すご主人様の声は、責めるような内容に反し、弱々しく震えていた。

 その声で、ご主人様が怒っているのではなく、心配しているのだとわかって、勝手に自分で判断して話したことを後悔する。


「申し訳ありません……。勝手なことを……」


「……無事ならいい。しかし、協力とはどういうことだ?」


 そこで、はたと気付く。二人と何も具体的な話をしていなかったことに。


「それはこちらから説明してもよろしいでしょうか。……魔王、なんですよねぇ?」


 ルミエールがいつもと変わらない調子で魔道具に話しかける。しかし振り向くと、その顔には汗が滲んでおり、口調とは裏腹に緊張していることが伝わってきた。


「……誰だ」


「失礼いたしまたした。俺……私は、このアルグレティア王国の第五騎士団副団長のルミエールと申します。……私たちは魔物の討伐を専門としていますが、1年半くらい前に魔物が増え始めたのです。国はそれを魔族によるものと発表し、しばらくして勇者の存在が明らかにされました。そして魔界への遠征が計画され、結果はご存知の通りです。でも、私はなぜ魔族がそんなことをする必要があるのかと、疑問に思っていました。人間を攻撃するなら、それこそ直接乗り込んでくればいい。そこへきて、第四騎士団の団長の件です。国が何かを隠しているのは間違いないでしょう。もし魔族が何もしていないのなら……敵いもしない相手に無謀に挑んで命を散らす者をなくしたいのです」


「俺たちも、情報収集に協力する。ライラちゃんや、他の魔族の調査も邪魔しないし、バレそうになったらうまく誤魔化してやる。そういう、協力をしたい」


 経緯を説明したルミエールのあとに、レオナルドが続く。


「ただし、ライラちゃんを連絡役としてこちらに残して欲しい」


「……ライラを人質にするつもりか?」


 うまく意図が伝わっていない。突き刺すような鋭さの声を放つご主人様にどう言えばいいのだろうか。


「見くびらないで欲しいですねぇ。私たちは、ライラさんを信用して協力することに決めたのですよ。魔王の貴方含め、他の魔族を信用したわけではないんです。ですから、突然知らない魔族を連れてこられても協力なんてできませんよ」


 ルミエールは嘲るような声色で言うが、その表情は硬く、それが虚勢であることがわかる。見ると、レオナルドの顔も強張っている。

 二人とも、ご主人様の強さを知っている。たった一度の魔法で、多くの人間の命を刈り取ったことを知っている。だから、本能的に恐怖を感じているのだろう。


「……だとしても、ライラを人間界に留める必要はあるまい。報告をこのようにライラにすればよかろう」


「ご主人様!」


 額に汗をびっしりとかいている二人にこれ以上任せるわけにはいかないと思い、声を張り上げる。


「どうした? ライラ」


 私に向けた声は、同じ人物とは思えないくらい柔らかくて優しい。ほっと安堵しつつも、私は初めて自分のための我儘を言うことにした。


「私、まだ帰りたくないです」


 瞬間、ガタン、と何かが倒れたような音が魔道具の向こうから聞こえた。


「なぜ!? 余のそばにいたいと言っていたではないか!」


 ご主人様の声が動揺で揺れる。そう言ったことは嘘じゃない。でも……。


「はい。それも本当の気持ちです。でも、私はもう少し人間界で、外の世界で色んな経験をしたいのです。……こんなにもあっさり正体を見破られてしまった私が今回の件で役に立たないことなどわかっています。けれど、少しでいいのです。少しだけ、もう少しだけ、ここにいたいのです」


 言い切ったあと、心臓が耳の近くに移動してきたのかと思うほど、バクバクと大きな音を鳴らす。


「……少しとは、どの程度だ。一日か? 二日か? 外へ出たいなら、こちらに戻ってきてから余と共に出ればいいではないか。その人間達と共にある必要がどこにある」


 今にも泣きそうな声が聞こえてくる。こんな弱々しく消え入りそうなご主人様の声なんて聞いたことがない。

 その声を聞き、自分の我儘を悔いる。やっぱり私は……。


「おっまえは!! 何ライラちゃん困らせてんだ!」


 魔道具から怒鳴り声がしたと思ったら、バゴっと鈍い音が聞こえる。もしかして……ご主人様を殴った?


「……レイ様?」


「ったく……部屋に結界なんかかけやがって……俺らだってライラちゃんと話したいのに何一人で独占してやがる。しかも何だ? いい年こいてライラちゃん泣き落とそうなんざ気持ち悪りぃと思わねぇか」


 突然の展開にレオナルド達は目を丸くして固まっている。


「……防音結界もつけていたはずだが」


「んなもん先に外したわ! お前、結界については俺の方が専門なんだからみみっちい嫌がらせみたいなことしてんじゃねぇよ」


 ちっ、と誰かの舌打ちが聞こえる。まさかご主人様の舌打ちだろうか。


「んで? 人間たちの話は聞かせてもらったけどよ、お前らライラちゃんのことちゃんと守れんのか? こんなにあっさりバレたってことは、ライラちゃん全然普通の人間できてなかったんだろ」


 気にしていたことを言われてちょっと胸が痛む。私自身はうまくやれていると思っていたので、今更ながら恥ずかしくなってきた。


「俺が、全力で守るつもりだ」


 レイ様の突然の乱入で固まっていたレオナルドが、ルミエールより先に明瞭な意識を取り戻したようで、強い口調で断言する。


「ふーん。ま、ライラちゃんには心強い護衛がついてるからお前らの出る幕なんてねぇんだけどな。でも、その心意気は買ってやる。ほら、こんだけ言ってくれてんだ。ライラちゃんだってお前みたいなじっとりした奴とずっと一緒じゃ気が滅入るんだよ。少し羽伸ばさせてやれよ」


 レイ様のご主人様への発言があまりに酷くて、驚きで言葉が出ない。私はご主人様をじっとりした奴だなんて思ったことないのだけれど。


「あの、ライラさん、誰ですか? 魔族ですよね? 魔王にこんな失礼な口聞いていいんですか?」


 いつの間にか隣にきていたルミエールが小さな声で耳打ちしてくる。


「ん? ああ悪い、自己紹介がまだだったな。俺はレイだ。鬼人族だ。お前はルミエールだったか? さっきの奴は?」


 私が答える前にレイ様が自分で答える。こんな小さな声が聞こえてしまうのかと驚く。それはルミエールも同じようで目を見開いている。


「……俺はレオナルド。第五騎士団の団長だ」


「おう。よろしくな。んで、実際のところアテはあんのか?」


「待てレイ。勝手に進めるな。余はまだ認めてなど」


「魔王様。往生際が悪いですよ。私のトカゲもつけているのですから、我儘言わないでください」


 どうやらルドラ様もいたようだ。レイ様と一緒に入ってきたのだろう。


「また魔族……」


 ルミエールがひきつった顔で呟く。


「ああ。失礼しました。私はルドラと申します」


「ライラ。……どうしてもか?」


 ご主人様のか細い声を聞くと、気持ちがぐらついてしまう。けれど、私は今魔界へ戻ってはいけない気がした。


「お願いします、ご主人様。我儘なのはわかっていますが……」


「…………仕方あるまい。ライラが望むなら」


 諦念の乗ったご主人様の声に、胸が引き絞られるような思いがする。そんな声をさせたいわけではないのに。

 思わず魔界に戻ると口が動こうとするけれど、唇を引きむすんで耐える。


「こちらの提案を読んでくれたってことだな?」


 レオナルドがおそるおそるといった様子で聞く。


「そういうことですね。具体的な話は、別で諜報しているサーシャの連絡を待ちたいと思うので、また夕方頃に連絡するのでどうでしょう」


 ルドラ様の提案に、ルミエールがまだ魔族がいるのか、というような顔をする。


「ああ。わかった」


 レオナルドが了承し、一旦連絡を切った。

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