16 あれ、勇者って……
「はぁ……すっきりしたぁ」
ちょっと寝たらだいぶ疲れが取れた。
窓から外を見ると空がうっすら茜色に染まっていた。……少し、寝過ぎたかしら。
まあ、予定通り町の散策に出ても問題ない時間よね。可能なら勇者の情報も集めたいところ。
ベッドから降りた私は、鏡で身嗜みを確認してから部屋を出る。
入り口の前を通ると、宿屋の人間に声をかけられた。
「お出かけですかー?」
「はい。ちょっと町を散策しようかと」
「それでしたら大通り沿いがいいですよー。色々出店があるので見てるだけでも結構楽しいですよー」
私はお礼を言ってから宿屋を出た。そして宿屋の人間の言う通り、大通りに出た。
人間が、たくさん。
この町は昨日のところよりも大きいようで、人間がたくさんいる。
道に沿うように並んだ出店はぎゅうぎゅうと詰まっており、右から左から色んな人間の声がする。
静かな屋敷で過ごしてきた私にとって、こんなに賑やかなのは初めてで、大きな声が聞こえるたびにビクビクしてしまう。
「勇者様の絵を頂戴!」
そんな中、「勇者」という言葉が聞こえてきてそちらを向く。絵を売っているお店……?
興味をひいて行ってみると、色んな人間の姿絵が売ってある。
「お嬢ちゃん勇者様の絵が欲しいのかい?」
店の主人が私に声をかけてきた。
こくりと頷くと、飾ってある絵のうち、いくつかを見せてくれた。
「……え?」
私はその絵を見て驚愕する。
筋肉で引き締まった身体。彫りの深い顔立ちに、太めの眉毛。そして短く切られた金色の髪の毛。これはどう見ても。
「……勇者って……男なの?」
私は、勇者がライラ様だと聞いていたから、勇者は女だと思っていたのだ。目を丸くしていると、店の主人が再び声をかけてくる。
「どうだいお嬢ちゃん。どれにするか悩んでるのかい?」
「え……はい。えと……これください」
とりあえず私は一番小さな絵を買うことにした。
色んなお店を見て回ろうと思っていたけれど、あまりの衝撃にそれ以上店を回る気になれず、ふらふらしながら宿へ戻った。
部屋に戻った私はベッドの上に置いた勇者の絵とにらめっこする。
「ライラ様と私の姿形が一緒なのだから、ライラ様は女なのよね?」
何度見ても姿絵に描かれている勇者は男である。しかも、ご主人様のような美しいという感じでもない。整っているけれど……男らしい感じだから……雰囲気はレイ様が一番近いかしら。
でも、これは絵だから実際より逞しく描かれているのかもしれない。
「そうだったとしてもライラ様の姿とはだいぶ違うようだけれど……魂が同じだからご主人様は愛せるのかしら」
私のことを可愛いと言ってくれていたご主人様。あれが嘘だとは思わない。きっと、ライラ様の姿を可愛いと思っていたはず。全然違う勇者の姿も、ご主人様には可愛く見えるのだろうか。とてもそうは思えないけれど、実際一度会っていて、その上で勇者がライラ様だと言っているのだから……。いやでも……。
うんうん唸っていると、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「はい……?」
ここへ来る知り合いなどいないはずなのだけれど……。
「あ、レイラちゃん、レオナルドです」
そして思い出す。レオナルドは勇者と顔見知り会いだと言っていた。
私は勢いよく扉を開けた。
「うぉっ……。レイラちゃん、俺だからいいけど、知り合いだからってそんなすぐに扉を開けたら危ないぞ」
「あのっレオナルド……さんは勇者と会ったことあるって言ってましたよね?」
「ん? ……あぁ、そうだけど」
少し眉を顰めたレオナルドに絵を突きつける。
「あの! これ、勇者って本当にこんな感じですか?」
「え? ……あぁ……そうだな。実物より若干美化されてるが……概ねこんな感じだ」
「……こんなに逞しいんですか?」
レオナルドはちょっと首を傾げてから頷く。
「というか、実物の方がもっとゴツいぞ」
これよりも逞しいですって?
私は目を見開く。予想と反対のことを言われて言葉を失ってしまう。
「レイラちゃんどうした? というか、あいつのファンかと思ったけど……違うのか?」
「いえ……ただ、どんな姿か知らなかったので……」
「なるほど。じゃあ勇者の見た目でファンだったわけじゃなくて、勇者っていう存在のファンだったんだな」
レオナルドは何か納得したように数回頷いた後、嬉しそうに笑った。
「って……そうじゃなくて! レイラちゃん、ご飯食べに行かない?」
もうそんな時間になっていたの?
振り向いて窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。
「美味い店があるんだよ」
美味い店……私は好奇心が抑えきれず、こくりと頷いた。
商人様、自分でお金払えばいいですよね?
階段を降りると、入口にお昼に会った別の騎士がいた。
「団長、これからご飯ですか? 俺も一緒に行っていいですよねぇ?」
「お前……なんでいんだよ」
「うちの団長が若いお嬢さんに変なことしないように監視しないといけないと思いまして」
「勘弁してくれよ……」
私がじっと騎士を見ていると目が合う。すると、ニコッと笑った騎士が言う。
「俺は第五騎士団の副団長のルミエールです。俺もご一緒してもいいですか?」
「はい。私は……レイラです」
了承してお辞儀をすると、レオナルドが大きなため息をついて項垂れた。
「へぇー。レイラさんは勇者様のファンなんですねぇ」
レオナルドは大柄で、それこそ姿絵の勇者のように逞しい。顔つきも男らしく、ダグラス様ほどではないが厳めしい。対してルミエールはどちらかというと細身で、髪の毛もサラサラで、中性的で綺麗な顔をした人間だった。多分お姉様が好きなタイプだと思う。
「ルミエールよぉ。夕飯まで上司と一緒なんて辛いだろぉ? 無理すんなよ」
もう店に着いて席にも座っているのに、レオナルドはルミエールを帰そうとする。あまり仲が良くないのかしら。
「そりゃあ団長と一緒なのは嫌ですけど、レイラさんのような可憐なお嬢さんと一緒なのは嬉しいですからねぇ」
「えぇえ……」
可憐? 美しい顔をしたルミエールに言われて驚く。
「あの……ルミエール……さんの方が綺麗だと思います……」
私がそう言うと、ルミエールはぴしりと固まった。
横にいたレオナルドが「ぶふっ」と吹き出して笑う。
「ふははっ……! レイラちゃん、それは禁句だぜ。ルミエールのやつ、このお綺麗な顔のせいで男に言い寄られててさぁ」
「うるさいですよ、団長。十も下のお嬢さんに鼻の下伸ばして……幼女趣味ですかあんたは」
「なっ……! 十七歳は幼女じゃないだろうが! 別に年下がいいとかそんなんでもねぇし! レイラちゃんも十くらいの歳の差なんてないのと一緒だって言ってたんだからな」
レオナルドがそう言うと、ルミエールは目を丸くして私を見た。
「……レイラさん、こんなおっさんでもいいんですか?」
私は言われていることがよくわからず首を傾げる。
それよりも、私が気になっているのは別のことだった。
「あの……男同士でも……恋人になることがあるのですか?」
さっきルミエールは男に言い寄られていると言っていた。ならば、男同士が恋人になるのは普通のことなのだろうか。ご主人様と勇者のことが頭に浮かぶ。
「あー。もしかしてレイラちゃんの住んでたとこでは全くなかったのか。王都じゃいろんな奴がいるから同性同士ってのもあるんだよ。そんで、騎士団なんかは男所帯で、しかも第五騎士団は魔物討伐部隊だからあっちこっち遠征ばっかで女と出会う機会も付き合ってる時間もなくてな。初めはそうじゃなくても、たまーに男も綺麗ならありってなる奴がいんだよ。んで、騎士団内でくっつくことがある」
「……まぁ、そういう人たちもいるってくらいで決して多くはないですけどねぇ」
なくはないけれど、よくあることではないようだった。
では、勇者はどうなのだろうか。前世の話をしたら、ご主人様を好きになってくれるだろうか。
「なんだレイラちゃん、そんなこと聞いてどうしたんだ」
「いえ……あの……男同士っていうのを聞いたことがなかったので……」
「まぁ、田舎じゃ特にそうだろうなぁ」
「……はぁ……この話はやめましょうよー。ほら、注文したものが運ばれてきましたし」
ルミエールがうんざりしたような顔をしてそう言ったちょうどその時、美味しそうな匂いと共に料理が運ばれてきた。私が料理に目を奪われていると、レオナルドが吹き出す音が聞こえた。
「レイラちゃん、遠慮せずたくさん食べてくれよ?」
もちろん、そのつもりです。
私は頷いてからいそいそと食事を始める。
頭の中で、勇者が男も好きになれる人間だったらいいなぁ、と考えながら夕飯を楽しんだ。
今回もお金は払わせてもらえなかった。
もちろんこの話にBL展開は絶対ありません。




