19 もしかして、ピンチですか?
昼休憩の後、思っていたより早く次の町についた。人間界に来てから三つ目の町だけれど、だんだん町の規模が大きくなっている気がする。
「さて、この町までくれば、もうそこまで移動に時間はかからない。とはいえ、馬も疲れるから今日はこの町に泊まることになる。レイラちゃん、それでいいか?」
私はこくりと頷く。宿に入った後は、少し休みたいと言って部屋で一人になった。
先ほどの話がまだ頭の中に残っていた。けれど、何が気になるのかがわからない。
人間が返り討ちにあったことなど、どうでもいいはずだ。その後彼らの団長が侮辱されようと、そんなの気にもならないはずだ。そのことでレオナルドが怒りに任せて下手を打ったことも、第五騎士団の立場が悪いことも、私には何の関係もないことだ。
けれど、どうしてか、レオナルドとルミエールの苦しそうな顔はあまり見たくないな、と思ったのだ。もし、今後再び人間が魔界を攻めたとき、二人とご主人様が戦うとしたら、嫌だなと思ったのだ。
人間なんて、ご主人様の敵になるかもしれない相手なんて、どうなろうとどうでもよかったはずなのに。
「んー……なんだかモヤモヤする。なんなのかしらこれは、ねえトカゲちゃん」
周りに騎士がいる間はずっと隠れていたトカゲは、今は私の肩の上でのんびりと休んでいる。どうやらこの子も気を張って疲れているようだ。
「執事さんやメイドさんみたいに会話ができたらいいのに……」
トカゲの口もとをツンツンすると、キキッと不満そうに鳴いた。
会いたいなぁ……。
執事さん、メイドさん……屋敷の中にいたみんなはもちろんのこと、商人様やお姉様、レイ様にも会いたい。
でも、誰より会いたいのはご主人様だ。
あの吸い込まれるような夜色の瞳で優しく微笑んで、私の頭を撫でてほしい。
私のハーブティーを美味しい、と言って綻ぶ顔が見たい。
今度こそ私が作ったタルトを食べてもらいたい。
ご主人様のことを思うと、視界が滲んでくる。
何でこんなことになってしまったのだろう。あんなに穏やかだった日々が、何で壊れてしまったのだろう。
どうしてご主人様は、私を……。
そこまで考えて頭を振る。
考えたところで、私にできることはもう一つしかないのだ。
勇者さえ連れて帰ることができれば、最後にご主人様が褒めてくれるかもしれない。微笑んでくれるかもしれない。
そのことだけを心の支えにして、前に進まなければいけない。
「よしっ」
私は両手で自分の頬をパチンと叩く。
「今度こそ、みんなのお土産を買わないと」
宿屋から出て、宿屋の人間から聞いた場所へ向かう。目印だと言われた噴水の方へ行くと、そこを取り囲むようにしてたくさんの出店が並んでいる。
楽しそうに行き交う人間たちを見ていると、先ほどまでの憂鬱な気持ちはどこかへ飛んでいき、わくわくした気持ちになってくる。
お金には限りがあるけれど、銀色の硬貨と金色の硬貨もまだまだたくさんあるし、多分大丈夫よね。
色とりどりの飴を買ったり、お姉様に似合いそうな蝶々のブローチを買ったり……と興味を引いた店を次々と回っていく。
「あ……」
何店目かの装飾品を売っている店で目に入ったのは、ご主人様の瞳と同じ色をした石を使った耳飾り。
自然と手が伸び、耳飾りに触れる。
これを私が贈ったとして、ご主人様は喜んでくれるだろうか。
尻尾の飾りを贈った時みたいに、微笑んでくれるだろうか。
身につけて、くれるだろうか。
きっと似合う。夜色の石の周りにはキラキラと輝く小さい石が散りばめられ、台座は繊細な銀細工。身につけたご主人様の姿がありありと目に浮かぶ。
煌めくサラサラな髪の毛の隙間からこの耳飾りが覗く。
ああ、美しいに違いないわ。
「お嬢ちゃん、お目が高いね。綺麗な細工がされてるだろう」
私が耳飾りをあまりに凝視していたからか、お店の人間が話しかけてきた。
「はいっ。あの……これ、お願いします」
受け取ってもらえないかもしれない。身につけてもらえないかもしれない。喜んでもらえないかもしれない。
もしそうだとしたら悲しいけれど、もしそうだとしたら、この耳飾りをご主人様の代わりに大事にしよう。私の大好きな色だから。
そう思って購入を決意した。
値段は他のお土産より高かったけれど、ご主人様へのお土産は特別だから仕方ないわよね。
すっかり買い物を堪能した私は、弾む気持ちで宿屋へ向かっていた。思いの外買い物に熱中してしまい、周りは少し薄暗くなっていた。
夜は食事以外で出歩かなかったから少し緊張するなあ、と思いながら少し早足で歩く。
「やあ、レイラさん」
突然後ろから声をかけられ振り向くと、第四騎士団の団長がいた。
「少し、話を聞ききたいんだが、いいかね?」
口元に笑みを浮かべて近づいてくる。
なんでこんなところにいるのだろう、とか、なんで私に声をかけてきたのだろう、とか色んな疑問が一瞬で頭の中に浮かぶ。なんだか、気味が悪い。
「……急いでますのでごめんなさい。失礼します」
レオナルド達の話を聞いて、一層この人間には協力したくない気持ちが増していたので、断ってそのまま立ち去ろうとした。
その瞬間。
「それは困った」
なんだか変な匂いがして、その声を最後に私の意識は途切れた。




