二人の時間(下)
「何が可笑しいというのだ」
「さあ、なんだろうな」
「また笑っているっ」
「だって、仕方ないよ」
と、やけに鋭い周囲の視線を無視しながら、話していると、
「っ……………………」
アレクシアが前触れなく、一点を見詰めたまま固まった。
そちらの方を見ると、
「あっ」
すぐに原因がわかった。
アレクシアが見ていたのは、道に面したショーウインドウのマネキンが着せられている青いドレスだった。
「欲しいの?」
「っ! あっ、いやっ、そんなことはないっ」
「そう、欲しいんだね。なら、入ろう。閉店まで時間はあるみたいだし」
「なっ、だ、だから、いらぬと────」
「はいはい。入るだけならいいでしょ」
言葉の割にはあまり抵抗しないアレクシアを引っ張って、ブティックに入っていった。
「「おおっ」」
入ると、その店内の華やかさに二人同時に驚きの声を上げてしまう。
服屋とは思えない高級そうな壺や絵画が飾ってあって、壁や天井も細かい装飾が施されていた。
とてもじゃないけど、みすぼらしい服を着た二人が入るような店ではなかった。どうやら少し場違いなところに来てしまったらしい。
店員も愛想よく「いらっしゃませ」と言いながらこちらを振り向いた瞬間固まっている。
「ヒロト、ここを出よう」
流れる乾いた空気にアレクシアが袖をおずおずと引っ張って言った。
けれど、気にせず手を掴んだままずんずんと近くの店員に歩いていく。
「お客様。恐れながら店を間違えておりませんでしょうか」
「はい、これ」
「っ‼︎」
冷ややかな目を向けてくる女性店員に『無限の革袋』から出した金貨を握らせる。
「これで、ショーウインドウに入っている青いドレスをこの人に合うように仕立て直してくれないかな。足りないなら、後で請求して。それなりにあるから」
「っ‼︎‼︎ し、失礼いたしましたっ‼︎ では、採寸をしますので、こちらへっ」
さらに金貨を三枚見せると、店員は一気に態度を変えて、アレクシアの腕をガッと掴むと、抵抗する間もなく店の奥へ引き摺っていった。
「このブティックの支配人しております、エスティナ=エルティーと申します。私の店員が大変なご無礼を働きましたこと誠に申し訳ございません。監督不行き届きを重ねてお詫び申し上げます」
「別に気にしないよ」
店員の中でも上等な服を着た店主っぽい女性が、事務的な謝罪をしてきたから、俺も適当に返す。
「お許しくださり、誠にありがとうございます。話題が移るのですが、お客様は如何なさいますか?」
「ああ、俺はいいよ。この服じゃ、営業妨害甚だしいから、外で待っているよ」
元々そのつもりで近付いてきているのはわかっていたから、軽くあしらって店の外に出た。
店員の変わりようからわかるだろうけど、ここの世界の金貨の価値はかなり高い。産出量が少ないのかは知らないけれど、聞いた話によると金貨一枚で一般人なら二年働かずに暮らせるぐらいの価値がある、らしい。
で、今見せたのは今まで使う場面がほとんどなくて貯めていたお金だ。
王様から前金としてもらったんだけど、人里離れたところで暮らしているとお金が全然減らないんだよね。
だから、こういう形で使えてよかった。
お金だって箪笥の肥やしにはなりたくないだろうしね。
しかし、仕立て直すのって、どれくらいかかるんだろ。仕立て直せなくて、一からするのだったらかなり時間かかるだろうけれど。
と、考えに答えが出る間もなく、
「お客様、お待たせしました。お連れ様のお召し換えが完了いたしました」
さっきの店主が呼びに来た。
「あっ、もう終わったの」
「はい。お連れ様の寸法がたまたまドレスに合っていたので、大きな作業がなく、お召し換えするだけで済みました。まさにお連れ様のために仕立てられたドレスと言って過言ではない仕上がりとなっております」
「へぇー」
店主のおべっかを聞き流しながら、店の中を進み、奥にある作業部屋っぽいところに通された。
客も来るためか、リビングみたいな広い部屋の壁にはいろんな生地の大きなロールが並べられた棚や糸やその他の道具が収まった収納棚。服を着せられたマネキンがズラッと並び、デザインの作業台に、裁断用の作業台もある。店としては当然なんだろうけど、素人目にはすごいことに見える。
そんな部屋の中央、人一人が立てる丸い台の上を仕切るようにカーテンが引いてあって、そのカーテンと台の間から足が見えていた。
その足が誰のものかはすぐにわかった。
台のそばにはぼろ雑巾のように俺が貸した服が捨ててあって、アレクシアが元から履いていた厚底の革靴も置いてある。
「開けて差し上げなさい」
「わかりました」
そのカーテンの横に控えていた店員が店主の指示に従って、カーテンを開いた。
「おおっ」
「み、見ないでくれっ!」
それで顕になったアレクシアに俺は思いがけずに感嘆の声を上げた。
羞恥心で赤くなっているアレクシアが着ているのは、華美な装飾がない肩が出た青のドレスで、腕には青のセパレートスリーブがついていた。
なんというか、イメージにピッタリで、店主に同意するのは気に食わないけど、確かにアレクシアのためのドレスにしか見えない。
「うぅぅぅ………………………………そんなに、見ないでくれ……………………」
しかし、アレクシアはかなり恥ずかしいようで、露出した肩を抱いて今にもうずくまりそうな感じだった。
「なんで恥ずかしいの? すっごく似合ってるのに」
「なっ‼︎ そ、そんなわけがないだろうっ‼︎ わ、私のような武骨な女が着るようなものではなかったのだっ‼︎‼︎」
「そんなことない。とってもきれいだよ、アレクシア」
「っ‼︎‼︎ ふ、ふにゃ〜」
「アレクシア?」
羞恥心が上限を振り切ったのか、ついにアレクシアがヘナヘナとへたり込んでしまった。
「失礼ながら、妬いてしまいますね」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も」
「そう。じゃあ、はい、代金。これで足りるかな」
そばにいる店主に『無限の革袋』から、適当に取り出した五枚の金貨を渡す。
「お客様。支払い金額を超過しています。超過分お返しいたします」
「いや、いらないよ。どうせ持ってても使わないから。じゃあ、また外で待っているから」
まだ何か言おうとした店主に一方的に言って、俺は店の外に向かった。
アレクシアがあれだけ喜んでるんだから、金貨五枚ぐらいの価値があるだろう。
外はすっかり空が赤らんでいて、もうすぐ暗くなりそうだ。空気もしんと冷たくなってきている。
口から出る白い息を見ながら思う。
元々沈んだアレクシアの気を紛らわせるために街に引っ張り出したはずなのに、なんだかんだ言って自分でも楽しんでいたように感じる。
いや、自分の方が楽しんでいたのではないかと思う。
この頃ずっと、決まった人としか接しなかったからかもしれない。遊び相手は魔王ぐらいだから、どうしてもできることが限られてくるし、アレクシアと魔王とでは性格が全然違う。
魔王といることがつまらないというわけじゃないけれど、アレクシアとこうして一日遊んでみると、アレクシアの知らなかったことをたくさん見れて、よかったと思う。
まさか、本当はこんなに表情豊かな人だとは思わなかった。
と、今日一日に見せたアレクシアの喜怒哀楽の激しい顔を思い出していると、不意に背後の扉が開くのが聞こえた。
「着替え終わったん────どうしたの、その服?」
振り返ると、そこにいたのは白い紙袋を持った見た覚えのない服に身を包んだアレクシアがいた。
まだ頬の赤らみは抜けきっていない。
水色のタートルネックセーターに群青色のジーンズと黒のマフラーをつけた姿はまさにモデルと言っても過言ではない出で立ちだった。
「わからないままに、これを着せられた。『代金に見合った仕事をするのが職人』という伝言をもらったのだが、どういうことだ?」
「ああ、なんでもないよ」
そういうことね。
まあ、いいけど。似合ってるし。
「じゃあ、帰ろうか。もうそろそろ帰らないと、魔王がお腹を空かせて機嫌が悪くなる頃だ」
と言っても、機嫌が悪くなっていじけてる魔王も可愛いんだけど、あまりからかいすぎると、ご機嫌取りが大変になるんだよね。
「…………………………わかった」
「よし。というわけで帰りも行きと一緒の方法で帰ろうか」
「なっ‼︎‼︎」
「スタミナがないんだから問答無用。文句があるなら鍛えてからだよ」
驚くアレクシアの手を無理矢理掴んで歩き出した。文句や言い訳が後ろからずっと聞こえてくるけど無視して歩き続けて、力尽くで抱えて帰った。
──── ❖ ✥ ❖ ────
「よしっと、できたよ」
「おおっ、待っておったぞっ‼︎」
家に帰り着いてすぐに、ご機嫌斜めになりかけていた魔王のために、夕食を作った────と言っても、俺が作れるのは男メシ、つまるところの適当料理だ。
今回は肉に塩をまぶして焼いただけの、The男メシメニュー。
それに合わせるのは、街で買った野菜のサラダ、つまるところの野菜を適当にちぎってドレッシングをかけただけのもの。
流石に【勇者】とは言え、いきなり料理ができるはずもない。
まあ、魔王は全然不満がないみたいだし、俺もこれで満足しちゃうから、全然成長しないんだよね。
「騎士団の糧食を思い出すな」
大皿に、デンッ、って載っかっている肉を見ながらアレクシアが言うけれど、興味津々のようだ。
初めのうちは目の前に魔王がいて居心地悪そうにしていたけど、肉を一目見たら気にならなくなったのかもしれない………………………………実は食い意地が張っていたりするのかな?
それはさておいて。
適当に焼いた割には、結構焼き加減はいい線いっている感じだし、何より美味しそう。俺が上手だというわけではなく、元々肉自体がかなり美味しそうだったんだ。
「しかし、本当に先に食べ良かったのか?」
その肉から目を離したアレクシアが申し訳なさそうにこちらを向きながら言った。
実はこの家にある食卓が二人が使うことだけを想定した広さで、三人同時には食べられないことから、アレクシアに先に食べてもらい、俺は後で一人で食べることにした。
「別にいいよ。ほら、冷めないうちに、早く食べて食べて」
「わかった。では、いただこう」
「いただきますなのだっ」
俺に従ってアレクシアと魔王がナイフとフォークを手に取り食べ始めた。
「なっ、なんだこれはっ! 力を入れずとも、切れるぞっ………………………………」
そして、すぐにその肉の柔らかさに驚き、
「っ……………………口の中で溶けたぞ」
恐る恐る口に運び、咀嚼することなく溶けたことになお一層驚愕していた────のは、アレクシアだけで、
「うまいっ」
魔王は小さな手で器用にナイフとフォークを使いこなしてうまいうまいとパクパク食べていた。
「こんな肉は食べたことがない……………………どこの牛肉だ?」
「牛肉じゃないよ」
「何? ならば、豚肉か?」
「違うよ。それ、龍肉だよ」
しかも、朝締めの、という言葉が頭につく龍の肉だ。
「はっ……………………龍というのはあの龍か?」
アレクシアがまた初めて見るような呆けた顔をしながら、訊いてきた。
まるで、俺の言ったことを信じたくないという感じだ。
「うん。当たり」
「な、ななななんていうものを食べさせるのだっ‼︎‼︎‼︎」
ばんっ、と席から立ったアレクシアが俺に向かって盛大に噛みながら叫んだ。
「いいじゃん。美味しかったでしょ?」
「ぐっ‼︎‼︎ そうだが、それとこれとは話が別だっ‼︎‼︎‼︎」
「龍は俺が殺したに違いはないけど、アレクシアがあそこにいなければ殺さずに済んだんだから罰じゃないけど、アレクシアにはそれを食べる義務があると思うよ」
「なぜそうなるのだっ‼︎」
…………まあ、そう言うよね。
奪った命を大事にするという考えには及ばないみたいだ。
だからって考えを押し付けるのは趣味じゃないから、またあの必勝の手を使おう。
「俺がそう考えるから。ここは俺の家で、君はここの客人。客人は家の主の出したものを文句言わずに食べるべきじゃないかなぁ、礼節を重んじる騎士道的に」
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……………………わかったっ! 食べようっ」
かなり唸った末に、アレクシアは一大決心をするように宣言して、再び食卓についた。
まあ、結論から言うと、その後アレクシアは、魔王と同様にただ黙々と手と口を動かしていた。
龍肉は気に入ってもらったようだ。
ほとんど筋肉質で筋張っていたから、柔らかいところを探すのは大変だったけど、報われてよかった。
「それじゃあ、寝るけど、アレクシアはどうするの?」
俺の食事も終わり、食後のお茶を用意して一段落したところで、ソファに座るアレクシアに言った。
楽しい時間というものは本当に過ぎるのが早くて、今になってようやくアレクシアを泊めるのかどうか訊いてないことに思い至った。
「……………………行く宛は決まってない」
「なら、ここにいなよ。何を悩んでいるのかは知らないけれど、ここにいればわかることがあるかもしれない」
「………………………………ああ、そんな気がする」
受け取ったお茶を飲み下してから、アレクシアは静かに答える。
「なら、決まりだね…………すると、問題なるのはベッドだね」
誰かを泊めることになるとは考えもしなかったから、ベッドは二つしかないんだよね。
「っ……………………」
「二つしかないから……………………しょうがないね、一緒に寝るか」
「っ‼︎‼︎‼︎ ひ、ヒロ────」
「うむっ、わかったっ‼︎ しかし、一緒に寝るのは久しいのうっ!」
食卓でホットミルクを注意深くふーふーしていた魔王が、俺の提案に両手を上げて喜んだ。
そういえば、アレクシアが何か言いかけていたような……………………だけど、なんかそっぽ向いてるし、気のせいか。
「それは、魔王の寝相が悪いからだよ」
「むぅ……………………しかたなかろう」
「大きくなれば、マシにはなるだろうけど…………ん? どうしたの、アレクシア?」
「な、何でもないっ‼︎」
そっぽ向いていたと思ったら、俺を穴が開くほど睨みつけていたアレクシアに声をかけたら、倍の大きさの声が返ってきて、またそっぽを向かれた。
「えっ、ちょっと、なんでいきなり不機嫌になってるのさ」
「うるさいっ。で、私はどこで一人で寝ればいいのだっ?」
「…………う〜ん、どうしようか。魔王が気にしないならそっちに寝てもらおうかな。どう、魔王?」
顔を背けたままのアレクシアを不思議に思いながら魔王に訊いた。
「まおぅは気にせんぞ」
「だって、じゃあ、そういうことで」
「ああ、わかった。貸してもらうぞ……………………」
背けていた顔を魔王に向けてアレクシアは言ったけれど、セリフが変な感じに途切れる。
「好きに呼ぶがいいのだ」
「………………………………貸してもらうぞ、魔王」
見た目に似合わず、敏感にその間の意味するところを察した魔王が言うと、アレクシアが少しの間逡巡した後に答えた。
「うむっ、良かろう」
それに対して魔王はどう思ったのか、椅子の上に立って腰に手を当てると、胸を張って尊大に言ったのだった。
その魔王をアレクシアは何も言わずに眺めていたけど、その眼差しは今朝と比べれば格段に柔らかいものになっているように見えた。
俺の食事も終わり、食後のお茶を用意して一段落したところで、ソファに座るアレクシアに言った。
楽しい時間というものは本当に過ぎるのが早くて、今になってようやくアレクシアを泊めるのかどうか訊いてないことに思い至った。
「………………行く宛はない」
「なら、ここにいなよ。何を悩んでいるのかは知らないけれど、ここにいればわかることがあるかもしれない」
「……………………ああ、そんな気がする」
受け取ったお茶を飲みながら、アレクシアは静かに答える。
「なら、決まりだね…………すると、問題なのはベッドだね」
誰かを泊めることになるとは考えもしなかったから、ベッドは二つしかないんだよね。
「っ…………」
「二つしかないから………………しょうがないね、一緒に寝るか」
「っ‼︎‼︎‼︎ ひ、ヒロ────」
「うむっ、わかったっ‼︎ しかし、一緒に寝るのは久しいのうっ!」
食卓でホットミルクを注意深くふーふーと冷ましながら飲んでいた魔王が、俺の提案に両手を上げて喜んだ。
そういえば、アレクシアが何か言いかけていたような……………………だけど、なんかそっぽ向いてるし、気のせいか。
「それは、魔王の寝相が悪いからだよ」
「むぅ……………………しかたなかろう」
「大きくなれば、マシにはなるだろうけど…………ん? どうしたの、アレクシア?」
「な、何でもないっ‼︎」
そっぽ向いていたと思ったら、俺を穴が開くほど睨みつけていたから、アレクシアに声をかけたけど、倍の大きさの声が返ってきて、またそっぽを向かれた。
「えっ、ちょっと、なんでいきなり不機嫌になってるのさ」
「うるさいっ。で、私はどこで一人で寝ればいいのだっ?」
「…………う〜ん、どうしようか。魔王が気にしないならそっちに寝てもらおうかな。どう、魔王?」
顔を背けたままのアレクシアを不思議に思いながら魔王に訊いた。
「まおぅは気にせんぞ」
「だって、じゃあ、そういうことで」
「ああ、わかった。貸してもらうぞ………………」
背けていた顔を魔王に向けてアレクシアは言ったけれど、セリフが変な感じに途切れる。
「好きに呼ぶがいいのだ」
「…………貸してもらうぞ、魔王」
見た目に似合わず、敏感にその間の意味するところを察した魔王が言うと、アレクシアが少しの間逡巡した後に答えた。
「うむっ、良かろう」
それに対して魔王はどう思ったのか、椅子の上に立って腰に手を当てると、胸を張って尊大に言ったのだった。
その魔王をアレクシアは何も言わずに眺めていたけど、その眼差しは今朝と比べれば格段に柔らかいものになっているようには見えた。




