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★ 前編



「エレトーン! お前との婚約を破棄する!!」



 高等部の卒業パーティーで高々と宣言したのは、この国の王太子。アラート=ロースビートだ。

 卒業すれば、次期国王として国のため国民のため、施政に携わっていくだろう王子である。


 そして、この学園高等部の卒業パーティー、明日からは短期の休暇をえて、様々な職に就く貴族の子息達が集まっている場所。

 けして、婚約を破棄する場所ではない。



「……婚約を……破棄ですか?」

 エレトーンと呼びつけられた女性は、小首を傾げた。

 急の事で理解が出来なかったのだ。

 「そうだ。お前みたいな辛辣で傲慢な女とは婚約を破棄し、私はこのカリンと婚約する事にする!」

 とフワフワとクセっ毛で可愛らしい令嬢を、自分の腕の中に引き寄せた。

 カリンと呼ばれた令嬢は、ちらりとエレトーンを見た後アラート王子にしがみついて見せた。

 勝ち誇った様に見えなくもない。



「……却下」

 何処からか、低い低い声が会場に響いた。

 「は?」

 アラート王子は、気のせいかと眉をひそめる。

「却下しますわ」

 その声は、目の前の女性。エレトーンだった。エレトーンは持っていた金の扇をバサリと開いた。

「お前に却下など出来る訳ないだろう。エレトーン」

 アラート王子は小バカにした様に問う。

 自分と、婚約を破棄されたくない気持ちは理解が出来るが、王子であるこのアラートが命ずるのだ。却下などあり得ない。


「出来ますわよ……だって、そもそも、破棄ではないでしょう? 解消、或いは撤回、白紙の間違いではなくて? アラート殿下」

 エレトーンはバカにした様に言った。

 どの口が "婚約破棄" だなんて言うのか、理解が出来ない。

「は?」

 一瞬何を言われたのか理解が出来ず、アラート王子はエレトーンを見た。

「非があるのは、どう見てもそちらでしょう? 婚約の破棄を申すのであればこちら、ハウルベックの方からですわよ」

 エレトーンは今度は扇をバチンたたむと、カリン達に先を向ける。バカはどちらか……分からせているのだ。


「何を言っている! 白紙? 撤回? 貴様の所業の悪辣さ―――」

「所業とは何かしら?」

 アラート王子の言葉をバサリと扇を広げ、ブッた切る。そして、自分にヒラヒラと優雅に扇ぐエレトーン。

 婚約破棄をされている場面には見えない程、優雅で優美であった。

「なっ!」

 言葉を遮られ苛立ちをみせるアラート王子。

 それを、袖をぎゅっと掴みワナワナと震えてみせるカリン。


「い……色々やったではないですか!!」

「お黙りなさい」

 バチンと扇を手のひらで畳み、カリンの言葉を、エレトーンは押さえつけた。

「……っ!」

「一介の男爵家ふぜいが、殿下と侯爵家の会話に口を挟むなど、礼儀知らずも甚だしい」

 只でさえ、今は一応部外者だ。しゃしゃり出てくるなど、礼儀としてあり得ない。

「そうやって、彼女を虐めるなエレトーン!」

 アラート王子はカリンを、さらに庇う姿勢に出ていた。

 彼女を囲む男3人も、守る様に半歩出る。



「虐めてなどおりません。むしろ礼儀作法を教えたまでですわ」

「貴様はそうやって、いつもいつもカリンを虐め、見下していた。だから婚約を破棄するのだ!」

 アラート王子はさらに、彼女を守ろうと鼻息荒く言い放つ。

 なにか勘違いをしているみたいだが、イジメていたのはエレトーンではない。カリンが常識はずれ過ぎて、イラついたどこか他の令嬢がやった事だろう。

 ではなければ、こうやって注意されている事を、自分をイジメたと勘違いしているに他ならないのだ。

「ですから、破棄ではなく、解消・撤回・白紙の間違いではなくて?」

 そして、アラート王子とカリンを見て冷たく微笑む。

「そもそも。この卒業パーティーに、婚約者である私ではなく違う女性をエスコートしている時点で……俺は不貞を働きましたと訴えている様なものでしょう? ですから、破棄をするのはこの私、エレトーン=ハウルベック。アラート王子、貴方との婚約、破棄させて頂きます」

 とは言ってみたものの、こんな茶番劇みたいな婚約破棄なんて、国王陛下や王妃がすんなり許す訳などないのだけど。

 一応、名誉のために弁解と破棄はこちら側と、伝えておく事にしたのだ。

 白紙ならまだ許したものを……。エレトーンは内心呆れていた。



「……なっ!」

 エレトーンにそんな事を言われると思わなかったアラート王子は、口をパクパクさせていた。

「貴様!」

 とアラート王子は何かを言い返そうとした時、脇にいたカリンがクスリと笑って抑えた。

「いいじゃない。これで破棄出来たんだもの」

 たとえ何を言われようとエレトーンからアラート王子を奪い取れて、満足なのかもしれない。

「そうだな、カリン。卒業したら、俺達の結婚式を開こう」

 アラート王子は、カリンの頬を撫で勝ち誇った様に言った。

 これで、円満解決したとでも思っている様である。



「これから大変だとは思いますが。どうぞお幸せに」

 エレトーンは深々と頭を下げ、綺麗なカーテシーを見せるとドレスを翻した。色々と大変だろうに……。

 何も分かっていないアラート王子達に、心からお悔やみを申し上げ、今日はもう疲れたから、お風呂に入って寝よう。明日の事は明日考えよう……と。出口に向かった。


「ふん。大変なのは、お前だろ? 平民か修道院送りなるんだ」

 帰ろうとしているエレトーンの背に、アラート王子と取り巻き3人のバカにした声がした。

 なぜか、王子と婚約破棄されたエレトーンが、当然の様に平民落ちになると思っているらしかった。

 たとえもし、こちらに非があったとしても、平民落ちや修道院送りを決めるのは、この婚姻を決めた陛下であって王子ではない。

 王子がいくら、息巻いた処でエレトーンがそうなる事はないのだ。陛下は王子と違ってバカではないのだから。


「なんだか、とても勘違いしておられる様なので、言っておきますけど……」

 勘違いされたままでもいいのだが、なんだか癪に障ったので今、この場で伝えておく事にした。

「もし平民になられるとしたら、殿下達だと思いますが?」

 呆れながら扇を弄ぶ。

「はぁ? 貴様はバカなのか? 何故王太子の俺が平民になんてなるんだ!」

 まだ分からないのか、アラート王子達はバカにした様に笑った。


「私との婚姻は、なんのためにあったとお思いですか?」

「貴様の親が、権威欲しさに勧めた婚姻だろうが」

 アラート王子は、エレトーンの家が権威欲しさに勧めた婚姻だと思っている様だった。

 確かに権威欲しさに婚姻を結ぶ貴族もいる。だが、その前に家同士の結び付き、王族の誇示のための婚姻もある事を知らないのか、考えたくないのか、ば○なのか。

「アラート王子の母君のご実家の爵位が伯爵だったのはご存知で?」

「そのくらい知っている!!」

「第2王妃のご実家の爵位は、侯爵……この婚姻はアラート殿下を国王にさせるための婚姻だと知ってまして?」

 第2王妃にも王子は生まれている。第2王妃派を抑えるため、爵位の高い侯爵家の私が選ばれたのだ。

 だから、私との婚約がなくなれば、アラート王子は王太子ではなくなる訳で……分かっているのだろうか?


「はん。そんな事か。勿論知っている。だからこそ、こうやってコイツらを味方につけたのだ」

 と3人を見た。一応考えてはいたらしい。

 名前は省くとして、侯爵・伯爵家とそれなりに力のある家の子息達だ。一見は。

「役に立つのかしらね?」

 皆をクルリと見て、思わせ振りに訊いてみる。

「貴様と同じ侯爵家だ。アラート王子を支えられる」

 息巻くのは侯爵家の嫡男。確かに遜色はない。

「……この一件がなかったら……でしょ?」

 エレトーンは呆れて笑っていた。

 侯爵家という肩書きに、周りが見えていないらしい。

「……どういう事だ」

「あなた……親、いいえ家同士が決めた婚約者がいらっしゃったでしょう? なのに、こちらのご令嬢に入れ込んで……ご両親が大変憤慨なさっておいでなのはご存知?」

「……」

「次男に家督を譲る算段を、付けているらしいですわよ?」

 まぁ……これは、貴方の婚約者からの情報ですが。

「なっ!?」

 何も知らなかった、気付いていなかったのか、ズボンを力強く握り震えていた。

「それもそうよねぇ。ご両親が決めたご婚約者を蔑ろにして、知らない令嬢を……しかも、爵位が低すぎる上に常識知らず……考えるまでもないと思いますけど?」

「貴様が……貴様が告げ口したんだな!?」

 理解したくないのか、エレトーンのせいだと言い始めた。パーティーに参加している周りの常識人達は、先程から冷ややかに見ているのに気が付かない様である。

「告げ口は私ではなく、そこらにいる警護の方々だと思いますけど?」

 と自分達貴族の子息令嬢を護る、警護隊を見た。

 拐われたり、怪我を負わされたりない様に、家や学園側が用意し配備している警護隊である。

「「「は?」」」

 何も知らなかった、分かっていなかったのか、この言葉にアラート王子も取り巻き達も驚愕していた。何故彼等が、告げ口するのかが理解出来ないらしい。


「この学園は平民の学校と違って、お遊びの場ではないのですよ? これから社会に出て、この国を担う方々なのですから」

 と周りをわざと知らしめるために、一回り見てあげる。

「……ですから、私を含め皆様の言動は……そこにいる警護隊や侍女達からすべて、両親に伝えられます。学園で何をし何を学んでいるのか、そのすべてを……ね? その女性を虐める? そんな事をしても私になんの得が?」

 査定されているのに、そんな事をして経歴に傷がつくなんてバカバカしい。そんな暇があったら、これから重鎮になりえる人との交流に時間を割くに決まっている。

 未来の宰相・大臣・大神官、色んな方々が勢揃いだ。親交を深めておいて、何一つ損はない。


 エレトーンの言葉に、ハッとした一部の令嬢達が震え始めていた。おそらく、カリンをイジメていたのは彼女達だろう。エレトーンの言葉に、やっと自分達がしでかしてしまった言動に恐怖を覚えたのかもしれない。


「……しっ……嫉妬に我を忘れて!!」

 アラート王子達は、誰ともなく声を上げた。

 どうにもコチラに非があると言いたいらしい。だから、正直に言ってあげる。

「愛してもないのに?」

「……は?」

「アラート殿下を愛してもいないのに、嫉妬も何もありませんわよ?」

 アラート王子を1度として愛した事はない。むしろ、軽蔑している。

「……」

 アラート王子は心外だったらしく。言葉を無くしていた。

「愛してもいないのに、結婚しようとしてたの!?」

 やだ!! ヒド過ぎるわ、とアラート王子の腕にくっつくカリン。


「それが、貴族ですの」

 エレトーンならず、周りにいた貴族も引いていた。

 勿論愛して婚姻を結ぶ人もいる。だが、大抵は家同士の婚姻が先、愛は後。ついて来るか来ないかは、その人達と運次第。

「私達には愛があるの。邪魔しないで……」

 邪魔した覚えはないのだが、カリンは悲劇のヒロインかの様に涙ながらに言ってみせた。


「あら、そう?」

 エレトーンにはどうでも良い事だった。

「……可哀想な人」

 カリンは憐れんでまでみせた。平然としているエレトーンを、どうにかして悔しがらせたり、貶めたい様である。


「まぁ、どちらが可哀想な人かはさておいて」

 気にもしないエレトーンは扇を軽く叩き、取り巻きの男達を見た。そして、若干青ざめている、右端に立つ侯爵の嫡男をロックオン。

「そこの、ゼブラン侯爵子息……いえ、マイク様。早くお家に帰った方がよろしくてよ?」

「……は?」

「今頃、ゼブラン家の後継ぎについてと、婚姻について、両家の話し合いが行われているでしょうから」

「……そ……んな」

 とマイクは震える声で言いながら、婚約者を探す。

 ……が、いない事に気付き、エレトーンの言葉に嘘がない事にさらに愕然としていた。

 彼女は自分がエスコートもしていないのに、来ると思っていた様だった。


 そこの男爵の娘なんかにうつつを抜かしているから、何も見えていなかったのかもしれない。

 彼の婚約者は、この卒業パーティーに出席する訳がないのだ。何故ならば……婚約者の最後の警告だったからである。


 このパーティーにエスコートしに来てくれればよし。来てくれなければ、婚約の白紙。そして、弟との新たな婚約を結ぶ手筈になっていたのだ。


 最後の情けとしてその旨をマイクに伝えれば、それはあり得ないと吐き捨て、侯爵子息はアラート王子に一礼するのも忘れるくらいに、慌てて会場から消えて行った。



 女性にうつつを抜かしているから、違う意味で外堀を埋められるのだ。

 家同士の繋がりのための婚姻なら、別に嫡男でなくても構わない。だが、そこに愛があるないにしろ、浮気を許せるかは別の話だ。

 熟年夫婦の浮気と、若い婚約者の浮気では思いも意味も違う。浮気する相手や入れあげ具合でも、考え方捉え方も違う。

 彼は浮気相手に入れあげ過ぎた。家の金を密かに貢ぎ、親の信用も婚約者の信用も無くした。

 なら、真面目な次男に家督を継がせた方が良いと、考えるのは普通だ。金を密かに使う様な長男に、家督を継がせて家が傾けば、恥もあるが自分達の老後もお先真っ暗。


 相手の方も、婚約の段階から女に貢ぐ男に娘をあげたくはない。家同士が良くも悪くも、目指す方向が同じになれば、これをヨシとし家督を次男に継がせる事にするに決まっている。

 恐らくは、あの長男。家督は継げないに違いない。だから、必然的にアラート王子の後ろ楯にはなり得ないのだ。



「さて、侯爵家の後ろ楯……消えてしまいましたね?」

 今度はエレトーンがお返しとばかりに、カリンの顔を見て不敵に笑って見せた。

「あなたのせいで……っ!」

 カリンが理不尽な怒りをエレトーンに向けた。

「婚約者を蔑ろにするからよ」

 呆れてた様に返しておく。まだ、自分の愚かさを理解出来ない様だった。

「そちらのお二人も、婚約者はいらしたでしょうに。こんな茶番に付き合っていないで、婚約者と話し合った方が得策ですわよ? 婚約を破棄されたら、あなた達の未来が台無しになりますし」

 扇を優雅にヒラヒラと扇ぎ、エレトーンはまだ残る取り巻き2人に向かって言ってあげた。

 

 





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