また明日(はぁと)
「えっ……」
岩橋さんは驚いた様な、戸惑った様な声を上げた。もちろん本当は友達以上になりたいよ。でも、いきなりそんな事を言うわけにもいかないだろう。まずはお友達からってヤツだ。そして俺はもう一つ、大事な事を付け加えた。
「和彦には彼女が居るし、そこから女の子の友達だって作れるんじゃないかな?」
岩橋さんは女の子。友達が男の俺だけというわけにはいかない。そこで俺の親友和彦の彼女である由美ちゃんに協力してもらって友達の輪を広げてもらおうと言う算段だ。我ながら見事な考えだと思うんだが、どうだろう? すると俺の期待通りのリアクションが返って来た。
「うん。ありがとう、加藤君」
岩橋さんは俺の提案を喜んでくれた様だ。こうして最初の一歩、俺と岩橋さんとの友達付き合いが始まったのだ。あの子猫には感謝だな。俺と岩橋さんを結びつけてくれたからキューピッドと命名しよう。いや、それじゃあまりにもストレート過ぎるな。岩橋さんに知れたら恥ずかし過ぎる、ここは無難にタマとでも呼んどくか……なんて呑気な事考えてる場合じゃ無ぇだろ、俺! 目の前に岩橋さんが居るんだからもっと話をしないと。だが、何を話せば良いものやら。まずは無難な話題から攻めていかないとな。
そこから俺は頑張って岩橋さんの趣味を質問したり、自分の好きな事について話したりした。正直言って、俺の好きな事など話されたところで面白くも何とも無いだろう。だが、岩橋さんは律儀にも頷いたり相槌を打ったりしながら聞いてくれた。
コンビニは通学路の途中にあるので当然俺達と同じ制服を着た生徒が何人も俺達の前を通り過ぎる。もし同級生が通って、俺と岩橋さんが二人で居るところを見られたらどう思われるだろう? 噂になったりするんだろうか? それはそれで俺としては寧ろウェルカムなんだが、幸か不幸か見知った顔は一つも通らなかった。
「そろそろ行こうか」
俺は岩橋さんがジュースを飲み終えたのを見計らってスポーツドリンクを一気に喉に流し込んだ。岩橋さんは「うん」と頷いて、俺に手を差し出した。これって握手か? それとも手を繋いで良いって事なのか? 悩んで動けないでいる俺に岩橋さんはにっこり笑って言った。
「加藤君のペットボトルも空でしょ? 捨ててくるから貸して」
うっわ、危ねぇ……思いっきり勘違いして、手を握っちまうトコだったぜ。まあ、世の中そんな甘く無いわな。
このコンビニのゴミ箱は店の中にある。俺から空のペットボトルを受け取った岩橋さんは店の中に入った。俺も一緒に行きたかったが、ココは我慢だ。岩橋さんが「捨ててくる」と言ったのに俺も一緒に行くと妙に思われるかもしれないからな。
「お待たせ」
紙パックとペットボトルを捨て、店から出て来た岩橋さんを笑顔でむかえる俺。何か良い雰囲気じゃないか? えっ、そう思うのは俺だけ? やっぱりそうか……まあ、そりゃそうだろうな。
ともかく俺と岩橋さんは二人並んで歩き出した。
歩きながら岩橋さんはずっと俺のたわいもない話を聞いて時には頷き、時には相槌を打ち、そして時には笑ってくれた。だが、幸せな時間は永遠には続かない。
「ほら、あのマンション。私、あそこに住んでるの」
岩橋さんは大きなマンションを指差した。東京にでも行けばもっと大きな、所謂タワーマンションとか言うヤツもあるのだろうが、残念ながら俺が住んでいる地方都市にはそんな代物など存在しない。しかしこの近辺としてはアレは高級マンションだ。岩橋さんの家って、お金持ちなのか?
などとまたつまらん事を考えている場合では無い。あのマンションに岩橋さんが住んでいるという事は、あと数分、いや、数十秒でサヨナラという事だ。名残惜しいがこればっかりはどうしようもない。ちなみに俺の家まではあと十分弱歩かなければならない。
「じゃあ、また明日ね。さよなら、加藤君」
マンションの前に着いてしまった時、岩橋さんはそう言った。
聞いたか? 『また明日ね』だって。そんな事女の子に言われたの、生まれて初めてだ。俺は舞い上がりそうになる自分を抑えるのに必死だった。
「うん、じゃあまた明日。さよなら、岩橋さん」
思いっきり無難な挨拶、と言うか岩橋さんが言った別れの挨拶と一緒じゃねーか。自分のボキャブラリーの無さに腹が立つばかりだ。
一人になって何歩か歩いた俺がふと立ち止まり、ちらっと振り返って見るとマンションのエントランスを歩く岩橋さんの後ろ姿が見えた。思わず立ち止まった俺の目に信じられないモノが映った。なんと岩橋さんも振り返って俺の方を見たのだ。
これは偶然なのか? いや、違う。これは必然だ。きっと岩橋さんは何度も振り返っていて、俺が振り返った事でやっと二人の視線がクロスしたんだ。きっとそうだ、そうに違い無い。異論は認めない。良いだろ、それぐらい夢見たって。
嬉しくなった俺が手を振ると、岩橋さんも手を振り返してくれた。これって、良い感じじゃないか? だが、あまりしつこいのも何だ、俺は手を降ろし、前を向いて歩き出した。もちろん顔が緩みきっている事は言うまでも無いだろう。