鎮守
とある地方の小さな村での話。
人口千人にも満たないその村は、長い間、無医地区だった。
そのため、村人達は通院に車を使い、わざわざ隣町へと通院する不便な環境にいた。
そんな折り、村長の元へ、一人の男が訪れてきた。
男は「医療法人●●会」を名乗り、こう切り出した。
「この村に病院をつくりたい」
ただでさえ過疎化が進み、高齢者が多い小村である。
好んで病院を出そうなどという奇特な医療法人などありはしない。
村長をはじめ、村のお偉い方は諸手を上げて賛成し、村人達も反対する者は誰一人としていなかった。
そうして、とんとん拍子で話は進み、遂に病院設立が決定する。
が、ここで一つの問題が上がった。
それは病院の建設地である。
病院の敷地はそれなりの広さや地盤の固さなど、条件が必要だ。
だが、村のほとんどは山林や田畑である。
傾斜がきつかったり、地盤が緩かったり、なかなか条件に合う土地が見つからない。
そんな中、ある候補地が見つかった。
それが「鎮守の杜」だった。
普通「鎮守」とは、特定の建造物や土地を守護するために祀られた神様である。
現在では「氏神」「産土神」と同一視されることも多い。
しかし、その杜は古いお宮があるだけだった。
都会の人はなじみが薄いと思うが、普通、鎮守と言えば地元の人達が交代で神社当番を務め、お宮の掃除をしたり、お祭りの準備をしたりと、何かと人が関わっているものである。
が、不思議なことに、その鎮守は「誰も近付いてはいけない」という決まりがあるだけで、特段人の手が加わった形跡もないものだった。
ここを下見した結果、病院建設のための土壌や環境は問題なくクリア。
村長もホッと胸を撫で下ろした。
そして、いよいよ建設工事に着手するにあたり、問題のお宮をどうするかが話し合われた。
とりたてて祭事などは行われていなかったが、何分古いお宮だ。
そして、古くから禁忌の決まりもあるお宮である。
何が祀られているかは分からないが、後で罰でも当たったら大変だということで、村人達からはお宮を移動する土地の準備と、神様に許しを乞う神事を行うべきだと意見が出た。
しかし、その手間や費用を渋った村長は、あろうことか「工事を行う際にお宮も壊して、廃棄する」ということにしてしまった。
村人達は誰しもそれに反感や不安を抱いたが、病院建設反対派と見なされ、村八分にされたらたまらない、と口をつぐんだ。
そうして、長くあった杜は拓かれ、お宮も粉々に砕かれて廃棄されたのだった。
工事は無事に終了し、やがて、立派な病院が完成した。
当時の最新設備と、遠隔地まで通院しなくてよい利便性に村人達は喜び、村長も自分の手柄のように周囲に誇った。
そして、誰もがお宮の事など忘れ去った。
開院してから数年後。
病院には、噂を聞きつけ、近隣の集落からも通院客が来るようになった。
そして、村にも少しずつ活気が戻っていった。
そんな折りの事である。
病院で不可思議な事件が発生した。
何でも、入院していた患者の一人が急に容態を悪くし、死亡してしまったのである。
病院側は適正な処置を行っており、医療事故という証拠も見つからなかった。
遺族も病院の風評に傷がつくことを恐れた村人達の圧迫に折れ、裁判等も起こさないでいた。
が、その一年後、再び同じように死亡する患者が出て、流石に誰しもが不審に思い始めた。
そして、患者二人が死亡した日付が、病院の着工日と全く同じだったことが発覚。
村全体に「鎮守の祟りでは」という噂が広まったのである。
これに憤慨したのが町長だった。
妙な噂が広まり、自分の手柄に傷がつくことを恐れた村長は、身体を壊していた母親をその病院に無理矢理入院させた。
祟りなどを信じていなかった村長は、何と身内を使って噂の根絶を図ろうとしたのである。
母親は当初、入院を固辞していたが、来る日来る日も繰り返される説得や拝み倒しに遂に折れ、息子の言う通り、病院に入った。
そうして、例の日が近付いてきた。
誰しも、不吉な噂を囁き合い、村長の母親を不憫がった。
他の患者は噂によって退院や転院しており、入院患者は村長の母親一人だったからだ。
当の母親は、噂の恐怖に震え、生きた心地がしないまま、毎日手を合わせ、今はもうない鎮守様に謝罪した。
そうして、遂にその日になった。
一人、病室で心細さを噛み締めていた母親は、不意に院内が騒がしくなったのを感じた。
何事かと思い、看護師に尋ねると「急患だ」という。
更に驚くことに、その急患は何と村長本人だった。
何でも、山道で車を走らせていた際、運転を誤って事故を起こしたらしい。
辛うじて一命は取り留めたものの、重傷だった村長は、最も近く、入院患者もいないこの病院へと運ばれたそうだ。
それを知った村長は、重症にも関わらず喚き始めたという。
「あの病院は嫌だ」だの「殺される」だの、散々自分勝手なことを言い放ったようだが、他の病院までは到底間に合わないし、それこそ命にも関わる。
無理矢理病院へ運び込まれた村長は、すぐに手術を施され、そのまま入院させられた。
そして、その次の日。
村長は無事に生きていた。
そして、村長の母親もまた。
これを知った村人は、誰しも「祟りはやはり、偶然だったのか」と思った。
が、当の二人だけは違った。
後に村長が、知り合いにこう漏らしたそうである。
入院した夜、村長の夢枕に尊い身なりをした一人の老人が立った。
その老人は、村長へこう告げたという。
「お前は連れていけぬ。お前の母親の徳に感謝せよ」
村長自身、後で知ったらしいが、彼が入院した日、村長の母親は病の身でありながら、夜も寝ずに彼の病室の前でお祈りをしていたという。
「息子の代わりに、どうか私をお連れください」と。
やがて、退院した村長は母親を連れて、自宅へと帰った。
そして、私費を投じて、自分の土地を整備し、新しいお宮を建てて長く祀ったという。
古い土地には、古い存在が今なお息づいている。
それを時代遅れとして捨てていく時は、重々注意されたい。
その存在がいかなるものか分からない場合は、特に。