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 ジェイファンの前まで進み出て、ウォルドは膝をつき、レジェンらも続いて丁寧に挨拶をした。ジェイファンはレジェンの顔をまじまじと見つめ、やがて、小さく息をついた。

「顔を上げろ」

 言われて、三人は豪奢な椅子に腰かける王子を見やる。見れば見るほど麗しい男だと、レジェンは思った。

 しかしその藍色の瞳には憎しみが伺える。恋人の裏切りに狂った、呪うような悪意を感じる。疑いない、それは他ならぬ兄、ガウリスに向けられていた。

 今ここに、ガウリスはいない。だが、ガウリスによく似た弟のまなざしを見れば、かつて、いいや、今も抱く彼への憎悪に、王子の心は掻き乱されるばかりだったろう。

 しばし、彼らは互いに見つめあっていた。当人たちには、睨みあっていたといったほうがよほどふさわしかろう。やがて視線を逸らしたのは、二人同時だった。

「今朝は失礼した」

 ジェイファンが小さな声で言った。おそらく、この四人のほかには、この言葉を聞き取ったものはないだろう。

 というのも、ちょうど、国王ロスダルニャが広間に入ってきて、居並んだ騎士や兵たちの集中が、一斉にそちらに向けられたからだ。

 振り返り、歩み寄ってくるその人物を、レジェンは観察した。王は背が高く、けれど年齢のためにかやや腰の曲がった、いかにも人のよさそうな笑みを浮かべていた。整えられた長い白髪には黄金の冠を戴き、上等の、朱色のマントを羽織っている。腰元には古いけれど一目でそれとわかる、ダロンの剣を下げている。が、意外なことには、彼はそのほかに輝くものを身につけてはいなかった。

 どの国で見るより、質素な王だとレジェンは思った。今は戦争中なのだから当たりまえかもしれない、しかし、それにしても飾り気のない彼に、レジェンは不相応とは思いつつも、親近感を覚えた。口許に生やした柔らかなひげも、初めて会う相手だというのに、どこか懐かしく思える。

 ウォルドはまた、丁寧に挨拶をした。次にレジェンとチェリファリネを紹介する。レジェンがガウリスの弟だと知ると、この人のよい王は、うれしそうに、けれどすぐに残念そうに目を細めた。

「彼を失ったことは、わが国にとっても大きな損失だ。あなたは誇るがよい、あなたの兄上は、とても勇ましき青年だった」

 低く、温かな声は、どこまでも響いたかに感ぜられた。兄はまだ生きている――言おうとした言葉は、優しい笑みにかき消される。

 言わなくていい。言ってはならない。たとえ兄が帰ってくることがあっても、彼はもう、王家には裏切り者でしかないのだ。彼は必ずや、王子の恋人を連れ去るだろう。その事実は、この王にはいらない。

 だが、言わずにいたいことほど、隠し続けてはいられぬものだ。

 王が玉座に腰を下ろすと、ウォルドはなぜ二人をここに連れてきたのかを、簡単に説明した。ベローチェで二人に出会ったこと、ここ三年、彼らが行方をくらませていたことから不安に思い、連れ帰ったこと。そして、レジェンはガウリスの弟であるから、王にぜひ挨拶をしたいと尋ねたこと。しかし、なぜベローチェに行ったのか、途中だれに会ったのかは、ウォルドは言わなかった。

「そこで、恐れ多くも、王にお許しをいただきたく、申し上げます」

 緊張にか、ウォルドの声はかすかに震えていた。ロスダルニャは真剣な瞳で若い騎士を見つめ、次の言葉を待った。

「次に島へ渡る際、彼らも船に乗せていただきたいのです。しかし、決してわが国を優位にするためではなく、善意にのみよって、彼らを送り届けたいのです。というのも、実はわたしは、彼らの家族に無事の帰宅を誓っているのです」

 思わず出かけた驚きの疑問符を、レジェンたちは飲み込んだ。代わりに目を見開いてウォルドを見つめる。

 そんなこと、彼は一度も言わなかった。

 わずか、二人を悲しげに一瞥してから、ウォルドは王に向き直る。その横顔には、誓いに従順な、真実の騎士の姿が見える。

「なるほど、あの一件ののち、行方の知れぬ島民のことはわたしも聞いている。そうか、ガウリスの兄弟だったな」

 王はすぐに頷いた。

「名誉にかけて、二人をなにと引き換えることなく、島に送り届けることを誓おう」

 王の宣言に、居合わせた者たちはざわめいた。多くはこれぞ冠にふさわしきと王を称えたが、なかにはせっかくの機会をみすみす逃すのかと呟くものもあった。無理もない、この決して優位とはいえぬ戦のなか敵を救うなど、どうして胃の腑に落ちようか。

 ジェイファンの顔にも、そのような不服の色が見えた。眉間にしわを寄せ、幾度か口を開きかけては、しかし押し黙る。というのも、もう父王は決めてしまった。それも正義の決断であるなら、説き伏せて覆すには、なにを言おうと理由に足りない。

 が、王が言葉を続けると、一同はまた静かになった。

「しかし」

 ロスダルニャはレジェンとチェリファリネを、まっすぐに見つめた。優しいけれど厳かな口調に、嘘もごまかしも許されぬ雰囲気を、レジェンは感じた。

「この三年、なぜ、どこへ行っていたのか、願わくば聞いてみたいものだ」

 責め立てるものではない。王は変わらず、柔らかな笑みを口許に湛えている。が、レジェンとチェリファリネには、重く突き刺さるものを感じずにはいられなかった。

 静けさが広間を包む。風が通る音だけがかすかに抜けていく。陽光さえもうるさく思える。レジェンは思案し、やがて、告げた。

「兄は生きています」

 ジェイファンの眉がわずかに動いた。

「兄をさらった悪党を追って、ぼくたちは島を出ました。しかし、もう二度と兄に会うことはないでしょう。この国にも、もう戻ることはないと思います」

「そうか」

 王は短く答えると、寂しそうに眉尻を下げ、それから改めて二人を無事に島へ送ることを約束した。

「兄に劣らず、勇ましい弟よ。わたしは生涯のうちに、あなたがたに会えたことを心から誇りに思おう」

 王は二人の客人の手を取り、固く握った。レジェンは気恥ずかしさにうつむきながらも、丁寧に礼を述べた。

 答えにウォルドは安堵の笑みを見せた。それから丁寧に感謝を述べ、島に発つまでは二人を自らの家でもてなすことを宣言した。

 王が客人との会食を望んだため、その夜にまた城を訪ね、夕食をともにすることを約束し、三人は城をあとにした。

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