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自動アフロとノーフェイス

作者: 半空白

今回は欲しいものを書いてみました。


誰だってこういうものがあったら欲しいですよね?


 ある小国の片田舎にある小さな商店で虹色に輝くアフロの男が一人椅子に座って溜息をついていた。


 彼は数年ほど前、ある事情により毛髪と金と家を失った。


 そんなある日、彼は白衣を着た男にフレックスという特殊な金属を頭皮に移植すれば、毛髪を取り戻せると言われた。


 しかも、手術費は無料。彼は喜んで手術を受けた。


 結果、彼は自分の思うがままに変形する髪を手に入れた。


 ただし、頭の中で髪型を意識し続けないと銀色の光沢が輝くスキンヘッドになってしまうという厄介な代物だったが……。


 髪の制御には苦労したが、無いよりはマシだと思って、彼は努力した。数か月ほどかけて彼は髪の制御を見事体得した。


 彼は白衣を着た男に感謝を伝えようとしたが、その男は町中を探してもどこにもいなかった。


 だが、無料というものほど怖いものは無い。


 ある日、彼はいつものように公園のベンチで寝ていると、突然、黒いスーツを着た連中に連行された。


 そして、彼は地下室に入れられると、拷問を受けた。


 ──どこでその金属を手に入れた? 


 ──どうやって破壊兵器並の量の金属を手に入れたんだ?


 ──なぜその金属を頭皮に埋め込んだ? 


 ──その医者の名前は? 


 医者の名前を正直に話すと、彼らはどこからともなく分厚い資料を取り出し、ぺらぺらと目にも止まらぬ速さで捲った後、──そんな医者はいなかった。嘘ついていないか? と言われ、腹を中心に殴られた。


 そして、水責め、ロウソク垂らし、鞭打ちなどなど拷問のフルコースを受けて精神的に追い詰められていると、一人の老人が現れた。


 彼は各国に名の知れた情報屋であり、国家諜報機関並の独自の情報網を持っているそうだ。彼はその情報網から得られる情報を売って、巨万の富を築いたらしい。


 だが、そんな彼も表に出て情報を売ると、秘密警察や諜報員に勘づかれて捕まりかねない。中には後ろ暗いことして手に入れたものもあるからだ。


 そこで、金なし、家無し、ついでに毛髪なしで、仮にどうなっても誰も不幸にならない男はとても使い勝手のいい捨て駒であった。


 こうして、捨て駒のシルバーカラースキンヘッドもとい、コードネーム:自動(オートマティック)アフロはなぜか小さな田舎町のどこにでもある商店を営むことになった。


 ただし、この店唯一の店員は役立たずであった。


 一日に最低十個くらいは商品を破壊、または勝手に食べたり、そこら辺の野良ネコの餌にしてしまう。


 注意すると、下手なビネオニック(南方)訛りの中央語で「そんなにうじうじ言っていたら、ポリスメンにそのハゲ頭のことをチクるね」と逆に脅される始末。


 本店の方に連絡しても、送れる人員はその役立たず一人。しかも、こう見えて凄腕の女スパイだと言う。


 言われてみれば、ブロンズヘアのボブカットに端正な顔立ち。


 もし、道端で見かけたら、どこぞの旧家の令嬢様だと言われたら信じてしまいそうだ。


 実際、性格は最悪で、到底スパイには向いていない言動をとる。どう考えても凄腕のスパイだとは思えない。


 本店の方には「変えてくれ」と連絡してはいつもはぐらかされている。


 さらに、客も酷い。


 かなり特殊なポルノ本(それがなぜか手に入るのか分からないが……)をご所望する眼鏡をかけたおじいさん。


 毎回、チョコを銃弾の入ったケースと間違えて買ってしまって数週間後にクレームを言いに来る天然スナイパー。


 そして、会うたび、顔を変えては、驚く人を笑ってくる謎の女。


 ──もうこんなところでは働きたくない、とっとと退職して南の島でのんびり過ごしたい! と嘆きたくもなるが、あの情報屋のおじいさんに目をつけられた以上どうしようもない。絶対に黒スーツの集団に追われることになる。


 しかも、彼の頭に乗った金属(フレックス)は出国検査の際に余裕で引っかかるほどの恐ろしい量が乗っている。海外逃亡なんて不可能だ。


 そんなことを思っていると、彼の目の前に稀代の名女優フィリア・メロンフィールドの若かりし頃の姿が目の前にあった。


 夢でも見ているのではないかと思って、彼は目を擦ったが、彼女はそこにいた。


 そっくりとかそんなものじゃない。彼女が映画の中から出てきたと言われても信じられる。それくらい異様に似ていた。


「ねぇ、坊や。どうして溜息ついているの? お姉さんに教えてくれないかしら?」


 一瞬、彼女に見惚れてしまったが、彼はすぐに否定した。ありえない。そんなことは絶対にありえない。


 まず、自動アフロは坊やと呼ぶ年齢の倍はある。普通、中年男性に対してそう話しかけてくるだろうか? ましてや、若い女性がそう語りかけるだろうか?


 もし、そんなところをあの店員に見られたら嘲笑される。現に、窓の外から齧りつくようにこちらを見ている。


 さらに、フィリア・メロンフィールドは御年七十の大御所だ。目の前の女の姿は半世紀ほど前、白黒のシアターのヒロインとして輝いていたころの顔だ。


 そんなことがありえるはずがない。


 極めつけはこのねっちこいほどの舌っ足らずな口調と過剰なスキンシップ。これでこの女の正体が分かった。


「いったい何の用だ。顔無し(ノーフェイス)


 顔無し(ノーフェイス)。世界を股にかける大怪盗。なぜか中央諸国のぺーテ海に面した小国の長閑な港町にある寂れた情報屋によく来る。


 来るたびに顔が異なるので、この女のせいで警察が来たということは一度もない。だが、厄介な客である。


 顔無し(ノーフェイス)とは別に顔が無いということではなく、決まった顔が存在していないということが由来している。世間では顔無しノーフェイスは変装術の達人では無いかと言われている。


 実のところ、ある研究所で物心つく前に頭部の皮を剥がされて、フレックスを移植された被験者の成れの果てである。


 ──いや、成れの果てと言うのは少し語弊がある。豪邸や美術館から美術品を違法な手段で蒐集することは彼女の趣味だ。


 たとえ、フレックスが無くとも、代わりに変装術を身に着け、美術品を漁っていただろう。彼女は根っからの大泥棒なのだろう、と自動アフロは思っている。


 自動アフロも同じ勝手に移植された仲間としてほんの少しだけ同情していたりする。ただし、顔無しはそのことをまったく気に留めていない。


 ある日、いつものように揶揄われたときに、──自分の生まれた持った顔が分からなくて悲しくないのか? と、尋ねたことがある。


 すると、彼女は満面の笑みで──これっぽっちも思ったことはないわ、と答えた。


 続けて、──好きなときに好きな顔になれないなんて想像しただけでも寒気がするわ。まぁ、頭が金属でできたあなたには分からないでしょうけど……と、笑いながらそう言ったのだ。


 つまり、この女には同情は不要なのだ。同情しただけで損をする。彼がここ数年ほどで彼女とのやりとりで得た教訓だ。


顔無し(ノーフェイス)ってひどいじゃない。せめて皮膚無し(ノースキン)って言ってくれないかしら?」


「お前は顔の皮だけないんだろうが! 皮膚がねぇとかいってるけど、顔を除けば、普通に白い肌があるじゃねぇか!」


 すると、彼女は嫌そうな顔して、


「──いやらしい。リリアちゃん。こんな男には気をつけないといけないわよ。お金がないくせに下卑た目を向けてくる男なんてゴミ箱に入れなくちゃいけないわ」


 リリアちゃんこと、この商店唯一の店員にして看板娘はいつもの下手なビネオニック訛りの中央語で、


「そうね。次、こいつが減らず口を叩いたら、ゴミ箱に入れておくね」


「お前、店主になんてこと言うんだよ!」


「お前なんて主人(グランパ)の身代わりの身代わりの身代わりの身代わりの身代わりに過ぎないね。そんな奴は口を縛ってとっととゴミ箱に入れておく方がいいよ」


「てめぇ、絶対に許さないからな。いつか必ず仕返ししてやる!」


「へっ、そんときはポリスメンにチクるからな」


 彼は途端に顔を青白くして土下座した。


「許してください。僕はまだ死にたくありません」


 すると、顔無し女が苦笑した。


「ほんと、あなたたちって仲がいいのね」


「「仲がいいというな!」」


 声があった二人は顔を合わせて、睨み合う。そんな二人を見て顔無し女がますます笑う。


「ほんと、二人とも面白いわね。──ところで、例の依頼の進捗はどうかしら?」


 男は不機嫌そうな店員から眼を逸らし、顔無し女の方を向いた。


「あぁ……。例の研究所の同窓会の話? まったく、どうして実験施設でたまたま一緒になった奴に会いたいんだ?」


「家族だからよ。老い先短い身だから早めにみんなと会っておきたいの」


「お前ってそんなに年寄りなの?」


「失礼ね。私はピッチピチの二十三歳よ。あなたのような中年ハゲとは違うわ」


「べ、別にハゲじゃないし! あと、俺はまだ三十四だ!」


 彼はフレックス製のアフロを掻き毟る。


「そういえば、そうだったわね。じゃあ、私の下位互換と言ったほうがいいかしら?」


「チキショー」


 自動アフロは地団駄を踏む。実際、彼女は頭部全体の皮膚をフレックスで覆われている。声も髪も顔も自由自在に作り変えることができる。自動アフロの髪型を変形する力は彼女の下位互換と言ってもいい。


 一度、特撮映画の怪獣の顔で驚かされたとき、自動アフロはしばらく腰を抜かしたことがある。


 そして、その間抜け面をすぐそばにいる店員に撮られてオーナーの方に送られて、わざわざ励ましの電話が届いたときにはひどく赤面した。


「それで、進捗は? どんなものでもいいわ」


「そんなものねぇよ。チキンJr.にホークアイ、フリードメン、ジョーカーって何だよ。そんなこと言われたって訳わかんねぇよ」


「子どもの頃のあだ名よ。どいつもこいつも名の通りだからすぐに見つかるんだと思ったけどなぁ」


「いやいや、小さな臆病者(チキンJr.)鷹の目(ホークアイ)大噓つき(ジョーカー)なら抽象的だが、まだ分かる。フリードメンってなんだよ」


「そいつの子どもの頃の名前がフリードリヒって言うの。それで自分のことを紳士だと思い込んでいる自称博愛主義者ってところからフリード紳士(メン)。子どもらしいでしょ?」


「それのどこが子どもらしいんだよ!」  


「ちなみにつけたのはこの中で一番年少のチキンJr.よ。彼はフライドチキンが大好きでそのくせ強いやつに隠れる臆病者でひねくれものだったの。あとチビ」


「そのチビ、絶対まともに育ってねぇよ!」


「わたしもそう思う」


 自動アフロは溜息を吐いた。皮肉をこうも返されてしまうとどうしようもない。


「せっかくたくさんお金積んだのに、まだ分からないなんて怠慢じゃないかしら? それとも、こんな片田舎で依頼しても、無駄に人が多い情報屋は動いてくれないのかしら?」


 顔無し女にそう指摘されると、自動アフロは肩を竦めた。


「あのなぁ、世界中でたった四人の人間、しかも、戸籍無しの人間を、しかも、小さい頃のあだ名だけを手掛かりに探すのに時間がかからない訳ないだろ? さらにお前のように裏稼業に手を染めていたら尚更だ。あと、俺の精神衛生の保全のためにここではなく本店の方で依頼の進捗を聞いていただきたい」


「そうね。それでは見つかるわけがないわね。しょうがないわ。引き続き頼むわ」


 ──結局、俺のところに来るのかよ……と、自動アフロがげんなりしていると、彼女は上着のポケットの中から一枚の写真を取り出した。


「話は変わるけど、私の欲しい芸術品があるんだけど、場所を教えてくれないかしら?」


「ちょっと待て。この絵は見た覚えがある」


 彼は本棚の中から色んなファイルを取り出し、調べ出した。そして、その部分の情報を書き留めて彼女に見せた。


「ほら。一応、この絵を所有している資産家の住所や電話番号、女の趣味趣向などなど書いてある。渡して欲しけりゃ「金を出せ。でしょ? それくらい分かってるわよ」


 彼女は鞄の中から札束を机に置いた。


「ありがとさん」


 男はすぐさま札束を受け取ると、枚数を確認していた。


「ほんと、こういう情報はすぐに入るのね」


「まぁな。記録に残っていれば、大概のものは見つかるさ。情報がないものはタチの悪い幽霊みたいなもんだよ。ほらよ、お前のご所望の物だ」


「カッコつけているように言っているけど、あまりカッコ良くないと思うわ」


「別にそこまで言わなくたっていいだろ? 金は十分受け取った。とっとと帰れ」


 ──つれないわね、と彼女は肩を竦めると、自動アフロから受け取ったメモをコートのポケットに入れた。そして、こう言った。


「自動アフロ。リリアちゃん。また会いましょう。次会うときは少しでも情報を掴んでおくのよ」


「それは本店の方に言ってくれ。俺は下請けだ。どうしようもできん」


 踵を返し、店を出ようとする顔無し(ノーフェイス)にリリアが声をかけた。


「今度来るときはパフェ一緒に食べに行こうね」


 すると、顔無し(ノーフェイス)は微笑みながら答えた。


「時間が合えば行きましょう」


「やったね」


「じゃあね、リリアちゃん」


「ばいばーい」


 顔無し(ノーフェイス)がいなくなってしばらくしてから、自動アフロは今まで溜めてきた息をフーっと吐き出した。


「なぁ、リリアよ。お前って本当に仕事しているのか?」


「仕事はしている。真面目に働かないのはお前の方」


「何だと?」


 自動アフロがリリアに掴みかかろうとすると、電話が鳴った。自動アフロはすかさず、受話器を上げた。


「もしもし」


「自動アフロ君。最近、調子はどうだい?」


 電話の相手はオーナーだった。


「い、いやぁ、オーナーのおかげで至って順調ですよ」


「ところで、君にはベリオーネに行ってもらう」


 自動アフロは一瞬、表情を固まらせたが、恐る恐る──な、なぜでしょうか? と尋ねた。 


 彼がベリオーネに行くのに驚くのも無理はない。


 ベリオーネとは、昨今の列強諸国の対立の最中にも関わらず、中立を保つ都市国家である。中立であるがために、列強諸国の中継貿易、あるいは列強諸国間の非公式な会談などが行われており、様々な組織が裏で暗躍している。


 向上心のある情報屋や裏稼業に従事している者からすれば、これほどまで素晴らしい職場はないだろう。だが、一度間違えれば、あの世へ一直線。自動アフロにとっては死刑宣告を受けたことに等しかった。


「君の仕事内容は銀狐にちゃんと見てもらった。そこで私の所有する商店の中で最も情報がよく売れる場所に送り込もうと思っているのだよ」


「な、なぜでしょうか?」


「それは言えないね。君の頭の中でゆっくり考えると良い。ところで、銀狐。自動アフロの隣で聞いているんだろう」


「そうね」


 いつの間にかリリアがすぐ近くにいたので、自動アフロは驚いた。


 彼女が受話器を催促するので、自動アフロは渋々、彼女に手渡した。彼女はオーナーとしばらく話していた。


 時折、「わーい! グランパ! アイラブユー!」といかにも失礼な言葉が聞こえた。自動アフロはびくびくしながら、彼女とオーナーが話し終えるのを待った。


 すると、彼女は受話器を自動アフロに手渡した。


「自動アフロに変わったかい?」


「えぇ」


「彼女には先程、君と一緒にベリオーネに行くことを伝えた」


「えっ、どうしてでしょうか?」


「とにかくそういうことだからよろしく。じゃあね。自動アフロ。また会える日を楽しみにしているよ」


 オーナーがそう言うと、電話がプツリと切れた。


「というわけで、これからベリオーネに行くことになったよ! ほんと楽しみね! ──おい、自動アフロ。とっとと仕度しろ」


「──お、おおっ……」


 リリアの態度に驚いた自動アフロは慌てて、身支度を始めるのであった。


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