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28 私がしたいこと

「団長! 落ち込んでる場合ですか!」


 ルミエールは大股でレオナルドに近づき、彼の頭を平手で叩く。バシンと鳴った大きな音から、それなりの強さをもったものだとわかる。


「ライラさんの言うことが事実なら、俺たちにできることもあるんじゃないですか? これ以上犠牲を出さないために」


「お前……そりゃそうだけど……上司殴る奴があるか?」


「腑抜けてるので活を入れてあげたんじゃないですか。感謝して欲しいくらいですねぇ」


 二人のやり取りを見ていると、どうやら私の言ったことを信じてくれているようだった。


「あの、信じてくれるのですか?」


 聞くと、ルミエールが振り向いて、口の端を片側だけ上げて笑う。


「これでも俺たちは人を見る目はあると思ってるんですよ。それに、ライラさんの話を聞いてやっぱりな、と思ったんです」


 私が二人を信じたように、二人が私を信じてくれたのだと思うと、なんだか胸にこみ上げてくるものがあった。

 ああ、嬉しいんだ。私は、この二人に信じてもらえて嬉しいんだわ。


「んで、ライラちゃんはこの後どうすんだ?」


 聞かれて、どうしようかと考える。

 とにかく、まずは正体が発覚したことをご主人様に報告する必要がある。あまりに早い発覚を伝えればご主人様は私に落胆するかもしれないけれど……それは考えても仕方のないことだ。


「なぁ、ライラちゃんが良ければ、協力しないか?」


 私は目を見開く。

 それは、魅力的な提案だった。私は結局、普通の人間に擬態することなどできなかった。

 本当の人間が味方についてくれるのならば、そんなにも心強いことはない。


「魔族のせいじゃないってんなら、魔王と戦う理由なんてないはずなんだ。でも、このままだと勇者の回復次第また魔界へ向かうことになる。……意味のない戦いで、犠牲なんて出したくねぇ」


 真っ直ぐ私の目を見る瞳からは強い意志を感じ、私を騙そうとしているとは思えない。その提案にすぐにでも飛びつきたいところだけれど、頭の中にちらつくご主人様の存在に、即答することはできない。私は二人に正体を知られてしまったから。


「まずはご主人様に相談しないと……。私、正体が発覚したら戻るように言われているので、このままお別れになると思うのです。ですから、協力するにしても、それは別の魔族が対応すると思います」


 正体が知られた以上、私は魔界に戻らないといけないはずだ。こんなにもあっさりと正体を見抜かれる私がここにいても、仕方がない。

 でも、私の代わりに、お姉様が二人と連絡をとって協力することはできるだろう。


「ライラさんはそれでいいのですか?」


 ルミエールに聞かれたことの意味がわからず、首を傾げる。


「このままここでお別れになってもいいと思っているようには見えませんが、ライラさんは戻りたいのですか?」


「私は……」


 私はずっと屋敷にいて、ご主人様のそばにいて。外に出たことがなくて、毎日同じことを繰り返して。

 その生活に疑問なんて感じたことがなかったし、ご主人様のそばにいられるのは何よりも嬉しいことだった。

 今、ここで私が帰れば、また同じように過ごすのだろう。それは、私にとってこの上なく幸せなことだ。だから、ここでお別れになっても、何も問題はない。ないはずなのに、どうしてさっきから胸がちくちく痛むのだろう。私は今、どんな顔をしているのだろう。


「ライラさんは、どうしたいのですか?」


 どうしたいか。

 私は、ご主人様の役に立ちたかった。だから勇者に会おうと思ったし、私なら人間に紛れられるだろうからと仕事を買って出た。ご主人様のためにできることがあるならやりたかった。何もしないまま、ご主人様を失ってしまうことのないように。

 でも、本当の人間であるレオナルドたちが協力してくれるのなら、私がここにいる理由はない。むしろ、歪な存在である私がいたら、足を引っ張ってしまうかもしれないからいないほうがいい。

 ……役に立たなかったから、胸が痛むのだろうか。


「私は……」


 私は帰るべきだ。レオナルドたちとご主人様とお姉様が協力すれば、私の出る幕などない。私はまた以前のように、ご主人様のそばで、幸せで穏やかな日々を……。


「……まだ、戻りたくない」


 私は、外の世界を知ってしまった。

 

 レオナルドとルミエールと共にする賑やかな食事の楽しさを、馬に乗って広い平野を駆ける面白さを、緑あふれる外の景色の美しさを、活気ある街並みの興味深さを知ってしまった。


 ご主人様のそばが私の居場所なのも、二人で穏やかに屋敷で過ごすことが幸せなのも、嘘じゃない。


 けれど、それだけではもう足りない。


 ご主人様の役に立ちたかったのは本当だ。レオナルドたちに協力して義理を果たすべきだと思ったのだって本当だ。


 でも、私の心のどこかには、ただ純粋にもう一度人間界へ行きたいと、もっと色々なものを見たいという気持ちがあった。

 こんな身勝手な気持ちを、認めたくなくて気付かない振りをしていた。

 幸い私には人間界へ来る理由があった。だから、堂々とここへ来られたのだ。けれど、その理由を失った今、人間界に残りたいという私の気持ちは我儘でしかない。


「なら、ライラちゃんもここに残ればいいじゃねぇか。ライラちゃんが魔王との連絡役になってくれんなら、俺たちだって安心だ。急に知らない魔族に来られたって俺たちも困る」


「そうですよ。ライラさんのことは俺と団長しか気付いていませんし、何も心配することなんてないですよ」


 二人はいつになく優しい目をして、宥めるような声色で言う。


「でも……」


「ライラさんはまだ戻りたくないのでしょう。十歳の女の子のそんなささやかな願いすら魔王は叶えてくれないのですか? それはずいぶん狭量なことですねぇ」


「っ! ご主人様は、素晴らしい方です!」


 ご主人様を貶されて、ルミエールを睨み付ける。


「でしたら、頼んでみてはいかがですか。ここで別れることになる、と言った時のライラさんの顔は、とても悲しそうでしたよ。先ほども言った通り、俺たちも見ず知らずの魔族と連絡を取るより、ライラさんのやり取りする方が助かるんですよねぇ」


 いいのだろうか。私が人間界に残ることはきっと最善の選択ではない。


「とにかくさ、うだうだ悩んでないで、今ここで魔王に聞いちまえばいいんじゃねえか?」


 レオナルドは、あっけらかんと、まるでそれが簡単なことであるかのように言った。

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