落下
他に助けを求めようにも王は自分の身を自分で守っているし、王宮魔術師達は廷臣を守っています。
単純な力比べでは自我の無い人間の方が勝ってしまうでしょう。
「何かっ。私にもできること・・。」
そんな事、思ってもどうしようもない。
魔力が無いのです。
私の今まで為してきたことは人の力を借りてきたことばかりです。
こんな時何もできない。
すると、殿下は目を細めて口端をあげました。
明らかに作り笑顔だけども、私を安心させようとしてくれているのがわかります。
攻略対象者だけあって基本スペックは素晴らしい人なんだと改めて思います。
「ならば、お願いがある。」
「何でもっ。私にできることがあれば何でも仰って下さい。」
この場でできる事なら何でもします。
そんな気持ちで食い気味に答えます。
「仮面を取って、僕に口づけてくれないか?」
「はっ?」
思わず間抜けな声がでました。
「頼む。」
頼む殿下は相変わらず凜々しい表情です。
あれ?聞き間違えたかな?
って思うくらいに。
「いやっ。それはっ。」
「無理かな?」
また、にこりと殿下が笑います。
たらりと頬から顎に汗が流れ落ちていきます。
「今それする意味がわかりません。」
「意味はあるよ。きっと、僕の攻撃よりずっとね。・・・じゃあ、仮面は取れる?」
「はっ。はい。」
仮面だけならと私は命令に従いました。
一瞬攻撃が緩みます。
見上げると主人公は呆気にとられたような顔をしています。
状態異常ながらも、私のあっさり顔に驚いているみたいです。
あんた誰?
と、主人公も顔芸で伝えてきてます。
この乙女ゲー顔芸が出来る人じゃないとダメなのかもしれません。
こんな時なのに、攻撃が緩んだのは嬉しいことなのに、何とも複雑な気持ちになります。
殿下の口元からフッと笑いが漏れる音がしました。
更に傷つきます。
「ホラ、効果あったでしょ。」
言うと、殿下は私の額にチュッとリップ音をさせて口づけました。
「えっぇっっっ?!」
私の間抜けな声を無視して殿下は頭上に掲げている手はそのままに、両頬・瞼とどんどん口づけを落としていきます。
殿下の汗がぽたりと私にかかります。
正直なこと言いますと・・・気持ち悪いです。
助けてくれる人に大変申し訳ないのですが、気持ち悪いです。
キスと汗。
結構なダメージです。
私だけではなく主人公もダメージを受けたようで、ふわふわ浮いていた主人公は水球を内側から叩きつけるようにたたき始めました。
可憐な主人公らしくもなく蹴ったりもしてます。
前世、ヤードで空段ボールを蹴っていた自分を思い出して共感してしまいました。
腹が立つと蹴りたくなります。わかります。でも、見えない所でやろう。スカートの中がチラチラ見えてしまっています。
視界が案外クリアになっている事に、気づくと攻撃は止んでいました。
あれだけ叩いたり蹴ったりしていれば攻撃どころではないでしょう。
殿下はシールドを補強していた手を下ろし、胸元に差し入れました。
出てきたのは指輪です。
私が馬車で落としたそれです。
殿下は私の手を取ると、指輪を嵌めました。
主人公は水球の中でうずくまり両手で顔を覆ってました。
あれさっきまでぷかぷか浮いてたのに、急に重力が生じたみたいです。
それも不思議ですが、orzのポーズをリアルで初めて見ました。
完全に戦意を消失したみたいです。
そこに王宮魔術師団が集合し水球を取り囲みます。
殿下が私の手を引き壇上から降ります。
王も知らない内に退避したようで壇下に退避していました。
先ほどまでの攻撃を逆に受けるかのように水球に光の刃が次々に向けられています。
段々皹が入り、水球の形が崩されていきます。
どうも、主人公の内からの打撃でも罅が入っていたみたいです。
攻撃を仕掛ける中に他の攻略対象者達がいました。
何故か私の兄たちも。
そして、どれほどの時間が経ったのでしょうか?
水球の形は消え、中から主人公が落ちてきました。




