田舎町カンティーラ『ティティ薬屋』
ふんわり設定のふんわり世界観の話です。
自サイトに上げていたものですが、サーバーのサービスが終了してしまったので少し手直しをして、こちらへ移動しました。
ここはカンティーラという田舎町。
この町のとある路地にこう書かれた看板がある。
『何でもおなおしいたします。 ティティ薬屋』
木の板に彫られた看板は音を鳴らし風に揺れている。
古い建物が並ぶこの町に同化する様にひっそりと、煤けた茶色のレンガのお店。
店に対しては大きなガラス窓。そこから覗くと店内の様子がみられる。
いろいろな草や、薬、怪しげなランプ、クッキー、ノート…さまざまな物がその店には置いてあった。店の中に一人の少女が椅子に座り退屈そうに歌を歌っていた。
さて、ここの店主。カルセ=イムは店の奥の机にいた。淡いオレンジの光の下で図鑑に目を通す。ぱらぱらとめくり、その視線は店のガラスからこちらをうかがう女性に向けられた。
あちらからこの位置は見えない。女性はきれいなブロンドの女性だった。整った顔立ち、すらっとした背、美しい体。誰もが目を奪われる女性…。
そんな女性がなぜこんなところにいて、なぜこの店を覗いているのか…店主は軽く頭をかいた。
店内にはもう一人、幼げな少女がいた。少女は女性の姿など目もくれず、歌を歌っている。最初はつまらなそうに歌っていたが、だんだん楽しくなってきたのか、今は笑顔で先ほどよりも大きな声で歌っている。決して音痴ではないのだが…歌詞もメロディーもめちゃくちゃだった。
きのこが悪い木の妖精に立ち向かう前に、人間に食べられてしまうがそれは毒キノコで人間は毒ゆえに一心不乱に剣を振るう。その剣に悪い木の妖精が倒されてしまう。といったものだ。自作なのだろう…店主はどうにも、こうにも行かないといった感じで首を軽く振った。
歌をひとしきり歌い終わり、少女はこちらを覗く女性に気づいた。女性と目が合ったのだろう。にこ、っと微笑むと扉まで走り、扉を開けた。
「こんにちわ!御用は店内でお聞きいたします」
店主は苦笑をこぼした。
お客さんのご来店。
少女が引っ張るように女性を連れてきた。女性は驚いたまま、店主の目の前に座らされる。
「あ、あの…私、そんなつもりじゃ…」
「ええ。わかっております。さぁ、どんな薬がお望みで?」
店主は微笑んで問いかける。女性は今度はおろおろしていた。店主はまっすぐ彼女を見る。女性は困ってしまい、自然と視線は少女に向けられた。少女はただにっこりと微笑み返した。
その微笑にためらってから、店主を見た。
「先ほどからこの店を覗いておられましたね?」
彼女が見てから口を開く店主。少し間を空けてから彼女はうなづいた。
「私、歌手なんです」
「嗚呼。道理で美しいと思いました」
「うんうん。綺麗だよね、おねーサン」
彼女の言葉にうなづく2人。彼女は苦笑をこぼして、
「でも、駄目なんです……ある時から歌が歌えなくなったんです……理由もわかりません。私は歌手です。それを誇りに思っています。ですから、”歌えない”なんて言えません。
歌いたいのに、なぜか声がでないんです……疲れているだけだろうと数日間お休みをいただいて気分転換に、と旅行を進められあてのないま馬車に揺られ、この町へ」
そうに言うと、彼女は少女を見た。
「歩いていたら、このお店からこのこの歌が聞こえて足を止め、ついみてしまってました……」
「わぁ、おねーサンあたしの歌を聞いてたんですか?お粗末さまでした」
少女はぺこりと頭を下げた。
「え、え?こちらこそ、勝手に聞いてしまいごめんなさい…」
女性も頭を下げた。店主は頭を軽くかいて
「あー…では、貴方は歌が歌えるようになる薬がほしいのですね?」
店主の言葉にぱっと顔を輝かせ、何度もうなづいた。
「あるのでしたらぜひ!」
「無いことも無いのですが…」
歯切れの悪い言葉に彼女はみるみる不安な表情になる。
「…クリエ、戸棚の下から二段目の左端にあるものを出してもらえるかな?」
「はいなっ!」
少女は片手を挙げて、少し早足で後方へ行った。しばらくして戻ってきたとき、女性の前に小さな小瓶を差し出した。
「これは…?」
そっとそれを受け取り眺める。小さな小瓶はガラスで出来ており、店においてあるランプの光を反射して綺麗に輝いていた。
「貴方にぴったりの薬だと思いますよ。用法は簡単。その中に入っている薬を歌いたいときに2粒噛んで下さい。そして、右手の人差し指を上に向かって差し出してください」
「それだけで…?」
「はい、それだけです。まずは試してみてください。もし効かないようであれば代金はお返しいたしますし、新しい薬を差し上げましょう」
彼女は店を出た。その薬は銅貨3枚とかなり安いものだった。少女は彼女を見送ってから店内に入る。そして店主を見上げた。
「いいんですか?あれってお手伝いしてくれた子供たちに渡すお菓子ですよ?」
「いいんですよ。彼女はあれが薬ではないことを知っていますから」
「??」
「歌手の世界は厳しい世界だと聞きます。彼女はまだ出始めなのでしょう。あの容姿で歌が上手いとなると、周囲の期待もかなりのものでしょうね。
彼女は知らず知らずのうちにそれをプレッシャーに感じてしまい、失敗したら、期待に添えなかったら、とどんどん追い込まれていったのでしょう。
周囲の人にも幻滅されたらと思うと、言えない。弱音を吐くと、その弱みにかみつく人もいますから」
「かみつく?」
「ええ。そんなことぐらいで歌手ができるか、やめてしまえ。とか、有名になるのだったらこのくらい耐えて当たり前、なんて言われるらしいですよ。それで何人もの歌手が辞めていったとか」
「こわいせかいですね」
「怖い世界だからこそ、何か支えがほしかったのでしょうね。先ほど渡したものは、一時しのぎにはなると思います。後は、彼女次第ですね」
少女は店主の言葉に首をかしげた。店主はそんな少女の頭を2,3度軽くたたいて、微笑んだだけだった。
それから数ヵ月後、都会でとても綺麗な歌手が大ブレイクする。何でもその歌手は歌う前に右手の人差し指を上に向かってさしだすそうだ…
都会から離れた田舎町にその話が舞い込むのは、それからもう少し先の話…
**END**