3 商人様への報告
私の世界がお屋敷の中だけでなく、庭まで広がった日の翌日のこと。商人様がお屋敷にやってきた。
真っ黒いローブを着て、フードで顔まで隠した商人様は、定期的に食材や変わった品々を持ってきてくれる。私は外へ買い物に行けないので、欲しいものは全て商人様から買っている。
「聞いてください商人様」
食材を選んだ後、私は興奮気味に商人様に話しかけた。外へ出られない私にとって、商人様はご主人様以外の唯一の話し相手なのだ。
執事さんやメイドさんも話しかければ応じてくれるけれど、全部ご主人様に報告されてしまう。だから、ご主人様関連のお話をするのは微妙で、けれど私の話す話題などご主人様のことくらいしかなくて。結果、商人様しか話し相手がいないのだ。
「何かいいことがあったのですか?」
「はい! 私、庭に出られることになったのです!
そして今度ご主人様と一緒に庭で食事をするのです」
「ほう、それはよかったですね。やっと外へ出られるのですね」
「はい! お屋敷の中も広いし、ご主人様と一緒ならどこでもいいのですけれど……やっぱり外へ出てみたかったので嬉しいです」
ずっと気になっていた。土の上はどんな感触がするのだろう、直接浴びる日の光はどんな心地なのだろう、と。想像するだけでわくわくと胸が高鳴る。
「これまできちんと言いつけを守っていましたもんね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。いつかは外に買い物も行けるようになれるとよいのですが」
私がそう言うと、商人様の肩がぴくりと揺れたように見えた。
「……ここは魔界ですからね。弱肉強食の世界です。いくらここらが魔界の中でも田舎でのんびりした場所だとしても、安全とはいえないのです」
「そうですか……でも、私の前の「ライラ」は外に買い物へ行っていたのですよね?」
「……それはどなたから?」
「昨日レイ様がそんなようなことを……ご主人様が遮ってしまったので最後までは聞いてないのですけれど」
商人様は黙ってしまった。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
「……前回のライラ様は、外出時に本当に偶然、質の悪い魔族と行き合ってしまいまして、そこで命を落とされてしまったのです」
私はゴクリと息を飲んだ。
「で……でも、私も護身は学んでいますし……」
「ええ。そうでしょうとも。前回のライラ様も学んでおりました。けれど、圧倒的な差のある相手の前ではそんなものは意味を持ちません。私たち魔族と異なり、ライラ様の身体は脆いのです。外へ出たいお気持ちはわかりますが」
そう言われてしまうと、私は何も言い返すことができない。私は人間で、どうしたって魔族より弱い。魔族と対等以上に戦える人間もいると聞くけれど、それは稀有な存在で、少なくとも私ではない。
しょんぼりする私に商人さんは焦ったように言う。
「庭に出られるようになったのですから、きちんと安全対策すればいずれ普通に外出もできるようになりますよ、きっと」
「……そうですね! また時期を見てご主人様にお願いしてみます」
私が魔族より強くなることはありえない。だからきっと、そんな日は来ないのだろう。もしかしたら、ご主人様と一緒なら出られるかもしれない。けれど、ご主人様を煩わすようでは使用人として失格だから、そんなこと頼めない。
残念に思いつつも、外へ出たことで命を奪われ、永遠にご主人様と離れ離れになるくらいなら、ずっとこの屋敷にいる方が幸せだ、と思って納得する。
私は命ある限りご主人様の側にいることを使命としているのだから。




