プロローグ
俺の名前は山吹ヒロト。
18歳を迎えた元高校生。
現在は【勇者】をしている。
もちろん冗談なんかじゃない。冗談だったら良かったのに、と思ったことは数え切れないけど。
一年前に異世界に召喚された。
そこは魔術と剣が物を言う世界で、人間だけでなく、亜人や魔人が三つ巴で絶えず侵略したりされたりを繰り返していた。
けど、人間と亜人が相互不可侵の条約を結び、共闘することになると、均衡を保っていた戦況が一気に傾き、魔人種は劣勢に立たされ、領土を減らした。
そんなあるとき、『魔王』と名乗る魔人が戦場に現れ、その暴悪無類の殺戮により瞬く間に劣勢を覆して、人間・亜人種勢力を国境まで押し戻し、前線は再び膠着状態に陥った。
一度勝利を目前にした人間側はこの状況をまったく良しとせず、手を出したのがごく最近になって解明された『勇者召喚』の古代魔術。
で、この終わりなき戦争に終止符を打つ者として召喚されたのがなぜか、俺。
意味がわからない。
ゆとり世代で、しかもこの手で動物を殺したり、ましてや人間を殺したことのない俺に果たして勇者が務まるのか甚だ疑問だった。
だけど、そんな不安を他所にあれよあれよと俺の意志が一切尊重されることなく、戦野の真っ只中に放り出された。
そこは魔人、それが使役する魔物と亜人、人間が殺し殺される血なまぐさく凄惨な場所だった────んだけど、不思議なことに恐怖も何も感じなかった。
目の前で味方が斬り倒され、血が噴き出そうとも、他人事のように可哀想としか思えなかった。
そんなことよりも先に、勝利するには何をすればいいのかを無意識に考えていた。
そんな自分に恐怖したことは覚えている。
魔物との戦いも、剣をどのように振るえばいいのか、考えもせずにするすると頭に入ってきて、結局戦いも人間側の大勝で終わり、俺は一騎当千の活躍をしていた。
それをきっかけに俺を中心とした魔王討伐パーティが編成されて、前線を押し上げたあと魔人領にある城に引っ込んだ魔王のもとに向かうことになった。
魔王城への道のりは決して容易くなく、俺以外のメンバーが何度も死の危険に晒されたけど、なんとかメンバーが欠けることなく魔王城に辿り着き、魔王と闘った。
あのときは本当に危なかった。
なんだかんだで死にかけたことすらなかった俺が死の予感を感じたほど壮絶な闘いで、一日に渡る絶え間ない死闘の末に辛くも勝利を勝ち取る。
そうして義務を果たした俺は、褒美を蹴ってさっさとパーティを抜けた。
迷いはなかった。
で、姿をくらました。
これが、前回までのあらすじ。
ここからが本題。
俺は他人の能力値と職業が見える。
このことは誰も知らないし、それどころか能力値とか職業という存在さえ誰も知らない。
能力値には、体力、精神力、筋力、防御力、敏捷、知力、器用があって、それぞれ数値化されているけど、その仕組みはわかっていない。
細かい基準は知らないけど、相手のおおまかな力量が見れてかなり重宝している。
職業にもたくさんの業種があって、【剣士】とか【弓師】とかの戦闘職だけじゃなくて【料理人】、【裁縫師】の一般職までなんでもござれ。
今まで観察してきてわかったことは、就いている職業はかなり重要なことだということ。ないのとあるのとでは、作業効率にかなりの差がある。
で、今の職業はというと、当然【勇者】だ。
いきなり殺すことに慣れたり、剣捌きが達人級だったりもこのおかげだと思っているんだけど、はっきり言ってもういらない。
お世話になってきたけど、愛着が湧いたりしなかった。
そんなことより、一般職になりたい。この際なんでもいいから他の職業に就きたい。
【勇者】はもう懲り懲りだ。
この世界に来たときから【勇者】で、職業の取得方法も変更方法も知らないけど、きっとその職業っぽいことをすれば自然と変わるんだと思った。
──── しかし、それが俺には困難だったんだ。