行軍
裏切りや嘘がない世界になればいい。
時は酒場の店長と外套の男が出会う1年ほど遡る。
神聖アルカディア帝国、帝都エンディミオンの皇帝居城の謁見の間。
豪華絢爛の玉座に座りながら白金の髪を後ろで結び色素の薄いグレーの瞳を細めて、ネロ・オルリア・アルカディアは1人物思いに耽っていた。
「この200年の時を掛けて私は地盤を固めてきたが、そろそろ計画を次の段階に進めるべきかどうか。」
新人類が帝国の約8割を占めた今帝国は新人類の国と言っても過言ではない。
私は次の計画、アーネスト大陸への進出を今考えている。
「だがその前にはドューラ大陸とアーネスト大陸の海の間にあるパルミラ諸島を前線基地にしなければいけない、か。」
通常、ドューラ大陸とアーネスト大陸との間を普通に航海した場合1ヶ月はかかる航海になる。
だがそれは単独で航海した場合で、何隻もの船で航海した場合にはもっと長い期間が掛かるし、海が荒れた場合はそれだけで大損害を被るだろう。
「しかしなぁ。パルミラ諸島はリニア連邦王国の奴らの支配領域なのが問題だな。通常の侵攻作戦でも力押しでどうにかなるがその分損害も大きいだろうしな・・・さてどうしたものか。」
今日の謁見を終え、ネロが執務室で書類を捌いていると扉の外から護衛の騎士が人がやって来た旨を伝えてきた。
皇帝としての仕事が片付いた後、ネロは非公式で城の執務室にある人物を呼び寄せていたのだ。
「久しいな。わざわざこんな時間に呼び寄せて済まなかったな、パトリック。」
「いえ、陛下こそわざわざこの老いぼれに頼みだなんて、このパトリック・エル・クラインレイン恐悦至極で御座います。」
そう言って床に膝をつき頭を垂れるのは白髪が入り混じった金髪をオールバックにして、顎に綺麗に整えられた髭を生やした50代の男だ。
「よい、ここは非公式だからな。楽にするといい。」
「はっ!ありがたき幸せ。」
そう言って頭を上げ、パトリックはゆったりと椅子に座った。
私がパトリックと会うのは1年ぶりぐらいか?
パトリックとは彼が幼い頃に知り合って、それからもいろいろ頼りにしてきたものだ。
昔から優秀なやつだったからな。
今では私が信頼する臣下の1人だ。
「そういえばお前は今年で何歳になったんだ?100歳は超えてるはずだが。」
「今年で112歳になります陛下。そろそろ儂も隠居して倅に爵位を継がせようか考えております。」
パトリックがそう言うや否や私は眉間に皺を寄せ文句を言う。
「なにを言ってる。お前は私が会ってきた貴族の中でも信頼も出来るし、軍事に関しては優秀だと評価しているんだぞ。隠居されては私が困る。」
「時代は新しい世代に移り変わっています陛下。儂のような老骨はそろそろ引退ですよ・・・」
そのあとも軽く世間話をして、私は本題を切り出すことにする。
「まぁ隠居するにしてもだな、一つお前に頼みがあるのだ。」
「それはなんでしょうか?」
「実は近々大々的な侵攻作戦をかけようと思う。場所はリニア連邦の支配下にあるパルミラ諸島だ。その時にお前が軍の指揮を執れ。」
そう私が言うとパトリックは目を見開き、驚きのあまり何故と聞いてしまう。
「理由、か。侵攻作戦を決行する理由はいろいろ言えない事も多いが、一番大きな理由であり建前として人工増加がある。私が産み出した新人類はこれからも増え続けるし、領土を拡大してより住みやすく豊かにするのは王として当たり前だろう?だが指揮をお前に執らせる訳はきちんと話しておこう。」
そこで私は言葉を1度切り、続きを話し出す。
「お前は確かに私が信頼している側近であり貴族の1人だ。だがお前は法衣貴族で男爵だろう?私とお前が仲良くすると釣り合わないなどとほざき出す連中がいてな。それにもしパルミラ諸島を占領できればその武勲でとやかくいう連中も減るだろう。爵位を倅へ引き継ぐ前の土産としてもその武勲は申し分ないだろう?」
パトリックもいろいろ察した部分があったのか、目を閉じながらゆっくり頷く。
「パトリック。この話受けてくれるか?」
ネロが真剣な目でパトリックを見つめる。
「その任、謹んでお受け致します。」
「この話をしたのも一年前か。」
1日の執務を終え自室に戻った私は侵攻作戦のことを考える。
3日後作戦が開始される。
それを思うとやっとかと心に来るものある。
今回の遠征にはアルカディア軍4万の軍勢とオルリア聖教の神官3000人を派兵する予定だ。
それに対して推定される敵兵力は約5000人ほど。
ちなみにオルリア聖教では光属性と水属性の混合魔術である「治癒」系統魔術の使い手は神官の地位を与えられる。
普通の人間の魔術師では混合魔術の習得は魔力量の問題で厳しいが新人類は豊富な魔力を備えてる為、きちんと修行すれば習得できるのだ。
まずしくじることなどない兵力差だと私自身思っている。
それとこれはパトリックにも話していないことだが私が研究の果に生みだした、ある物、も実験的に使ってみようと思っている。
実を言うと私は皇帝という立場というのもあり、ほぼ出歩けない。
なので趣味といえるものも読書や研究くらいしかない。
研究といっても人体実験だが。
いい趣味とはいえないが新たな発見や生命の創作は心躍る気持ちになってしまうのだ。
「ほんと悪趣味だな。」
私は苦笑しながらも独りごちる。
一応自覚はあるのだ。
作戦決行まであと少し。
私は新しい実験体である、ある物、がどのくらいの性能なのか等々楽しみにしながら今日も眠りに落ちる。
遠征前日。
この日軍事パレードが開かれるということもあって帝都エンディミオンは露天があちこちで開かれ、これでもかというほどに人が集まっていた。
それもそのはず。
ネロに平定されてから100年以上、特に争いごともなかったので一般人からすれば本や小説の中だけだと思っていた騎士物語や英雄譚などが実際に起きるかもしれないのだ。
実際の戦場などただ血腥いだけなのだか、そんなものはこの時代に生きている人には体験したことすらない。
なので浮かれに浮かれた国中の国民が今日この帝都に集まっていた。
「オヤジ、酒をくれ!」
熱にうなされたようなまだ年若い青年が露天商に酒を頼む。
「はいよ!銅貨2枚だ。あんちゃん丁度これが最後の1杯だったんだ!運がいいな。」
「ほんとか!いやー、どこも売り切ればかりで困ってたんだ。」
青年は銅貨2枚をポケットから取り出し露天商に渡して酒を受け取るとニヤケながら話し続ける。
「今日みたいな日をこの目で見れて俺は幸せだぜほんと。俺も今度軍に応募して兵士になるんだ!そして敵兵を倒しまくって武勲を立てて陛下に仕える立派な騎士になるのが夢なんだ。」
「そりゃすげぇ夢だ。あんちゃん頑張れよ!」
時刻は午前10時に近付いている。
10時になると同時に城の門が開かれ隊列を組んだ軍が1列に帝都の街中を歩く。
その中でも目を引くのが乗馬した人物だろう。
大半は軍の花形である騎士だが、先頭だけは違った。
輝く白金の髪に綺麗なグレーな瞳、そして何より自信に満ち溢れた雰囲気のネロ。
今日は豪華絢爛な黒を基調にした軍服を来ているせいか白金の髪がより目立つ。
その後ろ隣を馬に跨っている人物は金髪をオールバックで綺麗に纏め整った髭を生やした50代程に見える男。
今回司令官を任せられたパトリック・エル・クラインレイン男爵である。
一応名目上、総司令官はネロだ。
ちなみにパトリックは軍の中では100人ほどいる将軍の中で中将の地位だ。
隊列を組んで行進しあらかじめ決めてあった停止位置までたどり着くと、メロは声を張り上げた。
「我が子でありこの国の臣民達よ!これから我々は新たな新天地へと旅立つ!しかしその土地には我々が生かしている卑賎な旧人類が蔓延っている。」
メロは腹から声を張り上げ、群衆に聞こえるように続ける。
「しかし我らの勝利は既に決まっている!我が子である臣民たちも気付いていよう。我々は優れた人種だ。それもそのはず。私が創り出した種族、新人類なのだから!強き者が弱き者を支配し服従させる。これは弱肉強食の自然の摂理と同じである。当たり前のことなのだ!我々が負ける要素など万に一つもないのだ!」
短いがはっきりと一つ一つの言葉に力を込めた演説を終えるとメロ達は行進を再開するのだった。
軍事パレードは大盛況で終わり、ついに遠征当日を迎える。
私は出立前に執務室にパトリックを呼び寄せた。
「パトリック、分かっているとは思うが・・・」
「必ずや陛下に勝利をお届け致します。」
「わかっているのならいいんだ。クレアデス港の支配権を持つ貴族にも話はつけている。港には新造した船150隻が用意しているからな。」
私はその後口角を上げて、それとと付け加える。
「船は新しく私が考えた構造で作られているんだ。楽しみにしておけ。」
「新しい構造、ですか?」
「それは見ればわかる。」
そう言って怪訝な顔のパトリックを見送るのだった。
パトリックはこの侵攻作戦に些か不安を感じていた。
まずこの100年以上紛争や戦争といったものが無かった為、兵士達が緊張でうごけないのではないか。
次に船で侵攻した場合の陸に上がるまでの損害である。
そもそも遠征どころか100年以上も戦争というものがなかった為、船の種類なんて漁で使う小型の帆船か、中型の商船ぐらいである。
そんなパトリックの不安とは別にアルカディア軍は西にあるクレアデス港に向かう。
行軍が始まってから三日目。
その日の行軍も終わり野営の準備や天幕を立て始めた頃、一兵卒のアレスは同僚のゼスに愚痴をこぼした。
「それにしても行軍って思ったよりも地味で暇だよなぁ。英雄譚みたいに敵と戦ってってのはまだまだ先なんだろうな。」
それを聞いたゼスはため息をこぼす。
「お前なぁ戦争をなんだと思ってるんだよ。」
「そりゃ敵をたくさん倒して武勲をあげれば俺らみたいな兵士でも騎士になれるチャンスだろ?」
「確かにそうだけど、そんな簡単にいく訳ないだろ?」
ゼスがそう言うとアレスはクッと口角を上げて笑った。
「でも旧人類っていつも奴隷として使ってるあれだろ?俺でもたくさん倒せるぞ!」
アレスがそう言ったとき、アレスとゼスが所属する隊長の騎士がやってきた。
「おい、お前ら喋る前に先に野営の準備をしろ!」
「「はっ!!」」
隊長の騎士からお叱りを受け、2人はキビキビと野営の準備を始めるのだった。
行軍を初めて10日を過ぎた頃、パトリック率いる軍勢はクレアデス港に辿り着いた。
「これはなんと・・・」
そうパトリックが驚きで零すのも無理はない。
港にはただの船ではない、まだこの世界では存在しない船だったのだから。
ガレアス船と呼ばれるこの船は帆とオールで進む大型船で、横一列にはまだこの世界には存在しない大量の大砲が出ている。
ただ大砲と言っても魔法陣が刻まれた鉄の筒が並んでいるだけなので普通の大砲と違い砲弾はいらない分かなりの軽量化になっている。
これは海に出てからの話になるが、この新兵器の詳細を部下から聞いたパトリックは心底驚きネロの発想力に畏敬した。
これも全て新人類の魔力が豊富だからできる技だ。
ネロは知識としては知っていたが詳しい構造まではわからなかった。だがガレアス船のことは知っていたのでアイデアを出し解らないなりに時間をかけてガレアス船を作らせたのだ。
「これなら・・・!陛下が自信ありげだった意味もわかった気がするな。」
パトリックはそう独りごちて納得するのだった。