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 「どうして黙ってたんだ」

 家に帰りつくなり、レジェンはウォルドに問うた。が、ウォルドはなにを問われているのかがわからず、友人の不安げな瞳を、しばし見つめ返していた。

 城からおよそ二時間。夕時までに城に戻らなければならないことを考えれば、自由な時間はそう長くはない。かといってジェイファンのことを考えれば城に留まるも居心地が悪く、また家で待っているウォルドの母のことを思いやれば、手間でも戻るに異論はなかった。

 厩に馬を休め、家に入ろうとして、またも表向きになっている木製の剣を裏返す。小さくため息をついてから再び友人に向き直ったウォルドの顔は、すっかり疲れているように見えた。

 目を逸らす。彼に対して、レジェンは償えない申し訳なさを感じていた。

「ぼくたちの無事の帰宅を誓った、だなんて。どうして黙ってたんだよ」

「ああ」

 思い出したようにウォルドが頷く。次に島へ渡る船に二人を乗せることを王に願ったとき、彼はその誓いを口にした。

 考えてみれば、ごく自然な成り行きだったように思う。三年前、レジェンたちが島を離れたとき、最後に別れたのはウォルドだった。そのあといつまでも二人が戻らないでいれば、家族の非難の目が彼に向けられるのは当然のことだ。たとえそうでなくとも、ウォルドの性格を考えれば自分から申し出ることは疑いない。

「いや‥‥ごめん」

 答えを待たずに、レジェンは言った。ウォルドはただ、ほほ笑んで首を横に振るだけだった。

 彼の性格を考えれば。言うはずもない、おのれの立てた誓いを他人のせいにするなど、騎士道に倣えばふさわしくない。むろん、なかには志の正しくない騎士もあるが、ウォルドがそのような恥ずべきことをしようはずがないことを、レジェンは十分に心得ていた。

「無事に帰れればそれでいい」

 言いながら、ぽんとレジェンの頭を叩く。ウォルドは続けようとした言葉を、けれどやめ、飲み込んだ。

 わかる気がした。レジェンやチェリファリネも、あの人の帰りを待ち続けているのだから。兄の帰りを待ち続けているのだから。

「早く帰らなくちゃあね」

 チェリファリネがそっと囁いた。レジェンは黙ったままに頷き、三人は家へと入っていった。



 彼らが再び城へ向かったのはそれから一時間もしないうちのことで、けれど着いたころには日はすっかり落ち、月のまだ出ぬ空には星々がちらちらと瞬いていた。

 三人はよくもてなされた。先ほどは気になった騎士たちの睨むような目も、今はいくらか和らいでいる。回廊を漂う食事の匂いのためだろうか、腹を空かせた人々は、小さな客人をむしろ歓迎した。通された食堂に入れば、なるほど、戦時にこれほどの食卓は珍しかろう。

「でも、それにしては豪勢すぎるわ」

 レジェンの耳元でチェリファリネが呟く。たしかにそうだ。昼に会ったロスダルニャは、ずいぶん質素な印象の王だった。だのに、大きな食卓に並ぶのは柔らかなパンと焼かれた肉の塊、彩り豊かなサラダに、ヘオン大陸、ルスティコの銘酒リトミコの樽も開けられていた。

 このありさまに、ウォルドもやや呆れたようにため息をついた。それから二人の背を押して、王の側の席へと進む。

 ロスダルニャは変わらず優しげな微笑で彼らを迎えてくれた。レジェンには隣に座るように勧め、その隣にチェリファリネ、ウォルドと並ぶ。王の反対側の席に目をやれば、王子ジェイファンが、レジェンを睨むような目で見ていた。

 隣は空いている。

「今日もパリス嬢はみえないのか」

 背後に立つ兵に、王が尋ねる。ジェイファンの切れ長の目がわずかに大きく開かれ、すぐに背けられた。

 兵は首を傾げただけだった。王は、そうかと小さく頷いた。それから卓を見渡し、みなが席に着いたことを認めると、立ち上がって杯を頭上に掲げた。一同がそれに倣う。

 ラドリアナ教の習わしだ。こういった食事の前には、必ずお祈りをし、神への感謝の言葉を述べる。突然のことにレジェンが戸惑っていると、チェリファリネが小声で指図し、助けた。島にいたころブリランテ軍の手伝いをしていたチェリファリネは、こういう場面によく慣れていた。

「どうか今夜だけは、なにごとの苦しみも忘れ、飲み、騒ごうじゃないか」

 言い切って王が腰を下ろすと、続いて全員が椅子に掛けた。食卓は賑やかしくなり、給仕の乙女たちが騎士たちのあいだから次々に皿を卓に増やしていく。

 不自然なほど、この上なく、よく満たされた食事だった。王の前でありながら、騎士たちは分け隔てなく会話を楽しみ、酒を飲み交わした。王もそれを楽しみレジェンにも酒を勧め、酒樽はあっというまに空になった。幸いには、家業のためにかレジェンは酒に強く、悪酔いすることがなかったことだろうか。リトミコは強い酒だと聞く、気がつけば卓にいた騎士たちの半分は、いつのまにか堂内からいなくなっていた。

「調子に乗りすぎだ、みんな」

 ウォルドが苛立ったようすで言った。彼も最初の一杯は飲んだものの、さすがに騒ぐ気にはなれないのだろう。

 それはだれの目から見ても不可解だった。いくら王が望んだからといって、戦は楽な状況じゃあない。終わりの見えているものですら、ないのに。

「王、これはいったいなんなのですか? わたしたちは今、酒に酔っているばあいではないはずです」

「むろんだとも」

 ウォルドの問いかけに、平然と王は答えた。

「だが、サー・ウォルド。戦は、もう終わるのだよ」

 ぐいと杯を傾け、ロスダルニャは口を拭う。生やしたひげをふわふわと撫でて、卓の騎士たちをぐるりと見渡した。

 満足げに彼はほほ笑む。

「昼にコモードから使者が送られてきてね、きみたちが帰ったあとだ。あちらは話し合いをしたいと言ってきたよ。わたしは明日にも発つつもりだ」

「コモードへ、ですか?」

「むろんだとも」

 大きく、力強く王が頷く。それを聞いていた騎士たちも、うれしそうな笑みで主君を見つめた。

「長い戦だった。しかし、それももう終わろう――が」

 言葉の途中、不意に王はレジェンを見やった。

「ずいぶん、酒に強いな」

 およそ両の手の指だけでは数え切れないほどの杯を空にした客人の肩を、ロスダルニャは上機嫌に叩いた。とたんに騎士たちは笑い出し、レジェンは曖昧に笑い、チェリファリネも呆れたように息をつく。ウォルドはまだなにか言おうとしていたが、王はすでに酔ってしまっているのだろうか、話題はすっかりさくら酒の話にすり替わってしまっていた。ガウリスがさくら酒の蔵元の子だということを、王は覚えていたらしい。

 やがて遅く出た月が堂内を照らし始める。柔らかな光に程よく酒の回った騎士たちは眠りに誘われ、次々に食堂から去っていった。残っている者たちは酒の飲めないものか、あるいはウォルド同様、戦中の宴をよしとしない騎士たちだった。彼らが一様に王を疑いの目で見ていたことは、きっと王も気づいていただろう。

 先ほどまでの騒ぎが嘘のように、堂内が静まり返った。重たい空気に包まれて、だれも、なにも言わない。

 と、王がおもむろに立ち上がり、ここに残ったものだけに向け、厳かに口を開いた。

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