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10 ちょっと情報が少なすぎます

 魔界の裂け目に吸い込まれた後、なんだかぐるぐると回されてるような感覚に飲み込まれたと思ったら、突然視界が開けた。


 べしゃり。


 私はどこかの場所にぽいっと吐き出された。


「……痛い」


 ぶつけたおでこがヒリヒリ痛む。トカゲは大丈夫かときょろきょろすると、ちゃんと私の肩にしがみついていた。ほっとして周りを見回すと、ここは森のようだった。


「……どこに行けば勇者に会えるのかしら」


 私は立ち上がり、とりあえず人間を見つけなければと歩き出す。

 しばらく歩くと、幸いにも道のようなところに出ることができた。


「どっちに行こうかしら」


 右に進むか左に進むか。うーん、右……いや左。

 悩んでいると、左からゴトゴトと音が聞こえてきた。反射的に木の陰に隠れると、しばらくして馬車が目の前を通り過ぎていった。


「……どっちに行っても町がありそうね」


 私は右へ進むことにした。


 景色を楽しみながら歩く。人間界はどんなところだろうと思っていたけれど、ここへ来る前に見た魔界の景色とあまり変わらないように思う。人間たちはどうして魔界に攻めてくるのだろう。


 そうやって歩いていくと、町のようなものが見えてきた。私は自然と歩調を早くして町へ向かって歩いていく。




「身分証……ですか」


 町の入り口に着いたところで、入り口の前に立っていた人間の男に声をかけられた。

 身分証ってなんだろう。


「お嬢ちゃん、身分証がないのなら、仮の身分証を発行するから、こっちの書類に記入してくれ」


 書類を示されたけれど、私は文字の書き方をまだ習っていない。本はいつもご主人様に読んでもらっていたから、自分で読んだことがなかった。ご主人様にもまだ文字はわからなくていいって言われていたから、学ぼうともしなかった。困っていると、人間がふむ、と言って話しかけてきた。


「お嬢ちゃんは字が書けないんだな。そしたら俺が代わりに書いてやるから質問に答えてくれるか」


 私はこくりと頷いて質問に答えていく。名前を聞かれた際、「ライラ」と答えようとして、少し悩んでかれ「レイラ」と答えた。どこで勇者に会えるかわからない。もしここで会うことができた時、ライラ様の話をするのに私がライラだとなんだかおかしなことになる気がしたのだ。

 歳は十七歳、と質問に答えていると、町へ来た目的を聞かれた。


「勇者に会いたくてきたのです」


 そう言うと人間は笑い出す。


「ははあ! お嬢ちゃんは勇者様に憧れているのか。残念だけど勇者様はこんな田舎にはこないよ。勇者様に会うなら王都まで行かないと」


「王都に行くにはどうすればいいですか?」


「んー? ここからじゃ遠いぞ? まぁ乗合馬車を乗り継いでいけば着くけども」


 王都への行き方がわかり、ほっとする。すぐにでも会いたかったけれど、それは難しそうだ。


「本当に王都までいくのか?」


 人間は難しそうな顔をして聞いてくる。


「はい。勇者に会いたいので」


「うぅん……まぁ憧れるのはわかるが……最近魔物が増えて危ないんだよ。盗賊も増えてるし……。ここら辺は田舎だからそうでもないが、人が多いところに行くのは危険だぞ?」


 どうやらこの人間は親切なようだ。


「大丈夫です。私はこれでも護身を学んでいるので」


 そう言ったけれど、人間は眉を下げて心配そうな顔をする。


「まあ、よく気をつけるんだな。そんじゃはい、これ仮の身分証な。銀貨一枚。有効期限は一週間だから、この町のどこかでちゃんと正式なの作れよ」


 私はバッグからごそごそと銀貨だと思われる銀色の硬貨を取り出して差し出す。それは正解だったようで、仮の身分証をもらって町の中に入ることができた。

 入り口に通じる道は大きな通りになっていて、左右に出店が点在している。通りに沿うように建てられた建物は木造のものが多く、看板が掲げられていることから何かの店なのだろうとわかる。私は初めての街を物珍しい気持ちで眺める。


 しかし正式な身分証……それは今後必要になるのだろうか。通りを歩きながら考える。

 仮に必要になるにしても、正式な身分証がどこで作れるのかがわからない。

 立ち止まって周りを見回しても、看板に書かれた文字が読めないから何がどこにあるのかさっぱりわからない。


 乗合馬車って言っていたけれど、それはどこにいけばいいのかしら。


 せっかく町へたどり着いたのに、人間界のことなど何もわからないため途方に暮れる。

 まぁ、魔界のこともよくわからないのだけれど。


 何せ私は一度も屋敷の外に出たことがないのだ。屋敷の中だけが私の世界だったのだ。


 でも、ずっとここで立ち止まっているわけにはいかない。


 私は再び歩き出し、目に入った、果物を売っているお店にいる人間の女に聞いてみることにした。


「あの……乗合馬車ってどこですか?」


 人間は私のことを上から下まで眺めてから、眉を下げて言う。


「お嬢ちゃん、ここらへ来るのは初めてかい? 残念だけど今日の馬車はもう終わっちまってるよ」


 私は驚く。まだ夕方にもなっていない。


「隣の町まで遠いもんでね。最近盗賊も出るっていうから、遅い時間にならないようにって馬車の本数が減ってるんだよ」


「そうなんですか……」


「泊まるならこの道まっすぐ行ったところに宿屋があるからそこに泊まるといいよ」


「……ありがとうございます」


 私はがっかりしつつも、お礼を言ってその場を後にした。

 今日はもうこの町から動けないということなのね。宿屋……宿屋ってどれなのかしら。


 言われた通りまっすぐ進んだけれど、字が読めないからどの建物が宿屋なのかわからない。


 もう、どうしたらいいのかしら。


 初めての場所に、初めて見る人間達、右も左もわからず唐突に心細くなる。

 泣きそうになっていると、服の裾を誰かに引っ張られた。


「お姉ちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」


 そこには小さな人間がいた。

 人間ってこんなに小さいのもいるのね。種族が違うのかしら。


「……痛くないけど、宿屋がどこかわからなくて……」


「宿屋ならそこの建物だよ! 僕のお家なの!」


 人間は嬉しそうに笑って私の右手をとる。そのまま引っ張られ、私はされるがまま連れて行かれる。


「お母さん! お客さん!」


 宿屋と人間が言った建物に入ると、入ってすぐの台のようなところの奥から人間の女が出てくる。この人間の母親らしいけれど、この人間と違って小さくない。どういうことなのだろうか。人間とは不思議な生き物なのね。


「あら、お嬢さんこんにちは。一人かい?」


「あ……はい。ここは宿屋ですか?」


「そうだよ。何泊する予定だい?」


「一泊でお願いします」


 銀貨三枚と言われてお金を払うと鍵を渡された。色々わからないことだらけだけれど、とりあえず私は寝る場所の確保ができたようでほっとする。


 部屋に入ると、途端に疲れが襲ってきた。屋敷の部屋とは比べるべくもない狭い部屋に置かれたベッドに倒れ込む。


 ああ、こんな調子で勇者に会うことができるのかしら。

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