20 トカゲちゃんはとても強かった
うーん。これは、どういうことなのかしら。
買い物の帰りに第四騎士団の団長に話しかけられて、断って立ち去ろうとして……その後どうなったのだろう。何か変な匂いを嗅いだ記憶があるけれど、そのあとのことがさっぱり思い出せない。
そして……ここはどこだろう。
牢屋とかならば私の正体がバレたのかとか、そう思えるのだけれど、普通の部屋なのだ。普通どころか、ここ数日泊まった宿屋よりも圧倒的に広く、豪奢な部屋だった。
私はベッドに寝かされていて、サイドテーブルには水差しとカップが置いてある。
マジックバッグも……ある。
ベッド下に置かれていたバッグを手に取り、ごそごそ中身を確認すれば、盗られているものは何もない。私はほっとしてバッグを肩にかける。
「……トカゲちゃん、いる?」
小さな声でトカゲを呼ぶと、キキッと返事がきた。そのことにほっとし、肩から力が抜ける。
まずは状況を把握しないといけないわね。ご主人様が護身を教えてくれる時に言っていたもの。焦らず、周りの状況を把握して、最善を選択しろって。
トカゲの力量はわからないけれど、商人様が護衛としてつけたのだから、強いはずだ。今の時点で何もしていないということは、私の身にどうしようもない危機が迫っている、ということはないのだろう。
いざという時はトカゲに頼るとして……本当にここはどこなのかしら。
次に取るべき行動を考えていると、突然ガチャリとノックもなく部屋の扉が開いた。
入ってきたのは第四騎士団の団長だった。
「あぁ、レイラさん、お目覚めのようですな。改めまして、第四騎士団で団長を務めておりますディエゴといいます。突然倒れられて驚きましたよ。きっと第五騎士団に嘘の供述を強要されて心身がお疲れだったのでしょうな。ご安心ください。今後は第四騎士団にでレイラさんの身柄は保護しますのでね」
そう言ってディエゴは緩やかに口角を上げる。
一体この人間は何を言っているのだろうか。私は呆然と目の前の人間を見る。
私は倒れるほど疲れてなんかいなかった。……私はあの時変な匂いを嗅いで、意識を失った。おそらくあの匂いは何かの薬で、それで私の気を失わせたのだろう。言われたような事実はないし、私はこの人間に保護などされたくない。
「……お断りします。私を帰してください。私は彼らに何も強要されてないですし、保護は必要ありません」
「もう第五騎士団に怯える必要などないのですよ。盗賊に襲われた件も、こちらで間違いないよう聞き取りますのでね」
なんなのかしらこの人間は。話が通じない。私は苛立ちを覚える。
「怯えてなんかいません。盗賊の件は、第五騎士団に話したことが全てです」
私がはっきり言うと、ディエゴの顔から笑みが消えた。
「いいから、こちらの言う通りにしたまえ。……どちらにせよ、君はここに自ら助けを求めてやってきたことになっている。第五騎士団の監視から救って欲しい、とね。既に奴らにも連絡済みだ。君は、第五騎士団に脅され、奴らの失態を隠すことに無理やり協力させられた。……君がなんと言おうと、もう既に調書はできている」
そう言ってディエゴは歪に笑う。嫌悪感を抱くような、いやらしい笑みだった。
ルミエールの言っていた通りだ。
私は腹の底から沸き上がってくるものを感じた。ここに私がきた時点で、筋書きは全て決まっていたのだろう。
ここから穏便に出る方法を考えようと思っていたけれど、こうなったらもう、どうなろうと知らない。私は、こんな人間の言いなりになんかならない。
小さく息を吐き、ディエゴを睨みつける。
「……トカゲちゃん、やっちゃって」
キキッと返事が聞こえたと思ったら、トカゲが服の陰から出てきて膨張する。
「っ……! なんだそ」
ディエゴが何かをいう前に、トカゲが風を巻き起こして吹き飛ばす。
吹き飛ばされたディエゴは、壁に全身を打ちつけて崩れ落ちた。そのままピクリとも動かない。
そろそろとディエゴに近寄ると、気を失っているようだった。トカゲは再び小さくなり私の肩の上に収まっている。
よし、今のうちに出て、レオナルド達のところに行こう。
そう思い私は部屋を出たのだけれど、
「今の音は何だ!?」
ディエゴが壁にぶつかった時の音に反応したのか、他の騎士たちがわらわらとやってきた。
「君は何でこんなところにいる!」
そのうちの一人に腕をつかまれそうになる。
ああ、もう! 私は今とても機嫌が悪いのに、これ以上苛立たせないで!
「もうっ! もう一発! 死なない程度に!」
私が叫ぶと、肩から跳び上がったトカゲが再び膨張し、
「なっ……! 魔物……!?」
混乱する騎士達に向けてディエゴに向けたのと同じように風を巻き起こす。
先ほどと違って的が多いからか、今度は私を中心にして四方に向けて風が吹き荒れた。
「うあっ……!」
風は騎士達だけでなく、廊下に飾ってあった絵画や壺なども巻き込んで吹き飛ばしていった。
そのせいで壺やら何やらが割れ、飛んできた破片が私の右腕を傷つける。傷は浅いようだけれど、腕をつぅ……と赤いものが伝う。
それを見てキキッとトカゲがちょっと申し訳なさそうな声で鳴くので、大丈夫、という意味を込めてその小さな頭を撫でる。
周りを確認すると、気を失っていない騎士が起き上がろうとしていたので、私は急いで廊下を駆けた。
出口は、出口はどこなの?
見つけた階段を駆け下りると、追いかけてきた騎士が私の腕をつかむ。
「離してっ!」
私が叫ぶと再びトカゲが膨張し、先ほどよりさらに大きな風を作り出した。それは私を中心とした竜巻のようになって周囲を破壊していく。
「なっ……! 化物っ……!」
私の腕をつかんだ騎士は壁に強く打ち付けられ、今度こそ気を失ったようだった。
キキッとトカゲが鳴くので鳴き声がした方を向くと、壁に大穴が空いている。
「えらいわトカゲちゃん! あそこから出ればいいのね!」
穴から外へ出ると、馬に乗ったレオナルドとルミエールが駆けつけたところだった。そういえば、レオナルドたちに私を保護したと連絡したようなことを言っていた気がする。きっと、それで助けにきてくれたのだろう。
「レイラちゃん! 大丈夫か! 一体何があったんだ!?」
何が……? 自分の身に起こったことを説明しようとして、ある単語が頭に浮かんだ。そうだわ、私、これのことを知っているわ! 商人様から気をつけるよう言われていたもの!
「私! ディエゴとかいう人間に誘拐されたの!!」
私が叫ぶと、馬に乗ったルミエールが、ぶほっと吹き出すのが見えた。
レオナルドは「んんっ」と咳払いしてから馬から降り、私の近くまで駆けてくる。
「……それで、これはどういうことなんだ?」
レオナルドの視線の先は、大穴の空いた壁に向かっていた。……これは、困ったわ。
「……なんか、わからないけど、突然こうなったの」
商人様に困ったときはわからない振りをしなさい、と言われていたので、その通りわからない振りをした。
「……まあ、詳しい話は後で聞くか。レイラちゃん腕怪我してるみたいだし、まずは治療だな。おい、ルミエール!」
「ふぐっ……さっきの……もう最高ですよレイラさん。周りの野次馬の耳にまでバッチリ届いてますから、誤魔化しようがないですよ……ぶはっ」
「……ルミエール!」
レオナルドに怒鳴られ、はいはいと言いながらルミエールが私の右腕をとる。そしてぶつぶつと何かを唱えたと思ったら、私の右腕の怪我をしたあたりがほわほわした光に包まれた。
これ……商人様の魔法と同じだわ。
光が消えると、傷は跡形もなくなっていた。
「……そんじゃ、宿に戻るか」
私の腕を確認したレオナルドに促され、私はまたレオナルドの馬に乗せられた。
宿屋へ向かいながら思う。
トカゲがあんなに強いなんて、護衛にしては過剰じゃないかしら?




