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 先に目覚めたウォルドに起こされて、レジェンは朝が来たことを知った。決して満足とはいえない眠りがため、体がだるい。遅くまで起きていたことは、自業自得ではあるのだけれど。

「おれは一度家に帰って、旅の支度をしなければならない。おまえたちも一緒に帰るんだ」

 てきぱきと身支度をしながらウォルドが言う。聞けば、王の出立は昼前だという。それまでに同行する騎士たちは準備を整え、残る騎士たちも留守中の仕事を確認したり、また荷造りの手伝いもしなければならない。急な旅立ちに、城内は朝から慌しかった。窓から見下ろせば、中庭を幾人もの召使いたちが横切っていく。また騎士らしい身なりの男がなにかを怒鳴っているのも見えた。昨日の会議にはいなかった顔だ。

 天気のいい朝、太陽はまだ低く、空は突き抜けるほどに青い。雲は早足に横切っていき、風は少しだけ肌寒かった。

 と、だれかが戸を叩き、入ってきた。チェリファリネだ。

「おはよう、支度は済んだ?」

「おれはもう終わる」

 ウォルドが答えて、次にレジェンに目を向ける。まだ寝台の上でぼうっとしていたレジェンは、おかしそうに笑いを堪える幼馴染を見て、ようやく自分のかっこうに気づいた。

「ひどい寝癖ね」

 指摘され、急に恥ずかしくなる。部屋の隅にあった鏡を覗くと、黒い長い髪が、重力さえも無視して乱れていた。

 レジェンが身なりを整えているあいだ、ウォルドとチェリファリネは椅子にかけ、ウォルドがいないあいだのことを話していた。うち、いくつかの注意はレジェンにも向けられる。すなわち、城にはなるべく近づかぬこと、遠くへは行かないこと、夜は必ずウォルドの家へ帰ること。

「心配しなくても、わたしたち、あなたを待ってるわ」

 チェリファリネがほほ笑む。答えるウォルドの笑顔は、どこか悲しげに見えた。小さく首を振り、友人から目を背け、騎士はため息をつく。

「もちろん、信じているよ、チェリファリネ。だが――」

 続けようとして口ごもる。悩ましく髪を掻き、それから、なんでもないと呟いた。

 三年ぶりに再会してから、ウォルドがこんな顔をするのはよく見ていた。不安げで、疲れているような、けれどレジェンらには語られない悩みなのだろう、最後には黙りこんでしまう。

 頼られないことも、なにもできないことも、歯がゆく思える。知らず止めていた手を再び動かし、レジェンはウォルドから目を背けた。

 と、突然、部屋の外が騒がしくなった。遠くから激しい足音が近づいてきて、なにごとかと思ううち、それは彼らの部屋の前で止まった。

 挨拶もなしに戸が開かれる。勢いに驚いて、三人は一斉に振り返った。

「ウォルド!」

 響く高い声とともに現れたのは、黒い胴衣を着込み、栗色の髪を耳下で揃えた長身の――けれど、女性だった。およそ女性らしからぬかっこうの女性は、ウォルドを見るなり駆け寄り、無言のうちに彼を抱きしめる。呆気に取られているレジェンやチェリファリネをよそに、彼女は大声で、ウォルドに訴えかけた。

「ああ、行かないでウォルド! 聞いたわ、あなたも、お父さまとともにコモードへ行くと」

 叫ぶような懇願に、ウォルドはため息をつく。それから優しく乙女の腕をほどき、なだめるように彼女の肩を撫でた。

「いいえ、ロネウス様。王にはわたしもご同行させていただきます。けれど、必ず――」

「ならわたしもともに参ります」

「ロネウス様」

 声色は優しくも、ウォルドは困り果てたように眉をひそめた。

 ロネウスと呼ばれた女性はしばらく、ウォルドが城に留まるか、さもなくば自分が旅に同行すると、彼に訴え続けた。

 身なりも男性的だが、ウォルドと並んでも低いと感じない背丈も、彼女を雄雄しく見せた。凛々しい顔立ちに切れ長の瞳は、なるほど、兄の面影がある。彼女が王を父と呼んだことから、このロネウスこそ、ロスダルニャ王が第二子、ブリランテの王女であるとわかった。

 まじまじと、彼女を観察する。なぜ女性であるにもかかわらず騎士のようなかっこうをしているのか、レジェンたちにはわからなかった。いいや、それよりも、女性がウォルドにすがっているのを見たのは初めてだった。

 視線に気づいて、ウォルドはレジェンを睨みつける。耳がほのかに赤く染まっているのがおかしくて、レジェンは小さく笑った。チェリファリネが気を使ってレジェンの隣に移ったことも、ウォルドをうろたえさせる。

 こんなご時勢でもなければ、きっとこの城は、騎士や従者ばかりでなく、婦人や乙女たちもいただろう。昨夜のような宴があれば、女たちとて酒を交わしたに違いない。そのようなとき、若く、腕もある、志したしかな騎士たる騎士、また見目も麗しいウォルドならば、きっと多くの貴婦人らを虜にしたろう。王女ロネウスが彼に恋をするのもふしぎはない。

 その愛が報われることはないのだけれど――なぜならば、彼はすでに恋人を見つけ、けれど彼自身、恋に報われずにいるのだから。

 ようやく王女をなだめ、椅子にかけさせると、ウォルドは大きく息をついた。レジェンも身支度を終え、窓際の寝台に、チェリファリネと並んで座る。そのさまを見てウォルドが悔しげに顔をしかめたのを、レジェンは見逃さなかった。

 咳払いを一つして、王女に向き直る。

「ロネウス様、わたしの身を案じてくださっていることには、深く感謝いたします。けれど、わたしは必ず、ここに戻って参ります。どうぞそれまで、お待ちください」

「いいえ、ウォルド。あなたは城に戻っても、またすぐに、次はハオン島へ向かうんだわ。わたし、知っていてよ。お父さまから聞きましたもの――そちらのお二方をお送りするのでしょう?」

 ちらりとレジェンらを見やって、彼女は会釈をした。初対面だというのに、どこか挑戦的な敵意すら伺える。やれやれといったふうに、ウォルドはまたため息をついた。

「それにあなたは、わたしがどんなに待ったとて、結局はいつも逃げてしまわれる。だからわたしは、いつもあなたについて回るしかないのですよ、ウォルド」

 真剣なまなざしで見つめるロネウスに、ウォルドは目を逸らせなくなる。

「だからといって、女性であるあなた様が戦場にお出になることは看過できません」

「訓練は積んでいます。たとえ死んでも本望ですわ」

 忠告をきっぱりと一蹴する。

 彼はわかっている。彼女はいつだって真剣だ。その場しのぎのごまかしが、いつまでも通じる相手ではない。かといって、彼女がもはや彼の愛を諦め、それを得ること自体が目的ではないとも、薄々気づいていた。

 ウォルドは口をつぐんだ。そういう相手をなだめ、決意を諦めさせるのは、ひどく骨だ。

 双方が譲らぬうちに、部屋をまだ幼い侍従が訪ねてきた。朝食の準備が整ったらしい。ロネウスは渋々食堂に向かったが、ウォルドたちは辞退した。というのも、ウォルドは一度家に戻らねばならなかったから、ここでゆっくりしては間に合わない。

 だれもが食堂に向かうなか、逆らうように回廊を抜けて、厩から連れ出した二頭の馬に跨る。城外に出ると風はいっそう強く吹いていて、急ぐ彼らの先を阻んだ。

 雲行きが怪しい。レジェンはそう思ったが、口にはしなかった。

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