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お風呂イベント





 途中から魔王を背負って体感的に一時間ほど歩くと、周りの景色がよく知っているものに変わった。

 木は(まば)らになったけど、幹の太さは比べ物にならないぐらいに太くなっていて、中を()り抜けば、一世帯が暮らすに十分な空間ができるほどの太さだと思う。地球じゃ世界樹みたいな扱いをされててもおかしくない感じ。

 茂っている葉の量も尋常じゃなくて、天井のようにはるか頭上を緑で埋め尽くしている。

 それでも、さっきよりかは明るくて、空気がひんやりしている。そんな環境だからか、デコボコの地面を隙間なく苔が覆っている。

 つまり、一言で言えば、聖域とか原始林のような場所だ。聞こえる音も風に(あお)られて擦れ合う葉の音だけ。

 その静謐(せいひつ)で巨大な自然の神秘に圧倒されたようにアレクシアは言葉を発さず、しきりに周りをキョロキョロしていた。


 「よしっ、到着っ!」

 

 ずっと同じような風景が続く森の中で、僕は目印もないところで立ち止まった。


 「? 何もないぞ?」

 「あるよ。ほら」


 足元にある金具に足の先を引っ掛けて、蹴り上げるように地下への扉を開けた。

 扉の上も苔むしているから、じっと見ても到底見抜けないカモフラージュがされている。


 「っ! この、下に住んでいるのか?」

 「そうだよ。狭いけど、まあ入ってよ」


 地下の闇に消える階段を強張った顔で見下ろしながら言うアレクシアに言って、階段を降りていった。

 階段は真っ暗というわけじゃなくって、魔晶石の弱い明かりで照らされている。

 そんな階段を地下二階分を降りていったところが、俺の家だ。

 今は真っ暗で何も見えないけれど、


 「《火炎》」


 魔王を背負ったまま、火を作り出す魔術を威力を最低まで絞って発現すると、部屋の中の全部の灯油ランプに明かりが灯る。


 「おおおっ」


 そして、浮かび上がった光景にアレクシアが驚きの声を漏らす姿に、得意顔になってしまう。

 アニメとか映画で魔術師が自室に入ったときに魔術で蝋燭に火をつける姿に密かに憧れがあったんだ。


 「地下であるはずだが、柱が一本もない上に壁と天井までも地肌が剥き出しだぞ」

 「ああ、必要ないからね」


 この家は設計図もクソもなかったから。

 間取りは2LDK。

 階段を降りてすぐがダイニングキッチンで、食卓とソファと調理器具があって、奥に俺と魔王の寝室がある、というシンプルな作りなんだけど、この家には柱もないし壁も天井も打ちっぱなし、というか剥き出し。床も板を敷き詰めただけ。


 「物理結界で維持しているから。よっと」

 「なっ! 空間干渉魔術を使えるのかっ‼︎」

 「? 何それ?」


 背中に乗っている魔王を降ろしながら言うと、アレクシアが信じられないものと遭遇したように見てきた。

 というか、空間干渉魔術ってなんぞや?

 魔術に詳しい魔王に聞こうと思ったけど、すでにとたとたと自室に向かっていて、すぐに姿を消してしまった。


 「知らないで使っているのかっ! 高等魔術のことは知っているだろっ」

 「いや。全然」


 聞いたことすらもないかも。


 「なんだとっ‼︎ そんな一般教養も知らないのかっ‼︎‼ 高等魔術というの────︎」

 「ああもう、説明しなくていいから。知らなくても、使えるし。そんなことより、ほら、汗かいたでしょ? シャワーも風呂もあるから入りなよ」

 「っ……………………もしかして、臭っていたのか?」

 「あっ……………………いや、そんなことないよ」


 熱弁を阻止することには成功したけど、アレクシアがショックを受けたように腕を鼻に近づけて嗅ぎながら言ったセリフに初めて墓穴を掘ってしまったことに気付いた。

 汗の匂いが嫌だったとかそういうことではなくて、ただ汗をかいて不快だろうから言っただけだったんだけど。


 「………………………………それは、本当か?」

 「本当だよ」

 「………………………………本当に本当だな?」

 「本当に本当」

 「…………………………………………わかった。しかし、風呂は結構だ。《洗浄》で済ませる」


 いかなる小さな変化を見逃さないように俺の顔をじーっと見ていたアレクシアが納得しきっていないような感じで言った。


 「いや、入った方がいいよ。ずっと入ってないんじゃないの?」

 「ああ、そうだが、《洗浄》でどうにでもなる」

 「そんなこと言わないで、入ってみたら? 疲れが取れるよ」


 そう言うのもアレクシアらしいけど、肩肘張らずリラックスすることも必要だ。


 「むぅ……………………しかし────」

 「しかし、じゃない。君は俺の親切心を無下にしたいのかな? 騎士道は親切心、誠実を重んじるはずじゃないのか?」

 「ぐっ……………………わかった。貸してもらう」


 きりがないから、語気を強くして仕方なく、必勝の言葉を口にしたら効果覿面(てきめん)で、言葉を詰まらせると、悔しげに承諾してくれた。


 「それと、その革鎧も似合ってないから、そうだね……………………俺の服を貸すよ」

 「なっ! 貸さなくて良いっ‼︎ 鎧に似合うも似合わないもなかろうっ」

 「いや、そうかもしれないけど、流石に似合わなすぎるし」


 男の服を着ることに抵抗感はあると思うけど、換えの服と言ったら同じ性別の魔王では服があまりにも小さいから、必然的に俺の服を着てもらわないといけない。

 それに、


 「それも……………………その、洗っ────もとい、メンテした方がいいんじゃない? 龍と戦った後だし、アレクシアが入っている間に俺が済ませておくよ」


 インナーも含めて洗った方がいいと思うんだよ。

 せっかく体洗ったのにまたそのインナーと鎧を着たら、どうなるかは詳しくは言わないけど、無駄になるよね。


 「………………………………わかった」


 こっちに向けてくる目がすごく疑い深げだったけど、追求する気力が沸かなかったのか、素直に鎧の止め具を外し始めた。


 「…………あまり、じっと見られると、恥ずかしいのだが」


 それを見ていると、アレクシアが手を止めて言った。


 「ああ、そうだね。ごめんよ」


 インナーも一応下着だから、見られると恥ずかしいのは当然か。

 さっと、もじもじするアレクシアに背を向けた。


 「風呂場は一番近くの扉だよ。脱衣所があるから、そこで服を脱いで、脱いだら籠があると思うからそこにぶち込んどいて。入ったものを勝手に《洗浄》してくれるから」

 「ああ、わかった」


 すべての鎧を外したのを感じて言うと、アレクシアの歩いていく音が聞こえて、言った通りの扉を開けて入るのがわかった。

 扉が閉まる音を確認してから、振り返る。

 床に整然と並べられた防具一式があった。


 「《洗浄》」


 聖剣の柄を握り、魔術を発動して即座にきれいにする。

 それから、防具を手にとって検分した。

 アレクシアが着ていたのは、革の裏地に薄い金属片が隙間なく打ち付けられた鎧で、外装になにも飾りのない、アレクシアらしい質実剛健という言葉が似合うものだ。

 けど、俺が知るアレクシアは、外装が凝った騎士団の金属鎧を着ている姿で、地味な革鎧がなんともその姿と食い違って気持ち悪かった。


 「見たところ、どこも補修はいらなそうだ」


 前まで見たって何もわからなかったけど、職業(クラス)のおかげか補修が必要なところがわかるようになった。


 「じゃあ、寝ようかな」


 まだ、出て来る感じはしないし、一眠りしよう。


 「おっと、そうだった」


 寝る前にすることがあった。

 自室に入って、戸棚から適当に服を見繕うと、それを持って脱衣所に向かった。

 音ですでに風呂場にいることを確認してから入って、着替えを床に置いた。


 「着替え、ここに置いとくから」

 「っ‼︎ あ、ああっ、わかった」

 「それと、お風呂にも入りたかったら、赤い方の蛇口を捻ったらお湯が出るよ」

 「わかった」


 気配を殺したつもりはなかったけど、どうも俺が入ってきたことに気付いていなかったみたいだ。

 用事を済ませて、脱衣所を出ようとしたときだった。


 「っ…………」


 洗濯物を入れる籠の一番上に、純白のブラとショーツが置かれていたのが目に入った──── もとい、入ってしまった。

 決して意図的ではなく、振り返った方向に籠があって不可抗力的に見てしまったんだ。

 けれど、思いっきり凝視してしまうのは男の(さが)

 ただ、言い訳を言わせてもらうと、真ん中にピンクのリボンがあしらわれているという思った以上に子供っぽいデザインの下着をつけているアレクシアも悪い。

 俺は下着から視線を引き剥がすと、脱衣所から出て、昼寝するときの定位置、ソファにゴロンと横になって、目を瞑った。

 しかし、くっきりと残った光景がちらついてなかなか眠りにつけなかった。






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