25 やっぱり何かがおかしいようです
瞬きのうちに目の前の景色が変わる。
「んーっ! 久しぶりの人間界の空気!」
一緒に転移してきたお姉様は、ぐーっと大きく伸びをする。見ると、羽や尻尾がなくなっていた。羽がなくなったことで、背に垂れる濃い藍色の髪の隙間から透き通るような白い肌が覗いている。滑らかな曲線を描く肢体と相まって匂い立つ色気に、思わずどきりとしてしまう。
それに、羽や尻尾がないと、本当に人間みたいだわ。
私がお姉様の後ろ姿をまじまじと凝視していると、くるりと振り向いたお姉様が私と視線を合わせるように軽くしゃがむ。
「それじゃライラちゃん、私はもういくけど、無茶だけはしちゃダメよ?」
お姉様は私の両頬に手を当てる。藍色の瞳の中には、呆けたような顔をした私が映っていて、慌てて表情を引き締める。
「はい。お姉様も、無理なさらないでくださいね」
私が言うと、もちろんよ、と言ってお姉様は去っていった。
また一人になって少し寂しい気持ちになりながらも、私はそそくさと宿屋の部屋へ戻った。
「レイラちゃん!? 戻ったのか!?」
部屋へ戻ってすぐ、扉を叩く音と一緒にレオナルドの声がした。その焦ったような声音から、だいぶ心配させてしまったことがわかる。
「はい……」
申し訳ない気持ちを感じながら扉を開けると、レオナルドは私を上から下までまじまじと見てからはーっと大きくため息をついた。
「……急にいなくなって驚いた。……すまなかったな。あんなことがあったのに身柄を拘束するようなことを言ったから、不安にさせちまったんだよな」
レオナルドは私がいなくなったことを、私に都合よく解釈してくれたようだ。これは予想外だわ。
「……すみません。お医者様も呼んでいただいたのに」
私はその勘違いに乗っかることにした。
「いや、大丈夫だ。……飯でも食いにいくか」
魔界で色々としている間に、日は暮れていた。私は頷いてレオナルドについていく。
それにしても、今日はルミエールは一緒ではないのかしら。
私がきょろきょろしていると、レオナルドがそれに気付いてルミエールは店で合流するぞ、と言った。
「さっき部下からレイラちゃんが戻ってきたみたいだって連絡あって、俺だけきたんだ。ルミエールは店に先にいってるってさ」
「ルミエールさんにも謝らないと……」
「いや、そんな気にしなくていい。それより別のことでルミエールは頭がいっぱいだよ」
そう言ってレオナルドは眉間にシワを寄せる。
「……何かあったのですか?」
私が聞くと、レオナルドは一瞬立ち止まってから、ゆっくりと足を踏み出す。
「……ああ。レイラちゃんも関係者だから、店に着いたら話すよ」
一体何があったのだろうか。もしかして早速何か情報を得られるのだろうか。
私は期待と緊張で胸を高鳴らせながら、レオナルドの後についていった。
「あ! レイラさん! よかった戻ってきて……」
店に着くと、既にルミエールが席に座っていた。
手招きされた私とレオナルドは空いている席に腰を下ろす。
「何も言わずに出てしまってごめんなさい」
「いえいえー。レイラさんは本来どこへいくのだって自由なんです。それをこちらの事情でお引き留めしているのですよ。むしろ窮屈な思いをさせて申し訳ないのはこちらです」
何を食べますか? と聞いてくるルミエールに特に変わった様子はなかった。先ほどのレオナルドの様子だと何かがあったはずなのだけれど。
そう思いながらも、店内に広がる美味しそうな匂いに私のお腹が反応したため、食事に集中することにした。
体調の悪いところはないかとか、どこへ行っていたのかとか、そんな他愛のない話をして話題が尽きたところで、レオナルドが神妙な顔になる。
「……実はな、レイラちゃんが誘拐されたあの屋敷は、第四騎士団の団長の家の別邸だったんだが……」
「団長? それ、レイラさんに言う必要ありますかねぇ?」
レオナルドが何かを言おうとしたところをルミエールが止める。
「……もしかしたら何か見てるかもしれねぇだろ」
「それは……」
言葉に詰まったルミエールは、何か考えるそぶりをしてから嘆息した。
「……まあ……口止めされているわけではないですしねぇ。腹立たしいのでいいでしょう」
「あの……?」
話が読めず、困惑する。
ルミエールが頷き、レオナルドが実は…….と話し始める。
「妙なトカゲの話もあったし、屋敷を部下に調べさせてたんだよ。そしたら穴が空いた壁の近くの床に、地下への隠し扉が見つかったんだ」
そこまで言って、レオナルドは眉を顰める。
「怪しいってんで調べたら……地下になんかよくわかんねぇ施設みたいなのがあったんだ」
「施設……?」
「あぁ。そんで、すぐに国に報告したんだよ。……そしたら、突然調査の終了を命じられたんだ。一方的にな」
レオナルドの言い振りから、納得していないとこがわかる。
「しかも、今回の件で第四騎士団の団長は更迭すると。昨日の今日ですよ? あまりにおかしい。しかも、こちらで押さえていた団長の身柄もよこせと、後の聞き取りはこっちでやるからと、わざわざ第一騎士団……つまりは近衛ですね、近衛が転移魔法を使ってまでここへきて、連れていってしまったんです」
ルミエールも不満そうに言う。
私は人間のルールとか、そういうのはよくわからないけれど、対応がおかしいのはなんとなくわかる。まるで、何かを隠すような……。
「……なんっかおかしーんだよ。国に仕える俺たちがこんなこと言ったらダメなのかもしんねぇけど……そもそも今まで何百年も不干渉決め込んでたはずの魔族が、なんで突然人間界に魔物なんざ放つんだよ。しかも、そのタイミングでこれまた何百年も現れなかった勇者様の登場だ。全部国が……陛下が言ってることだ。……俺たちは陛下が言うことを信じるしかねぇが……今回のことでどうもな……」
「……魔物は実際に増えているのですか?」
「それは間違いねぇ。魔物の被害が増えてることは誰よりも俺たちがわかってる。今回のこととどう関係してんのか、してねぇのかなんてわかんねぇが……あの施設……」
「なんかの実験施設みたいだったんですよねぇ。……やけに頑丈な檻もあって……魔物を使った実験をしていたとしか思えないんですよ」
ルミエールの言葉にごくりと唾を飲む。やはり、何か人間たちが企んでいるのではないか。でも、この様子だとレオナルドたちは何も知らないようだ。
「……レイラちゃん、あの屋敷でなんか見てねぇか?」
なるほど、私がその施設に関して何かを見ているかもしれないからこの話をしたのか。でも……。
「ごめんなさい。私、起きたら部屋の中で、それからは逃げるのに夢中で……」
残念ながら私は何も見ていない。ディエゴとの会話の中にも、特に気になるものはなかったと思う。
「そうだよなぁ……。いや、変なこと聞いて悪かった」
このままこの話は終わりそうだったけれど、私はどうしても気になって、聞いてみた。
「その……もし魔物が増えたのに魔族が関わっていないとしたら……」
レオナルドとルミエールがぴくりと動きを止めた。
「もしそうなら……何のために、団長たちが……」
レオナルドは顔を歪め、最後までは言わずに唇を噛んだ。
「考えたくもないですよ。しかも、もしあのクズが関わっているのだとしたら、今回の国の対応から考えて、国も知っていたということになりますしね。……そんなの、どう受け止めればいいか……」
ルミエールは、両手で顔を覆い、項垂れた。
二人の様子に、私はそれ以上は何も言えなかった。そのままどことなくぎこちない空気のまま、私たちは宿屋へ戻った。




