半年ぶりの邂逅
「よしっと、やるか」
俺は上半身裸になると、目の前に横たわる龍の解体に取り掛かった。真っ二つに捌かれているからかなり手間は省かれている。
というか、龍なんて解体したことないから、他のと同じ手順をなぞるしかない。
まあ、生き返らせるにしても、貰えるものは貰わないとね。
と、ない袖を捲り上げるような仕草をした俺に、
「なあ……………………ヒロト」
背後からおずおずとアレクシアが話しかけてきた。
「ん? どうしたの」
「いや、どうした、ではなくて、なぜ何もなかったように私を扱うのだ?」
振り返ると、アレクシアが怒られることをした子供のように不安な顔をしていた。
俺の知る凛々しい顔とのギャップに、少し鼓動が高鳴る。
「も、もしかして、だ、抱きついたことが、不快、だったか?」
「いや、そんなことはない」
まあ、いきなり抱きつかれたときは流石に驚いたけれど、不快なんてことは全然ない。
というか、逆に役得だった。
「な、なら、なぜ私を押し離してまるで居ないように振る舞ったのだ?」
「それは俺の心が持たないからで、別に怒ったりはしてないんだよ」
しかし、役得とは言っても限界がある。
自分のプロポーションに自覚のない少女に抱きしめられて革鎧越しにでもわかる柔らかいあれをずっと押し付けられるのはある種、拷問だと思う。
今でも感触を思い出しそうになって、顔が赤くなりそうだから、できるだけ考えないようにしているんだ。
………………………………それと、汗の匂いがしたけど、流石に言うべきじゃないよね。
「そ、そうなのか…………よかっ────いや、なんでもないぞ……………………それで、ヒロトは何をしている?」
「龍の解体」
興味がありそうなのに、なぜか一定以上近付こうとしないアレクシアに言うと、
「り、龍の解体? 何のためにするのだ?」
まるで新たな概念を説かれたように何もかもが不思議でならないと言わんばかりの顔で訊いてきた。
まあ、貴族出で騎士団所属のエリートさんには確かに全く目新しく感じるんだろうけど。
彼女の名前は、アレクシア=ウィルディ=ラズドヴェント。魔王討伐のために編成されたパーティで出会った人だ。
名前からして『貴族』って感じだけど、実際貴族らしい。
日本生まれの俺にとって、貴族のイメージは驕り高ぶっていたり、不当に領民から税をむしり取っているというものしかなかったけど、アレクシアにそのイメージを覆された。
貴族としての矜持を持ち、騎士道を何よりも重んじているという俺よりもよっぽど勇者っぽい人となりで、尊敬には値する────んだけど、その信条を他人に押し付けるのが玉に瑕だった。
そのせいで他のパーティメンバーとの衝突も少なくなかったし、かくいう俺もアレクシアを苦手としていた。
けど、なんだか今はあの時のトゲトゲしさも覇気も感じられない。確か、王国騎士団に所属していたはずだから、こんな辺境の地に一人でいるのも引っかかる。
何か事情がありそうだけど、相手から話さないのなら、触れないでおこう、と俺は決めていた。
「できるだけ無駄にしたくないから、部位ごとに切り分けて使えるところを残さないようにするんだよ」
「? これだけのものをどうするというのだ?」
「全部とは言わないけど、腐らせて土に還すには勿体ない部位とかあるから。それに、適当にいるところだけ剥ぎ取るのも、龍がかわいそうだよ」
「かわいそう? この龍がか?」
やっぱりまだちんぷんかんぷんなのかアレクシアは首を捻ったまま、疑問符を大量に頭の上に浮かべているようだった。
この世界には法律はあるんだけど、王政が残っているような文化水準で動物愛護法なんてないし、ましてや敵の魔物をかわいそうに思う気持ちもないのもしょうがない。
この感じだと、後で蘇らせることを明かさなくって正解だったようだ。
「そうだよ。まあ、そういう考え方はないみたいだから、気にしなくていいけど」
「むっ……………………何が言いたい」
言い方が気に障ったのか、細い目を一層鋭くして睨みつけてきた。
流石に敵意までは向けてきてないけど、不機嫌になったのは確実。
半年前なら、アレクシアが、こと自分の主義主張に関してはうるさいとよくわかっていたから彼女の前でそういう話は控えていたんだけど、気が緩んでいたみたいだ。
「いや、特に何も。積もる話もあるだろうしさ。そういうのは、解体のあとでということで」
俺はアレクシアの追及が激しくなる前に、話題を打ち切ろうとした。
「……………私なんかよりも、龍の死骸のほうが上なのか」
けれど、今度は別の言葉が気に障ったのか、さらにムスッとした顔になった。
それに、なんだかよくわからないことまで言っている。上とか下とか、何を基準にして言っているのやら。
「そういうつもりはないけど、解体は速さが命だからね。それとも一緒にやる?」
そのアレクシアにめんどくさくなった俺は、ぱっくり開いた龍の断面図を指差して言うと、
「っ、いや、いい…………」
アレクシアは予想通り、大人しくなって引き下がってくれた。
騎士だけど、行き過ぎたグロに耐性がなかったりする。これは、パーティにいたときに知ったこと。覚えていて助かった。
「そいうわけだから、そこで魔王とちょっと待ってて」
と、言い残してさっさと龍の解体に取り掛かった────アレクシアが魔王に得も言われぬ目を向けていることに気付きながら。
──── ❖ ✥ ❖ ────
聖剣ですっぱりと手足を落としてから、かなりの時間をかけて内臓を全部取り出し、胃と腸とかの消化器系と心臓と肝臓とかの循環器系を分けた。
龍のホルモンは少し気になるけど、この世界に洗浄設備がないから怖くて食べられない。消化器系は残して、循環器系の内臓は剥ぎ取った肉と一緒に適当に切り分けたら腰につけた魔道具『無限の革袋』に突っ込む。
この魔道具は魔王討伐のために渡されたものだったけど、その後褒美代わりにパチって使っている。かなり使い勝手が良くて、名前の通り容量がほぼ無制限。入れたものはそれぞれ隔離されるし、腐ったりしないし、袋が重くなったりしない。取り出すときも思ったものが手元に来るから、大量に物を入れても無問題。
まさに文句のつけようがなくて逆に怪しいぐらいの便利道具………………………………猫型ロボットが持っているものに同じようなものがあった気がするけど、気のせいにしとこう。
後は高価な眼球、角、爪、翼、鱗を袋に突っ込んで終わりにした。
経過時間は一時間ぐらい。と言っても、一日の長さが違うから、一時間にも差がある。体感的にこっちの世界の方が日が出てる時間が長く感じるかな。
でも、時間の単位は地球と変わらないからその点については助かっている。
「ふぅ〜。終わった」
返り血でベトベトのまま、達成感に浸りながら背伸びをして、聖剣の柄を握った。
すると、聖剣は意に反応して《洗浄》の魔術を発現して体と服についた血を消し去った。
《洗浄》はあらゆる汚れを落とす基本的な魔術で一般人でも使えたりするんだけど、なぜか精神力はあるのに魔術に適性がなかった俺はそれすら使えず、すべての魔術を聖剣に頼っている。聖剣に、必要な精神力量に色を付けて送り込むと、俺が想像したとおりの魔術を代わりに発現してくれる。
あるかもわからない魔術を使える点で、聖剣も便利さで革袋には負けていない。
「よしっと、じゃあ、帰るか」
脱いでいた上衣を着て、教えてあげた囲碁を地面に盤を書いて一人で遊んでいた魔王に言った。
「うむっ」
「君も来るでしょ」
それと、ずっと手持ち無沙汰にしていたアレクシアにも言うと、
「あ、ああ」
と、歯切れ悪くも答えてくれた。
それから一時間かけて、森の奥にある我が家に帰った。




