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1 私とご主人様の日常

 私の朝は爽やかなハーブの香りから始まる。


 カラカラとワゴンを押しながらるるると歌う。向かう場所はいつも同じ。ご主人様の寝室。


 重厚感のある扉の前で止まり、コンコンと叩く。すると、中から「入れ」と返事がきたので、外開きの扉をぐっと力を入れて開いた。


「おはようございますご主人様」


 寝室の中へ入ると、ベッドの上で大きく伸びをするご主人様と目が合う。

 腰まで垂れる夜色の長い髪は、窓から入る朝日を浴びてキラキラと煌めき、同色の瞳は光が入ることで朝だというのに星が輝く夜空のよう。

 ご主人様とお揃いの色で誂えられ、花をモチーフとした繊細な意匠の施されたベッドフレームを背景にしたご主人様の姿は、一つの完成した絵画のようで、毎朝見ているというのに見惚れてしまう。

 私のご主人様は、とても美しい。


「朝のハーブティーをお持ちいたしました」


 私はワゴンをベッドの横まで転がし、今朝摘まれたばかりの新鮮なハーブを用いたハーブティーを淹れる。

 本当は隣の部屋のテーブルまで移動してから出さないといけないのだけれど、ご主人様は朝が苦手なのでベッド横のテーブルで淹れている。

 ベッドの端に腰掛けたご主人様は、流れるような美しい所作でカップを持ち、ハーブティーの香りを楽しんだ後に口に含む。


「うむ。今日のハーブティーも美味いな」


 そう言って少しだけ口角を上げて微笑んでから、手招きして私を呼ぶ。

 そわそわしながら近づくと、ご主人様の手が伸びてきて私の頭を優しく撫でる。


「ありがとう、ライラ」


 私はご主人様に撫でられるのが大好きで、そのために美味しいハーブティーを淹れられるよう、一生懸命練習したのだ。


「朝食も用意できております」


 ご主人様の朝食を作るのも私のお役目。


「そうか。今日は何を作ったのだ」


「昨日商人様から新鮮なコカトリスの卵を仕入れましたので、ほくほくのジャガの入ったオムレツをお作りしました。あとはお野菜とベーコンのスープと、焼き立てのパンです」


「それは美味しそうだな」


 そう言って立ち上がったご主人様はぱちんと指を鳴らす。

 すると、それまで纏っていたゆったりとした寝間着から、漆黒の正装に変わる。ご主人様に凛とした美しさも加わり、私はやっぱり見惚れてしまうのだ。

 しかしそのまま歩いて行こうとするご主人様に、ハッと思い出して声をかける。


「あ、あのっ! ご主人様!」


 私の声に振り向いたご主人様が首を傾げる。


「実はその……商人様から……その」


 もじもじとする私のそばまでやってきたご主人様は少し屈んで目線を合わせてくれる。


「どうしたのだライラ」


 その目はとても優しい。


「その……ご主人様の尻尾に合う飾りを勧められて……買ってしまって……」


 言いながらチラチラとご主人様の後ろ、艶々の鱗を持つ尻尾に視線を投げる。


「そうか。どれだ」


 私は自分の纏うメイド服のポケットから、キラキラとした飾りを取り出す。中央に大振りの透明な石が置かれ、そこから三重に伸びる細い銀のチェーンには不揃いの真珠たちが散りばめられている。ご主人様の暗い銀色の尻尾に乗せたらさぞかし映えるだろうと思い、即決して購入した飾りだった。


「うむ。ライラ、つけるが良い」


 私に背を向けたご主人様が尻尾を緩く動かす。

 私はドキドキしながら艶々のそれに触れ、飾りをかける。そして、取れないよう中央の石に魔力を込めて固定する。


「どうだ? ライラ」


「とても……お似合いです」


「そうか。選んでくれてありがとう」


 頭を後ろに少し捻って尻尾を見たご主人様は、目で微笑んでから再び歩き出す。

 私はその後ろをカラカラとワゴンを押してついていく。


 食堂に着くと、ご主人様の眷属のメイドさんがテーブルのセッティングを終えていた。背中の小さな羽を何度かはためかせたメイドさんは、壁側に移動して定位置に立つ。


「ではライラ。共に食べよう」


「はいご主人様」


 私は毎日ご主人様と一緒に食事をする。

 ご主人様と同じテーブルで食事をするなんて本当はあり得ないことらしいのだけれど、私は特別に許されている。そもそも、ご主人様にこういった食事は必要ない。私が一人で食べることを寂しがっていることを知って、一緒に食べてくれるようになったのだ。

 私は「人間」なので、ご主人様のように空気中に漂っている魔力の素、魔素を吸収するだけで生きることはできないから。


 朝食の時間は静かに進んでいく。私とご主人様は食事中に会話はあまりしないけれど、ゆったりと穏やかなこの時間は何物にも替え難い貴重なもので、私はこの時間も大好きなのだ。


「ライラ。今日は特に予定がないから本を読んであげよう」


 食事が終わったタイミングでご主人様から声をかけられる。

 ご主人様は既にお仕事を引退しているけれど、色々なお客様がご主人様に相談にくるから普段は何かと忙しくしている。けれど、そういった予定がない日は私に本を読んでくれたり、勉強を教えてくれたりするのだ。

 私は嬉しくて思わず頬が緩む。


「ありがとうございます」


 ああ、今日はとても良い一日になるに違いない。


 私が「ライラ」として生まれてから十年、私とご主人様の日々は穏やかに過ぎていく。

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