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【閑話】ダグラスの受難2

 俺は大層焦っていた。

 こんな展開誰が予想できただろうか。


 魔王様たちを説得した翌日、俺はライラ様の宿泊する宿屋の前で待機していた。

 ライラ様は、中身は活発な十歳の少女のはずなので、部屋でじっとしていられるはずがない。だから、じきに出てくるはずだった。


 いや、実際出てきたのだ。


 だが、出てきたと思ったら、ちょうど帰ってきた昨日の人間のうちの一人がライラ様を宿屋の中に戻してしまったのだ。


「……一体どういうことなんだ」


 状況がわからないながらも、それでもこの宿屋の中にずっといるはずがないと思っていた。

 昨日からうまくいかないことの連続で冷たい汗が背を伝うが、たまたまだ、と自分に言い聞かせて待機を続けた。


 しばらくして、昨日の人間のもう一人と別の人間が宿屋に入っていった。その後そんなに時間を経ずに別の人間だけが苛立った様子で宿屋から出てきたが、ライラ様はまだ出てこない。


 まだか、まだかとだんだん焦りが募ってくる。俺がこうしている間も、魔王様たちは今か今かと俺からの連絡を待っているはずだ。


 やっと出てきたと思ったら、なぜかまた二人の人間と一緒で、しかも他にもぞろぞろと同じ格好の人間たちが出てきて……。


 なんだと!? あいつらと一緒にこの町を出るだと!?


 追おうとしたが、町を出ると畑の景色が広がり、身を隠せるようなところがない。バレないように追尾することは難しい。


「勘弁してくれ……」


 魔王様たちになんと言われるか……考えただけでため息が出る。

 ライラ様が、敵だと思われる人間と一緒に行動しているだなんて、誰が予想できただろうか。




「どういうことだ……?」


 詳細を伝えたところ、昨日より更に険のある声が返ってきた。


「わかりません」


 そんなのは俺が知りたい。俺はさっさとこの任務を終えて魔界へ帰りたい。


「ねぇ、それってライラちゃんの正体がバレて人質になってるとかじゃないわよねぇ?」


 サーシャ殿の責めるような声が聞こえてくる。


「わかりませんが、そのような雰囲気ではなかったです。かなり丁重に扱われていたように見えました」


 人間と同じ馬に乗って、後ろから抱えられていたとは言わない方がいいだろう。


「乱暴にされてねぇならいいけどよ……でもこのまま本当に勇者に会っちまったらまずいよな」


 レイ殿の指摘は最もだ。ライラ様は勇者に事情を説明しようとしている。そうなればライラ様が魔界からきたことも、魔王様側の人間であることも知られてしまうのだ。


「困りましたねぇ……勇者の動向もわかりませんし」


「それについては調査しました。どうやら未だ療養中とのことです。しばらくは勇者が攻め入ってくることはないでしょう」


「勇者のことなどどうでもよい。……ダグラス、どうするつもりだ」


 魔道具越しで魔王様の魔力など届くはずがないのに、強い圧を感じ額に汗が滲む。


「……追尾困難のためこの町に夜まで待機し、トカゲの居場所を掴んで転移するつもりです」


「その後は? ライラが人間らと別行動を取らないままならどうする」


「……そうなれば、ライラ様の知り合いを装って接触します。俺が魔族と発覚したとしても、俺一人なら転移で逃げるのも容易です。ただ、その際ライラ様を連れて、となると、以前ルドラ殿が懸念していたことが……」


「よい。あの勇者以外なら全て蹴散らしてくれる。あの勇者は、すぐに人間界へ転送する。そうすれば、勇者は逃げ帰ったと思われ、人間からの信を失い、勇者としての立場を失うだろう」


 それを聞いてはたと気付く。


「……ならばサーシャ殿が言っていた通り、ルドラ殿がライラ様のところに転移してすぐにライラ様を連れて転移すればいいのではないですか?」


「……ダグラス。あくまで最終手段なのです。魔王様はこうおっしゃっていますが、実際のところ我々は人間たちの力量を正確に把握していないのです。なんせここ数百年人間界からの攻撃がなかったのですから」


 そこまで慎重に考えているにも関わらず、ライラ様を連れ戻すために最終的にはその危険も受け入れるというのか。

 俺には、そうまでしてライラ様を助けようとする意図がわからない。あれは替えのきくものではなかっただろうか。


「……魔界を危険に陥れるとしても……ライラ様を連れ戻すのですか?」


「……愚問だな」


 魔王様は吐き捨てるように言う。


「ダグラスよ……お前は何か勘違いしている。ライラに何かあれば、余は再び狂うだろう。そうなれば、それこそ魔界は混沌とするであろうな」


 その声に含まれる圧に、俺は一瞬呼吸を失う。どうやら俺は失敗したようだ。


「自信満々に言うことじゃないでしょうに。……でもダグの坊や、もし、ライラちゃんが死んでもまた次の……六番目のライラちゃんがいるから平気、と思っているんだったら許さないわよ?」


 鋭くなった声音にごくりと唾を飲む。


「……ライラ様は確かに私が作りましたし、再び同じ姿形の人間を作ることは可能でしょう。しかし、ライラ様にはライラ様の感情があり、感性があり、独立した自己があるのです。……そして、魔王様や私たちが今大切にしているのは、五番目の……「今の」ライラ様なのです」


 ルドラ殿の声も、静かではあるが怒りを孕んでいるように聞こえ、ぞくりと背筋が震える。


「まぁ、ダグラスはライラちゃんと接したことないからいまいちわかんねぇんだろうな。……俺たちは、ライラちゃんを気に入ってんだよ。ご主人様一筋でいつも一生懸命で、素直で、健気でな……。だから、変なことは言うんじゃねぇぞ?」 


 レイ殿からも冷ややかな声で釘を刺される。


 俺に与えられた任務は、どうやら俺が思っていた以上に重かったようだ。


「……申し訳ありません。出過ぎたことを……。先ほどの通りに行動します」


 魔道具を切ってから大きくため息をつく。四つの圧から解放された安堵と、万が一を考えたときの不安がないまぜになって襲ってくる。


 この日の俺は、夜までの時間を異様に長く感じた。

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