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 「それはどういう意味ですか?」

 ウォルドの母といい、王女といい。会議を疑うロネウスに、チェリファリネは堪らず尋ねた。

 ロネウスはきょとんとしてチェリファリネをしばし見つめた。それから思い出したようにほほ笑んで、言った。

「そうか、あなたは二年前の会議を知らないのね」

 笑っているのに、その声は悲しい。チェリファリネは王女をまっすぐに見つめた。

 二年前にも、会議が持たれたのか。けれどそれは真実の会議ではなかった――と。

「嘘、だなんてことがあるのですか」

「わたしだって信じられなかった」

 問いにすぐさま答えが返る。遠く一点を見つめるロネウスの瞳は、不安に曇っている。先ほどまでの輝かしい笑顔が、それこそ偽りだったのかと思えた。

「あのときも会議を持とうと、コモードから使者が来たの。けれど‥‥ウォルドは、ひどい怪我をして戻ってきたわ」

 彼女の馬が一つ、いなないた。鳥の飛び去った青空を見上げながら、ロネウスは記憶を辿って、目を閉じた。


 ハオン島の民がブリランテへの援助をやめ、侵略する両軍に抵抗を始めたのもこのころだった。

 このことでブリランテ軍は窮地に立たされる。といって、むろんコモードが優位になったわけでもなく、ただ状態がより複雑になった。ハオン島の民が自分たちの土地を守るために戦い始めたことは、彼らの誇りを守るためには必要だったけれど、戦を長期化させる決定的な一手だった。

 そこへ、コモードから持ちかけられたという会議。使者がいうことには、こうなったことの責任はコモードにあり、ゆえにコモードは今後の一切の戦を放棄し、平和な解決のための相談をしたいと――しかし、約束は破られた。

 いいや、その約束すら偽りであったのだろうと、ウォルドは言った。

 会議の場に赴いたのは、ロスダルニャ王とジェイファン王子、それから複数の騎士や従騎士たち。ウォルドもそのなかにいた。

 会議ではあったが、ロスダルニャ王は騎士たちに、万一のためにと兜以外の防具をすべて身につけさせ、剣も腰に下げさせた。それは敵方も同じで、会議に用いられたラグリマの平原は、緊張した空気に包まれた。

 対峙した両軍は、しばし、互いに一言も口にしなかった。だれもが目前の騎士たちを敵と憎み、睨みつける。そんななか、ウォルドは敵軍のなかに、サー・キャロスがいることを認めた。彼の目は、なぜかコモードの王、ゲスディンに向けられていた。

 やがてロスダルニャ王が前へと歩み出ると、ゲスディンもゆっくりと出てくる。そのあとに付き添って、ゲスディン王つきの一の騎士、トルディアスタ卿が続く。

 対してブリランテの王、ロスダルニャに従ったのは王子ジェイファン。またほかの騎士らも、緊張のまま四人を見守っていた。

 続く長い沈黙を破って、先に口を開いたのはゲスディン王だった。しかしそれは、だれもが予想だにしていない言葉だった。

「なぜ黙っている、会議を持ちたいと言ったのはそなただろうに」

 草原に冷たいなにかが走った。取り囲む騎士たちは驚きに目を見開き、首を傾げた。ロスダルニャ王もそれを隠せず、またトルディアスタ卿とジェイファンも、極力堪えてはいたものの、わずかに目が泳いでいたと、ウォルドは見て取った。

 むろん、ロスダルニャ王は反論した。使者を送ってきたのはコモードであると。しかし、ゲスディン王は認めず、家臣を幾度か振り返り、厳しい口調で確認をしていた。

 次第に熱を帯びる口論に慌てて、サー・キャロスが進み出た。ブリランテ軍からもサー・エネレスが一歩出ようとして――ことは起こった。

 どこからともなく、一本の矢が打たれた。どちらを狙ったかは定かではないが、危うく言い争う二人の王に命中しようというところ、いち早く気づいたキャロスが剣を抜き、打ち落とした。

 とたん騎士らは咆哮し、剣を抜く。いきり立って振り上げた切っ先は、敵に向かって振り下ろされる。

 開戦の合図だった。



 「ウォルドから聞いたのよ。そうして――そのときに、ゲスディン王は亡くなった。彼には悪いうわさが多かったけれど、果たしてそれは真実だったのだろうかと、ウォルドはしばらくぼやいていたわ」

 そうだ、ゲスディン王に関する悪い評判は、三年前にもウォルドは口にしていた。

「ウォルドがあんなひどい怪我を負ったのを見たのは初めてだったわ‥‥結局、話し合いは余計にこじれてしまった」

 なるほど、経緯を聞けば、彼女やウォルドの母親の不安も頷ける。しかしチェリファリネの脳裏に浮かんでいたのは、昨夜のロスダルニャ王の――いやな笑みだった。

 なにかを企んでいるような。もはや、なにかを知っているような。

 さまざまな情報のなかに、嘘が入り交じっている。

「その直後にトルディアスタ卿も亡くなったと聞いた。処罰された、と。けれどどんな罪を犯したのかは、一切知らされてない」

 トルディアスタ卿――その話はいつか、チェリファリネも聞いていた。ほかにも数人の裏切り者が処罰されたと。たしかエネルジコにいたときに、旅の行商から聞いた。

 この国にその罪が伝えられなかったのは、その情報がコモードにとってひどい不利益をもたらすから以外にない。行商も、コモードの民でもほとんどは真実を知らないと言っていた。

 その行商ですら、どんな裏切りをしていたのかは知らなかった。

「騎士の面汚しよ」

 ロネウスが力強く言う。

「わたし、恥ずかしく思うわ。こんなことをしてなんの得があるのかしら、だからわたしは今回も同行して、犯人をつきとめたかったのよ」

 強い意志と決意をまなざしにこめて、ロネウスはチェリファリネを見つめた。きゅっと閉じた真一文字の唇は、真実、騎士にふさわしい。そう思えた。

 と、チェリファリネはいじわるを思いついて、尋ねる。

「どうして騎士だと思うのです?」

「あの場には騎士しかいなかった、とウォルドが言っていたの」

 すぐに返る答え。

「みんなが剣を抜くなか、ウォルドは弓を射た犯人を捜したそうよ。けれど見つからなかった」

 そして群から離れた騎士は、追ってきた何者かに襲われる。紋章のない白い楯を持った黒いマントの騎士だった。ウォルドはその騎士こそ、矢を放った悪党だと確信した。

 ――ジェイファン王子? いいや、違う。

 一瞬、記憶が鮮明に甦り、同時に疑問が浮かぶ。

 チェリファリネが島で見た騎士。ラグリマからフィーネ双山へ向かう途中で見た騎士。

 そのどちらも、白い楯に黒いマントを羽織っていた。そしてそのあとでジェイファンの企みを知り、あの騎士こそジェイファンだったと推測された。おそらく間違っていない。

 しかしこの会議に限っては、彼がそのような変装をすることは難しい。となれば、協力者が、おそらくコモードの騎士が扮していたのだろう。彼と繋がりを持った人物――歯がゆいのは、彼がだれと繋がっているのかが、彼女たちにはわからないことだ。

 ゲスディン王では、なかった。

「手のこんだことをして――なんの目的があったのでしょう」

 たしかに、これだけを見ると不可解だ。なぜ使者は出され、会議の場がもたれ、しかし戦場と化したのか。いいや、悪党にとっては、なにかの意味があったのかもしれない。


 事実、これはコモードの騎士、トルディアスタ卿の企みだった。そしてそれを彼女たちが知るのは、このあとずいぶん経ってからのことだった。

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